Metalの馬が疾駆する


「ハハハハ! 上手くいきやしたね!」

「これで今夜は酒も女もたんまり楽しめますな!」

「こうもトントン拍子に仕事が進むとは、流石コッゾさんだぜ!」

「当たり前だろう! 優れた冒険者にはツキもジャンジャン回ってくるのさ!」


 馬車の中に下卑た笑い声が木霊する。

 縄で手足を縛られた立夏を床に転がし、コッゾたちはすっかり上機嫌になっていた。


「しかし、ニーラン伯爵とかいうヤツも随分太っ腹ですね。女一人を言い値で買い取るって上に、前金としてこんな立派な馬車をくれるっていうんですから」

「ハ! この俺の優秀さがわかる、目の肥えた貴族もいるにはいるってわけだ!」


 散開していた手下がコッゾに持ち込んだ話。それはニーラン伯爵の使者を名乗る優男からの、異世界から召喚された地球人の少女――つまり立夏をさらって欲しいとの依頼だった。伯爵の目的は聞いていないし、興味もない。

 元より自分が目をつけた相手であり、自分に生意気にも反抗してきた自称勇者が惚れている女だと聞いて、コッゾは二つ返事で話を請け負った。


 あの女でたっぷり楽しみ、生意気な勇者気取りを絶望させ、大金まで手に入る。一石二鳥どころか三鳥というわけだ。

 この後は一旦王都の外に出てから、伯爵の使者に立夏を引き渡す手筈になっている。

 門の衛兵は伯爵の手で買収済み。顔パスで素通りできるとの話だ。念のため、馬車に入り切らなかった残りの手下を確認に向かわせてある。


 万事抜かりはない。いや、自分がやることに失敗や不手際など起こり得ないのだ。

 傲慢な思考で悦に浸りながら、コッゾは立夏の銀髪を掴んで無理やり顔を起こさせる。


「感謝しろよお? てめえみたいに躾のなってないメス犬を、俺たちがオスに対する礼儀ってモンを叩き込んでたかーく売ってや『ブオオオオン!』おっと、まずはてめえが怪我させた手下どもの慰謝料を払わな『ブロロロロ!』その身体でたっぷり俺たちを愉しませてもら『ギャリリリリ!』うっせえな! さっきからなんの音だよこいつはあ!?」


 人が気分良く喋っているところを、何度も妙な爆音に遮られたコッゾは、手下に槍の石突きで小突いて外を確認させた。

 貴族が家族ぐるみで散策する用に造られたこの馬車には、大きな窓がある上に開閉して外に顔を出すこともできる。狙撃などの危険は考慮していない、護衛泣かせの設計だ。

 手下の一人が窓を開けて外を覗き込み…………何故か固まってしまう。

 謎の騒音は未だ続いており、コッゾが無反応の手下に怒鳴りつけた。


「オイ、どうした!? この音はなんなんだよ!」

「いやそれが、なんて言ったらいいのか……。お、追ってきてます」

「なにがだ!? まさか警備隊がもう嗅ぎつけやがったっていうのか!」

「わからないんですよ! アレが一体なんなのか! 強いて言うならまるで……!」

「はあ!? なに意味のわからねえことを……!」


 埒が明かないとコッゾも窓から身を乗り出し――絶句。


「あ、足に車輪が生えた、鋼の馬が追いかけてきてるんです――!」

「はああああああああ!? なんだ、アリャアアアアァァァァ!?」


 まさにそうとかしか形容しようのない、異形の物体が馬車に追いすがっていた。

 ――これこそ、浩介とローザが徹夜で強行した五百二十六回に渡る実験の末、新たに構築した新術式を組み込んだ、鬼面の騎士の新アイテム。

 ゴブリンナイト専用ビークル、名付けて《ビーストチェイサー526》だ。


 多足歩行の俊敏な魔物も追走できる車輪。石畳は無論のこと、岩場や砂地などあらゆる地形に対応できるタイヤの悪路走破性。無駄のない流麗なフォルムに加え、トライアルアクションもこなせる身軽な車体。

