二十五日目 合致

『ねぇ! 聞いてますかちょっと! まだ寝ちゃだめですよ!』

「もう一週間は寝てないんだ! すごく疲れたんだから今日くらいいいだろ! 僕は寝る!」


 暖色系の明かりが弱弱しく照らすレンガ造りの秘密基地。一週間ぶりに帰ってきた僕を待っていたのはマザーからの叱責だった。

『そんな子に育てたつもりはありません!』と後ろからマザーの声が聞こえるが、僕もマザーに育てられたつもりはない。早々にボロ布をかぶって、芋虫みたいに丸くなる。


 数時間前、僕はあの二人に取引を持ち掛けた。

 あの子供の様子から見て、彼を直そうとしていたのは間違いない。しかし、工具箱は一度も開かれていなかったし、周りの魔人も解体されていなかった。つまり、そもそもそういう知識がないとみるべきだろう。

 恐らく彼らは「材料はあるが技術がない」のだ。

 あの倉庫は完全に弾薬庫として使っていたらしく、魔人の部品が目的ではなかった……というところまでがレジンから聞いた話。上っていた日が落ちるまでに聞けたのはそんなところだった。

 しかし、それだけ聞ければ十分だった。

「技術はあるが材料がない」僕達にとって、彼らとの出会いは僥倖だ。技術と引き換えに材料をもらえれば、マザーの体制作も速く進むことだろう。


 脅して奪えばそんなことはしなくて良いがな。

 腕の一本くらい吹き飛ばしてやればおとなしくなるだろう。

 どうせ抵抗できないんだ。こんな場所で殺したってバレやしない。


 囁き続けている誰かの声を、頭を振って追い払う。目を閉じて微睡みを演じながら、熱で変色した右腕を抱きしめた。

 僕が二人を秘密基地に招待したのが昨日の夜のこと。レジンから体を揺さぶられて起き上がると、すでに時刻は昼近くになっていた。

 芋虫から羽化した僕を待っていたのはマザーからの湿度のある視線だった。


『おはようございますライアット』

「ああ、マザー……何か怒ってる?」

『いえ、怒ってなどいませんよ。私は』


 妙に引っかかる物言いだなと思いながら腰を上げようとすると、あの子供が僕の目の前に立ちふさがる。


「――!」

「いや、だから言葉が分からないって……レジン」


 近くに通訳をよんで、彼女の話を聞く。

 要約すれば「アルマに謝れ」と言っているらしい。アルマと言うのはあの番犬の名前なのだという。

 襲われたのだからしょうがないだろとか、そもそも殺したのはレジンだろうとか、言い訳がいくつか思い浮かんだが、頭を下げる程度で交渉がうまくいくならそれに越したことはないだろう。頭を下げて、レジンに謝意を翻訳してもらう。

 子供は眉をひそめながらも一応は納得してくれたようで、レジンの手を引いてマザーの元へ戻っていった。


 ――ずいぶん嫌われたなぁ……


 胸倉を掴んで脅したのだから好かれるわけはないのだろうが、それでも少しもやもやしたものを感じる。

 が、しかしだ。

 こういう時は切り替えが大事なのだ。部品があって、設計図もある。もう立ち止まっている理由もないし、作業も以前に比べて格段に速く進むことだろう。半壊した彼を直す時間を考えてもお釣りがくる。

 右肩に括りつけたヒュッテバイヤーから伸びる尖った五指と、柔らかな人工皮膚に包まれた左手。全てのアクチュエーターをぐりぐりと動かし、問題がないことを確認して作業に戻った。


***


「全員、今すぐ、寝ろ」


 僕が彼らに怒鳴り散らすまでに、そう時間はかからなかった。

 いくら僕らの利害が合致しているといっても、あちらが材料を提供してはい終わり、とされてはやはり不満というものが残るものだ。

 まして、こちらが作業している横でレジンと一緒に走り回ってぶつかられたりなんてすれば、僕の海のように広い心もたちまち大嵐になってしまう。

 メインで作業できるのは僕とマザーくらいで、後の三人はただ待つだけだから暇だということも分かる。分かるのだが。


 ――他所でやれ!


