十一日目 休息
バイクに名前を付けた。名前はテレメラだ。意味は特にない。
あの違法投棄団から逃げ続けて半日程経った。あの後すぐに道路を見つけ、海沿いを走ってみたが、とうとう民家の一つも見つけられずに夜を迎えてしまった。いくら夜目が効くといっても、魔素がなければどうしようもない。
追われる身ではあるが、だからこそいつでも逃げられるようにタンクを充填しておくべきだろう。
海沿いの道は、海と崖とに挟まれるような形で敷設されており、上は森になっているようだった。ということでテレメラと一緒に崖のぼりを敢行。三回の失敗ののち、森に入ることに成功、機器の充填を始めた。
彼女の体に入ってから、だいたいのタンクの残量が分かるようになってきた。内臓のものはもちろん、ケーブルでつながってさえいれば、他の機器の残量も、おおよそだが分かる。
今は残りは、内臓が四割、外部が一割未満、テレメラが五割……といったところだろうか。今は内臓に捕集装置を繋いでいる。
改修をした補修装置は、その収集量も多くなっているが、やはり自然に集めるだけでは時間がかかる。内臓、外部、テレメラを全て満タンにするには、一週間は必要だろう。無論、そんなに待つつもりはない。
テレメラという効率的な移動手段を手に入れられたのだ。まずは、僕とテレメラを八割程度まで充填。夜のうちに後部座席に外部タンクと捕集装置を載せて移動。朝が来る前に崖をクライムしてまた充填。町に出るまではそれを繰り返すつもりだ。
まずは概算で三日。この森で動かずじっとしていなければならない。
――暇、だな。
ゴミ島ではこんなことは思わなかった。毎日死と隣り合わせで、いつ帰れるのかも、そもそも海を越えられるのかすらわからなかったのだ。そんなことを思う暇もなかった。やはり、陸地についたことで少し安心しているのだろうか。
木々の枝の隙間から、星空が見え隠れする。ゴミ島では何も遮るもののない満点の星空が見えていたというのに、今見えているこの星空の方が美しく見えてならない。
優しく吹いてくる海風からは、潮の匂いに交じって草と土の匂いがする。ずっと機械油の匂いしか嗅いでいなかったからだろう。とてもいい匂いに感じてしまう。
だぼだぼから剥ぎ取っただぼだぼの服は、僕が着るとだぼだぼ以上にだぼだぼで、ズボンは裾を十回折り曲げて、ベルトを二周回してようやくずり落ちなくなったほどで、シャツに至っては、首回りが緩すぎて右肩が出てしまっているし、裾は膝まで届こうとしている。ビリジアンの色も相まって、森の中にいたら妖精と見間違われそうだ。ちなみに、靴はぶかぶかだと歩きにくいので裸足のままだ。
ちら、と月明かりにきらめくテレメラを見やる。偶然ではあるが、旅の仲間が増えたことは喜ばしい。服と一緒に可愛がってやらねば。
バイクには詳しくないが、それでもまったく見たことのない型というのも珍しい。魔素で動くタイプ……ということなら聞いたことくらいあってもよさそうなものだが……
魔素、というものが発見されたのは、実はごく最近だ。具体的に言うと三十年前。その時までの人類はといえば、化石燃料と電気を使って文明人面している何かでしかなかった。そう言ってしまえるほどに、魔素とは画期的なエネルギーだったのだ。
魔素の最大の特徴にして最大の利点が『いつでもどこでも無限に生産できる』という点だ。今までの法則において無限なんてものはあり得ない。しかし、これは文字通りの無限だった。
始まりはある一人の男性だった。『ある塗料で絵を描こうとしたら、絵から黒いものが噴き出してきた』これが魔素発見の瞬間だった。
『ある塗料』で『ある図形』を描くことによって出てくる黒いモノ。これは多くの研究機関に調べられ、様々な論文や、その可能性を示す発表が多く行われた。
彼らは口を揃えて言った。
『このエネルギーは、人類から衰退という未来を奪い去った』
魔素研究は、この宣言の通り発展を続けた。
実は塗料でなくても似た性質の鉱物で代用出来たり、二次元の図形ではなく三次元の図形にすると、高濃度の魔素が発生したりと、新たな発見も相次いだ。
