退けない意地のコンバット


 王都の中央広場はパレードや祭事など、大きなイベントが起こるときにも決まって賑わいの中心地となる。

 しかし月を頭上に仰ぐ真夜中、中央広場はこれまでと違った熱気に包まれていた。

 フェムトムの歴史を振り返っても例のない、混沌とした感情が渦巻く戦いの舞台。

 そこで行われているのは、


「【光刃斬フォトンスラッシュ】!」

「ぬ、うううう!」


 新星の勇者・草薙京太と異形の騎士・ゴブリンナイトによる一対一の決闘だ。

 京太が繰り出す光の力を刃に帯びた斬撃。クロスした両腕で受けたゴブリンナイトは、しかし力負けして大きくふっ飛ばされた。地面を転がり、全身が土埃に汚れる。

 流れるような動きですぐさま立ち上がったところへ、周囲から浴びせかけられる罵声。


「とっとと負けちまえー!」

「てめえに勝ち目なんかないんだよ、このゴブリン野郎!」

「やっちまえケータ!」

「任せろ! おらああああ!」

「ぐ! ぬうう!」


 連続で繰り出される【光刃斬】が、ゴブリンナイトの身体を斬りつける。

 ゴブリンナイトは反撃もせず防御に徹するが、防ぎ切れずに全身から火花が散った。深緑のグローブや装甲には、ファムの剣でも付かなかった傷痕がいくつも刻まれている。

 ご覧の通り、決闘は終始京太の優勢だ。

 京太が持つ【剣術】スキルの上位版【光輝剣】はレベルⅦ。しかし一撃ごとにゴブリンナイトの鎧を削り、軋ませる戦技の威力は、レベルⅧ相当とされるゴブリンナイトを明らかに一段上回っていた。


「これが勇者の力というわけか……!」

「そうだ! お前みたいなコスプレ野郎のごっこ遊びとは違う! 皆の想いを力に変える、選ばれし者に与えられた本物の勇者の力だ! 弱い者いじめでその気になってるだけの紛い物が、俺に敵う道理なんか最初からないんだよ!」


 そう勝ち誇る京太の全身は、戦技の発動時とは別に金色の光を纏っていた。眩くも激しさはなく、けれど見る者の目を奪わずにはいられない明星の輝きだ。

 周囲の声援に呼応するように輝くこのオーラこそ、京太のEXスキル。

【勇者EX】こと、正式名称【勇者の光輝ブレイブ・グリッターEX】――主人公特権と呼ぶに相応しいチート中のチート能力だ。


 その効果は単純明快。『自分に向けられた応援の数に応じて』というモノ。なるほど、如何にも勇者らしいスキルだ。これのとんでもない点は、「応援」の枠組みに入る人数に上限は無論、距離の制限もないこと。

 つまりヒーロー番組のクライマックスや劇場版によくある、世界中の人々から応援されるような状況下なら、それこそ人知を超えた神にも等しい次元に到達できるのだ。


 クラスメイト約四〇人の声援だけでも、本来なら同レベルの冒険者がパーティで挑まなければ勝ち目のないレベルⅦのハイドラゴンを、戦技の一太刀で屠ってしまうほどの力が手に入る。レベル差さえ覆し得る、まさに主人公のみに許された最強のスキルだ。

 とはいえ、なんの制約もないわけではない。

 スキルの発動に必要な「応援」は普段からの支持ではなく、その場での意識的な行動でなければカウントされないのだ。声に出さず思うだけでも有効だが、現在進行形で応援されている必要がある。

 ダンジョンで《ヴァイパースコーピオン》に不覚を取ったのも、毒によってクラスメイトがパニックに陥り、京太の応援どころではなくスキルが機能しなかったため。


「いいぞー! 勇者ケータ!」

「そのままぶっ潰してやれ!」

「さっさと降参した方が身のためだぜ、ゴブリンナイト!」

「今のうちに命乞いの台詞でも考えてとくんだな! ハハハハ!」


 ちょくちょく鼓膜に刺さる野次に、ゴブリンナイトは仮面の下で辟易する。

 決闘の観客はざっと百人近く。時間帯を考えれば十分に多かった。中には一年C組のクラスメイトの姿もある。しかし戦技の手応えからして、全員が本気で京太を応援しているわけではないようだ。

