第3話 躾は甘美

 私の玉座の前には、不正を行った禁書庫の職員と、所長のダイナモが座っている。二人とも怯えているのが実に滑稽。そしてもう一人、禁書庫直属の弁護士がひとり。


 私は存分に見定め、少しにやりと口角を上げていた。


「ララ様、そういうわけですので、よい知恵はないでしょうかねぇ」


 そう発したのは弁護士、ビッツバーグだった。この男が手紙を渡してきたのだった。

 私は嘆息し


「ダイナモよ」

「は、はい……」

「私の権限で有耶無耶にできる範疇を超えている問題だ。貴様ら自身で解決しろ」

「そ、そんな……」

「もし私の力を貸して欲しくば──」


 私は従者に目配せした。すると従者は部屋を離れ、用意してあったものを持って来た。

 従者は私にそれを手渡し、私はそれをダイナモに投げた。

 それは──


「このペンチでダイナモ、貴様とその不正を働いた屑の爪を全部剥げ」


 そこにいた誰もが、顔を青ざめた。

 ビッツバーグは、


「ララ様……あなたはどうしてそこまでお怒りに?」

「怒りではない。躾だ。貴様らの覚悟次第で、私の計画を実行してやる」

「計画……?」

「黙れダイナモ。いいから剥ぐのだ」


 ちょび髭で中年太りしたダイナモは、震えながらも、


「……おい、お前、分かってるだろうな」

「……はい、所長」


 そう言って失態を犯した張本人にペンチを渡し、彼はそれで人差し指の爪をはごうとした。


「う……う……」


 しかし一人で爪を剥ぐのは根性がいるもので、私はそれが愉悦極まりなくたまらなかった。そしてじれったくなったので柏手かしわでを打ち、従者を3人呼び、彼の爪を剥ぐよう命じた。


「お……おい、なんだお前ら、やめろ、やめろ、ララ様、お許しを、あっ。ああーーーーーーっ!!」


 従者たちの手によって勢いよく人差し指の爪が剥がれ、爪は飛び、彼の指先は血に染まった。私は高笑いした。そうして全部の指が剥がれた。ダイナモも同じように剥がれ、二人は苦痛の余りダンゴムシのように絨毯の上に丸まった。


「うむ。では、ビッツバーグ、私も満足したので計画を話そう」

「はっ、ララ様。なんなりと」


 私は椅子から立ち上がり、窓まで歩み寄り少しカーテンを開けて、


「人質を取ればよい。税務局の高官、スヴィドリカイノフ・グスタフには息子がいたはずだ」

「それはまた……あまり得策ではないかと存じますが……」


 私はくるりと振り返り、


「スヴィドリカイノフが何故禁書庫を訴訟したのか。彼には二人息子がいる。一人はバードン・グスタフという建築士。もう一人はアーベル・グスタフという王立大学の法学部に通う書生。バードンは禁書庫の改築に携わった。禁書庫の改築には信用がいる。ところがバードンは馬鹿者で、許可証なしに立ち入ってはならないところの改築をして費用を水増ししたのだ。魔女狩りが終わった昨今、まだ魔術師への風当たりは厳しいので、多少の不正をしても揉み消せると踏んだのだろう、しかし」


 私は指を鳴らし、紅茶のポットを魔法で沸かした。数秒経つとぐつぐつとポッドの水が湧く音がする。


「それが大きく裏目に出たということを、グスタフ一家に分からせてやる必要がある。魔女の犯罪はやくざとほぼ一緒で、警察の魔導公安部が管轄しておる。だが、公安は裏社会のルールを重んじる風潮があるのでな。私は従者を公安部の下へ送り、取引をする。そして警察を黙らせ、アーベルを拉致し、静かにスヴィドリカイノフの息の根を止める──この無能な者どもの不正を、お互い様ということにするということだ」

「うまくいくかどうかは分かりかねますが、計画を実行に移すには、公安以外の、殊に刑事部の警察の目をかいくぐる必要がありますな」

「ああ、なんとしてもアーベル・グスタフの身柄を取り押さえるのだ」


 アーベル・グスタフ。このとき私は、彼の名は噂話の範疇でしか耳にしたことがなかった。

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