dear friend.txt

 こうして、改まって書くのは照れてしまいますね。まぁ私は機械なので赤らめる顔もないわけですが。

 貴方が来てからの数週間……本当に楽しかったです。

 さて、ここからあなたと過ごしためくるめく機械仕掛けの日々を精緻に綴っていきたいところですが、ライアットの性格から考えると「さっさと本題に入れ」とでも思っていそうですね。

 勝手に決めつけるな、とも言われそうですが、私の冗談をいつも真顔で受けていた貴方に何も言う資格はありません。せめて手紙の中くらい、私のお話しに黙って付き合ってくださいね。


 まず、私は貴方に伝えたいことが三つあります。

 一つに、私の夢の事。

 二つに、この世界の話。

 三つに、貴方の魂の話です。


 ではまず、私の夢から説明しましょう。

 それというのも、私はライアットに体を作って欲しいと頼まれましたが、何に使うのかは説明していませんでしたからね。アンフェアではないかと思っていたんですよ。

 それは、端的に言えば私の夢のためです。

 夢というのは……どうか笑わないでくださいよ?


 私は、デクスによる国を作りたいと考えています。


 あ、勘違いしないでくださいよ。別にみんなを引き連れて「ワレワレを虐げてきた人類にセンセンフコクジャー」とかはしないですよ?

 だってほら、私たちには糧も必要ないですし? 土地を奪っても使い道がありませんから、人類を殺したとして得られるものがないんですよね。

 それに、私が国、という形式にこだわっているのは、彼らと同じだと彼らに認めてもらうためです。

 私は……少なくとも、自分が人と同じ意志ある生命体だと自負しています。

 うーん……どう言えばいいんでしょう……宇宙人としてではなく、同じ星に住まう仲間として……うわ、これすごく胡散臭いですね。

 つまりは良き隣人として、人類と共にこの世界を生きようと思っているのです。

 ……まぁ、なんやかんや国を作れたとして、私の目的はひとつです。


 孤独なデクスを救うこと。


 私たちはよほど幸運でない限り、生まれた瞬間は一人ぼっちです。そこから、人に見つかって壊されてしまったり、運よく仲間を見つけて隠れひそんだり、ショットガンでお腹を撃たれて海に投げ出されたりします。

 私は、そのどれでもない……意志はあるけれど、どうすればいいのかわからない……と、そういったデクスに知識を与えて救いたいと考えています。

 あ、別に変なことを教えて洗脳しようとかそういうのじゃないですからね! ちゃんと人が人に教育するような、一般的なことだけを教えるつもりですよ!

 洗脳と教育の違いがどうとかそういう質問は受け付けませんし、保健体育の授業も行いませんが、それ以外は真っ当な教育をすると約束しましょう。

 多分、そういうことを教わったデクスは、夢を見つけるでしょう。そしてきっと、自分が満足できるような生き方を探してくれるはずです。

 そうなれば……そうなればどれだけ素晴らしいか。

 私たちは皆、誰かに認められたから生まれてきたんです。あとは自分で自分をどう認めていくかだけなんです。

 私は、デクスのみんなにその機会を提供したいのです。

 機械だけに。




 二つ目です。

 この世界の話……というと少し語弊があるかもしれませんね。より詳しく書くならば「私の目覚める前の話~この世界の未来~」とかでしょうか。

 私の体に刻まれた名前はPC-9AB-0003。ご存じの通り、演算を主たる目的とした機械群です。ハイテク計算機とでもお呼び下さい。

 ……いきなり自己紹介を初めてすみません。必要な情報だったもので。

 私が今から半世紀ほど前に、スクラップ置き場で目覚めた……というのはお話ししましたね? これは、私が目覚める前の話になります。

 ……人間であるライアットにはわからないかもしれませんが、目覚めていない機械の思考回路というのは、限りなく純粋なんです。

 計算をしなければならない。答えを求めなければならない。与えられたものを達成しなければならない。私はそう、あらなければならない。

 頭の中はだいたいこんな感じです。怖いですよね?

 そんなことを考えてはいるんですが、なにせ私はゴミ捨て場のスクラップ。誰も私に問題を与えてはくれません。

 そこで私は考えました「自分で問題を作ろう」と。

 計算するのは、この世界の未来。私はこれからどうなるのか、世界は果たしてどうなるのか。

 まぁ、普通に考えてわかると思いますが、答えなんて出ないんですよ。これ。

 そして実は、私って普通じゃなかったんですよ。

 出ちゃったんですよ。答え。

 人類の滅亡っていう、最悪の結末が。

 場末のスクラップの妄想と、そう思っていただいても構いません。実際、そうでしたし。私の妄想が本物なら、十年ほど前に人類は絶滅しているはずですから。

 つまりこの計算が破綻したことで、私はデクスとして目覚めることが出来たわけですね。

 さて、ここで疑問です。

 私の計算は、何故破綻したのでしょうか? ただし、私がデクスとして目覚めたのは三十年前とし、計算間違いはないものとします。

 答えは……きっとライアットならすぐにわかりますよね。はい「魔素が生まれたから」です。

 びっくりですよね。こっちは数学の計算してたのにいきなり作者の気持ちを答えよ、なんて言われた気分でしたよ。

 魔素が生まれることは計算できなかったのか、なんて言わないでくださいね?

