二十六日目 宿替

『ついに……ついに……!』

「やっと……!」


「『完成だー!』」


 勢いよくマザーのアームの一つとハイタッチ。

 床に横たわっているのは一体の魔人。僕と同じくらいの背丈で、体はボロ布でぐるぐる巻きだ。頭部は倉庫で拾った魔人のものを流用したため、すこしばかり無骨ではあるが、人工皮膚を表面に張り付けることでぎりぎり人と見間違えることが出来るようになった。


『いやぁ……本当に……ありがとうございます! レジン! ライアット!』

「まざー、よかった」


 アームと握手するレジンも、心なしかうれしそうな表情に見える。

 一通り喜び終わったマザーは『こほん』と必要のない咳払いをする。


『早速、その体に移りたいところ……なんですが……』

「ああ、先に入っててもいいよ?」

『いえ、いいえ! 終わりは円満にするべきです! 彼も直してからにしましょう!』


 彼、と言うのは工場で見つけた半壊した魔人の事だろう。今は眠っている子供のお守りをしている。僕たちは彼らから材料を提供してもらう代わりに、彼の体を修理する約束をしていた。


 ――まぁ、一から作るわけじゃないし、マザーの体よりは早く終わるだろ……


 マザーに「分かった」と伝えて、早速パーツの山から使えそうなものを見繕っていく。

 倉庫で発見された戦争用の魔人。そのほとんどのパーツはだいたい成人男性より一回り大きいサイズのものだった。これを転用してマザーの言う可愛らしい体にするためにはリサイズが必須で、実を言えばこの工程に一番時間が喰われた。

 もしサイズがあってさえいれば僕の足にも流用できたのだが、腕ならともかく、足のサイズが合わなければ歩きにくいどころの話ではないので、いまだに僕の右足には汚れたパイプが刺さったままだ。

 僕の足には合わないが、彼はちょうど成人男性のをしているし、加工の手間もなく取り付けられるだろう。


 マザーの翻訳を挟んで、彼から少しだけ話を聞くことが出来た。あの廃工場で一人目覚めた彼は、数か月間動くことができない状況になり、初めて自由な思考が芽生えたらしい。マザーの話からすれば彼の当初の目的が破綻したということだろう。

 あの子供ともども名前は無いのだという。いちいち一人称で呼ぶのは肩がこるため、何か呼び名をつけようかと提案した。


「なんか男っぽいしジョンで」

『……嫌だそうです』

「うーん、じゃあラッセル」

『……嫌だそうです』

「……ケーターとか」

『嫌だそうです』

「ライアン……ああ、嫌か、そうか」


 紆余曲折の末、彼の呼び名は『カレ』に決定した。これを決定と言うかどうかは分からないが、少なくともこれから彼の呼び方に困ることはないだろう。

 カレの体のパーツは、そのほとんどが無加工で取り付けられたため、細かい配線を取り付け終われば、あとはマザーの溶接を待つだけとなった。

 手が空いた隙に、ネットにつながっているタブレットを手に少しでも外の情報を集めようとする。アクセスするのはいつも使っていた検索サイト。最近のニュースを流し読みしていく。


「リアン地区での内戦が激化」「フニール賞の受賞者が決定」「警察所に魔人が配備。世界初」「クトゥリア氏、当選確実か」「各国の年明けの様子」「都市型ドローンの増産が決定。採用都市の増加が原因か」


 タイトルだけを眺めてどんどんスクロールしていく。話題になる人物がすげ変わっただけで、よく同じような話題で盛り上がれるな、とどこか冷めた気持ちで指を動かし続けた。

 そんな風に検索サイトを眺めていると、ふと考えることがあった。


 ――チャットルームに行けばグロリィと連絡が取れるんじゃないか?


 ネットさえつながっていれば、メッセージを送ることはそう難しくない。彼女に連絡を取れれば、新しい関節や腕を送ってもらえる可能性もある。今よりはずっと動きやすくなるだろう。

 アドレスを打ち込もうとして、手が止まる。

 あの港を出て、もう二か月以上経っている。海に落ちてここに流れ着いているなんて、彼女は考えもしてないだろう。僕の無事を知らせればきっと喜んでくれるだろう。

 奥歯を噛んでページを閉じる。

 あそこまでしてくれた彼女をこれ以上巻き込むわけにはいかない。

 ここまでしてもらっておいて何を今さらと思われるかも知れないが、それでも今彼女に助けを求めるのは何かが違うのだと、心の奥底では理解していた。

 タブレットの前で固まっていると、マザーが思い出したように話しかけて来る。


『あ、そういえば……レジン。ライアットに船の場所を教えてきてくれませんか?』


 子どもと遊んでいたレジンは立ち上がり、こちらへ視線を寄越す。

 マザーの体を作った時点で取引は完了したものと見なされたのだろう。試運転でも終わってから船の場所を聞こうと思っていたが、早めに教えてもらえるならそれに越したことはない。

 じっとりと湿度のある視線を向けてくる子供を尻目に、僕たちは海岸へと向かった。


***


 時間はちょうど黄昏時。海辺は橙色の砂と藍色の海が混ざりあって、少しだけ現実離れした景色になっていた。

 人間だったころなら写真でも取っていたのだろうな、と思いながら前を行くレジンの背中を見る。

 やはり、男性型にしては小さい。見た目が整っているということは人前に出すために作られたということだ。少なくとも労働力として作られた訳ではないだろう。だが、受付に置くなら女性型を置くし、そうでなくとももう少し大人びた体をもった魔人を置くだろう。

 ならば愛玩用になるが、それでも男性型というのはかなりめずらしい部類になる……

 波の音をBGMにレジンの正体に思想を巡らせていると、突然レジンの背中が急接近してくる。


「おわっ、ごめん」


 立ち止まったレジンにそのまま突進してしまい、のし掛かられたレジンは少しだけ体制を崩した。


「ここ」


 そう言ってレジンが指差したのは足下の砂浜。無論、なにも船らしきものは無い。

 次いで、レジンが担いでいた袋から、二人分のショベルを取り出す。

 背筋に嫌な感触が伝う。


「あの、レジン?」

「ここ、掘る」

「やっぱりか……」


 予想が当たってしまったことに悔しさを覚えながらショベルを受けとる。波の音は、心なしか先程よりも大きくなっているように思えた。

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