幻視海月の消失
海岸線。打ち付ける波が飛沫をあげ、潮のにおいが風に流されている。岬の上にある集合住宅の1号棟305号室が蛭間ケンゾーの部屋だ。男は眠りから目覚めると白い天井が見えた。
メロンの大きさ位の海月が浮遊している。青白く幽霊の様にゆらゆらと、水もないのに空間を漂う。男にとっては最早見慣れた光景なのだ。部屋から追い出そうとした時もあったが、この幻視海月は触れる事が出来ないのだ。まるで捕らえどころのないケムリの様な存在だ。
男の部屋には幾つものキャンバスがあり、そのどれもが海月の絵だった。淡い水彩画や禍々しく塗りたくった油絵など様々な海月が描かれている。
頭痛がしだした。海月が語り出す前兆だ。
そして、この海月は男の脳に直接語りかける。
(お前はダメ人間だー。能無しのクズだー。お前は社会に必要とされていないー。社会に復讐せよ。ミレニアムの再来。)
こいつはネガティブの塊。毒電波海月なのだ。
海月の毒電波がやんだ。
頭痛はもうない。
男はベランダを開け、ショートピースにライターで火を着ける。
海が太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。
昼下がり。
子供達が集合住宅に併設された公園で無邪気に遊んでいる。輝かしい未来に満ちた子供達。男は仕事をするでもなく。親からの僅かな仕送りで生活していた。男の親は近隣の病院の院長をしている。
男は煙草の煙を海月に吹きかけた。煙は海月をすり抜けて部屋の中を漂う。男のせめてもの抵抗だった。
テレビを着けると、ここ最近続発するテロ事件を報じていた。堅苦しいスーツを着たニュースキャスターの男が深刻そうな表情で東京都庁で爆破テロ12名死亡。と告げた。そして警視庁のトップの会見が映し出される。【テロ衝動誘発性寄生海月症候群】の蔓延と発症者の即時射殺を高らかに宣言した。
国会の臨時特別法案が制定されたのだ。現在の医学では発症者の治療は確立しておらず、爆殺衝動に駆られ、最終的に自爆テロに至る。日本のみならず世界各地で観測され、米国で発症者の即時射殺が認可されたのを受け同調した結果だ。
そして、海月狩りがハジマッタ。
5ヶ月がたつ頃各地で千人規模の海月が狩られた。
ニュースで知っていたものの、来るべき時が来た。
パトカーに先導された機動隊の護送車が男の住む集合住宅に停車したのだ。フル武装の機動隊員が次々に降車した。
頭上で浮遊する海月が頭痛を促す。
男は部屋を出て屋上に向かう。
扉を閉める。給水塔への梯子を昇る。全ては無駄なのだ。それは解っていた。爆発音。男の部屋に仕掛けてあった爆弾が炸裂したのだ。男はショートピースに火を着ける。
「何匹殺れたかな・・・。」
生き残った機動隊員達が、仲間を失い怒りに満ちた覇気を纏い屋上のドアをぶち破る。
男は最後の煙草を深々と吸い瞼を閉じた。
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