二十三日目 襲撃

 びゅうびゅうとマイクに風が吹き付ける。肌のセンサーが感じ取った気温は六度。僕が以前住んでいた街とこの港町で、赤道からの距離はあまり変わらないはずだが、やけに冷たく思えるのはここが海に面しているからだろう。

 ここで過ごした時間を考えれば、もう年は明けているだろう。きっと都市部では賑やかなイベントが行われたに違いない。

 そこまで考えると、水平線へ向けていた視線を戻して歩き始める。

 隣で歩くレジンは相変わらず何も話さない。恥ずかしがり屋、というより必要がないから喋らないというだけだろう。人間……というより、機械の思考に近いらしい。

 唐突に出てきた「機械の思考」なんて可笑しな言葉に、僕は一人で口角を吊り上げる。


 マザーの体を作るにあたって、解決すべき問題がいくつかあった。

 材料はスクラップから取り出すとしても、最初から脆い部品を使うわけにもいかない。自立して運動できる機能まで持たせるとなると、やはりそれなりに頑強な骨組みと柔軟に動かせる関節がどうしても必要になった。


 ――それがスクラップの山から手に入るか?


 自らの問いかけに、ため息をつくことで返事をした。

 見下ろした視界には歪なパイプの刺さった足が見える。もし使えそうな関節があったとしたら、僕が先に使いたいくらいだ。

 レジンが拾い集めている部品にケチをつけながら、二人で茜色に染まった海岸を歩く。今日は疑似睡眠の日で、早く仕事を切り上げて帰らなければならないのだ。

 今日はずいぶんと遠くの海岸まで来たため、彼が背負っている袋も重たくなってきたようだ。よたよたと歩くレジンに声をかける。


「今日はこれぐらいしようか。帰ろう、レジン」

「……」


 相変わらず返事はもらえなかったが、彼は小さく頷いてくれた。

 秘密基地への帰路に着こうとした僕たちは、しかしすぐに足を止めた。


「……レジン、あれは?」


 ふるふると首を横に振るレジン。初めて見た、ということだろうか。


「……まいったな。レジン、袋を置いて」


 僕はソレから目をそらさずに指示を出す。相手もこちらから目を外さない。

 夕日を跳ね返して鈍く光る瞳に、開いたままの口からは涎を垂らしながら、ナイフのような歯を見せびらかしている。体毛は黒くまだらで、海岸に隣接している茂みの中ではよほど注視しないとその姿は分からない。

 野生か、どこかで飼育されているのか、腹を空かせているようだから野生なのかもしれない。

 名前はどこかの図鑑で見たような気がするが思い出せない。四足で歩く、黒くしなやかな体は僕より一回りは小さいが、とびかかられたらひとたまりもないだろう。


「レジン、ゆっくり後ろに下がろう。多分海までは追ってこない」


 二人して波打ち際に後退する。茂みから出てきたソレも、僕達を追って砂浜をゆっくりと歩いてくる。


(実は泳げる……とかないよな?)


 せめてこれが人間だったならまだ話もできたのだろうが、獣が相手ではしょうがない。見たところ爪も鋭くないようだし、噛みつかれるだけならよほど場所が悪くない限り平気だ。

 獣には悪いが少し痛い目を見てもらって逃げ帰ってもらう。それが最善である気がした。


「レジンはそのまま下がって。僕が……」

「こわします」


 思わず「は?」とつぶやいて後ろを振り返る。

 そこからは一瞬だった。

 僕が後ろを向いたことに呼応して駆け出した獣の足音、パッと明るくなる視界、後ずさりしてしまいそうになる烈風と爆音、波の音とは違う、何かが飛び散る水音。

 膝ほどまで海水に浸かったレジンは、直立したままその右手を伸ばし、体中の関節から煙を噴き上げていた。先ほど強烈な閃光を発した右腕は一部が赤熱している。

 獣はと言えば、夥しい量の血を噴き出しながら砂浜に倒れている。頭は無惨にも吹き飛ばされ、辛うじて残った下あごの上には痙攣する舌がミミズのように蠢く。その背後にある砂浜も扇状に抉れ、落ちくぼんだ個所からは霧のような白煙を揺らめかせている。

 両者の状態を確認して、ようやく冷静になった僕はレジンに問いかけた。


「……それ、なん……なんなんだ?」

「まざーが、あぶなくなったらつかいなさいって」


 過保護すぎるだろ!

