10芋 妹と暴露大会

ある日、学校が終わって家に帰ると、既に凛が先に帰っていた。

当たり前のように部屋にいることはもういいだろう。

今はそれより、彼女の行動の方が気になる。

「あああああ〜」

「何やってるんだ?」

彼女はさっきからずっと扇風機に向かって声を出している。

小さい頃によくやった記憶はあるけど、高校生にもなってこれをやる奴がいるとはな。

「これ、楽しいですね!」

「まあ、楽しいんだろうけど……」

「どうかしましたか?」

「いや……」

言うべきかどうか迷ったが、俺は言うことにした。

きっとこの実妹は言わないとわからないタイプだ。

「あのな、その扇風機に向かって声を出すのって、小学生レベルの遊びだぞ?」

「そ、そうなんですか?こんなに楽しいのに……」

凛は少し残念そうな顔をする。

いや、こんなことでそんな顔をされてもな。

「そうだ!お父様に頼んで扇風機に向かって話しかけることを日本人の和のたしなみにしましょう!」

「いや、絶対断られるからな?」

「いえいえ、私が上目遣いでお願いすれば、いくらお父様でも反抗できません!」

「お前、娘の立場を存分に使うつもりだな……」

こいつ、手段は問わないタイプか。

「兄さんにだって、女の武器を存分に使ってその初めてをいただきます!」

「させねぇよ?」

俺は抱きつこうと突進してくる凛を押し返す。

「もぉ……兄さんは頑固です!」

「頑固で結構、実妹に襲われるくらいならそれでいい」

凛はほっぺを膨らませて可愛らしく不機嫌になる。

「まあ、それは置いておくとして……」

「結局は置いておくんだな」

まあ、後でしっかり叱っておくか。

「兄さん、私扇風機というものを初めて見ました!」

「そうなのか?」

「はい!時代はクーラーですからね〜」

「ああ、確かにな……」

俺も扇風機なんて滅多に出さないし。

押し入れから引き出すくらいならクーラーのリモコンに手を伸ばしてしまう。

便利な時代というのは、無数の忘れ去られる作品の上に出来上がっているんだな。

「兄さん、ではゲームをしましょう!」

「またゲームか……今度はなんだ?」

「扇風機の4つの羽の内、ひとつの羽に鋭利な刃を付けて強で回します。それで指を突っ込むんです!」

「いや、怖すぎだろ!」

「はい!先に全ての指を飛ばした方が負けという……」

「ゲームはゲームでもデスゲームじゃねぇか!」

――――スパァン!

「あふっ♡」

近くにあった扇風機の取扱説明書を丸めて、このバカ実妹の脳天に叩き込む。

「冗談ですよ〜♡」

「お前が言うとあんまり冗談に聞こえないんだよ」

「いやいや、大切な兄さんを傷つけるようなことは絶対にしません!」

凛は堂々と胸を張って言う。

まあ、嬉しいことだけれど。

「そしてその兄さんの妻である私も傷モノになる訳にはいきません!」

「誰が妻だ」

「私です!」

「その予定はない」

「では今から組んでください!」

「拒否する」

「いじわるです!」

「はいはい」

そんなふうに適当に流してやって……。

ていうか、傷モノってなんだよ。

なんか意味が違う気がするんだが?

