第31話 希望の世界12 影を見る
カナヘビに乗ってその集落に着いたのはもう日が暮れた頃だった。木々が生い茂る森の中に吸い込まれるような真っ暗闇が広がっている。慣れてきたころに目を凝らしてみるとようやくなにか塊のようなものが動いてみるのが見えた。
恐る恐る近づいてみた。一歩二歩。少しずつ歩みを進めてみると、塊の正体が毛布のようなものにくるまった何かだということがわかった。
「やあ、遅くなって悪かったね。お届け物、持ってきたよ」
ケイはそう言ってハンカチを取り出すと、小さなハンカチの中からパンや水などの食料や衣服などが山ほど出てきた。
毛布からか細い白い手が伸びてきて、小さなパンを受け取った。静かに、謙虚に食べる音が聞こえてきた。
アンナやショウも歩き回って他の塊の方へ食料を届けに行った。よく見ると塊は全て人だった。子どもから大人まで、たくさんの人がいたるところにうごめいていた。たまに毛布から覗く顔や手は全て痩せこけて青白くなっていた。えぬはいてもたってもいられなくて、アンナやショウと一緒にパンを届けてまわった。
一通り届けるのが終わったあと、腰を下ろして4人も同じようにパンをかじり、水を飲んだ。クリームパスタと違い、生きるのに最低限の味がしたが、それでえぬは充分だった。
黙々と食べた後、アンナが口を開いた。
「つい最近まで、あたしたちも同じように暮らしていたのよ。それが突然、流れ星がたくさん煌めいた夜に、急にあたしたちは力をもったの」
えぬは黙って空を見た。星一つない暗闇が広がっていた。微かに見える雲が怪しく過ぎ去っていった。
「それまでは、ホルプの街になんか近づけやしなかった。怪物に怯えて細々とやってたよ」
ショウがどこからか抱えてきた薪に火をつけながら言った。
「なぜ、そんな不思議な力が?」
「それは俺たちもわからない。だけどただ一つわかるのは、誰かが願ったということ。俺やケイやアンナに、強くあって欲しいという願いが俺たちに力を与えたこと。それはなぜかわかるんだ」
火打ち石のカチカチとした音が鳴り、ショウの手から火花が飛び始めた。やがて火種ができ、赤く色づいてきた。ケイはハンカチの中から鉄でできた筒のようなものを取り出し、
薪の中に息を吹き込んだ。
「うん、それからはホルプの街に忍び込んでこうやってみんなにいろいろ配ってるってわけさ。そのうちにあの街のことがわかってきた。やたらと楽観的なこと、飛行船を使って何処かから資源を得て豊かに暮らしていること、そして、おそらく紫色のあの花は、人を狂わせる何かがあること」
息を吹き込むのをやめ、ケイが説明をした。
焚火の火が大きくなると、毛布にくるまったままで人々がもぞもぞと集まってきた。えぬたち4人も焚火に手を当てた。じりじりと手の先から順に体が温まっていった。
「うん、とにかく。願いの力を使って、僕たちにはやらなければいけないことがある。」
「そうだ、ホルプの街をぶっ壊すことだ」
「ショウ、違うでしょ。あなたはいつも単純に物事を考えるわね」
「うるさいな。あいつらだけいい思いさせるのは癪だろうが」
「今度手術で頭の中作り変えてあげるわ」
アンナとショウのやりとりにえぬは頬を緩ませた。懐かしい、感じがした。そういえば、アンナちゃんはお父さんが病院で働いているからお医者さんになるのが夢だったんだっけ。
「うん、ホルプをどうにかしたところで、世界の恐怖や、貧しさは解決しない。まずは、人々をおかしくしているあの花の正体をつきとめる。正気に戻ればホルプの街の人々も助けてくれるはずさ。そして、ホルプだけが豊かになっている理由を探る。どうやらこの世界の一部には怪物がいるのかいないのか、とにかく安定して資源を得て、ホルプに届けることのできる場所があるらしい」
ケイの言葉にえぬは、はっとして思わず声をあげた。
「飛行船だ」
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