十四日目 接合

 サシュールという町は以前居た町(ルーインというらしい)と比べて良く栄えているようだった。お昼前ということもあり、果物や衣類などが雑多に並ぶ市場は活気に満ちている。

 あの偉丈夫は僕とテレメラを町の入り口まで送り届けた後、いくらかの紙幣を握らせて、町の奥に走り去った。別に食事する必要もないのだから、受け取る必要はないと拒否したのだが、強引にポケットに押し込まれてしまった。


――いい人だったなぁ……


 彼はまだこの町にいるか、もしかしたらあの車で他の町に向かったのかもしれない。それは分からないが、次に会ったらきちんとお礼をしなければ。


 さて、僕がこの町に来た理由は友人を探すためだ。だが、彼について知っている情報はといえば、チャットの口調からおそらく男性であること。父親と一緒に工房を営んでいるということ。それくらいしかない。

 市場を眺めながら古い記憶の引き出しを開けていく。チャットの内容を少しでも思い出せないかと頭をかき回していると、ふとある露店が目に入る。

 衣類を扱う店だ。ハンガーには大量のジャケットのようなものが吊るされている。足元の木箱にはカラフルな衣類が乱雑に詰め込まれていた。


――服……そろそろ変えようかな。


 きっとこのだぼだぼはもう奴らに知れ渡っていることだろう。右足と髪、あとはヒールのある靴でも履いて身長をごまかせば、監視の目を逃れることができるかもしれない。

 上陸してからルーインに着くまで二週間かかった。もし休まずに走り続けていれば、丸一日で到達できるような距離だ。奴らの手下がこの町にたどりついていたとしても不思議はない。奴らは人目に付くのを恐れているようだから、町中で襲ってくるようなことはしないだろうが夜になればわからない。早めに姿を変えておくに越したことはないだろう。

 それに、せっかくお金をもらったのだ。腐らせていてもしょうがない。

『300!』と書かれた木箱の中を漁ってみる。サイズのことだろうか? だがまぁこんなに雑に置いてあるということはワゴンセールみたいなものなのだろう。いくつか服を見繕って、選んだものを、店先にいる人の良さそうなおばちゃんに渡す。


「――! ――――!」


 多分『合計でいくらですよ』みたいなみたいな意味だろう。一か八か、ポケットから紙幣を全て取り出して、全部おばちゃんに渡してみる。

 おばちゃんは何やら呟いて、いくつかの紙幣とコインを返してきた。どうやら金額は足りていたようだ。

 商品を受け取って、路地裏でこっそりと着替える。

 インナーには群青のシャツ。少し大きいがだぼだぼよりはだいぶんマシになった。その上に羽織るのはビビッドレッドの上着。これまた大きいサイズしかなく、おまけにボタンがいくつか取れていたが、丈も膝には届いていないのでもうそういうコートだと思う事にした。

 ボトムスはカーキのズボン。作りが荒く、肌触りは最悪で人間が着ようものなら一瞬でその肌を荒らすだろう。少し長めだったが、三回折り曲げれば裾を踏まなくなったのでまぁ及第点だ。

 靴はモノトーンのデッキシューズもどき。流石にヒールのある靴はなく、奇跡的にサイズの合った品を選んだ。これで削れて不格好の右足をやっと隠すことができた。

 頭に被るのは謎ブランドの黒キャップ。つばにでっかく文字が書いてあるが、何と書いてあるかは分からない。商品のランダム性から見ても先ほどの店は古着屋だったのではないだろうか。

 トータルコーディネート的に言えば底辺の部類に入る装いだが、背に腹は代えられない。記憶の中の幼馴染が侮蔑の表情で「ダッサ……」と呟いている。うるさい。今の僕にはこれが精いっぱいなのだ。

 襟を立てて帽子を深く被る。長い髪は上着の中にしまい込んで外から見えないようにした。これで見かけ上、身長以外の特徴を無くすことは出来たはずだ。

 問題も解決したところで、早速街の様子を見て回る。

 地図などもなく、言葉も話せないので工房の場所を探すことは出来ない。しかし、この規模の町なら工房はあっても二つか三つというところだろう。そこまで時間はかからないと踏んでいた。

