パラノイアの迷宮

雨が降っていた。

広い公園の東屋にいる。柱に絡まった空豆の房からぽたりぽたりと雨の雫が滴り落ちている。僕はN子と再開した。N子は現在工場模擬試験場という所で働いているらしい。その巨大プラントは全て実験のための建造物であり生産性はないとのことだ。

N子との再開を後に僕は雨のなか車を走らせていた。レガシィB4GTという車で、型落ちしたタイプだが走りはフラッグシップらしく上質である。アクセルを踏むと力強く答えてくれる。平成17年式だ。あと何年乗れるかなどということをぼんやりと考えていた。

赤信号を認めブレーキを踏む。

信号待ちをしているとY君が雨の中自転車を走らせていた。あれ?Y君は仕事で広島にいなかったっけ?疑問が浮かんだが彼が風邪を引いてはいけないと思い、乗っていかないかと誘った。

「ありがとう。でも目的地はすぐそこなんだ。」

Y君が指差した先にはカフェらしき建物があった。彼はカフェらしき建物のスペースに自転車を停めて中に入っていった。

僕は妙に興味をそそられてウィンカーを点灯し、右折するとその建物の駐車スペースに車を停めた。

カフェらしき建物は廃墟の様に廃れていた。

鉛雲は再現なく雨を降らしている。入り口には目付きの悪い男がいて僕に話しかけてきた。

「入館証は?」

入館証?なんでこんな所で入館証が必要なのか疑問に思った。

「持ってないです。」

「じゃあ通すことは出来ないね。」

男は憮然とした表情で答える。

「あ、Y君の紹介で。」

「・・・そうかい。ならいいよ。」

僕は咄嗟に嘘をついた。あっさりとカフェの廃墟の様な建物に入れた。建物内は様々な年齢の男女が酒等を飲んで談笑していた。驚いたのはフロアの中央にライオンや豹等の猛獣が寝そべっている。柵はなく。小さな子供達が猛獣達を素手で撫でている。

最近では梟カフェなんてあるくらいだからな。いやいや猛獣だぞ?

「来ちゃったのか。」

怪訝な表情を浮かべながらシャンディガフを右手に持ってY君が此方に寄ってきた。

「どうしても気になってさ。」

申し訳なさ気に答える。

「せっかく来たんだ。此方に来なよ。」

Y君に促されネットカフェのブースの様なスペースに連れていかれた。そしてVRのヘッドギアの様な物を被らされる。

次の瞬間僕は転移した。

そこはゲームの世界らしく。物凄くリアルだが決して現実ではないのだ。

そしてこのゲームは某人気ラノベ怪異小説のキャラクター達が銃器で殺し合うといった目茶苦茶な設定であるらしい。

僕はスルガという女子高生のキャラクターらしく高架下に立ち尽くしていた。スポーツ少女で制服のスカートの下にスパッツを着用している。また左手をある理由で包帯で巻いているのが印象的だ。

川の水がリアルに流れていた。風が緩やかに吹いていてとてもゲームの世界とは思えなかった。

教会の鐘の様な鈍い金属音が周囲にこだました。

プレイヤーが乱入したのだ。

情報として空間に表示される。

「M雄だと。キャラクターはオウギか。Y君。僕を処刑するつもりだな。」

僕は直感した。奴は刺客だ。合法的に僕を抹殺する気らしい。

M雄は古い友人でメダルオブオナー3や007等のFPSのゲームで何度も対戦したが僕の勝率たるや酷いものであった。

僕は丸腰であることに気付いた。このままでは殺られる。直ぐ様周囲を探索した。高架下の草むらの中に落ちていたベレッタM1934という拳銃を入手した。弾装を確認すると9ミリ弾が9発収まっていた。

「やはりゲームだな。こんな所に銃が落ちてるなんて。」

スルガとなった僕は走り出す。橋の真ん中からしか入ることの出来ない拉麺屋がある。そんな拉麺屋をテレビか何かで見た気がするがどうしても思い出せなかった。

「奴との対決の前に腹ごしらえだ。このフィールドは広い。まだ時間はある。」

橋の中央に着くと巨大な柱に鉄の梯子が下まで延びていた。僕は落ちないようにしっかりと梯子を握り降る。

柱の下にはバラックの様な拉麺屋があった。店名は【幻】

「ヘイラッシャ!」

幻の店主が気さくに声をかけてきた。僕は油まみれの店内を見回しながらカウンターに座った。

「水はセルフでお願いしますよ。さて何にしやす?」

僕は壁に掛かってる木札のメニューの中から空腹を満たす物を選ぶ。空腹?ゲームの中で?