 とみっともなく叫んだのが二時間前。


 ――勘弁してくれ……


 と嘆いたのが一時間前。


 ――一発ぶちかましたら静かになるのかもしれないな……


 とヒュッテバイヤーをいじくりまわしていたのが数分前。そして全員に就寝命令を出したのが今だ。

 僕が本気で気分を害していることを悟ったのか、子供とレジンはおとなしくなり、部屋の隅でボロ布に一緒になってくるまり始めた。


「――……」


 動けないままの半壊した彼は、申し訳なさそうに口を動かす。関係性は謎だが、あの子供の保護者というわけでもないらしい。だが、二人で一緒にいたということはそれなりに親しい仲ということなのだろう。ならもっと早く注意してくれていれば……


『ライアットはあまり……なんというか、デクスらしくないですね』


 パーツを溶接していたマザーに問いかけられ、心臓が跳ねる。もちろん心臓などないが。


「ああ……いやぁ、そうかな? 長いことご主人様と一緒に居たからなぁ……もしかしたら人間らしい部分が移ってしまったのかも」


 話のゴールを想像して、思考だけが先走る。

 バレたのか? なんでこんなあてこすりみたいな……まだ確信がないのか?


『以前魂の話をしましたよね?』

「えっ、ああ」

『あの時、私たちの魂は形以外人間と同じだと伝えましたが、実はそれは少し誤りなんです』


 予想の斜め上の方向に会話が進み、正解を見つけ出そうと僕の頭脳はフル回転する。

 グロリィの直してくれた疑似声帯は優秀で、声の震えも、微妙な上ずりさえも再現してしまう。冷静を装いながら会話を続ける。


「ええと……その、誤りっていうのは?」

『私達は生まれたその瞬間から目的を持っています。何故かと言えば、私達がそうあるように作られたからですね。ちなみに私の場合は「計算」です』

『逆に、人間は目的を持って生まれてきません。目的をもつことは出来ますが……最初は誰も目的なんて持っていません。皆、勝手に決めて、勝手に達成しているだけなんです』

『多分、ライアットの目的は「奉仕」とかになるはずなんですが……今のライアットの様子を見ると、どうにもそう思えなくて……』

「へ、へぇ……」


 しまった。まさかそんな特性があったなんて。

 僕の話からすれば、僕は自分の意志でご主人様に会いに行くことになってしまう。それは確かに、デクスの思考としてみればおかしいのかもしれない。


「あー……えっと、でもさ、マザーも普通に計算以外のことを目的にしてるよね?」


 組み立て中の体を指差して問いかけると、薄い笑い声がスピーカーから漏れてくる。


『ええ、まぁそうなんですが。実はちょっとした裏技がありまして、それを行えば私たちは生来の目的から解放されるんですよ……知りたいですか?』


コクリと首だけで頷いて見せる。


『最初の目的が破綻することです』

『それによって私たちはやっと自分で目的を探すことが出来るようになるんです』

『もしかしたら、ライアットも気付かないうちに破綻していたのかもしれませんね』


 それだけ言うと、僕の返事を待たずにマザーは作業に戻ってしまう。

 人間によって体と目的を作られ、魂の宿ったデクス。彼らが自由に目的を設定できるようになったとき、一体どんな選択をするのだろうか。

 僕の手元にある魔人のパーツ、その一つ一つから声が聞こえてくるような気がして、少しだけ背筋が冷たくなった気がした。

 話し相手であるマザーは作業に集中しているし、半壊した彼とは言葉が通じないので、仕方なく僕も黙って作業に戻った。


――そういえば、マザーが自由に思考できているってことは……


 さっきの話に当てはめるとすれば、マザーの最初の目的……計算が破綻したことになる。

 一体どんな計算をして、何故破綻したのだろうか。

 いくつか想像を膨らませるが、ほどなくしてそんな思考も止める。ただ前を見て、作業をこなす。今の僕には些事に構っている暇はないのだ。

 首と肩を回す。人間だったころの癖だが、機械の体の今は意味のない行為だ。骨の鳴る音が聞こえないことに若干の寂しさを感じながら、再び作業に戻った。

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