2芋 我が家の困り事は大体妹の責任です

 数日後。


「ただいま戻りました〜」

「おかえり」

「あれ?いつもみたいに、『ここはお前の家じゃないだろぉ!(ズクシッ)』ってやらないんです?」

「……して欲しいのか?」

「はいっ♡」

「ドMかよ……」

「はい!兄さんになら体を痛めつけられてもいいです!そこに真の愛、フォーエバーラブがあるから!」

「そんなものはありません!」

「なら、ペットでもいいので!」

「実妹をそんな扱いできるか!」

「なら快楽製造機という扱いでもいいので!どうか家に置いてください!」

「もっとダメだろ!」

 ――ズクシッ。

「あふっ♡」

 我が実妹、凛は帰ってくるなりマシンガンボケを連発していらっしゃる。

「まぁ、そういう冗談は置いといて」

「冗談なのかよ」

「まぁ、2割ほど……」

「少なくない!?お兄ちゃん、もっと冗談であって欲しいことがあった気がするんだけどなぁ!」

「兄さん、気がするというのは根拠も理由もないただの勘からくるものです。そんなものに頼った反論ばかりしていても、議論は進展しませんよ?」

「お、おう……」

 特に議論した記憶はないのだが、実妹が何やら難しいことを言っていらっしゃる。

 さすがは国家単位の財産を持つと言われている相崎グループの社長家に引き取られただけのことはある。

「というわけで、議論を早急に終わらせるために、兄さん、結婚してください!」

「するわけないだろ!」

 ――ズビシッ!

「あぅ…♡」

 前言撤回、なんて教育してくれてんだ、凛の育ての親!

 ちなみに今更だが、今日もマスターキーとやらを使って入ってきたらしい。

 だって戸締りはきちんとしてたし。


「ただいま〜」

 2人目のただいまは、どうやら夏のようだ。

「お兄、ただいま」

「おかえり、夏」

 外は暑かったのだろう、タオルで汗を拭きながら入ってきた従妹にそっと冷たい麦茶を出してやる。

「ありがとう」

 夏はそれをゴクゴクと飲み干して、ぷはぁ〜という。

 いい飲みっぷりとはこのことを言うんだな。

 まるで温泉上がりの牛乳を飲んでるかのような仕草だ。

「お兄、汗を流したいからお風呂借りてもいい?」

「あー、すまん、今は風呂が壊れてるんだ……」

「すみません、管理人の私がいながら、修理を即座に手配できないなんて……」

「それは仕方ないことだろ?それに、たまには温泉に行ってみるのもいいだろうしな」

「そう言って貰えると助かりますっ!」

「で、でも、私は今お風呂に入りたいんだけど……」

「壊れてるんだし、仕方ないだろ?入りたいなら自分の部屋で入ってこいよ」

「そ、それが……私の部屋のも壊れてて……」

 俺はそっと凛に目をやる。

「……なぁ、凛?」

「な、なんでございましょう、オニイサマ……」カタカタ

「まさかとは思うが、お前の部屋の風呂も壊れてたり……」

「壊れてはいません!水が出ないだけです!」

「その心は?」

「私が父から頂いているお小遣いで買い取った、この周辺の水道局の方々に給料アップの代わりにサービス残業を週22時間するように命令したら、もれなくみんな倒れてしまって……」

「お前のせいじゃねぇか!」

 我が愛しの実妹がブラックすぎる件について……。

「じゃあ、温泉も無理じゃねぇか」

「いや、温泉はちゃんと営業していたよ?帰ってくる時に前通ったけど、今日も賑わってたよ」

「どういうことだ?」

「そ、それは……」カタカタ

「凛さーん?説明して貰えますかね……?」

「兄さん、顔が怖い。未来の夫はもっと優しくしてくれなきゃ……」

「俺は未来の夫になる気もないし、優しくする気もない!」

 ――スパァンッ!

「うはぁ!」

 近くにあった新聞紙を丸めて、実妹の額へ叩き込むと、彼女はコテンパンにやられた中ボスのような声を上げて倒れ込んだ。


「す、すみませんでした……」

 どうやらこの土下座をしている実妹によると、今朝、最強の防弾ガラスはダイナマイト何発まで耐えるのか、という実験をしたところ、運悪くこのマンションの水道管を破壊してしまい、今に至るということらしい。

