十八日目 再会

「そういえばさ」

「ん、うん?」

「グロリィってどうしてネット上では男のフリしてたの?」

「え、えっと、さ、最初は普通にしてたんだけど……な、なんか、変な人が寄って来て……ね?」

「ああ、なるほど……ッ」


 ガタン、と荷台が揺れて僕とグロリィは一瞬浮き上がった。

 現在僕たちは、おじさんの車の荷台に隠れている。グロリィとテレメラと一緒にクウィルの町まで送ってもらっている最中だ。

 被せられている布から後ろを覗けば、ひたすらに長い道路が見える。あの違法業者が追いかけてきているような様子はない。


「だ、大丈夫?」

「ん? うん。誰もついてきてないよ」

「そ、そう……よかった」


 口ではそう言っているものの、グロリィは手を首にあてたままだ。僕だってならず者の集団に追われているのは不安だったが、彼女は普通の女の子だ。僕なんかの不安とは比べ物にならない恐怖と戦っているのだろう。本当に頭が下がる。


「あー……そういえばさ、グロリィっておじさんに僕の事なんて伝えたの?」


 不必要に不安を与えたくなくて、適当に話題を逸らす。


「え、ど、どうして?」

「いや、なんかすごく感謝されたから……」

「えっ! えぇー……もぅお父さん……」


 顔を赤くしてブツブツ言っているグロリィは、いつもより小奇麗な格好になっている。

 髪はおろして、前髪もピンで上げている。これだけでもかなりさっぱりしたのだが、中に着ているのは民族的なパターンの入ったシャツに、上に羽織っているのは露店で見たような淡い青のジャケット。ひざ下まで届くカーキのキュロットに、靴も何やらおしゃれなスニーカーに変貌している。

 出発の前、着替えたグロリィを見て、ちゃんと女の子なんだなと思った。もちろん口には出していない。

 色彩感覚全滅ファッションの僕は隣に立つのが結構恥ずかしいのだが、グロリィは気にしていないようなので良しとした。

 その後も他愛もないことを話している間に、車は止まる。

 テレメラを荷台から降ろして、横に自家製のサイドカーをつける。 

 変わったのはグロリィだけではない。僕も、そしてテレメラも少しづつだが変わっている。特にテレメラはおじさんの協力のおかげで、ほぼ完全な姿を取り戻していた。タンクも高容量の物に交換し、ベリトンまでノンストップで走り続けられる量をリザーブしている。

 荷台から荷物をすべて降ろして、あとは出発するだけの状態となる。


「――!」


 おじさんは初めて会った時と同じような笑顔で話しかけてくれる。僕もとびっきりの笑顔で、言葉を返した。


『ありがとう』


 おじさんは少し驚いたような顔をしたが『こちらこそ』と返してくれた。グロリィから事前に言葉を教わっていた甲斐があったというものだ。

 こんなお礼の言葉一つだけで、恩を返せたなどとは思わない。必ず、また戻ってくる。

 テレメラにまたがってエンジンをかける。サイドカーにグロリィが乗ったのを確認して、徐々にスピードを上げていく。サイドミラーには、いつまでもこちらを見送っているおじさんの姿が見える。

 ふと、同じようにミラーを見つめていたグロリィと目が合う。お互いに少しだけ微笑んで、眼球保護用のゴーグルをつけた。

 天気は快晴。ドライブ日和。ハンドルを強く握りしめた。


ヴルルルルルルルルルルルル


***


 旅路は、長いようで短かった。周りの景色の変化が乏しかったこともあるのだろうが、平坦な道を走るだけなら特に運転に気を使うこともなかったため、ぼーっとしながら運転していたら、あっという間にベリトンについていた。

 ベリトンは港町ということもあって、サシュールとは比べ物にならないほど栄えていた。この世界の貿易の中心は海運のため、どうしても人口は海沿いに偏るのだ。

 テレメラの上で舟をこいでいたグロリィを起こして、早速発送手続きへと向かう。

 開発が進んでいる町は、電子公告に溢れていていつも騒がしい。人間がいると識別すると、すぐにボットが飛んできておすすめ製品を紹介するのだ。喧しいことこの上ない。グロリィは慣れていないようで、店舗への案内表示に何度か捕まりかけたが、そのたびに僕が引き戻した。