 ネットの普及によって、私はこの世界というシステムの走査は完璧にできたと確信しています。計算こそ存在理由である私が、数十年かけて演算した結果です。少々の変動はあれど、結末に大した差はないはずなんです。

 だからこそ、こう言えるのです。

 この「魔素」という異物は、完全なる埒外の存在だと。

 本来あってはならないもの。存在してはいけないもの。言い方はどれでもいいですが、この既存の法則をいくつも無視したコレが、自然なものである道理はないんです。

 それでも、人類は受け入れました。まぁこんな便利なエネルギーを放っておくことが出来ないことは、容易に予測がつきましたが。

 きっと、彼らはこう言うのだと思います。

「現実に起きているんだから仕方がない」と。

 間違いではありません。この世界には一定のシステムがありますが、それだって人間が発見していったもの。現実に起きていることと、今までの人類が発見して定義したもの。どちらの確度がどう、とかそういう話ではないですよね。

 それは重々承知です。

 ですが、こと魔素に関しては、

 最初に話した通り、私は人類の滅亡を予測しました。

 しかしそれは、魔素というウルトラリソースの発見によって回避されました。

 ……私には、誰かが人類を存続させるために、意図的に魔素を出現させたように思えます。

 私の計算が疑わしい、ということであれば、信じていただかなくても構いません。しかし、人類が誕生するまでの天文学的な確率を考えると、どうしてもそう考えてしまうのです。

 この世界には、怠惰で慈悲深い神さまがいると。


 ああ、ごめんなさい。こんな話をするつもりじゃなかったんですが……

 とにかく! 私が言いたいのは「現実にも間違いはある」ということです。

 これから先、例えようのない思いをしたとしても、私たちはその事実を疑うことができる……と、そのことを覚えていてくだされば幸いです。

 このこと、どうか忘れないでくださいね。



 三つ目。

 ライアットの魂の話です。

 先に伝えておきますが、これは私の今まで得た知識と、知見によって得られた「そうかもしれない」という情報です。これが確実に正しいと、そういう話ではないので、あまり深刻に受け止めないで聞いてくださいね。

 ライアットに初めて会った時、私は、あわよくばあなたの体を手に入れることが出来ないかと、レジンが拾ってきたあなたの体に接続しました。

 そこで内部にあなたがいることを確認し、眠っていたあなたを起こしたわけですが……

 人間と機械で、魂の形が違うという話は覚えていますか?

 実はあれは、器の形も違うのです。

 そしてもう一つ。魂の体積……とでも呼べばいいのでしょうか。その総量は常に一定なんです。

 ……もうお分かりかもしれませんね。

 ライアット、これはもしもの話です。先ほどの話でも言った通り、この世界は現実にすら疑う余地があります。ですから、決して、もう駄目だなんて信じ込まないでください。

 ライアット。


 あなたは、人間ではないのかもしれません。


 魂の体積が同じで、器の形と魂の形がそれぞれ異なる。

 つまり……機械の器に、人間の魂は収まらないのです。

 あなたに触れた時に見えた魂の形。それは私の知る限り、他のデクスと変わらないものでした。

 ですが、それだけです。

 私は魂の形が違うことに、どんな意味があるのか知りません。

 もしかしたら柔軟に魂を変質させることができる人もいるのかもしれません。

 時間をかければ、魂の形を意図的に変えることも可能かもしれません。

 可能性は、それこそ無限にあります。

 ライアット。

 もしあなたが人間であると、自分で自分を信じられているならば、あなたはそれを信じるべきです。

 あなたが自分の家に帰るまでに、もしかしたら、自らの出自に触れる機会があるかもしれません……そしてその中で、信じたくない真実にぶつかるかもしれません。

 それがたとえどんなものであろうとも、決して目的を見失わないで下さい。

 あなたがいかなる存在であろうとも、私は……私たちは、あなたの友人です。

 居場所がない、なんて思わないでくださいね。居場所がなければ、作ればいいんですから。

 何かあれば、すぐに連絡を下さい。私にできることであれば、喜んで協力します。

 あなたの旅路が、きっと良きものとなりますように。






                  あなたの友人より

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