 単に面白いもの見たさで観戦している者。気に食わないゴブリンナイトの無様な姿が見たいだけの者。噂のゴブリンナイトの実態を確かめに来た者。

 胸の内は人それぞれだが、確かなことは一つ。京太の味方はいても、ゴブリンナイトの味方は一人としていないということだ。


 それは仕方のない話だろう。ゴブリンナイトは悲観するでもなくそう結論づける。

 人々が勇者や英雄を賛美するのは、たとえ怪物と変わらぬ域の力を持っていても、同じ人間だから。人間というだけで根拠がなくとも安心できるし、自分と同一化して「自分もいつかあんな風に……」と憧れられるからだ。


 しかしゴブリンナイトの異形は、この世界の人々にとってあまりに異質すぎる。

 中には熱を上げて英雄視する奇特な者もいるが、一歩下がった冷静な者の目に映るのは不安と懐疑の色だ。たとえやっていることが人助けでも、表情のない鬼の仮面は気味悪さが先立つ。顔も知れない、人間かどうかさえ怪しい人物をどうして信用できようか。

 素性も知れず、首輪がどこに繋がっているか、そもそも首輪に繋がれているかも定かでない。そんな英雄級の力など、いつ自分に牙を向くかもわからぬ脅威でしかない。

 だから冷静な人々は不安を抱き、疑念は消えず、未だゴブリンナイトを捕まえられずにいる警備隊の非力を詰る。


「行けー! 勇者ケータ!」

「頑張れええ!」


 一方で京太は浩介と立夏の前でこそロクな姿を見せていないが、王都の住民からは一定の支持を得ていた。ダンジョンで強力な魔物を討伐してきた功績だけでなく、昼間から暴れる悪質な冒険者を懲らしめたりと、住民の覚えも良い。

 正体不明の異形の騎士より、顔の知れた好青年勇者を応援するのは当然の結論だ。


「遅いんだ、よ!」

「ぐふ!」


 見え見えのテレフォンパンチは呆気なく避けられ、京太が返す横殴りの光刃を腹でまともに喰らう。ダメージが蓄積した胸当てに、とうとう微細ながらも亀裂が走り始めた。

 数歩後退りし、ゴブリンナイトは膝を突く。周りから歓声が沸いた。

 ゴブリンナイトを見下ろす観衆の目は様々だ。所詮はこんなものだろうと嘲る目、これで夜も眠れると安堵する目、とんだ期待外れだと落胆する目。あらかじめ覚悟していたつもりだが、神経がゴリゴリ削られる不快感は否めない。

 ふと、それらとは別種の視線を感じた。傍からはわからぬよう仮面の下で視線だけそちらに向けると、そこには観衆に混じって、酷くやきもきした表情を浮かべる立夏が。


 ――そんな顔するなよ。多分、これが一番丸く収まる形なんだから。

 誰がどう見ても追い詰められているが、ゴブリンナイトに焦りはない。

 なぜなら、最初から負けるつもりでこの決闘に応じたからだ。

 ……正直なところ、真面目に戦えば勝てる確信がある。

 いくら主人公特権でパワーを得ようと、京太自身は球技で運動神経が鍛えられただけのスポーツマンだ。実戦はおろか喧嘩も素人同然。突け入る隙はいくらでもある。【勇者EX】によるパワーアップも、技量で覆せないほどの差を開いたわけではない。


 しかし、勝ってどうするという話だ。

 ここでゴブリンナイトが京太に勝ったところで、勇者でも勝てないバケモノが王都に潜んでいると人々を怯えさせるだけ。

 逆にこうして衆目の前で自分が京太に完敗して見せれば、王都の人々もとりあえず安心できるだろう。たとえゴブリンナイトが悪者であったとしても、いざとなれば勇者ケータが退治してくれるから安泰だ――と。

 勝利も名声も自分には必要ない。

 人々を守るヒーローで在りたいと願うなら、ここは負けるべきなのだ。


「今だ! トドメを刺せ!」

「仮面をかち割って化けの皮を剥がしてやれ!」

「「「ケータ! ケータ! ケータ!」」」

「オーケーオーケー。それじゃあ、ごっこ遊びのコスプレ野郎に、真の勇者の必殺技ってヤツを見せてやりますか……!」


 京太コールが響き渡る中、京太が決着をつけるべく大上段に剣を構える。

 刃には先程までよりも強い光が宿り、観衆の目が眩むほどの輝きを放った。


 ゴブリンナイトも、これを喰らって終わりにしようと決める。

 無論、正体まで明かすつもりはサラサラない。一方的に攻撃を受け続けてダメージの蓄積はあるが、逃げるだけの余力はある。ビーストチェイサーに乗れば、いくら【勇者EX】で強化された京太の足でも振り切れるはずだ。