「まあ、指を突っ込ませるのは金の力で雇った奴隷だけにしますから安心してください」

「全然安心できねぇ!」

目の前で指が飛ぶのを見たら、俺はきっと二度と扇風機を見れなくなる。

いや、まあ困らないけど……。

トラウマになりそうだからやめてくれ。

我が家の実妹がサイコパス可愛い。


「ふっ、凛ちゃんは幼稚」

凛が扇風機で遊んでいたことを話すと、雪乃はそう言って嘲るように笑った。

「むっ……雪乃ちゃんには言われたくないです!」

「凛ちゃんは私のことを幼稚だと?」

「そうです!むしろ雪乃ちゃんの方が幼稚です!」

「おいおい、喧嘩するなって」

このままヒートアップしても良くない。

俺が間に入ってふたりをなだめることにした。

「雪乃ちゃんの恋愛感情は幼稚なんです!そんなことでは兄さんを喜ばすなんて夢のまた夢ですね」

「そんなことない、私の恋愛感情はもう大人。陽の息子も大喜び間違いなし」

「急になんの話しをしてるんですかね……?」

俺がそう言った瞬間、2人がグイッと距離を詰めてきた。

そして凛は右腕に、雪乃は左腕に絡みつくように抱きついてくる。

二人とも胸は幼稚(小声)だから、あまり意識しなくていいのは助かる。

ただ、この騒動を聞き付けたもう1人が現れると、大変厄介だ。

「楽しそうなことをしてるね〜♪私も混ざる〜♪」

噂をすればなんとやら。

夏は上の階の自分の部屋から垂らしたロープを掴みながらベランダに着地。

そのまま突進するように空いている俺の胸に飛び込んできた。

「ぐふっ!?」

その幼稚ではない胸を存分に俺の顔へダイレクトアタックさせた夏は、俺(と凛と雪乃)を押し倒す形で床に転んだ。

「いってぇ……」

「お兄、大丈夫?ごめんね、ついギュッでしたくなっちゃって……」

「大丈夫だ、俺こそ受け止めてやれなくてごめんな。こいつらが腕を掴んでたせいだな?」

俺と同じように転んだと言うのに、凛も雪乃もまだ腕をがっしり掴んでいる。

そんな2人を軽く睨んでも、2人は照れたような顔をするだけ。

いや、褒めてないんだけど……。

まあ、俺の腕への執着がすごいことはよく分かった。

「ところで……もうそろそろ降りてくれないか?」

「んー、もう少しこうしてたい!」

夏はそう言うと、俺の上に乗っかったまま俺の胸にスリスリしてくる。

それと同時に大きなお胸様も俺の腹部にぷにぷにとソフトタッチしてくる。

「えへへ、お兄の体温がわかる気が……うわっ!?」

と、突然夏の体が持ち上げられる。

いつの間にか腕を離れていた凛と雪乃が、夏の脇に手を入れて二人がかりで持ち上げていた。

「ふふふ、夏ちゃんは少しやりすぎですね」

「ふっ、夏ちゃんは度を超えてしまった」

2人は夏の腕をがっちりロックして、夏は身動きが取れなくなっている。

俺からすれば、凛と雪乃の方が毎日限度を超えていると思うんだけどな。

「凛ちゃん、やっちゃおうか」

「雪乃ちゃん、おしおきタイムだね」

そう言うと2人は夏をベッドに投げる。

「ぶへっ……な、何するの……?」

夏が不安そうな目をこちらへ向けてくる。

だが、今助けるのは違う気がする。

妹たちの好きにさせてやろう、という建前で俺は夏を見捨てることにした。

「ふふふ、おしおき開始!」

――――ペチンっ!

「あふっ♡」

凛が夏のおしりを叩いた。

なかなかいい音が部屋に響いたな。

―――ペチンっ!

「んんっ♡」

今度は雪乃がおしりを叩く。

「陽にベタベタしすぎたことを反省して」

―――ペチンっ!ペチンっ!

