第7話 良いと正しいは違うのだ

「そうですか、残念です。しかしそうとなれば仕方がない、消えていただこう、私の野望に君は不必要だ」


その言葉が二人の戦いの幕開けとなった。

二人は互いに目を離さない。いつ相手が動いても対応出来るよう、一挙一動、牽制し合う。

先に仕掛けたのは、僕だった。


紫電一線フラッシュ!!』


そう叫んで駆け出す。

一歩踏み出した時に後ろから床に穴が開く音がした気がするが、それを確認する暇はない。

そして相手は隙だらけだ。

両手を下ろし全身がダラリと力が抜けているように見える。

相変わらず顔はニヤニヤしているが、同じくそれには構っていられない。

そして新たに気づいたことがある。

この能力の使用中は頭の回転も速くなる。現に僕は今駆けている途中なわけで、時間はまだ1秒にも達していない。

そして、彼のナイフを弾いた。ナイフは弧を描きステージの下へと落下する。

その間に右手で拳を握り彼の胴体に撃ち込む。―――撃ち込もうとした。

しかしそれは失敗に終わる。


「君は私の話を聞いていましたか?私には君の行動が読めると言ったんだ」


なるほど、つまり彼が言いたいのはこうだ。


どう攻撃されるか分かっていて、防がない馬鹿はいない、と。


では考える。さらに頭の回転を速くして、瞬発力を超えよう。

0.1秒の間に決断した。

今からほぼ一瞬で二発のパンチと一発の蹴り、そしてよろめく相手にさらに飛び蹴りを加えようと。

そして僕は行動に移すが、一発目のパンチを繰り出した時、その相手は既に眼前にはいなかった。

大きく背後に跳躍したのだ。

彼は、僕が行動を決めたとき既に行動にうつっていた。


 どれだけ速く動こうとしても――速く動こうと決めた時点でそれは意味を成さない。

僕は約20メートルほど後ろに飛んで一度状況をリセットする。

すると彼は、笑うのだ。


「ふっふっふっふ、やはり君は強くても馬鹿なようだ。意味のない行動と分かっていてそれを何故実行するのです?」


そして懐から別のナイフを取り出す。


「ではこれならどうだろう?」


そう言って彼がナイフを突きつけたのは数多の首だった。

思わず言葉を失う。そして勇気も同等に失った。

僕が今動けていたのは数多と美香が捕らわれているという状況があったから。

それだけではないがそれが過半数を占める。


彼は畳み掛けるように言う。


「さあ!!今こそ決断の時です!!自らと仲間の運命を、そしてこの私の運命に!!

君が!!その魂と心で!!決断を下すのです!!

選びなさい!!彼らの命を救いたくば、!!」


しまった、能力を使用している最中、それでも思考がまとまらない。

みんなの命を救いたい。けれどやっぱり命が惜しい。

その命と運命を決める決断は、まだこの僕には酷だろうと自分でも思う。


 本当に笑えない。笑い事である筈がない。

状況を視認する己の目を疑い、それを理解する脳をも疑う。

足が震える。

頭が痛い。

呼吸が荒い。

しかし大切なのはみんなの運命だ。

僕のことなどこの際どうだっていい。しかし僕のミスで誰かが傷つき、命を失うのであれば、僕は自分という人間を無下にするべきだ。

どちらも救いたい。いや、救えるのは一つしかない。

みんなの命を救いたい僕とその僕の気持ち。僕はたった一人の己しか救えない。


 決断しよう。僕は命を捨てるべきだ。感情を、そして一番の強欲を。

全てを救いたいという僕の強欲に沿った選択肢は残されていないのだから。


「ナイフを渡せ!!命を失うのは僕だけでいい」


彼は口角をぎゅっと上げナイフをこちらに投げようとする。

しかし振りかぶったその手は、


「いい男だな、少年。仲間思いの決断、正解だ。だがそれは、良い決断ではないのだよ」


黒い軍服のような衣を身に纏った女性は、白煙の上がる銃を手にしてそう言い放った。

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