1芋 幸せの形は妹で

 俺、相崎あいざき はるは至って普通の男子高校生だ。

 家はマンションに一人暮らし、スポーツも平均レベルには出来るし、勉強も得意な方だと思う。

 特に目立った特徴もなく、『普通くん』、なんてあだ名で呼んでくるやつもいるほどだ。

 そう、相崎 陽は至って普通の男子高校生だ。

「兄さん、おかえり」

 こいつらがいることを除いては。


「ただいま、ってなんでまた居るんだよ」

「いやいや、逆になんでまたいないと思ったのですか?」

「胸を張って言うことじゃないだろ!」

 ――ズクシッ!

「あぅ…♡」

 目の前にいる女子の額にチョップをくらわせる。

「痛さの中にも愛を感じます♡」

「気のせいだ」

 こいつは東雲しののめ りん

 苗字は違えど、俺の血の繋がった実の妹だ。

 苗字が違う理由は簡単に言って、別々の家に引き取られたからだ。

 小さい頃に両親を亡くした俺たちは施設で暮らしていたんだ。

 俺は相崎家に、凛は東雲家に引き取られた。


「それよりお前、どうやって入ったんだよ」

 鍵も渡していないのに勝手に家の中にいるとか正直、実の妹でも怖い。

「愛さえあれば鍵など必要ありません♡」

「ちなみにその愛の名前は?」

「マスターキーです♡」

「不法侵入じゃねぇか!」

 ――ズクシッ!

「あふんっ♡」

 本日2度目の額チョップである。

 ちなみに凛はこのマンションの管理人だ。

 要するにマスターキーは職権乱用。

 本人曰く、偶然らしいが、俺が入居した日に管理人が変わったのには驚いた。


「んで、勝手に部屋を漁ったりしていないだろうな?」

「も、もちろんですとも……」

「目が泳いでるぞ?」

「そ、そんなはず……ないですよ?」

「それならお兄ちゃん、ちゃんと目を見ていってほしいなぁ」

「に、兄さんの目を見つめるなんて……恥ずかしくて出来ません///」

「実の兄に対して頬を赤らめるなよ……」

「仕方ないじゃないですかぁ。私、兄さんを愛していますから」

「お、おう…」

 いきなりの告白を、さも当然のように言う凛に少し心が揺さぶられてしまう。

 しっかりしろ、俺の理性!

「動揺しました?しましたよね?ね?」

「し、してない」

「本当ですか〜?目が泳いでますよ〜?」

 こいつ、楽しそうにニヤニヤしやがって……、仕返しを楽しんでやがる。

「そんなことはない!とにかく、夕飯の支度するからお前は自分の部屋に帰って宿題が終わるまで戻ってくるな!」

「私は兄さんとの二人きりの時間をたのしみたいんですよ」

 ――ピトッ…。

「おい、近すぎだぞ…」

 密着してくる凛を押しのけることも出来ず、凛の放つ妙な色気にやられないように心の中で必死に抵抗する。

「兄さん、声が震えていますよ?こういうのがよわいのですか?」

 ふぅ〜。

「ひゃぅっ!?」

 突然、耳に電気が走ったような感覚になり、つい、変な声が出てしまった。

「お耳が弱点ですか…♡」

 フフフ……。

 小さく笑った凛は俺の耳にまた口を近づけて…。

「っやめいっ!」

 ――パァンッ!

「あぅんっ♡」

 とっさに、近くにあった雑誌を手に取り、それを丸めて凛の額目がけてにパンっと……。

「いい加減にしろ!買い忘れを思い出したからまた行ってくるからな!帰ってきてもまだここにいたら、1週間出禁だからな!」

「兄さん、それはひどいですぉ!」

「しらん!」

 俺はそう言い残して部屋を飛び出した。


 買い忘れなんて、とっさに口から出た出任せだったが、適当にネギを買って帰ってきた時には凛はもう部屋にはいなかった。

 きっと、俺の言ったことを守って自分の部屋(隣)に帰ってくれたのだろう。

「ずっとあんなのが続いたらさすがに身も心も持たないわ……」

「なら、私が癒してあげる」

「うわっ!?びっくりしたぁ、雪乃ゆきのもいたのかよ」

「陽、気づかないなんて酷い。私、凛よりも先に来てた」

「いや、どうやって入ったんだよ」

「それは極秘情報」


 彼女は相崎あいざき 雪乃ゆきの

 苗字が同じところから彼女との関係は想像できるんじゃないだろうか。

 雪乃は俺が引き取られた家の長女で、俺の一つ下で、つまりは血の繋がらなき義妹だ。

 彼女は両親が純日本人にも関わらず、日本人離れした綺麗な顔立ちをしている。

 そのせいでいろいろあったのだが、それはまたの機会に話すとしよう。


「言わないと夕飯のおかずはなしになるぞ?」

「わたしのおかずはいつだって陽だけ。他のおかずはいらない。例えば、そこの本棚に入っているDVDとか」

「雪乃はなんの話しをしているのかな?お兄ちゃんよくわかんない」

「なら手に取って見せてあげる。ほら、ここにある……」

「わかりましたすみません!よく分かりましたから手に取って見せるのだけは勘弁してください!」

 見つかってるだけでも恥ずかしいってのに、と俺。

「それにしてもお前までマスターキーって訳じゃないだろ?」

「私はそんな低レベルな侵入魔法は使わない」

「マスターキーは魔法なのか?」

「そう。そして私がここに来た方法はもっと高度な魔法。足さえも使わなくていい」

「ほう、その名前は?」

空間走行ワープドライブ

「足使ってんじゃねぇか!」(ズビシッ)