 大気中の《幻素》を取り込みエネルギーに変換できる他、普段はリミッターが必要なほど有り余るゴブリンナイト自身のエネルギーを注いで稼働できる魔導エンジン内蔵。

 フロントカウルにはゴブリンナイトと同じ、二本角と牙を生やした鬼面が赤い眼を輝かせている。『変身ヒーローにはバイクが付き物』という浩介の個人的拘りと趣味をふんだんに詰め込んだ、自慢の一品である。


 ――尤も、『バイク』という概念も知らないコッゾたちからすれば、それは異様にして異形にして異質な、未知なる魔物としか認識できなかった。

 そしてそれに跨る鬼面の騎士の存在に気づき、彼らの混乱と恐怖心が一層増す。


「まさかアレが――《鬼面騎士》!?」

「ただの噂話じゃなかったのかよ!」

「あいつが乗っているのは馬、なのか? なんで車輪二つで倒れないんだよ!?」

「それに顔のところ、あれもゴブリンか!? ゴブリンの突然変異種!?」

「そういえば、ここのダンジョンで魔物同士が混ざった姿の《リベンジャー》が出たって聞いたが……あれがそうなのか!? ゴブリンと馬の合体!?」

「《リベンジャー》は元が下位の魔物でも上位並みに強いんだぞ! それを従えて騎乗してるって、あのゴブリンナイトとかいうヤツはどれだけヤバイんだよ!?」


 反対側の窓から乗り出した手下たちが、口々に悲鳴じみた叫びを上げる。

 未知の存在に対する恐怖は、想像力によって際限なく膨らみ、憶測が憶測を呼んでなんの攻撃も受けない内から士気が削がれていく。


「ピーピー騒ぐな! 馬鹿どもが!」


 それを押し留めたのは、雷鳴のごとく手下たちの頭に落ちたコッゾの一喝だ。


「あんな雑魚ゴブリンがなんだってんだ! 妙ちきりんな馬に乗っていようが、このコッゾ様にかかればよお!」


 扉を開けて半身だけ乗り出したコッゾは、槍を掬い上げるように石畳へ叩きつけた。

 鎧と同様に竜の素材で作られた槍は易々と石畳を砕く。大きい物なら人の頭ほどもある石の礫がゴブリンナイトに襲いかかった。

 鋼の馬ごと潰れた肉塊と化す末路を予見してほくそ笑むコッゾ。


 ところがゴブリンナイトは手綱の代わりに馬の首辺りから突き出た握り手――ハンドルを操り、馬よりも蛇を思わせる滑らかな動きで、スイスイと礫の雨を掻い潜った。あまつさえ余裕のつもりか、前輪を持ち上げて大きな礫を弾くという味な真似まで披露する。

 二度、三度と礫を見舞うも結果は同じ。

 元より血の気が多いコッゾは、すぐに我慢の限界となって《戦技》を発動した。


「ちょこまかと! ならこいつはどうだ! 【騎槍進軍ランスロード】!」


 体内の霊器回路から生成される膨大なエネルギーを槍に注ぎ込み、投擲。

 槍はゴブリンナイトより遥か手前の地面に突き刺さるが、戦技の効果はここからだ。

 刺さった位置を起点に、ゴブリンナイトに向かって地面から次々と、何十という数の槍が生えていく。さながら地下を走る騎馬隊が、地上へ槍を突き出しているかのようだ。進路上の敵を串刺しにして道を開く、姿なき騎兵の進軍。


 この直線範囲攻撃は【鋼牙裂槍】によって使用可能な戦技の中でも、コッゾが愛用してきた得意技だ。ただし魔物よりも、同じ人間に対して使われてきた技だが。

 旅の商隊や新人パーティをこの技で急襲し、色取り取りの悲鳴を指差し嘲笑って酒の肴にしたものだ。餌食になった連中の無様な姿を思い出すだけで笑いが止まらない。


「ハーッハッハッハ! どうだ! こいつは避けようがな――ハアアアア!?」


 ゴブリンナイトも同じようになると疑わなかったコッゾだが、現実に起こったのは信じ難い光景だった。

 コッゾの槍が石畳を砕いたことで生じた段差。それを利用して鋼の馬が大きくジャンプし、なんと建物の壁に着地。そのまま壁の上を垂直に走っているのだ。車輪が壁に吸いついているかのような、重力を完全に無視した走り。