 僕がまだ人間だったころに一度だけ動画で見たことがある。今しがたレジンが使ったのは、間違いなく「ヒュッテバイヤー」と呼ばれる無反動砲だ。


 新発明、新技術、新素材……人類が行ってきた様々な発展は、最初の目的がどうあれ、必ずとある場所に行きつく。

 そう、戦争だ。

 いくらエネルギーがあったところで、資源は限られている。世界に生み出された「無限のエネルギー」は、国家間の奪い合うパイの数を減らしただけだった。無くなったパイを埋めるために、他の物の優先順位が繰り上がって、結局はまたそれを奪い合うことになる。

 それだけではない。いままでは限られたエネルギーで軍事力を整え、言わば定量的な戦争に収まっていたものであっても、魔素が生まれて以降、戦争というものは「無限のエネルギー」で徹底的に潰し合うものに様変わりしてしまった。

 戦火は、魔素が生まれる以前の比ではないほどに大きく燃え上がり、一時は惑星が壊れるのではないかと心配されたほどだった。

 結局、世界は、いくつかの悲惨な事件と、犠牲と、譲歩と、支配と、利害関係の鎖で、とりあえずの平和を取り戻すことが出来た。

 ヒュッテバイヤーは人類の黒歴史、その象徴たる武器だ。

 どれほど効率を落としてもいいから、最高の弾速、最長の射程、最大の威力を出せるようにしろと、そう指示を受けた技術者が作り上げた実用的な欠陥品。海の向こうでも狙えると喧伝されていたらしい。

 レジンの右腕についているそれは、恐らく劣化コピーだろう。もし本物なら、今頃僕は衝撃波で吹き飛んでいるはずだ。


「レジン、一応聞くけど……それどこで?」

「どこで……?」

「ああ、ごめん、どこで拾ったんだ?」


 レジンは無言で茂みの奥を指さした。先ほど獣が出てきたのと同じ場所だ。

 膝の高さまで生い茂った草をかき分けた先にあったのは、錆びの浮いた鉄製の小さな扉。開けてみれば茂みの中に隠れる形で、地下へと続く階段があった。意を決して中に飛び込む。一瞬でカメラの絞りが開き、感度が上がって中の様子が明らかになる。

 初めに感じたのはかび臭さとホコリ臭さ、そして後から鉄と油の臭い。そして少しの火薬臭。


「ここは……」


 いくつもの魔人用の手足、頭、胴体。小銃用の弾薬と魔素生成装置。先ほど見たヒュッテバイヤーの複製品もゴミみたいに転がっている。

 隠し倉庫……売却用……パーツ取り? 戦時中の臨時弾薬庫……

 いくつかの考えがよぎっては消える。

 ぶつぶつとつぶやきながら歩いていると、右足のパイプが腕かなにかを踏んだらしく、バランスを崩して転んでしまった。


「いった……あ、痛くないんだったか……ん?」


 床についた左手を見る。長い間放置されていた割には埃がつもっていない。

 次に見えたのは足跡。僕が先頭に立っているんだから、僕の前に足跡がある筈がない。首の後ろにむず痒いものを感じて、後ろにいたレジンに質問をする。


「レジン、前来たときって、この中歩き回ったりした?」

「ここはいってない。そとにおちてたの、ひろった」


 そう言うと首を横に振るレジン。

 まずい……気がする。

 外に落ちていたということは、誰かがここから持ち出したということだ。つまり僕たち以外にここを知っている存在がいて、そいつがこの場所の持ち主なのかもしれない。

 ギィと入口の扉が鳴くのと、僕の思考の歯車がかみ合うのは同時だった。立ち上がりながら「待て!」と叫ぶ。

 無情にも地上への扉が大きな音を立てて閉まる。下から叩いてみるが、扉の上に何かが乗せられているようで、びくともしない。


「くっそ……レジン! ヒュッテバイヤーでこの扉壊せるか!?」

「せまいところでつかっちゃだめって、まざーが」

「過保護すぎるだろぉ!」


 言い合っているうちに、扉の向こうから気配が離れていく。僕達を閉じ込めたままにするつもりだろうか。


「あー……」


 うなだれながら倉庫の隅に腰を落とす。

 さっき殺した獣、あれは恐らく番犬だったのだ。扉を閉めたのはその飼い主だろう。そしてその飼い主は多分、僕たちを人間の盗人か何かだと思っている。でなければ、僕らを閉じ込める意味がない。数日たてば、中で干からびている僕達を処分しようと扉を開けるだろう。幸い、ここには生成器もある。何日だって過ごせるし、最悪、レジンを口説き落として扉を破壊したって良い。

 そんなことよりも、と気を取り直す。

 今は、良質な魔人の素材が一気に手に入ったことを喜ぼう。部屋の隅にうずくまっているレジンに扉の監視を頼んで、僕はやたらと武器を内蔵した魔人の手足を物色し始めた。

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