「あぅっ♡あふんっ♡」

なんだか、夏も満更でもない顔をしているような気がする。

雪乃がドMなのは分かっていたけど、夏までそうだとはな……。

ほら、ちょっと顔赤くして喜んでるし。

「ふふふ、こんなものじゃ足りないみたいですね……ハァハァ」

「まだまだ痛ぶってあげる……ハァハァ」

御二方も息を荒くして夏のおしりを叩き続ける。

それは結局、その後も10分ほど続いた。

その頃には夏は息も絶え絶えで、顔から色々な液体を出しながらベッドの上でピクピクしていた。

「ふぅ、お仕置き完了です」

「いい仕事をした」

そう言って満足そうにおれの隣に座る凛と雪乃。

いや、さすがにやりすぎだと思うけどな。


「ところで兄さん、今日がなんの日だか分かりますか?」

「今日か?」

今日は確か、5月1日だ。

特に何かあったようには覚えていない。

「何も無いんじゃないか?」

俺がそう返すと凛は人差し指を振りながら、チッチッチッと言う。

噛んだのか、最後がチじゃなくてチュに聞こえたけど、聞かなかったことにしよう。

「兄さんは甘いですね。今日は5月1日、2回目のエイプリルフールじゃないですか」

「……は?」

こいつは何を言っているんだろう。

エイプリルフールは4月の1日にあるものであって、毎月あるものではない。

それくらい凛でもわかっていると思っていたが、こいつの馬鹿さは俺の想像以上だったらしい。

俺の隣では雪乃と、いつの間にかこちらの世界に復帰している夏も俺と同じように「何言ってるの?」という顔をしている。

「凛ちゃんはきっと、どこかに頭をぶつけたんだよ。そうじゃないとこんなこと言うはずがないもん」

「凛ちゃんはいつもやばいけど、今日はもっとやばい」

そう夏と雪乃が耳打ちしてくれる。

全くもって俺も同感だ。

「凛、最近どこかで転んだりしたか?」

「あ、さっき台所で……」

そう言って振り返った凛の後頭部を見た俺達はひっくり返った。

いや、冗談なしに本当にひっくり返った。

「り、凛……その赤いのって……」

凛の後頭部には、べっとりとした赤い何かが付いていた。

転んだという台所にも同じものが付いている。

「り、凛ちゃん……まさか死んじゃって……」

「おばけ……?」

夏がその大きな双子山を押し付けながら俺の腕に抱きついてくる。

密着しているせいで、震えているのがよくわかる。

雪乃は抱きついては来るが、別に怖そうじゃない。

ただ抱きつきたいだけだろう。

それにしても、凛の後頭部の赤い液体は血にしか見えない。

これだけの血が出ていれば、死んでいてもおかしくは……。

「あ、このイチゴジャムですか?さっき転んだ時にこぼしたやつですね。頭についちゃってましたか」

「……い、イチゴジャム?」

「はい!これです!」

そう言って凛が見せたのは『東雲食品 血液に見えるイチゴジャム』の瓶だった。

中身はほとんど空っぽだった。

ていうか、お前のお父さんはなんてもんを作ってんだ。

血に見えるイチゴジャムなんて、絶対食欲出ないだろ。

「見た目はアレですけど、味は保証しますよ?ほら、兄さんもどうぞ」

そう言って凛は、瓶の中に僅かに残っていたイチゴジャムを指ですくって差し出してくる。

「兄さん、あーん♡」

少し恥ずかしいが味も気になるし、仕方ない。

「あ、あーん……ん……?」

あれ、結構美味しいな。

「どうです?」

「結構いけるな」

「ですよね!」

「でもな……」

「なにか不満でも……?」

「いや、普通に見た目の時点でアウトだろ」

食品として成立していないからな。


部屋にイチゴの匂いが充満してきたから、凛には風呂で洗い流してもらい、その間に俺達は床やキッチンに散らばったジャムを綺麗にふき取った。

まあ、実妹の後始末をするのも兄の役目だろう。

雪乃はすごい文句言ってたけどな。

面倒くさがりな性格、そろそろ直してもらわないといけないかもしれない。


凛が風呂から上がってきた。

そしてすぐに引き出しから折り紙を取り出して机に置く。

そこから12枚折り紙を取り出して、机に並べた。

「兄さん、雪乃ちゃんも夏ちゃんも集まってください」

「ん?なにかするのか?」

「また余計なことするの?」

「雪乃、それは言ってやるなよ……」

義妹から実妹への信用が低すぎる。

「いいえ、今年2回目のエイプリルフールを記念して、ゲームをしようと思います!」

「あくまで2回目のエイプリルフールはつらぬくんだな」

こいつもなかなか頑固だな。

そう思って小さくため息を着くと、凛は何かの紙を見せてきた。

「これは来年発売されるカレンダーのサンプルです。1日を見てみてください」

そう言われてそれぞれの月の1日を見てみる。

「え……?」

5月1日、第2エイプリルフール。

6月1日、第3エイプリルフール。

7月1日、第4……etc.

全ての月にエイプリルフールが書かれている。

凛は、俺の反応を見て得意気な顔をしている。

「お金の力に不可能はないんですよ?」

「お前の仕業か!」

――――ズクシッ!