「あふんっ♡」

 てか、それ某有名スポーツアニメのだから。

 超次元に行っちゃってるやつだから。

「まちがえた、愛情転移ラブ・テレポートだった」

「すごい魔法だな」(棒)

「そう、これはすごい魔法。自分を愛してくれている人の部屋に転移できるという素晴らしい魔法。これで陽が私を想ってくれている事が魔法学的に証明された」

「出来れば科学的に証明してください」

「愛は別の何かで表せるほど単純じゃない」

「ごもっともです」

 恋の計算式とかあるらしいけど、感情を数値で表せるなら、政府は非リアをなくす活動をしてくれ。

 いつか本当に非リアVSリア充の戦争が起きてもおかしくない世の中なんだし。

「で?本当はどうやって入ったんだ?」

「だから、転移魔法だって……」

「嘘をつく人はお兄ちゃん、嫌いになっちゃうかもなぁ」

「ごめんなさい本当は窓から入りました!」

 ものすごいスピードの土下座だ。

「本当の事言ってくれてお兄ちゃん嬉しい」

「私、本当のことしか言わない」

「また嘘のカウントが増えたな」

 ちなみに俺の部屋はマンションの7階である。

 雪乃もこのマンションに住んでいて、俺の部屋の下に住んでいるのだが、侵入経路はおそらくベランダの窓だろう。

「お前も帰って宿題してこい」

「それはむり」

「なぜだ?」

「陽と離れたくないから」

「お、おぅ…」

 ほとんど無表情な雪乃の淡々とした告白のようなもので、ついドキッとしてしまう。

「ほら、陽もベッドに寝転ぼ?」

「思春期の男女が同じベッドに寝転ぶとか、危険臭しかしないわ!」

「別に、私は陽になら何されても構わない」

「…っ///」

 雪乃が真剣な顔でそんなことを言うものだから、つい心がぴょんぴょんしそうになった……。

「陽、わかりやすすぎ」

「な、なんのことだよっ!」

 ――スカッ!

「動揺し過ぎ、そんなチョップじゃ私を倒せない」

「ど、動揺してねぇし!」

 ――ぽふっぽふっぽふっ。

「ふふ、私のスピードには誰もついてこれない」

 雪乃はベットの上を転がって、俺の連続チョップを避ける。

「私を倒したくば、始まりの森から出直してこい、ふははは」

「ちょ、雪乃!」

「ふぇ?」

 ――ガンッ!

 雪乃さん、ベッドの頭の方にある木の壁に盛大に頭をぶつけてしまった。

「うぅ……痛い……」

「調子に乗るからだ」

「陽、痛い……女の子の日並に痛い……」

「よくわからんのだが……てか、男の俺にそういうこと言うなよ」

「言っておかないと、陽が女の子の日に襲ってきちゃうと危険だから」

「襲わねぇよ!妹とそういう関係になる気はありません!」

「こういう本、読んでるのに……?」

 雪乃は背中をごそごそして1冊の本を見せる。

 これは『妹じゃだめですか?』という妹モノの18禁漫画だ。

「妹モノのこういうの見るなら、現実りあるの妹に手出せばいいのに」

「妹に手出すわけないだろ!」

「大丈夫、私と陽は兄妹だけど血が繋がっていない。結婚も子作りも問題ない」

「でも、書類上の兄妹だろ?世間体的にダメだと……」

「世間体なんて関係ない。私が陽を好き、その事実だけで十分」

 雪乃の目はいつもの様に半開きだが、本気だという気持ちが伝わってくる気がした。

「まぁ、可能性的にはゼロじゃないしな」

「なら、陽、結婚しよ」

「だからってそうはならないぞ?俺には妹と結婚する気なんてないからな」

「そんな、酷い……陽、酷い……」

「はいはい、酷いお兄ちゃんですよ〜」

「そんな所も好きだけど」

「……ありがとな」

 照れてつい、お礼を言ってしまった。

「あ、しないといけないこと忘れてた」

「しないといけないこと?」

「うん」

「それってどんなことだ?」

「インターネットの書き込みを漁って、うその情報を流し込んで炎上させる遊び」

「……そうか」

 お兄ちゃん、義妹の将来が心配になってきたよ。

「じゃあやってくる」

 雪乃はそう言ってベランダに飛び出して行った。

 勝手にロープ結んで下の階から上がってこれるようにするの、やめてもらいたい。

 てか、上からのロープがもう1本あるんだが……。

「お兄、ただいま!」

 そのロープはもちろん上の階の住人が垂らしたもので、上の階に住んでいるのは。

「お、おかえり、夏」

「どうしたの?なんか疲れてる?」

「ま、まぁな」


 彼女はみどり なつ

 彼女は雪乃の従姉妹なのだが、夏の母親が確か、養子で、夏と雪乃は血の繋がりは全くないらしい。

 あんなに小さかった彼女が今じゃ出るとこ出ている(体的に)。

 ベランダに着地すると同時に揺れる部分は直視できないほど色っぽい。

 それに対比して、顔は童顔で笑顔が子供っぽい。

 なんとも罪な容姿をしていらっしゃる我が従妹様である。

(ちなみに、従姉妹で自分より年齢が低い場合を従妹と言う。)


