幽霊猫画家夏目麻痺累

夏目麻痺累齢五拾五にして禍々しき猫を描きたる猫画家になりける。その猫現世に非ずや。あの世から、怨めしく此方を見据えるもの也。


結婚もせず子供つくらず、ただ娯楽少なき人生に、区切りつけたるものである。


人の喧騒なき人里離れし森林の中にアトリエなるものを構えん。銀杏と楓の紅葉たるや是見事也。


漆黒に塗られしアトリエの、窓から秋風が吹き込みたる。初老の画家ヒトリ椅子に座りてカンバスに筆を走らせ候う。マネキン達が不気味に佇む也


ショパンの悲しきピアノの旋律と、油絵の具のテレピン油。秋風誘いし深林の、匂い踊りて部屋を舞う。猫も舞う。

その猫名をヒデヨシと言う也。その眼はあの世から此方を見渡さん。幽霊の如き佇まい也。


秋空の静寂破るV6のエンジン鼓動刻みて落葉踏む。アルファロメオの赤は紅葉に、負けじと鮮血の如き鮮やかさ。

車から降りたる古き来訪者。彼女の名は白石夢子と言う也。


猫の様な無邪気な微笑みつくりてショートボブの軽やかなる黒髪を揺らし優雅に歩む。初老の画家と珈琲を嗜む時間は緩やかに過ぎたる。

彼女の膝に寛ぐヒデヨシ。かつて憧れた夢子に初老の画家は僅かばかりの金貨と引き換えに猫の絵画を譲り渡し候う。

彼女去りてまた、初老の画家はカンバスに向かわん。





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