「あうっ♡」

カレンダーを丸めて馬鹿実妹の脳天に叩き込む。

「今すぐに元のカレンダーに戻してもらえ!」

「わ、わかりましたよぉ……」

少し不満そうだが、凛はどこかに電話をかけて毎月エイプリルフール制度を無くしてもらえたらしい。

エイプリルフールってのは一年に一度だから良いものだろう。

毎月あったら気が気でない。

日本の平和のためにも、エイプリルフールには4月だけに納まっていてもらいたい。


「で、では先程言ったゲームをしましょう」

「どういうゲームだ?」

「タイトルをつけるとするならば『暴露大会』ですね」

「暴露大会?」

「はい、そうです!」

凛は満足気に頷くと、机に並べていた折り紙の1枚を手に取る。

「まず、この折り紙の白い面に、『実は私○○だったんです』ということを書いて折ります」

凛は説明しながら折り紙を4つ折りにした。

「そして、描き終わったら全部合わせて混ぜます。それで、1枚ずつ開いていって、その暴露が誰のものかを投票制で当てるんです!」

「ほう、ただ単に暴露するだけじゃなく、ちゃんとゲーム性も混ぜられてるんだな」

「はい!ちなみに、2票ずつの同点になった場合と投票で暴露した本人を外した時は、その暴露が誰のものだったのかは永遠の闇に葬られます!」

「わからないままおわる暴露もあるのか……助かるような、もどかしいような……」

俺は顎に手を当てて考えながら、ふと机の上の折り紙に目を向ける。

4箇所に5枚ずつ(1箇所は1枚、凛が持っているため4枚)重ねられた折り紙たちは、よく見ると全ての色の組み合わせが同じだ。

色でバレないようにと言う配慮だろうか。

俺の実妹が意外としっかりしている。

「さっそくはじめましょう!」

「面白そうだし、やるか」

「私もやるやる!」

「私の千里眼で暴露主を見抜く……ふっ」

約1名中二の心が抜けていない奴がいるが、そこには触れずに席に着いた。

何か言ったら面倒なことになりそうだしな。

「では1人5枚ずつ、暴露話を書きましょう!」

妹達は頷いて、それぞれ書き始めた。

俺もペンを握って折り紙に向き合う。

(何を書くべきなんだろうか……)

暴露話なんて、普通は5つも浮かぶもんじゃない。

あまり過激な暴露なんてのも、書けるもんじゃない。

男友達相手ならまだいけるが、妹相手にそれはさすがに気まずい。

「私書けました!」

初めに声を上げたのは凛。

「私も書けた」

「私も!」

雪乃と夏も書けたらしい。

こいつら、そんなに暴露話を持っているのか。

最近の女子高生は秘密主義が多いんだろうか。

「兄さんは書けましたか?」

「ま、まだだ……」

俺は俺でひとつも書けないし。

何書けばいいんだよ……。

そんな悩んでいる俺の頭に、ひとつだけ隠し事が浮かんだ。

『妹たちを異性として意識している』

俺が妹たちにしている隠し事と言えば、これくらいしか思いつかない。

でも、これを書いてはいけない。

これを秘密にしていないと、彼女立ちとの関係が大きく変わってしまうかもしれない。

『兄と妹』から『男と女』になってしまう。

それは避けなければならない。

俺は死ぬまでこいつらの兄でいるつもりだ。

「兄さん?そこまで深刻に考えられなくても……」

「え……?」

「お兄、ちょっと怖い顔してたよ」

「陽、そんなにひどい隠し事があるの?」

「いや、なんでもない。ちょっと別のこと考えてただけだ」

「そうですか?」

隣の席に座っている凛は俺の肩に手を置くと。

「単なる遊びです、もっと気軽にしてください。兄さんが言いたくない秘密はまだ暴露しなくていいんですから」

そう言えば凛には以前言ったことがあった。

『俺はお前のことが好きだけれど、それが家族愛なのか、恋愛感情なのかはわからない』と。

そんな彼女だからこそ、なんとなくでもわかっているのかもしれない。

「ああ、遊びだもんな」

凛の言葉に心が少し軽くなった気がした。

1枚目の折り紙に『実は犬より猫派』と書いた。


「兄さんも書き終わったので、はじめましょう!」

凛がみんなが書いて4つ折りにした折り紙を集める。

そして、それを適当に混ぜた。

「言い忘れていましたが、見せた暴露は4人全員で話し合って、その結果、個人個人がこいつの暴露だ!と思った人に投票してくださいね」

「わかった」

「りょーかい」

「うん!はやくはやく〜♪」

3人の頷く姿を見た凛はまとめた折り紙から1枚を抜き出して広げる。

そこには、『実は勉強が苦手』と書いてある。

「……」

「……」

「……」

「……」

全員が黙ってしまった。

ちなみに俺はこれを書いたのが誰か、わかっている。

おそらくこの沈黙は、誰もが察した状態ということだろう。

「こ、この話題は流しましょうか?」

凛が少し震える声で言った。

「いいや、本人が自覚しているならそれに値する覚悟があるのかを知りたい。これに関しては投票じゃなく、自分から名乗りあげてくれた方が嬉しいな」

それを聞いてか、雪乃が立ち上がった。

「お前、ようやく勉強をする気に……」

「そうだそうだ!夏ちゃん、自覚があるなら真面目に勉強するんだ!」

「いや、お前のことだろ!」

―――ズクシッ!

