1-5 【第2の事件と落ちた右腕】


恭は小雨が降る中、傘もささず足早にファストフード店を去った。


あのまっすぐな瞳に負け、誘いに乗ったものの、杉山千歳の話は、心底どうでもいい心配だった。高校に行け?たった2日しか逢っていないアンタに何が分かる。オレはを理解してくれると思ったのに…。恭は冷静さを失うなんて自分らしくないと思い、ハァとため息を吐いた。



スマートフォンを取り出し、電話をかける。2コール以内に相手が出た。

「もしもし、ねぇ、今日泊っていい?」

恭がそう問いかけると、電話口で「いいよぉ~」と甘えた声が聞こえる。ナナよりも少し高い声だ。「ハルカ、迎えに行くよ~」という、ハルカに対して、恭はありがとう、と言い場所を伝え、電話を切った。


恭が関係を持っているのはナナだけでは無かった。


むしろ、ナナよりもっと前から様々な女性と関係を持っていた。ナナは一番新しい女性で、美しく一緒にいて楽しい女性であったが、ナナと会うと、どことなく恭は疲れてしまう。その原因がよく分からなかったが、疲れているときにナナには会いたくないと思ってしまった。我ながら、愚かなことをしていると思う。しかし、本当の愛が分からない恭にとって、これが彼なりの恋愛だった。もちろん、告白されても、関係を持つ前に「付き合えない」と告げ、それでもいいよと言ってくれるアッサリとした人とだけ関係を持っている。実質恋人はいない。去る者は追わず来る者は拒まず。それが柏木恭だった。現にこの4日間、学校に行かず女の人のところを転々としている。



「柏木君」


ハルカを待っている間に、同じ制服を着た女子生徒から話しかけられた。いつものように愛想よく振る舞う。クラスメイトのようだ。


「あの、今日、校門の前で柏木君を探している男の人に話しかけられたの。それで、いるって言っちゃったの。勝手にごめんね」

杉山千歳と話したのはこの子か。恭はそう思ったが、もう怒ってはいなかった。いいよ、と優しく言うと、女の子はありがとう、と笑った。普段大人の女性とばかりつるんでいるが、同学年の女性もピュアでかわいらしい。


「それで、その人にもう一つ質問されて…柏木君って彼女いるの?って。私、キャバクラで働いているお姉ちゃんから聞いたんだけど、柏木君って絶対に特定の彼女作らないんだよね?お姉ちゃんがキャバ嬢の中では一般常識になっているって。だからそう伝えたの。合っているよね?」

「うん、そうだけど…。そんなことあの人が聞いてきたの?」


頷くクラスメイトを見ながら、恭は考えた。なんでそんなことをわざわざ聞くのか。オレが付き合っていないっていったから?説教をするために?


恭は杉山千歳が、分からなくなっていった。




***




10月18日 17:23



13番街のアナコンダの都市伝説はまたたく間に広がった。しかし、今度は都市伝説程度の話ではなかった。


昨日の深夜未明、13番街に男性の右腕が落ちていたからだ。


都市伝説は一気に事件となった。警察が朝から捜査をしている。

しかし、落ちていたのは腕だけで、死体も血痕もない。本当にアナコンダが現れて丸のみしたのか。そのような噂が立てられ、夕方のワイドショーでも、動物研究家や、危険生物研究家といった人々が引っ切り無しに出演していた。


ナナのキャバクラでも、出勤してからそのような話ばかりが飛び交っている。しかし、どこか皆他人事で楽しそうに話している。右腕があっただけで、死体は無かったからだろう。それに、元々この街は治安もいい方ではないし、どことなく慣れているのだ。それに非日常を求めてここに来る客も多い。こんな不可思議な話は、かっこうのネタだろう。


ナナは客の好き勝手な考察を聞きながら、今朝の杉山千歳を思い出していた。なぜあんなに動揺したのか。そんなことを考えると、仕事が身に入らず、グラスを2回も落としてしまった。



10月19日 02:43


仕事が終わり、帰宅するナナ。

杉山千歳に会いたいような会いたくないような不思議な気分だった。もちろん、気になる。だけど、どことなく怖い。あの、まっすぐな目は何かを知っているのだろうか。


エレベーターに乗り、玄関の前を開けると、ちょうどナナの横の横に住む、キャバ嬢も帰宅してきた。ナナとは杉山千歳の部屋を挟んでいる。彼女も、杉山千歳の隣人になるのだから、何か知っているのではないだろうか。ナナはとっさに質問した。


「あの、若い男性が。引っ越しの挨拶で来ませんでした?」

急に話しかけられ、キョトンとする女性。無理もない。ナナはめげずに続ける。

「この、503号室に引っ越してきた、スウェット姿の男です。結構出入りしていると思うのですが…」


「男?知らない。見たことないね。挨拶にも来てないし」


見たことない?なぜ?すぐコンビニに行くようだったしあんなに出入りしていたのだから、一度くらいは会ったことあるのでは…。ただ、単純に女性と杉山千歳の生活リズムが合わないだけなのか。


女性は淡々と続ける。


「というか、503号室の女の子、同じ店の子なんだけど、引っ越ししてないよ。2週間前のあの都市伝説の第一発見者らしく、びっくりしちゃって今は実家に戻ってるけど」



ナナは背筋に嫌な汗が伝うのが分かった。


503号室の、あの男は一体誰だ。

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