「豚骨拉麺幻バカネギと餃子」

「かしこまりやした。」

笑顔の店主は深い皺を作り調理に入った。

僕は硝子のコップに水を入れ一口飲んだ。旨い。

「最近のゲームは凄いな。」

店主の差し出す餃子と豚骨拉麺にがっつく。驚くほど旨い。濃厚な豚骨スープに手打ち麺が絡み合い葱がアクセントとなって食欲を刺激する。湯気が店内に立ち込める。麺を手繰る音。餃子の皮がぱりぱりと噛み砕かれる音。拉麺の汁を啜る音。あっという間に胃袋に収まった。胃袋に?

「旨かったぞ親父。お勘定」

次の瞬間爆音と共に衝撃が店内を襲った。食器が棚から落ちて割れた。

「M雄か!」

僕は咄嗟に【幻】を脱出した。

対岸にオウギを認めた。黒髪から覗く瞳は闇に満ちている。制服の袖がだぼだぼだからだろう上着は脱いでいる。RPG7を此方に向け2発目を発射した。少し逸れて橋の一部が爆発に包まれ崩落した。

元来た柱から橋の中央にでる。橋を昇る間も更に2発のRPG7を撃ち込まれ【幻】は木っ端微塵になっていた。

「店の親父NPCだよな。」

【幻】に向けて合掌した。

ベレッタのスライドを引き薬室に9ミリ弾を送り込む。敵に向かい全力で走った。

オウギは先程ベレッタを拾った高架下周辺にいた。発射済みのRPG7を放り投げStg44というアサルトライフルを手に取った。

橋を横断した僕はベレッタを構え慎重に高架下に降りる。

オウギの姿はない。

大気をつんざく発砲音。奴はコンクリート柱の影から半身になり此方に射撃を加えてきた。腕の肉を少し持っていかれる。

「熱い。本当にゲームか?」

現実的な痛みとなって腕に血が流れる。とは言え痛みに動揺して立ち停まっていたら奴は必ずヘッドショットを狙って来るはずだ。

僕はオウギに接近しながらベレッタの引き金を引いた。オウギは直ぐ様柱に身を隠す。2発の拳銃弾は、空をきり、また柱に当たりコンクリートを削った。

僕は柱を回り込みオウギの全身を捉えた。顔と心臓に9ミリ弾を撃ち込んだ。しかし、空間が歪んだ様になり傷一つ付いてない様だった。

カウンターだ。至近距離でオウギは回転しオカッパの黒髪とスカートが踊る。僕を目掛けて一直線に女子高生の回し蹴りが繰り出された。革靴が僕の左肩を捉えた次の瞬間肩の痛みと共に視界は宙を仰ぐ。背中に衝撃が走り全身が重力に支配された。僕は大の字で仰向けになった。視界一杯にStg44の銃口が広がる。

恐怖の感情が高まる。

「M雄待て!!」

ベレッタに残っている全弾をオウギの顔面にぶち込む。やはり空間が歪みダメージを与えることは出来なかった。

「お前にはスプートニクに乗ったクドリャフカの気持ちは分かるまい?」

オウギが喋り終えると同時に射撃音が耳一杯に響き顔面に衝撃が走った気がした。



暗い黄金荘の中で僕は目を覚ました。心臓が早く鼓動している。

全身の筋肉が痛い。

やはり夢か。

蛇口をひねりコップに水を入れ一気に飲み干す。

「夢でよかった。」

僕はまたベッドに入り眠りについた。







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