第32話 希望の世界13 靴ひも

ひとしきり温まると、ケイたちが毛布にくるまった人々に声をかけ始めた。小さなか細い声で話していたため、えぬは何を話しているかを聞きとることができなかった。


ふと、えぬの制服の裾を引っ張る青白い手に気がついた。力なく、骨ばっていた。


「今日も、ありがとう」


「え?」


「今日も、食べ物とお水をありがとう」


手の主は弱々しく礼を述べた。


ちらりと被った毛布の隙間から顔が見えた。

えぬはそれを見て息をのんだ。


「……お母さん」


紛れもなく、の乃かの母の姿だった。しかし、そう呼ばれた当の本人はただ不思議そうにえぬを眺めるだけだった。えぬは確かに覚えていた。正確には、渦の世界で思い出していた。の乃かだったときの、病気がちだったが大切にしてくれていた母のことを。


近くに来たアンナが心配そうに「どうかした?」とえぬに声をかけたが、えぬは「ううん、なんでもない」と気にしない様子で答えた。


ブー太も姿を変えて、渦の世界に現れた。きっとこの「世界」にいるお母さんも何かの理由があってここにいるのだろう。何かを思い出すための鍵であるのかもしれない。そう思ったが、これが仮の姿なのか、今のお母さんが本当の姿なのか、考えれば考えるほどえぬはわからなくなった。


「きっと、この世界で何かにたどり着いたら、助けられる」


ブー太のときと同じ。えぬはそう考えた。病気がちだったお母さんが、の乃かだったときの世界にいたときより弱々しくなっているのは見ていられなかった。毛布を被った母の手を握ってから、えぬは履いていたスニーカーの紐を固く、結び直した。


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