「ところで、何か用か?」

「用がなきゃ会いに来ちゃだめなの?」

「いや、だめじゃないけど……」

「ならよかった♡」

 夏はニコッと満面の笑みを浮かべるとさっきまで雪乃がゴロゴロしていたベッドに座る。

「ねぇ、お兄」

「なんだ?」

「ちょっとやってみたいことがあるからさ、こっちにきてくれる?」

「いいけど、なにするんだ?」

「やってからのお楽しみです」

 夏は悪戯に笑うと横の空いたベッドをポンポンと叩く。

 俺は内心ドキドキしながら夏の隣に座る。

「はい、じゃあ寝転んでね」

 そう言って夏は俺の肩を掴んで彼女の方に倒れさせる。

 俺の頭は柔らかいものにぽむっと乗った。

 この柔らかい感触、ほのかに香る甘い匂い。

 最高の枕だ……。

 そう、これは膝枕だ。

「お兄、くすぐったいよぉ♡」

 俺が頭を動かす度に、太ももに髪の毛が当たってくすぐったいらしい。

「んと、これから……こうだったかな?」

 その瞬間、俺の視界は真っ暗になった。

 目だけでなく、口もなにか大きなものにふさがれてしまっている。

「んー!んー!」

「お兄、幸せな気持ちになれてる?」

(なれてないよ!死にそうだよ!)

 俺の目と口を塞ぐもの、それは夏の胸だ。

(まって、死ぬ……、妹の胸で窒息死する!ニュースでなんて放送されるんだろうな。『高校生の兄、妹の胸で窒息死!評論家、実に羨ましい』なんて言われてしまうんじゃないだろうか……)

「って、苦しいわ!」

「ふぇぇぇ!」

 意識が途切れるギリギリでなんとか夏を跳ね除け、新鮮な空気を思いっきり吸い込む。

「はぁはぁ、妹の胸で窒息死なんかできるかよ」

「お兄、幸せじゃ……ない?」

「ある意味めっちゃ幸せだよ!でも、三途の川はもう二度と見たくない!」

「そっか…」(シュン)

 落ち込む従妹がかわいすぎる。

 どうやら彼女は今巷ちまたで有名な雑誌、『fiξフィクシー』の彼氏の喜ばせ方集に乗っていた『ぱふぱふ』とやらをやったらしい。

 凛や雪乃の違って、穢れのない夏だ。

 なんの悪気もなしに、本心から俺を喜ばせようとしてくれたのだろうが、正直、純粋すぎて逆に危ない。

 彼女にはもう少し、世間の黒い部分を知ってもらわなければならない。

 それにしても、最近の雑誌はろくな事書いてないな、そう思った今日この頃。


 2時間後、

「兄さん、宿題終わらせてきましたよ!」

「やけに時間かかったんだな」

 それにしても、またマスターキーを使って入ってきやがった。

「宿題をしようと思って引き出しを開けたら、兄さんの写真を見つけてしまって……ぐへへしてました♡」

「ぐへへってなんだよ」

「そこ、聞いちゃいます?」

「いや、遠慮しとく」

「えぇ!?聞いてくださいよぉ」

「ご飯できたぞ」

 擦り寄ってくる実妹を無視してお椀に味噌汁を入れる。

「陽、私もやること終わらしてきた」

「雪乃もか、ちょうどご飯できたとこだ」

「今日は7つほど、ブログを炎上させてきた」

「この2時間で7つも!?」

「うん。あんなパリピみたいなやつら、ブログ炎上して、そのまま目玉も自然発火で炎上してしまえばいい」

「怖っ!?」

 一体、パリピになんの恨みがあるんだろうか。

 うちの義妹が病みかわいい。

「ほら、椅子に座れ」

「「はぁい」」

 既に座っている夏と、凛と雪乃が座ったのを確認して、陽は人数分の箸を持って椅子に座る。

 全員が箸を持ったところで、

「いただきます」

「「「いただきます」」」

 俺は味噌汁を飲み込んだ。

「温かいなぁ」


 これが俺の日常だ。

 美少女妹たちに囲まれて、楽しく暮らしている。

 妹たちはみんな俺を好いてくれておるし、俺も妹たちが大好きだ。

 だからこそ、俺はいくら10年会えなかった妹でも、日本人離れしたかわいい妹でも、魅力的な体形の純粋な妹でも、決して手を出してはいけないのだ。

 俺は耐えなければならない、妹たちの誘惑を。

 ずっとこの幸せな日常が続くためにも。

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