 テレメラをパーキングに停めて、船の案内所に向かう。

 シンプルにまとめられた内装に、掃除の行き届いた床や窓。落ち着いた雰囲気のロビーには、船の発着を待っているであろう人たちがいた。

「海運発送物受付所」と書かれたカウンターには、魔人ではない人間の受付さんがいた。


「あ、あの、左大陸に、に、荷物を送りたいんですけど……」

「はい、かしこまりました。荷物はどちらに?」


 受付の若い女の人はまぶしいくらいの笑顔で応対してくれているが、恐らくグロリィにはまぶしすぎるのだろう。たじたじになってしまっている。ここは僕の出番か。


「マスター。ここは私が」

「あ、えっと、うん」


 グロリィを下がらせて前に出る。ここ数日間で習得した完璧な機械音声を披露する時間だ。


「始めまして。私の名前はライアット。個体識別コードSW987799です」

「なるほど、お客様の所有魔人だったのですね。失礼いたしました」

「いえ……話を戻しますが、送りたい荷物というのは私なのです」

「……かしこまりました。必要書類があちらにございますので……」


 すかさず懐から書類を取り出す。サシュールであらかじめ印刷して持ってきておいたものだ。

「これで、よろしいですか?」と手渡すと、受付さんは表情を変えずに中身を読み込んでいく。

 心臓の高鳴りが聞こえる。

 今手渡したものは僕の体の産地を記した偽装書類だ。見破られれば通報からの事情聴取は免れない。


「……はい。確かに確認いたしました」


 そんな僕の心配をよそに、受付さんはあっさりと書類を通した。

「ありがとうございます」と答えると、受付さんは僕の顔をまじまじと眺めてきた。


(……見破られたのか?)


 できるだけ表情を変えないように「何か?」と聞く。きっと生身の体だったら冷や汗の一つでも出ていただろう。


「いえ……とても自然な受け答えだと思いまして……優秀なシステムをお持ちなんですね」

「ああ、それは私のマスターのお陰ですね」


 通常、そういう業務に特化したものでもない限り、魔人は円滑なコミュニケーションをとることは出来ない。短文での質問や、あらかじめ情報として登録された会話なら話せるが、そのバリエーションはかなり少ない。

 個人所有で日常会話ができるものなんて、そうあるわけじゃない。受付さんが珍しがるのも当然だ。

 船での輸送では必要書類を渡せば、あとは内部に危険物がないかスキャン。その後、コンテナに詰め込まれ船に積み込まれる。


「あ、あの、もうひとつ送りたい……ものがあって」

「はい?」

「ば、バイク……何ですけど……だ、大丈夫ですか?」

「はい。問題ありませんよ。ただ、コンテナ内で固定するのに別途料金がかかります」

「は、はい……」


 グロリィがテレメラの発送処理をしてくれている間に、僕はテレメラを迎えに行く。パーキングにその姿を確認すると、僕は慌てて建物の陰に隠れた。

 ピチピチがいる。

 テレメラの止めてあるパーキングの向こう側、喫茶店の中に見覚えのある顔があった。

 今取りに行けば確実に見つかるだろう。奥歯を噛んで引き返す。


(テレメラは置いていくしかないか……)


 あちらで足を無くすのは辛いが、背に腹は代えられない。

 案内所に戻ると、すぐに異変に気付いた。グロリィがいない。


「あの、マスターは?」


 さっき話した受付さんに話しかける。すると彼女は不思議そうな顔で答えた。


「先ほど、親御さんと一緒にバイクを取りに行くとおっしゃっていましたよ?」


 聞いた瞬間、案内所を飛び出す。

 分かりきっていたじゃないか! なんでもっと気を付けて見ておかなかった!

 自分を責めても状況は改善しない。でも、そう思わずにはいられなかった。


(とにかく早く! グロリィを見つけないと!)


 都市の人混みの中を全力で走る。まだそれほど時間は経っていないし、この人混みでは乗り物も使えないだろう。歩いて行ける範囲にいるはずだ。

 あたりを見回しながら走り続ける。

 グロリィの親はおじさんだけだ。母親は早くに亡くなったと聞いている。おじさんはクウェルにいるはずだから、親が迎えに来たというのはあり得ない。

 ほぼ確実に、違法業者の手先だろう。

 まるで波のように行き来する人達を押しのけ、ようやく見覚えのあるジャケットをカメラに捉える。どこに向かっているのか、ゆっくりとした速度でどこかへ歩いていた。


「グロリィ!」


 思わず叫ぶが、同時に後悔した。

 グロリィの隣にいる男が、振り向いてこちらを見たのだ。

 見覚えのある顔。ピチピチがいたのだからこちらもいるだろうとは思っていたが。まさか、本当に。

 グロリィの腰辺りにおかれた手――恐らく銃を持っているのだろう――を強調しつつ、僕の顔を見ると、彼は意地悪く唇を釣り上げた。

 約三か月ぶりに見た彼は、依然見た時と同じように、ぶかぶかの服を着ていた。

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