1-7 【思わぬ誤算】

よしっ。そういって、杉山千歳はバケモノの方に目を向けた。どうやらカタをつけるようだ。


しかし、蛇となった化け物は素早く、何より大きい。軽く3メートルはある。


ヒュンッ


杉山千歳は大きく飛ぶと、化け物の頭に飛び乗った。暴れる化け物。杉山千歳は振り落とされるどころかビクともしない。


パチンと指をならす


ドゴォッ

「!」


化け物の頭がいきなり地面に叩きつけられた。まるで上から重たいものが落とされたようだ。杉山千歳が化け物に強い重力をかけたことは先ほどの件から容易に想像できた。


杉山千歳は重力を操れるようだ。

化け物は苦しそうに呻く。

化け物の頭蓋骨はへこんでいた。砕かれたようだ。

ヴ…ヴヴ…という低く唸る声はそのうち聞こえなくなった。息が止まったのだろう。


一撃必殺…驚いた恭は杉山千歳を見上げる。このヘラヘラした男はこんなに強いのか。

杉山千歳はこんなものか…と呟きながら化け物の頭から飛び降りた。


「この扉から、微かだけど、異能の世界からの力が漏れてるんだ。だから、13番街では低級の異能力者も一定の力が使える。体から出てる黒い煙がみえるだろう?」

たしかに。蛇に成り代わった今も、体から黒い煙が細々と見えている。


「このオーラが異能力者と普通の人間との違いだよ。異能力者には少なからず人間にはないオーラがある。そしてそれが見える君は格好のエサだった。」


「エサ…?」

エサ…?どういうことだ。というか…

「オレがオーラ見えてたの気づいてたんだな…」

「嫌だなぁ。あんな熱い視線向けられたら気づいちゃうよ〜」

「…!」


ふざける杉山千歳に、恭はため息をついた。


恭には昔から見えないものが見える。それがたまに見える人間のオーラだった。杉山千歳に初めて会った時、真っ直ぐな眼と一緒にその背後にとても強いオーラを感じた。ここまで強い人には会ったことなかった。他の人とは何か違うことに恭は気づいていたのだ。まさか異能力者だったなんて。


「つまり、オーラが見える人は人間じゃなかったってことか…?」

「そう、異能の世界の住人だったってこと。まぁ、人間に付随して異能力が開花してるって感じだからベースは同じ人間なんだけど。たまに異能の世界から人間の世界に逃げ出す人もいるんだよね」

でも、1つ不思議なことがあるんだ。

そういって、杉山千歳が付け加えた。


「君を調べさせてもらった時に、君は生まれも育ちも人間の世界だった。どうしてオーラが見えるのかな。君自身も弱いけどオーラが出てるんだよね。」

恭が息を飲む。どうしてオーラが見えるか?オレにもオーラがある?そんなのオレだって知りたい。恭は拳を強く握った。


「まぁとにかく、ナナは恭君に近づくために、2週間前に他の異能力者を食べ、力を付け自分の黒いオーラを隠した。力があれば、オーラは隠すことだって出来るんだ。しかし、異能力者を食うには倒さないといけないし、何より異能力者を食べるには力が必要なんだ。だから、ここでしか捕食出来ないんだよね〜。」


杉山千歳はこちらを向きながら話している。

だから、ナナさんはオレをここまで連れてきたのか。妙に納得した。こんな時間に連れてきたのも、ナナは見えない第2の事件の犯人に焦っていたのだ。杉山千歳がいようがいまいが、ここで恭を食おうとしてた。恭はゾッとしたと同時に、杉山千歳が居てくれたことにものすごく感謝した。



「俺の名前は、杉山千歳。異能力は重力操作。君が出会った初めての正式な異能力者として、よろしくな、恭!」

座り込んだ恭に向かって笑顔で右手を差し出す杉山千歳。恭も右手を差し出すと、グィッと持ち上げられた。もう立てるようになっていた。


杉山千歳は行き止まりの通路から出るため、化け物を背にして歩き始めた。恭がこの化け物はどうするのだろうと見ていると、杉山千歳はそのうち引き取りに来るさと言った。誰が、それはもう聞かないことにした。聞いても多分分からないし。恭はたくさんの情報に頭がついていかない。


杉山千歳は歩きながら、恭に話しかける

「君にももちろん、知る権利はあると思うし、あらかた説明し…」

「危ない!」



その刹那。死んだはずの化け物の尾が動き出し、こちらめがけて飛んできた。

尾が身体を掴む。恭は杉山千歳が殺されると思った。

しかし、化け物の狙いは杉山千歳ではなく、恭だった。凄い力で引っ張られる恭。あっという間に化け物の尾に巻きつかれてしまった。

化け物はヴヴ…と苦しそうな声をあげ、頭を地面に打ちつけながら暴れている。


ギリギリ

「な、なんでオレ…」

苦しい…締まる…そんな言葉より早く、なぜ恭なのか。そんな言葉が出た。死んだんじゃなかったのか。


「恭君まずい。拒絶反応だ。2週間前に食べた異能力のせいで、バケモノの体が無意識に暴れてる。」

無意識?どういうことだ。異能力と異能力がコイツの中でぶつかっているのか。


はやくどうにかしないと…!恭は焦った。殺される…‼︎‼︎こんなところで死にたくない。


下から、杉山千歳が叫ぶ。

「いい?バケモノはリミッターが外れて理性もないから、絶対刺激しちゃダメだよ!あと、血…」

ガリッ

「あ」


杉山千歳が制止する前に、焦った恭は、蛇の体に思いっきり噛み付いた。驚かせたら、尾の締め付けが緩むと思ったのだ。大きな鱗が、バリバリッと恭の歯によって噛み砕かれる。身体は鋼鉄かと思ったが、意外と柔らかい。

そのまま歯を進めると、肉に当たり、血が噴き出した。


緩まる尾。やった!と恭は思った。

しかし杉山千歳を見ると、ポカーンとしている。なんだあの間抜けな面は。恭が自分の力で化け物にダメージを与えたことを悔しがっているのか。


化け物の尾の力が緩み、恭は振り落とされる。杉山千歳が恭をキャッチしてくれた。

真顔で恭を杉山千歳が見る。恭は不意に先ほどの杉山千歳が言いかけたことを思い出し、理解して、顔がサァッと青くなる。


「血…飲んだ…?」

「飲んだ…」


体調に変化はない。むしろ何か元気になった気がする。


しかし、自分じゃない何かが身体の中に入り込んだことは容易に把握できた。


「死んだあとの異能力者の血を飲むと、その能力が引き継がれるんだ…」


あはは〜…と乾いた笑いをする杉山千歳。まさか、と顔に動揺がうかがえる。

はやく言ってくれよ。杉山千歳に掴みかかろうとするが、やめた。今更あーだこうだいってもオレの体の違和感は消えない。




柏木恭はめでたく異能力者デビューを果たした。



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