 せいぜいみっともなく、無様に逃げ出すとしよう。


 さもダメージが大きすぎて避けられないかのようによろめいて見せ、ゴブリンナイトは振り下ろされる剣を無防備に受けようとした。

 しかし、




「――負けるな! ゴブリンナイト!」




 立夏ではない、幼い男の子のものと思しき声。

 どこかで一度聞いた覚えが、あるようなないような。

 その程度の声に、しかしゴブリンナイトの身体は反射的に動いていた。


「死ねやお、っぷぁ!?」


 縦一文字に振り抜かれた京太の剣は、鬼面を僅かに掠めただけに終わる。

 逆にゴブリンナイトの左拳が、京太の顔面を殴り飛ばしていた。

 ゴブリンナイトが京太の剣を紙一重で避けつつ懐に飛び込み、カウンターの左ストレートを叩きつけたのだ。

 いくら【勇者EX】で能力的にこちらを上回っていても、京太の戦技はコッゾと同様、アシスト任せの動きだ。四ヶ月間どれだけ多くの魔物を狩っていようが、アシストに頼っている限り技量は素人止まり。カウンターを合わせることなど造作もないのだ。


 ――いや違う。今、問題なのはそこではない。

 確かに京太ではなく、ゴブリンナイトに向けられた背後からの声援。

 幻聴でなかった証拠に振り返れば、周囲から怪訝な視線を一身に浴びる男の子が一人。

 好意的とは呼べない目に囲まれて怯みながらも、男の子は再度叫ぶ。


「頑張れ! ゴブリンナイト!」

「なんだお前? あのゴブリン野郎を庇うつもりかよ!?」

「だ……だって! だってゴブリンナイトは、僕のお兄ちゃんを悪いヤツから助けてくれたんだもん!」


 同じ年頃の大柄な子に突き飛ばされるが、男の子は涙を堪えて踏み止まった。

 その懸命な表情を見て、ゴブリンナイトは思い出す。ガラの悪い冒険者に金を巻き上げられそうになっていた青年。兄であるその青年を助けようと、蹴り飛ばされても必死に戦っていた男の子だ。確かにゴブリンナイトが介入し、弟に代わって兄を助けた。

 あのときと同じように、男の子は恐れも痛みも乗り越えて声を張り上げる。


「ゴブリンナイトは悪者なんかじゃないよ! ゴブリンナイトはいい人だ!」

「こいつ、まだ言うか!」

「やめなさい」


 男の子を殴ろうとした大柄な子の拳を、大人の大きな手が遮った。

 恰幅の良い男性が男の子を庇うように前へ進み出る。家族連れらしく、傍らには女の子を抱えた女性が立っていた。


「私たち家族も、戦いの巻き添えで家を壊され、危うく下敷きになるところだったのを彼に救われたんです。あの異様な姿に気が動転して怯えてしまい、礼は言えずじまいだったんですが……」

「今になって思えば、後に残った破壊の痕は、彼を攻撃した冒険者によるものばかりで、彼自身は殆どなにも壊していなかった。私たちには彼が周りに被害を出さないよう戦っていたように……周りを巻き込むまいとする良心があるように思えてならないんだ」

「あのときはありがとう、ゴブリンナイト! 頑張ってー!」


 母の腕の中から女の子が笑顔で応援してくる。

 彼ら家族に続くように二人、三人と男の子の下へ集まり声を上げる人たちが。


「俺も、この前プールで次震に巻き込まれて《亀裂》からダンジョンに落っこちたとき、ゴブリンナイトに魔物から助けてもらったんだ。怪我も不思議な力で治してもらって……確かに得体は知れないけど、俺にとっては命の恩人なんだ!」

「私は戦いの流れ弾で二階から鉢植えを落として、下の妹に当たりそうになったのをキャッチしてもらったわ。流れ弾のことも素直に謝ってくれたし……怪しい人なのには違いないけど、退治されなきゃいけないような悪人じゃないと思うの!」

「俺もあいつに助けられた! 何者か知らねえが、あいつはたくさんの人を助けてきたんだ! なのにこんな、リンチみたいな決闘があるかよ! あいつのやってきたことも無視して石を投げようっていうなら、俺はゴブリンナイトの味方をするぞ!」