「あふっ♡」

俺の渾身こんしんの一撃を受けた雪乃は、ヘナヘナっと椅子に座った。

「えぇ……わ、私ってそんなに勉強出来なかったっけ……」オロオロ

「雪乃、お前のせいで夏が混乱しちゃっただろ。夏、安心しろ。お前の成績は普通だ、雪乃なんかと比べちゃダメだ」

混乱効果を付与されてしまった夏の背中を優しく撫でて、状態異常回復をしてやる。

「私なんかって、陽も失礼」

「言われても仕方ないだろ。お前、国語と数学以外全部赤点じゃねぇか」

雪乃は普段のダラダラな生活からわかるように、成績もダラダラだ。

順位で言うと下から30番目くらい。

学年で230人くらいだから、200位ってことだ。

ちなみに俺は20位くらい。

凛は大体80位前後。

雪乃と同じ学年の夏は、真ん中あたりの順位を維持している。

いくら俺と雪乃の学年が違うと言っても、1年下なだけだ。

そこまで平均が変わったりもしないだろうし、変わったとしても200位は頭を抱える順位だろう。

どちらにしても夏が真ん中の順位なのだから、それくらいは取ってもらわないと、お兄ちゃんは義妹の将来が不安です。

ちなみにだが俺と凛は年子で、俺が5月、凛が3月に生まれている。

だから双子じゃなくてもギリギリ同じ学年なんだよな。

「でも、国語と数学は満点」

「ドヤ顔で言うなよ。いくら国語と数学が満点でもな、他が全部0点じゃな……」

「あれは私が悪いんじゃない、理解させようとしない教師達が悪い」

「責任転嫁するなよ。そんなんじゃ、将来どうなるやら……」

「大丈夫、私の将来は陽のお嫁さん一択。陽がしっかりしていれば、私の将来も安泰」

「いやお前、家庭科も0点だろ?料理もできないし……」

「大丈夫、私の将来の夢は陽のお嫁さん。家事が出来なくてもお嫁さんにはなれる」

「お前、俺に全部やらせる気だな……」

「そう、私は陽の帰りを待つだけ。あとは子作りの仕方さえ予習しておけば……」

「知識が偏りすぎだろ。ていうか、俺はお前をお嫁に貰う気は無いからな」

「酷い……昔は結婚するって言ってくれたのに……」

「子供の頃の話だろ?そんなの冗談に決まって……」

「私は本気だった、本気で陽が好きだったから」

「……」

そう言われたら、俺は何も言い返せない。

彼女の気持ちが本物だと知ってしまっているから。

「ほら、陽がくれた指輪と結婚するっていう証明のサイン」

そう言って雪乃は、どこからともなく取り出したおもちゃの指輪と1枚の紙を見せてくる。

「お前、そんなのまだ持ってたのかよ」

「うん、いつかこれを見せて強制的に結婚しようと思ってた」

「怖ぇよ!小さい時からそんなこと考えてたのかよ」

「乙女の恋心は体の年齢とイコールじゃないの。誰かを好きになった時に花開くの」

義妹が何やらロマンチックなことを言っているが、男の俺には乙女の恋心とやらは理解できない。

「ね、陽……結婚しよ?」

白い肌をぽっと赤らめて迫ってくる雪乃。

その得体の知れない圧に、無意識に後ずさる。

「そんなの子供の頃の話だろ?今は俺達は高校生だし、そういうのは……」

「陽は約束を破るんだ?ふーん、私と交した約束を無下にして、逃げちゃうんだ?」

「そ、それは……」

だめだ、今の俺じゃあ雪乃を突き離せない。

雪乃の口が俺の耳の近くまで迫ってきているのがわかる。

「……それでもいいよ」

雪乃はそう言って俺から離れた。

いや、よく見たら後ろ首を凛に掴まれて、無理やり引き離されていた。

「雪乃ちゃん、度が過ぎますよ」

「お兄独占禁止法だよ!」

なんだ、独占禁止法って。

俺は天然資源かよ。

「うぅ……もう少しだけぇ……」

「ダメです!ゲームを続けるんですから!」

「じゃあその後で陽を……」

「だーめ!私もお兄を独占したいもん!」

「夏ちゃんがそう言うなら、私も兄さんを独占しますからね!」

「うぅ……私の陽がぁ……」

「兄さんはみんなのものです。雪乃ちゃんだけというのはズルいです」