 やってる事が子供並みの発想だし、やってる規模が災害レベルだ。

 うちの実妹が末恐ろしい……。

「てか、水道局の人倒れたの、関係ないじゃねぇか」

 てか、大丈夫だったのか、水道局の人達。

 残業時間を減らしてやるように後で言っておくか。


「じゃあ、雪乃が帰ってきたらあいつにも温泉を誘ってみるか」

「そうしましょう」

 と、待つこと30分ほど。

「た、ただいまぁ……」

「お前、なんでこんなに遅いんだ……って、どうしたんだよ!」

 雪乃は家に入るなり、玄関にうつ伏せで倒れ込んでしまった。

「み、みずを……」

「すまない、雪乃。今、ちょうどお兄ちゃん家には水がない状態なんだ」

「じゃあお茶は……?」

「すまない、さっき夏が飲んだのが最後だった……」

 ――サッ。

「陽、今何を隠したの」

「お兄ちゃん、何も隠してなんかない」

「嘘つかないで、私喉乾いて死にそう。隠したものは爽健黒茶だってわかってる。消費期限が2年後の32日後だということもこの鼻が教えてくれてる。大人しく出して」

「お前、凄いな」

 うちの義妹は極限の状態で新たな力に目覚めたらしい。

 匂いでお茶の種類と消費期限を当ててしまうとは……。

 というか密閉されてるけど、匂いとかわかるものなんだろうか。

「ほら陽、早く出して。私の中に出して」

「お前はなんの話しをしてるんだ」

「私と陽の子供を作る過程の話をしているの。この話はお茶なんかよりもずっと大事」

 こいつ、さっきまでへたばってた割に、やけに元気だ。

「お前と子供を作る気は無い」

「陽に気はなくても子供は作れる」

「お前、それだけはやめとけ。犯罪だ」

「なら陽の意思で作って」

「つくりません!」

「ならもう無理矢理……」

「兄妹でそんなこと、許すわけないだろ!家族なんだから!」

「陽、家族というのは単なるひとつの形であって、誰かが勝手に定義しただけのもの。家族という言葉がない時代では家族でも普通に子供を作ったりしていたの。そんな言葉一つに縛られてるようじゃ、陽もまだまだ半人前」

 たしかにそうかもしれない。

 おれは誰かの定義に縛らすぎて……。

「ってなるか!ダメなものはダメだ!」

 ――ズビシッ!

「あふんっ♡」

 と、ツッコミを終えたところで隠していたお茶を渡してやる。

 雪乃はそれをゴクゴクと一気に飲み干し、ぷはぁっと幸せそうな顔をする。

「陽の(くれた)液体、おいひぃ♡」

「変な言い方するなよ。誤解を招くから」

「私もさっきお兄の(くれた)液体で生き返ったよ。おいしかったなぁ」

「ちゃんとお茶って言って貰えますか?!」

 ていうか、なんで夏までのってるんだよ。

 こいつ、そういうキャラだっけ?

「私も兄さんの液体が欲しいですぅ!ドピュッと直接飲ませて欲しいです!」

「お前のはガチもんの俺の液体じゃねぇか!」

 ――ズクシッ!

「んぁっ♡」

 ガチの方を求めてくる実妹の脳天にチョップを御見舞してやる。

「というか、雪乃はなんでそんなに疲れてるんだ?」

 帰ってくる時間も、いつもより遅かったもんね、と夏。

「それが……大変なことがあって……」

 雪乃は突然、深刻そうな顔をして少し俯く。

「な、何があったんだ……?」

「それが……」

「それが……?」

 雪乃は噛み締めるように言った。

「紙が……なかった……」

「……は?」

「紙が……なかった……」

「…………は?」

「だから、コンビニのトイレを借りようと思ったら閉まってて、急いで公園に走って、トイレに飛び込んでギリギリ間に合ったんですけど、見てみると紙が無くなっていた……」

「……まさか、大……?」

「そ、そんなわけない!陽、乙女にそんなことを聞くなんて失礼」

「悪い、じゃあ小の方ってことか……」

 つまり、あれだろ。

 小をしたけど拭けなかったと。

「でも、小ならそんなに走って帰ることもなかったんじゃないか?」

「じゃあ、陽は寒いとき、急いで帰らない?」

「それは急ぐな」

「陽は恥ずかしい時、その場から急いで立ち去らない?」

「状況によるが、出来るなら逃げ出すな」

「でしょ?だから私は急いで帰ってきたの」

 雪乃はすこし得意げな顔をする。

「それって、お前まさか……」

「ところで陽、JKの尿の匂いのする下着、今なら無料であげちゃうけど、いる?」

 そう言って雪乃はポケットから青と白の縞パンを取り出した。

 確かに、下の方が少し黄色く……。

「って、やっぱりノーパンで帰ってきたってことかよ!」

 寒くて、恥ずかしい=ノーパンかよ。

「ほら陽、欲望に忠実になって」

「なりません!」

 ――スパァンッ!

「んぁぅ♡」

 俺はパンツを持って近づいてくる義妹の頭に丸めた週刊誌で渾身の1本を決めた。


 その後、汚れた下着は自分で洗わせた。

 いや、雪乃へのお仕置きとか以前にさすがにあれは触れない。

 雪乃は「なかなか落ちない……手強い尿臭め……駆逐してやる!」などと呟いていたが聞かなかったことにしておこうと思う。

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