 内側からの思わぬゴブリンナイトへの擁護に観衆がどよめく。

 困惑する者もいれば、白けたように罵声を返す者もいた。


「はあ? 意味わかんないことほざいてんじゃねえよ!」

「勇者よりあんなゴブリンモドキを応援するとか、頭おかしいんじゃないの!?」

「引っ込めバケモノの回し者!」


 言い争い、と呼ぶには数の差が圧倒的で、ゴブリンナイトを擁護する声は、あっという間に罵詈雑言の雨に呑み込まれてしまった。

 所詮は百人近い数の内の、十人にも満たない反論。

 多数決という社会正義の前では蝋燭の灯火のように吹き消される、ちっぽけな声だ。

 けれど――否、だからこそ、鬼面の騎士がここで倒れるわけにはいかなくなった。


「この野郎、なにも知らない人たちを騙して、あんな小さい子供までたぶらかしやがって……! お前をぶっ倒して、皆の目を覚まさせてやる! 【光刃スラ、あぁ!?」


 京太が剣を振りかぶり、その動きにスキルが呼応。

 必殺の威力を剣が銀色に輝いた――直後、ゴブリンナイトのハイキックが剣を持つ京太の手を強かに叩いた。

 剣を取り落としこそしなかったが、戦技を放つための動きは中断される。

 すると、京太の体は石化でもしたかのように不自然な姿勢で硬直した。


『《グレムリン》パワー』『ファースト=アタック』

「なんっ「ゴブリンパンチ!」ぐべぇ!?」


 無防備を晒す顔面に、間髪入れずゴブリンナイトの拳が突き刺さる。


「【光刃ス「ゴブリンパンチ」ぼが! 【フォト「ゴブリンチョップ!」ぐぇ! 【ふぉ「ゴブリンパンチ!」うぼぉ! な、なんで「ゴブリンキック!」ゲェェェェ!?」


【疾風躯】による風の力を受け、回転に次ぐ回転から流れるような連続攻撃を繰り出すゴブリンナイト。

 京太は戦技の発動がことごとく失敗し、滅多打ちのタコ殴りにされていた。

 先程までとは立場の逆転した一方的展開。観衆は我が目を疑い口を半開きにする。


 これも、戦技をアシスト任せで使う者が持つ弱点の一つだ。

 特定の予備動作を行い、それを認識したスキルがアシストを開始、後はアシストによって半自動的に体が動いて……というのが戦技を発動するまでの流れだ。

 しかしアシストによる動きが強制的に中断されると、体は数秒間ほど硬直状態に陥ってしまう。そしてどれだけ最高速度が速い乗り物も、初速は遅い。

 つまり対戦格闘ゲームで相手の技発動を潰すように、アシストの発生直後に攻撃を入れることで、戦技をキャンセルさせることが可能なのだ。


 アシストに頼っている者ほど予備動作もわかりやすく、潰すタイミングも計りやすい。この弱所を克服するには地道な鍛練を重ね、スキルに頼らずとも戦技と同じ動きができるまでに技術を磨かなければならなかった。

 実際、王都警備隊長のファムは弛まぬ鍛練により、戦技の予備動作が最低限に省略され、攻撃の軌道も自分の意志で自在に変えられる。レベルで勝るゴブリンナイトでも、容易くは突け入れられないほどに隙がないのだ。

 それに比べれば、京太の戦技など発動も許さず完封できる。


「確かにお前の言う通り……俺がやっているのはごっこ遊びに過ぎないかもしれない」


 迷いを振り切り、頭蓋骨の天辺から股関節まで決して折れない一本の芯を通して、ゴブリンナイトは立つ。

 応援してくれた後ろの人たちに、誇れる背中が映るように。


「だが……この称号を掲げている以上、声援を……特に子供の応援を裏切るわけにはいかない! だって――俺は《ヒーロー》なんだからな!」


 右手を腰の左側に添え、一閃。目の前の空気を断つ鋭さで、斜め上に振り抜く。

 それは、見えない刀を鞘から抜き放つ動作。

 抜いたのは刀でなく、戦う意志。

 それを握り込むように右手を拳に固め、腰の右側に大きく引き絞る。入れ替わりに左の平手を、切っ先を敵へ突きつけるかのごとく前方に伸ばした。

 なにかスキルや戦技が発動するわけでもない。一種のルーティンじみた単なる構えに、しかしその場にいる誰もが息を呑んだ。

 京太もまた例外ではなく、敵に見惚れたことを恥じて顔を朱に染め、気圧された心を鼓舞するように雄叫びを上げる。


「このやろおおおおおおおお!」

「勝負だ、勇者!」

『《グレムリン》パワー』『セカンド=ブースト』


 スフィアダガーのグリップを二回捻る。これによってベルトの出力が一定時間、一二〇パーセントに上昇した。サードのように全エネルギーを必殺の一撃に注ぐのではなく、全能力を一時的にブーストさせて勇者のEXスキルに対抗する。

 互いの譲れぬ意地を乗せた拳と剣が、真正面から激突。

《ヒーロー》と《勇者》の、本当の意味での決闘が幕を開けた。


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