二十一日目 安堵

『いーじゃないですか! これ! カワイイ!』

「そう? 良かった」


 つぎはぎだらけの設計図を見て、マザーは歓声を上げた。

 ここに流れ着いてから一週間。取引の進捗としては、ようやくマザーの体の設計図が出来た程度で、つまるところまだ何も手を付けられていない。


『私は特に焦らなくても良いんですが……ライアットのご主人様は待っているのでは?』

「あー……うん、そうだね」


 片方しかない目を泳がせる。元人間であることを隠すために、マザーには「左大陸にいる自分の持ち主に会いに行く」と嘘をついている。

 デクス、と呼ばれる彼らが人間に対してどのような感情を持っているのかは分からない。しかし、自分を捨てた存在に対して好印象を持っているなんてありえないだろう。ここで僕が人間だと明かすことに何のメリットもない。


『早く帰ってあげないとですねー……そのためにも、早く私の体を完成させましょうね!』


 マザーは本当によくしゃべる。元が機械だなんて思えないほどに。

 一度彼女(話し方から女性だと推測した)から聞いた話によれば、彼女はデクスとして目覚めてから、ずっと喋ることも聞くこともできなかったらしい。

 目覚めたはいいが動けない彼女は、自分につながれている機械達を操り始め、センサーを借り、入力装置を乗っ取り、徐々に外の世界について見識を深めた。

 そうしてスクラップ置き場で自分の体を肥大化させ続けているうちに、他のデクスと出会い、彼らとこの地下室に秘密基地を作ったんだそう。

 十数年前にネットに接続出来るようになってからは、本当に光の速度で情報を集められるようになったらしく、実際、彼女の体の設計図も他の魔人のものをネットで拾ってコピーしてきたものだ。

『ネットは私の庭みたいなものですよ! 少々散らかってますけどね!』とマザーは笑う。

 部屋で設計図とにらめっこをしながらそんなことを話していると、外でガラクタを集めてきたレジンが帰ってくる。


「ただいま、まざー」

『あ、おかえりなさい!』


 親子じみたあいさつの後、僕にも頭を下げてくる。軽く手を振ってこたえると、彼も満足そうな顔をするので、まぁコミュニケーションは取れているのだろう。

 レジンに関しては、僕もまだよく知らない。最初にマザーが話した『生まれた時に問題があった』というのがどういうことか、それとなくマザーに聞いてみたりもしたが、求めているような答えはもらえなかった。

 ……いや、いい。別にいいのだ。彼らがどんな存在で、どんな思想をもって、どんな経歴をたどって来たのかとか、そんなことはどうでもいい。

 僕は自分の体を取り戻すためだけに行動すればいい。僕にはそれを成す義務がある。

 そのために今必要なのが彼女の体を作ってあげること、というだけだ。


『ライアット、何かめぼしい物はありましたか?』

「んー、微妙……」


 レジンは本当にお子様らしく、ガラクタと資源の境界があいまいなまま、多くの物を持ち帰ってくる。この狭い部屋が一層狭く感じる一番の要因だ。

 近くの海岸に流れ着いたものや街のゴミ置き場を漁ってきているらしいが、どうにも品質の悪い物が多い。錆びや腐食で使えそうにないものばかりだ。


「せめて僕が拾いに行ければなぁ……」


 片足しかないこの状態では、スクラップを持ち帰ることはもちろん、歩くことすらままならない。

 ぼそっと呟いたつもりだったが、狭い部屋では思ったよりも声は響いたらしい。『ピコーン!』とマザーのいる方向から音が鳴る。


『そうだ! レジン君がライアットをおんぶしていけばいいんじゃないですか?』


***


「おんぶっていうより荷物だよな……これ」

「……」


 僕の嘆きを聞いているのかいないのか、レジンは無言で海辺を歩いていく。

 マザーの発案を受けておんぶされようとしたはいいのだが、右手右足がない状態ではどうにも座りが悪く、結局胴体を丸ごとレジンの背中に括りつけられた状態でスクラップ集めに勤しむことになった。


「あ、アレ使えそう。回収して」

「……」


 レジンは返事を寄越さないが、こちらの指示にはちゃんと従ってくれる。シャイな性格なのかもしれない。

 使えそうな部品をあらかた袋に詰めると、人目を避けながら秘密基地に戻る。このグリッサという街は特殊な海流と、沖合まで続く岩礁のせいで大型の船が停泊出来ないらしく、港町にしてはこじんまりとしている印象を受けた。実際に人口は少ないようだし、地元の人間が自給自足で細々と暮らしているだけの、言ってしまえば退屈な町だ。

 しかしまぁ、命を狙われているような存在にとってはこの街の空気は居心地が良かった。


「あれ……そういえば、故障した小型船ってどこにあるんだ? もうここら辺の海岸は全部……」

「だめ」


 何も反応が返ってこないのをいいことに、ずっと独り言をつぶやいていると、突然レジンが反応した。


「だめって、何が?」

「さがしちゃだめって、まざーが」

「……ああ、そういう……」


 きっとレジンは舟がどこにあるのか知っているのだろう。だが、それを僕に教えてしまえば、マザーの体を作らず、自分で勝手に舟を修理して出ていくと、僕はそう思われているのだ。

 もしそんな状況になったとしても、取引は続けるつもりでいた。二人に助けられた恩を忘れたわけではないし、航路を設定するのにマザーの力は必要だろう。どちらにせよ、彼らを裏切るような選択肢は最初から存在していなかった。

 目覚めてからずっと協力的だった彼らから初めて見えた警戒心。それを認識して、僕はなぜだか心の底から安堵した。緊張していた何かが緩んで、喰い込んでいた楔が抜けて、奇妙な解放感が首の後ろに蟠っている。

 結局、レジンはそれ以降何も話さず、秘密基地に戻ってもいつもと変わらない、不愛想な魔人のままだった。


『素材は見つかりましたかー?』

「うん。僕の腕くらいは直せると思うよ。マザーの体作るのはそれからかな」

『良いですね! 私も作業を進めてますので! 体の事はよろしくお願いします!』


 作業……?

 詳しく聞きたかったが、マザーが僕を警戒している今、質問をすることはさらに彼女の警戒心を強めてしまうかもしれない。

 僕がやるべきことは、ただ作って、引き渡して、船をもらう。それだけだ。

 作業用に意識を切り替えて、僕はガラクタの山に手をつけ始めた。

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