十六日目 再製

 カタン、と最後のキーを押下する音が響く。

 今、僕がこの路地裏の工房にたどり着くまでの、そのすべての出来事を書き終わった。

 横で並んでディスプレイを眺めている彼女は、爪を噛みながら食い入るように画面を眺めている。


『これで全部だけど……』


 追加で書いてみるが、彼女からの反応はない。試しに肩を叩いてみる。


「うぇっ! へ!?」


 思いっきり肩をビクつかせて、幽霊に話しかけられたような対応をする彼女に若干の不安を覚えながらも、ディスプレイを指さす。視線を移した彼女は「あ……終わってた……」と漏らす。どうやら終わったことに気付いていなかったらしい。

 現状の説明は終わった。信じてくれるかどうかは分からないが、本題はここからだ。


『グロリィ、僕は家に帰りたい』

「……うん」

『もし君が良ければ、手伝ってくれないか。勿論、お礼はする』

「……ううーん」

『ダメ?』


 横目で彼女の顔を盗み見る。眉間に皺を刻んで悩んでいるように見えるが、実際のところはどうなのだろう。


「うん……ちょ、ちょっと待ってて」


 そういうと彼女は立ち上がり、仕切りの向こうに消えた。しばらくして戻って来た彼女の手には、入口にあった看板とランタンが握られていた。


「さ、さっきの話だと、多分、その業者、こ、この街にもいると思う。あ、あんまりここから出ない方がいいと思う……よ?」


 彼女は違法投棄業者を警戒しているようだった。

 考えてみれば、白昼堂々銃をもって脅してくる連中なのだ。僕に知り合いがいるとわかったら、人質に取るなんてことも十分あり得る。


『ごめん。巻き込んで』

「ううん、だ、大丈夫。明日、お父さんが帰ってきたら、聞いてみる……ね」


 仕切りを完全に閉めて、路地裏の店は真っ暗闇になる。時間帯を考えてももう日は落ちているだろう。ランタンの明かりだけが頼りだ。


「え、えっとね? さっきの話だけど……その……疑ってるわけじゃないんだけど、か、確認させてほしくて……まず、ほ、本当にあなたはライアット……?」

『そうだよ。狂信的グロイツファンのグロリィ』

「きょ、狂信的って……そんな褒めないで……」


 グロリィは頬を染めて唇をもごもごさせている。チャットでもたいがいおかしい奴だったが、現実だとその異常さは殊更に際立つ。

 戦慄すると同時に、ああ、この娘は本当にあのグロリィなんだな、と安心する。

 ごほん、と咳ばらいをしてグロリィは話を続ける。


「えっと、じ、じゃあ次の確認、なんだけど……そ、その体が魔人だっていうのは……?」


 返事をする必要すらなかった。素早く上着とインナーを脱いで、ベルトを緩めてズボンを下ろす。下着もつけていない僕は一瞬で一糸まとわぬ姿となる。


「ほ! ほわ! ほわああああああ!」


 突然のストリップに、彼女は顎が外れそうな勢いで叫んだ。それは少なくとも女の子が出していい声ではないと思う。


「だ! 駄目だよ! い、今誰か来ちゃったら……」

『上着だけ着て接客すればいい』

「……い、いや駄目、こここここそういう店じゃないから! ふ、服着て! はやく!」


 今とても開放的なのは、今までこの体を惜しげもなく晒せる機会がなかったからだろうか。心の中で新しい扉が開きそうになっているのに気づいて、急いで錠をつけた。

 そそくさと服を戻して、むき出しの右足を彼女に見てもらう。


『これ、義足じゃなくて内部骨格なんだ。あと首の後ろに電源とコネクタあるよ』

「へ、へぇ……」

「ギッ――!」

「えっ!?」

『喉に発声機構はあるみたいなんだけど、壊れてるみたいでしゃべれないんだ』

「へ、へぇ……そう……なんだ」


 まじまじと喉元を見られ、時々「はぇー」だの「ほー」だの感嘆が漏れてくる。


「……うん。あ、ありがとう。ごめんね、ラ、ライアットの事疑っちゃって」

『気にしてない。むしろ疑ってくれないと不安になる』


「ふふっ……」と口元を抑えて微笑んだ彼女は、あどけない魅力を放っていて、僕は思わず目を奪われた。僕が見ていることに気付いたからだろう、彼女は咳ばらいをして僕に向き直る。


「え、えっと、ライアットの家って、左大陸だったよね?」

『うん』

「な、なら多分、最短ルートはベリトンって港から出てる輸送船になると……思う」

『それは、僕が乗れるものなの?』

「じ、乗客としては、無理。でも……荷物としてなら……」

『……なるほど!』

 

 名案だった。いままでこの体で歩いていくことしか考えていなかったが、僕は人間ではないのだから、荷物として自分の住所に送られれば済む話なのだ。効率的に考えても、それが一番いい。もちろんコストはかかるだろうが、人間一人を移動させるよりも高くつくことはないだろう。


『じゃあその港に行って、僕を箱詰めして送ってもらえる?』

「う、うん……それはいいけど……大丈夫?」

『何が?』

「じ、住所、変わってたりしない?」


――あ。


 そうだ。四年経っているんだ。別の人の住所にサプライズで送られるなんて嫌すぎる。まずは現住所に住んでいるかどうかの確認を……


『電話できたりとかする?』

「うっ、ごめん、た、大陸間はむり……」

『いや、普通そうだよね。ごめん』

「つ、通信は引いてるから、ネット上にあるものならなんとか……」

『うち、僕以外機械とかまったく詳しくないから……』

「あー……」


 グロリィは目を泳がせた後、腕を組んで思案顔になった。その際、腕に押し上げられた彼女のおっぱいが強調され、伸びたシャツの襟ぐりからは確かに谷間が確認できた。

 心の内から、マグマのような感情が噴出する。


――僕より……デカい……!


