リバーサイド残留思念

蛭麻ケンゾーは河川敷に佇んでいた。

昼下がりの河口は河面にさざ波を作りながら揺ったりと流れていく。

太陽が生み出す街の影は少しずつ堤防を浸食していく。

ケンゾーは歩く。

堤防の片隅に、ドラえもんの秘密道具で言うところの【どこでもドア】の様な佇まいで照明制御盤がポツンと設置されている。あるいはモノリスの様な面持ちで。

その奧にヒトリの少女がいた。少女はケンゾーをじっと見つめる。腰まである黒髪と青白い肌が印象的だった。

村雨八千代という名の少女は照明制御盤に半分身体を隠しながらケンゾーに語りかけてきた。


「アナタ幸せ?」

「幸せそうに見えるか?絶望だよ。絶望的孤独だ。」

「そう。じゃあ私と同じだ。人間は産まれたその時に幸福度の残量が決まっているのー。」

「うん?」

「私の幸福度は空っぽよ。私には見える。アナタの幸福度も空っぽねー。」

「何処かで会ったか?」

「シラナイ・・・」


そう呟くと少女は陽炎のように歪み消失した。

ケンゾーはまた歩き出す。堤防の向こう側から腰の曲がった老人が歩いてくる。杖をつき歩調もおぼつかない。ケンゾーと老人はすれ違う。ケンゾーは立ち止まる。冷や汗が吹き出る。


「あのジジイ。俺だ。俺自身だ。」


刻まれた皺。筋と皮の体。生命活動を終えんとするトリロジー。人生という様々な分岐を経て集束する逃れられない決定的なエンド。


【死】


ケンゾーは振り返る。そこに老人の姿は無かった。

ケンゾーはまた歩き出す。夕陽が最後の断末魔の様な燃える紅を放つ頃。気付けばまた照明制御盤の位置に戻ってきていた。空は星の輝きを世界に映し始めていた。

少女がいた。

右胸部と左腹部から血が流れている。暗い【穴】が空いているのだ。照明制御盤に寄り掛かりながら苦悶の表情を浮かべている。


「血まみれじゃねーかよ。大丈夫か。ヲイ!」


ケンゾーは声をかけるが少女の返答は無かった。ふと右手に違和感を感じ右腕をあげると、マカロフPMというオートマチック拳銃が握られていた。


「俺はこいつに見覚えが、ある。俺なのか・・・。」


ケンゾーはじっと少女の顔を伺おうとしたが少女はうつ向いており前髪で顔が隠れて解らなかった。

そして、また陽炎のように歪み消失した。


ケンゾーはただ立ち尽くしていた。脳髄の中に残る微かな記憶の断片がある。しかし、それをうまく整理出来ずにいた。


若い母親と小さな男児。

二人はもうほとんど暗くなってしまった川沿いを家に向かって歩いていた。


「ヨウくん。お家着いたらすぐカレーつくるからね。」

「ママおなかすいたー。あれ。

ママ、あのおかのうえのおにいちゃんはんぶんとうめいだよ。」


五歳位の男児が指差す方向を母親が見るが誰もいなかった。

ケンゾーもまた陽炎のように歪みながら消失したのだ。



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