 甘かった。

 町中央部の井戸に腰かけてうなだれる。既に日は落ちようとしているが、手掛かりの一つも見つからない。工房というからには建屋があり、そこに修理待ちの機械が連なっているとか、そういう光景を想像していたのだが、それがかけらも見当たらない。

 一応町の中は全て一周したと思うのだが、そんな建物は見当たらなかったし、露店なんかにももちろんいなかった。


――移住した……とか。


 今が何年何月であるとか、そういう情報は一切わかっていない。気候からして秋かな? とかその程度だ。

 僕が彼の体で目覚める前、人間だったころの最後の記憶からどれほど時間が立っているのかは分からない。もしかしたらかなり時間が経っていて、その間にグロリィは移住していた……という可能性もなくはない。


――もう一周だけ、回ってみるか。


 腰を上げて歩き出す。

 ネガティブな想像で遺恨を残すのは駄目だ。諦めるならそれでいいが、諦めるにしても「この町には絶対に居なかった」と確信をもって進みたい。

 テレメラを押しながらのろのろと街道を行く。今度は細心の注意を払って、一つの看板も見逃さないように注意して歩く。

 二度目の周回が始まってすぐ、新しい何かに気付いた。

 太陽が落ちて西日になっていたからなのか、建物と建物の間が照らされ、路地の入口の壁にあるものが見えた。


「――。 ――――。→」


 多分、看板だ。矢印は路地の奥を指している。テレメラに跨って狭い路地を進むと、ある匂いが漂ってくる……これは……


――機械油の匂い!


 思わず喉がなった。祈る様な思いで先に進むと、路地裏には掘っ立て小屋があった。

 店、と言っていいのか。吊るされているランタンの明かりがなければ真っ暗な路地裏。カウンター代わりの机が怪しく照らされている。隠れ家的な店、と言えば聞こえはいいが、どちらかというと周りの建物に寄生している植物のような印象を受ける。

 周りには、大小さまざまな機械。魔素を利用したものだけでなく、旧時代の電気式のものも多く見受けられる。それぞれに張り付けてあるタグは値段だろうか。

 意を決して、カウンターにある呼び鈴を鳴らしてみる。

 しばらくして仕切りの奥から出てきたのは、女性……というより女の子だった。

 身長は僕と同じくらいで、健康的に焼けた肌に短めの黒いポニーテールが艶めいている。それだけ見れば活発そうな女の子で済むのだが、伏し目がちな目と異常な猫背、目まで届いてしまっている前髪と、度のきつそうな片眼鏡から、どうしても不健康な印象を受けてしまう。しかも彼女が着ているのは、ところどころが黒ずんだシャツによれよれの灰ズボン。首にはタオルがかかっているが、それもほつれが酷く、全体的に見て不潔感がある。

 両手には厚い手袋。油にまみれたそれを見れば、ここが工房であることは間違いないだろう。


「――?」


 ぎこちない笑みで何やら質問される。声は意外に高く、若干おどおどしているようにも聞こえる。

 机にはメモ台があったので、それを使って質問を書く。


『私はライアットです。グロリィはいますか?』


 ライアット、というのは僕のハンドルネームだ。グロリィは多分男性だから、いるのならば呼んでもらいたいと考えての内容だ。

 言葉が通じなければそれまで。これを見せた時の彼女の表情で分かるだろう。訝し気な顔をされれば分からないだろうし、わかるのなら「これ、誰?」くらいの反応はくれるだろう。

 書いたメモを彼女に渡す。

 メモに目を通した彼女は、僕の予想だにしていない動きを見せた。

 まず膝を曲げて屈むと、机の角に頭をぶつけてひっくり返った。そして後ろにあった仕切りを蹴り飛ばしながら後転。頭を抑えてうずくまっているところに、横に積んでいたらしい機器類が大量に彼女の上に降り注いだ。

 僕は呆然とその場に立っていることしかできなかったが、ハッとして助けようとすると、雪崩の跡から彼女が起き上がった。さながらゾンビのように。

 立ち上がった彼女は咳ばらいをして襟を整え、やっと口を開く。

 そして今度は、僕が飛び跳ねる番だった。


「ひ、久しぶりぃ……と、えっと、初めまして、ラ、ライアット。四年ぶり……だね?」

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