 いや、いや、まてまて違うだろ僕。キミは男だろう? それも人間の姿の時は全くと言っていいほどモテなかったじゃないか。とすれば、今のこの状況は眼福として拝みこそすれ、ショックを受けるような場面では決してないはずだ。

 何気なく、自分の胸元に視線を落とす。

 綺麗に舗装されてない道路って、結構凹凸があったりして困るよね。

 その程度。つまり誤差。

 震える指でキーボードに手を伸ばす。


『住所については何とかするから、もう一つ頼みがあるんだけど』

「えっ、う、うん。なに?」

『体、直してもらえないかな?』

「あ、うん。い、いいよ。私も……その、ライオットの体見たいと思ってたし」

『ありがとう。まず喉を直してくれるとありがたいかな。喋れるし』

「うん。そ、そうだよね。わかった」

『あとは足かな、ずっとむき出しだったから粉塵とかも入り込んでると思うし』

「うん、うん」

『後は腕も。途中で異音がしてさ、突然動かなくなると困るし』

「う、うん」

『おっぱいも大きくして』

「うん。わかっ……え?」

『頼む』

「えっ、えぇー……」


 その後、懸命に説得を試みたが「おっぱいだけは無理」との事だったので、泣く泣く諦めた。この敗北感とはずっと付き合っていかないといけないらしい。「ラ、ライオットって男の子、なんだよね……?」と性別に疑問まで持たれてしまったし、今後この話はしない様にしよう。

 早速修理をしてくれるらしく、作業台の上に仰向けになって転がりながら、彼女が戻ってるのを待つ。僕の首の後ろにはすでに魔素充填用のコネクタが挿してあり、やはり携帯用の捕集装置と据え置き型の捕集装置では馬力が違う事を再認識していた。みるみるうちに体に活力がみなぎり、進捗を見るに、一晩あれば内臓タンクはフルチャージ出来ることだろう。ついでに店の前に置いてあるテレメラも充填してくれているらしい。

 工具箱を持ってきた彼女は、僕の手元にキーボードを置いてくれた。これで修理しながら会話もできるということか。早速使わせてもらうことにした。


『グロリィ、ありがとう』

「あ……ううん、いいよ。わ、私、ほら、機械弄るの好き……だから」

『それもだけど、僕の話、信じてくれて』


「えへへ……」と笑いながら工具箱をあさっている彼女。何か見つからないものでもあるのか、やたら箱の中をかき回している。


「と、友達だしね。こ、これくらいは……ね」

『いや、友達でも普通信じないと思うよ』

「うん……そ、そうかも……でも、でもね? よ、四年前から連絡が取れなくなって、私、本当に心配してて……でも、こ、こんな形だけどまたあえて、本当にうれ、うれしくて……また話せたし、も、もしも嘘でも……別に、いいかなって……」


何やら胸が熱くなって『ありがとう』とキーボードに打ち込もうとした時「それに!」と彼女が続ける。


「ラ、ライアットは、そ、そんな嘘つく人じゃない、でしょ?」


 初対面の時に見せたようなぎこちない笑み。無理して笑っていることなど、声音からでも容易に想像できる。

 たかだか数年、ネット上で、架空の名前で、損にも得にもならないような話をしていただけの人間を、どうして彼女はそこまで信じられるのだろう。

『なんでそこまで信じてくれるんだ』そう打ちかけて、止める。反応がすぐに想像出来たからだ。「だ、だって、友達だから」そういって彼女ははにかむに違いない。僕を安心させるために。そういう質なのだ。損得とか、騙す騙されるだとか、そういう心配なんて端からしていない。行方不明になっていた友達が無事で、困っていたから助けたい。彼女の行動原理はそれだけなのだろう。

 彼女に会って協力を取り付けるとか、お礼はするからとか、そんなことを考えていた自分の方がおかしいみたいで、無いはずの心臓がぎゅっと縮まった気がした。


『ありがとう』


 力の抜けた指先では、その言葉を打ち込むだけで精いっぱいだった。彼女は笑って頷いて、また工具箱に向き直った。

 涙の出る体でなくて良かった。女の子に泣き顔なんて見られたくないから。


「じ、じゃあ始めるね。い、一応切開して見てみるけど……直せそうになかったら、戻すね……」

『お願い』


 喉元に鋏が突きつけられて、人工皮膚が切り開かれていく。

 出来るだけ彼女の邪魔をしないように、僕は目を閉じて時間が過ぎるのを待った。

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