「そうだそうだ!」

そんなやり取りがあって、雪乃は無理やり席に座らせられた。

また俺に手を出さないようにと、凛が持っていた縄で椅子に腰の部分を括り付けられている。

なんで凛が縄なんかを持っていたのかは聞かないでおこう。

「ではゲームを再開しましょう!つぎは……」

そう言って凛が次の折り紙を開いたが、雪乃の「それでもいいよ」という声が頭の中で反響していて、しばらくの間ゲームに集中できなかった。


「では、最後の紙を開きますよ〜」

気がつくとゲームも終盤。

凛が最後の折り紙を開いて机に置く。

『実は猫より犬派』

そう書かれた紙を囲んだ俺達に、しばらくの間沈黙が流れた。

「何故このようなことを……?」

凛が首を傾げる。

俺も同意見だ。

最後の最後でどうでもいいカミングアウト。

もちろん、これを書いたのは俺じゃない。

となると、妹の内の誰かになるが、凛はさっきの発言からもないだろう。

つまり、雪乃か夏のどちらか。

前に雪乃が猫の方が好きと言っていたことがあるが、夏についてはどっち派なのかは知らない。

そうなると、夏が書いたンではないかと思ってしまうが……。

「犬派なんて、断じて許せません!」

凛が机を叩きながら立ち上がった。

「猫は至極の癒しです!反抗心と、時折見せる甘えのコントラストが美しすぎるじゃないですか!」

そう熱弁する凛には悪いが、正直どっちでもいい。

というか、どっちも可愛いからな。

俺は飼うなら犬派、愛でるなら猫派だ。

従順で甘え上手な犬も可愛いし、甘え下手だけれどそれとなく懐いてくれる猫もまた可愛いんだよ。

犬派VS猫派の戦争が起きたら、俺は第3勢力として戦うつもりだ。

『人それぞれ』と書かれた旗を振りながら。

「凛ちゃん、私も猫派。猫は最高」

雪乃が猫派に加わった。

まあ、雪乃自体が猫みたいなもんだからな。

ダラダラ怠けてばかりで、表情にはあまりでないけど、ちゃんと懐いてくれてるっていうね。

雪乃の前世は猫だったのかもしれない。

「ですよね!同盟を組みましょう!犬派撲滅です!」

凛は、いつの間に作ったのか、犬派撲滅!と書かれた折り紙製の旗を振る。

何もそこまでしなくてもいいと思うんだけどな。

「さあ!夏ちゃんはどっち派なんですか?」

「ふぇっ!?」

よく見ると夏は震えている。

まあ、状況的に俺目線、夏以外に犬派はありえないんだよな。

「答えによっては、私達は夏ちゃんを消すことも考えられる」

雪乃、それはやりすぎだ。

犬が好きなだけで消されるって、まるでキリストを信仰していたら殺されるみたいなもんじゃないか。

世の中の犬派が可哀想すぎる。

いつか、犬の絵でも踏まされるんだろうか。

「ね、ねねねね猫派だよぉ!?にゃんっ♪」

追い詰められた夏は、嘘をつくという手段に出た。

そして語尾に『にゃん』。

猫への忠誠心を表したつもりかもしれないが、これによって凛ら目線、犬派は俺になった……と。

夏、なかなかやるじゃないか。

ここはお兄ちゃんが盾になってやる。

「では兄さんが犬派ですか?」

「ああ、犬派だ。犬みたいに甘えてくるのがたまらないんだよな」

「甘えてくるのが……」

「たまらない……」

「犬派……」

なにやら3人は目配せをし合って、そして、俺の足元に座った。

「兄さん♡かまって欲しいですわん♡」

「陽、なでなでしてわん」

「おにぃ♡わんわん♡」

「お、おう」

3人が膝や太ももにスリスリしてくる。

なるほど、そう来たか。

消される心の準備は一応していたんだけどな。

まあ、俺が好きなのは本物の犬で、妹達に犬みたいに接されても、嬉しくなんか……いや、結構嬉しい。

3人の体温がくすぐったいが、幸せなのでしばらくは犬派ということにしておこう。


この日から、我が家は犬派になりましたとさ。

めでたしめでたし。

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