1-4 【見かけに騙されるな】

10月18日 8:20


「げ」

「あっ!どーもどーも」


ゴミ出しから帰ってきたナナは5日ぶりに玄関でドアを開けた杉山千歳すぎやまちとせに遭遇した。くそ、平穏な5日間だった…。ナナは遠い目をしていた。あの一件以来、なんとなくこのデリカシーなし男には会いたくなかった。杉山千歳は相変わらずヘラヘラしながらコンビニの袋を振り回し挨拶した。


しかし今日はどこか違う。いつものスウェットにクロックスではなく、パーカーに黒のスラックスを穿いて、スニーカーだった。髪の毛もどこなく整えられている。杉山千歳はいつもダボダボのスウェットだったので気づかなかったが、それなりにスタイルは良い。見事に着こなしていた。服装でこんなに人は変わるものなのだ、とナナは正直感心した。いつもの黒ぶちメガネもよく似合っているように見える。だんだんかっこよく見えてくる。


「今からお仕事ですか?」

とっさにナナは杉山千歳に尋ねた。動揺したのだ。

「いや、俺大学生なんですよ。20歳。ほら、駅の反対側にある。」

「っえ!?」

ナナは素っ頓狂な声を上げた。駅の反対側にある大学は、大学に詳しくないナナでも分かる超有名エリート大学だ。英才教育を受けて来たのか…学生の間にここに住むなんて親はお金持ちに違いない。人は見かけによらないな、とも思った。しかもナナより年下である。


「あなたは…、夜のお仕事されてますよね?」

ケロっとした声で杉山千歳は質問する。

「まぁ…そんなとこかしら」

ストレートすぎる質問に困惑したが、ナナは素直に答える。きっと杉山千歳は裏表がないのかもしれない。


「へぇ~この辺おおいですもんね。お姉さん綺麗だし。この前会った方、彼氏さんですか?」

「そう、彼氏なの」

不意の質問に、ナナの顔がほころぶ。ナナの周りでは、みんなのアイドルを奪った嫉妬か、あまり恭との話を聞いてくれる人がいない。

「お似合いですね~美男美女で。」


「付き合ったのは最近なんだけど、ラブラブなの。」

「へ~、付き合い立てホヤホヤですね」

「そう、彼はちょっと忙しくて毎日会えないけど…」

現に、杉山千歳と会った日から一回も会えていない。きっと学校が忙しいのだ。


杉山千歳とそのあと世間話をした。もっぱら恭と出会った日の話をナナが一方的にしたのだが、杉山千歳文句ひとつ言わず聴いてくれた。意外といい奴かもしれない。ナナは素直にそう思った。


「そういえば、13番街の都市伝説って知ってる?アタシたち、ちょうどその日に付き合って。ほら、2週間前の」

なにげなくナナが話題を振る。杉山千歳の大学でもきっと有名になっているだろう。すると杉山千歳は一瞬目を見開いた。


「…あ、…そうなんですか。ところでー…」

不意の話題に、杉山千歳はなんとなく歯切れが悪い。話もすぐに変えられた。まるで、触れてはいけない話題のようだ。被害者の子が、もしかして知り合いだったのだろうか。


…はたまた、彼は何かを知っている?


ナナはこの隣人をじっと見つめた。杉山千歳の焦げ茶色の髪が秋風にサラサラなびく。いつも笑っている彼は一体何者だろうか。


なんとなく気まずいまま、ナナは杉山千歳に別れを告げた。

杉山千歳は、エレベーターホールまで歩くと、ナナの方を振り向いた。そして、まっすぐな目でこう切り出す。


「13番街には近づかないで。昨日また、現れたらしいですから。」


ナナが言葉を発する前に、杉山千歳はエレベーターに乗り込んだ。





***



10月18日 16:13


「…」

「あ!見つけた!おーい!柏木恭かしわぎきょうくーん!」


校門の前で、全力で手を振る男を見て、恭はためいきをついた。このまま無視しようと思ったけど、きっとこの男は追いかけてくるに違いない。笑顔で近づいてくる杉山千歳に恭は微笑みかけた。


「なんでオレの名前知ってるんですか」

「いや~。この前、君の制服みてさ、高校は分かったんだけど、名前が分からなくてさ。下校中の女の子に金髪のイケメンいない?って聞いたらすぐに柏木恭って名前が出たんだよ。だから、呼んでみた」

呼んでみた、じゃなくて。もしもその生徒が違う人のこと言っていたらどうするんだよ…。杉山千歳と、杉山千歳の無茶苦茶な質問をきちんと答えた女子生徒に、恭は本日2回目のため息をつく。猪突猛進だな、この人。まだこの前のスウェット姿じゃないだけマシか。


「杉山さん、ですっけ?何しに来たんですか。オレ行くところあるんです」

「……ちょっと、話さない?」

この前のまっすぐな目で恭を見る杉山千歳に、恭は頷くしかなかった。



杉山千歳と恭はファストフード店に入った。


本当はカフェの方がいいのだろうが、なにせここ周辺は飲み屋しかなかった。シェイクを飲みながら恭は杉山千歳の顔を見つめる。綺麗に整えられた髪型に、きちんとした服装。オンとオフが激しいのだろう。メガネの向こうからまっすぐとした視線を感じた。


杉山千歳はスゥっと息を吸うとこう切り出した。

「恭くん。君、高校全然行ってないだろう」

「…え?」

恭は急な質問に目を見開いた。もっと違う質問が来ると思ったからだ。


「だって!出会った次の日から校門の前で張り込みしてたけど、恭くん全然現れなかったし!」

わめく杉山千歳。ちょっと待て。そんなことなのか。というか、この男はオレに出会った翌日からずっと校門の前で張り込みしてたのか。恭はゾッとした。なんだこの男は。何の目的で。


「…キモ」

とっさに素直な感想が出た。普通に気持ち悪い。

「なっ‼高校生は学業が本業だろう!?お姉さんと仲良くするのもいいけど、高校ちゃんといかないとだめだよ」

眼を見開いて杉山千歳は反撃する。恭は段々苛立ってきた。こいつはオレに説教するために校門でオレを待っていたのか。こんなしょうもないことを言うためにオレをここに誘ったのか。とんだアホだな。もっと、マシな奴だと思ったのに。


「オレがなにしようが、アンタには関係ないし、出会って数日のやつに説教される覚えはないね。帰る」

恭はこう言い放つと、ガタッと大きな音をたてて立ち上がり、かばんをもった。その手を杉山千歳が掴む。


「なんですか…」

「もう、知っているとは思うけど、君の彼女は君がちゃんと高校に行っていると思っているよ。」

杉山千歳はまっすぐな瞳で恭に告げた。



「なんだよそれ…意味わかんねぇ。俺からも1つ。


その伊達メガネ、全然似合ってないですから」


恭は捨て台詞を吐き、杉山千歳の腕を振りほどいて足早にファストフード店を出た。



「あらら~。伊達メガネなのバレちゃっていたか」

杉山千歳が店内から外を見ると、雨が降り始めていた。          

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