一部の国では、個人の魔素生成を禁止したりする事もあったようだけど、なにぶん、筆一本でどこでも生成できてしまうものを取り締まるのは難しかったのだろう。そういった国も少なくなっていった。
僕が生まれた時には、すでに魔素はインフラに欠かせないものとなっていたし、一家に一台、生成器があるのは普通のことだった。
もう一つ大きな特徴として、魔素は他のエネルギーに変換され、その形を失うと、元いた場所に帰るらしい。ここは僕にもよくわかっていないのだが、普通、エネルギーというものは、移動はすれどもなくなったりはしない。だが、魔素は呼び出され熱に変換されると、一定時間後に消滅するらしい。この世界に多大な益をもたらしながらも、決して不利益をもたらさない。まさに魔法だった。
『魔』法のようなエネルギー『素』体。これがすなわち『魔素』だ。
――都合がよすぎるよなぁ……
人間という生物が発展するためのチートエネルギー……チープな言い方だが、そうとしか思えない。
生まれた時には既にあったものだし、今更その存在を否定するわけじゃないけど、もし、この世界を外から観測する手段があったとして、そこから見ている人間にとって、この魔素というモノはとてつもなく歪に見えるんじゃないだろうか。
魔素について考え始めるといつもこうだ。別の教室の人間が、いつの間にか自分の教室に入ってきていた時の違和感みたいなものが、頭の中に手形を付けてまわっていく。
外気温は17度。吹き付ける潮風も相まって、体温が持っていかれやすい。シャツの首元を締めて、腕まで全部収納して寝袋代わりにする。本当は頭まですっぽり覆ってしまいたいのだが、万が一追っ手が来た時のため、マイクのついている耳は露出しておきたい。
くるくると回る捕集装置を枕元に置いて、目を閉じる。眠ることは出来ないが、少しでも頭を休めておきたかった。
潮風に揺れる木々のざわめきに混じって、遠くから汽笛の音が聞こえた気がした。
***
密造ドックの出入り口、草原に偽装されているそこから、二人の男が話しながら外に出てくる。
「見つかりましたか?」
眼鏡をかけた優男が、蔓を持ち上げながら問いかける。
「いや、森にはもういない。バイクを奪って内陸に向かったんだろうよ」
返事をしたのは眼帯をつけた男。その鍛え上げられた肉体は月明かりを照り返し、脈打つ筋肉がこれでもかと周囲に威圧感を与えている。
「それは困りましたね……目的が何かは知りませんが、これを見られた以上放っておけませんし」
「内陸の方に部下を向かわせた。聞いた話じゃ、荷物も何も持っていなかったんだろう? この近くの町なんてルーインしかない。張っていれば簡単に捕まるだろうさ」
「顔も割れてる事だしな」と眼帯は手元の紙を叩く。
未成年の少女。長い銀髪。青い瞳。右足が義足。濃緑のシャツと灰のズボンを着用。
「服装や髪色を変えるにしても、一度は町に行く必要がありますからね」
「バイクもそこまで多くの魔素を積んじゃいない。それより早く捕まえられるかもな」
「ええ……そうですね」
少し眉間にしわを寄せる優男。
「なんだ、何か不安でもあるのか」
「あなたの部下……バイクを破壊してから逃げてきたんですよね?」
「ああ、そう聞いてる……つっても、こうして逃げられてるんだから、壊れてなかったんだろうけどな」
眼帯の説明を聞いても、優男の表情は緩まない。
「……何かおかしいことでもあるのか?」
「バイクは実際には壊れていて、彼女はそれを何らかの手段で操って逃げ出したのでは?」
「なんだそりゃ? 無理だろそんなこと」
鼻で笑う眼帯を横目に、ボソリと優男は呟いた。
「彼らなら、出来るかもしれません」
場に沈黙が流れる。今度は眼帯が眉を顰める番だ。しかし眼帯が何かを言う前に、優男は踵を返す。
「僕は船を調べてみます。もしかしたらくっついてきたのかもしれない」
「……ああ、分かった。こっちはこっちで捜索する」
おざなりに手を振って、二人は分かれる。優男の姿が草原の中に消えた後、眼帯は消え入りそうな声で囁いた。
「戻って……来たのか」
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