十五日目 融和
四年とは、四年である。
四年とは、千四百六十日である。
そして四年とは、僕がゴミ島で眠っていた時間である。
「お、おーい……大丈夫?」
流暢な母国語で話しかけられる。
四年という単語が頭の中で火を噴きながら回っている。
――四年? は? ていうかグロリィって女の子だったの? は?
驚くべきことが驚くべきことに一気にやって来たので、僕は目の前で心配そうな顔をしているグロリィに何も言葉を返せなかった。
「あ、あの、あの、えーと……ラ、ライアットって女の子だったんだね……しかもすっごい可愛い……」
ふへへ、と顔を引きつらせて笑いながら顔色を窺ってくる。
最後の方は何を言っているのか分からなかったが、彼女は僕にも理解できる言葉で話してくれている。未だに頭は追いついていないが、とりあえずコミュニケーションの一歩目として、喉を叩いてアピールする。
「……あ、声、出せないの? そっか、だからメモで……」
ぶつぶつと呟きながら考え込む彼女。目の前に僕が居ることを思い出すと、慌てたように立ち上がった。
「えーあの、た、立ち話もなんだからさ、き、汚いけど上がっていく……?」
***
――汚いってレベルじゃねぇ……!
案内されたのは仕切りの向こう側。ワンルーム程度のスペースの中にはめったやたらと物が詰め込まれていた。
ゴミ島の方がまだマシ……いやいや、この大陸での初めての友達だぞ? もうちょっと言い方ってものがあるだろう。『ひっくりかえしたおもちゃ箱』うん、それがいい。
ぼんやりとランタンに照らされた薄暗い室内は、足の踏み場もないということはないが、動線と作業スペース以外は機械部品が天井まで歪に積みあがっている。いつ雪崩を起こすか分かったものではない。
「あ、えっと、座ってて……」
――どこに……?
僕の心の嘆きに気付くわけもなく、グロリィは隣接する建物の裏口らしきものから入っていった。どうやら表の店が本体で、ここは裏に無理やり増設したような形らしい。
「ど、どうぞ……」
小さなテーブルとお茶、それにメモ帳を持ってきた彼女が、僕の前に座る。
お互い座ったはいいものの、何を話せばいいのか分からず、微妙な沈黙が流れる。
意を決して、ペンを取る。
『グロリィ女の子だったんだね』
「う、うん。ライアットも……だよね」
『いや、僕は男で、今は女の子の体使ってるだけなんだよ』
「ん……?」
――あっ、駄目だこの書き方。
グロリィの思考は、あらぬところに飛んでいることだろう。この文章を普通に見せられたら僕だって相手の正気を疑う。
僕がどうやって言おうか、と考えていると、不意にグロリィが口を開いた。
「あ……魔人の体に乗り移ってるとか……?」
『そう!』
机を叩いてペンが折れるのではないかという勢いで肯定する。恐らく本人は冗談のつもりで言ったのだろうが、冗談などではなくそれが真実だ。彼女は僕のあまりの興奮っぷりをみてあわあわしているし、なんなら口でも「あわわわ」と言っている。
『乗り移ってるんだ。二か月前くらいにゴミ島に放棄されて目が覚めて、最初はもっと小さいおもちゃだったんだけど、もう大変で、この体を手に入れてからは少し楽っていうか、いやでも魔素の消費量は多いしそれはそれで大変だったんだけど、まぁそれはそれとして黒船で、黒船っていうのは不法投棄業者なんだけど、今こいつらに追われててさ、もう本当に死ぬかと思って。それで、黒船で脱出してからここまで来たんだけどそれがもう本当に』
「お、落ち着いて……そんな一気に読めないから……」
彼女の発言で、ペンを握っていた右手を左手で止める。まるで言うことを聞かなくなった右手は、いまだにペンを離さないままでいる。
呼吸が荒い。カメラの焦点は定まらないし体も異常に発熱している。
肩で息をする僕を見て、グロリィは背中をさすってくれる。
それに物理的な意味はなかったが、誰かに心配してもらえているという事実は、いままで干からびていた僕の心にたくさんの雨を降らせた。まるでそれが涙の代わりだとでもいうように。
何度か大きく深呼吸。
震える指で再度、メモに向かって書き綴る。
『突拍子もない、話なんだ』
「う、うん」
『とても長くなるし、自分でも分からないところもある』
「うん」
『それでも聞いてくれる?』
「……うん」
『ありがとう』
「と、友達……だしね……へへ」
照れたように笑う彼女は、メモ帳の代わりに小型のマイコンとキーボードをこちらに寄越した。
薄暗く光るディスプレイに、時系列順に記憶を書き出していく。
理不尽な目覚め、魔素切れとの戦い、彼女との邂逅、冷や汗ものの脱出劇、上陸してからの暴力的な事件と、ここにたどりついた幸運。
そのすべてを、震える指で紡いでいく。
――二か月前、ゴミで形作られた島で僕は目覚めた。
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