 ――これは大ジャンプも含め、グレムリンアビリティ【疾風躯】でバイク全体に風を纏うことによる、なんということのない芸当だ

 しかしコッゾにはやはり見抜けない。

 鋼の馬=未知の魔物という認識に拍車がかかり、得体の知れない存在に対する恐怖心がジワジワとコッゾの心に這い寄ってくる。しかし得意技をあっさり避けられた屈辱と怒りで、どうにか踏みとどまった。


「野郎! 舐めた真似しやが……あ?」


 地面に降り立って馬車と並走する鋼の馬に、戦技の効果で手元へ自動的に戻った槍を突きつけ――呆けるコッゾ。

 馬上から、ゴブリンナイトの姿が忽然と消えてしまっていたのだ。


「ど、どこに消えやが……」


 ズガァン!


「うぎゃああ!」「ぎぇっふ!」「あひぃぃぃぃ!」

「!?」


 腐っても多くの戦いを潜り抜けた直感がコッゾに回避を促した。

 馬車の外側にしがみついたコッゾの横を、扉を突き破って飛び出す物体。

 物体の正体は、反対側のひしゃげた扉と挟まれた手下たちだった。馬車の外に転がり落ちた手下たちは着地もままならない。ある者は手足が折れ、ある者は扉の残骸の下敷きになりながら、絶叫だけを残して夜の暗闇に呑み込まれてしまう。

 コッゾがどうにか馬車の中に戻ると……そこには向かいの入り口に立つ、鬼面の騎士。


「て、めええええ!」

「…………」


 流石のコッゾも悟った。

 ゴブリンナイトは鋼の馬だけを着地させてコッゾたちの注意を引きつつ、自分は反対側の扉から馬車に取り付いた。そして扉ごと、手下たちをまとめて馬車の外へ蹴り飛ばしたのだ。あわよくばコッゾも一緒に片づけるつもりで。

 ――そして当然ながら、立夏にはかすり傷一つ追わせないよう配慮して。

 仮面で表情や視線は読めないものの、ゴブリンナイトの意識が、床に転がる立夏に向いていることにコッゾは気づいた。

 ニタリと口元を笑みで歪め、槍を今度は立夏の顔に突きつける。


「動くな! ちょっとでも動けば、こいつの顔をズタズタにしてやる!」


 思った通り、ゴブリンナイトはその場でピタリと動きを止めた。

 使い古された手だが、善人ぶった甘ったれ野郎や、こいつのような英雄気取りには特に効果的だ。手足を千切れ落ちるまで串刺しにして地面に転がした後、こいつの目の前で女を徹底的に嬲り者にしてやろう。

 下劣な高揚に舌なめずりしながら、コッゾは槍の先端で立夏の頬を切った。ポタリ、と赤い血が床に滴る。


「いいか? こいつは脅しじゃねえぞ! まさか正義の味方さんのお前が、女の顔に傷だらけになるを見過ごしたりなんかしねえだろう? 俺は最悪、突っ込む穴さえ残ってりゃ顔なんざどうでもいいがな! ギャハハハハ!」

「そうか」


 酷く平坦な声で一言そう返し、ゴブリンナイトはとんでもない行動に出た。

 半歩、片足を馬車の外に出したかと思った次の瞬間、馬車の前輪を片方、蹴り壊したのだ。扉ごと手下を蹴り飛ばしたことといい、どういう脚力をしているのか。

 そんな真似をすれば、ただで済むはずもない。


「な、バッ、てめ、ああああああああ!?」


 悪態も満足に吐けないまま、衝撃と共にコッゾの視界が天地逆転する。

 なまじ三頭分の馬力があるのが災いした。傾いた車体が盛大に地面を引きずられ、負荷に耐えかねてもう一方の前輪も破損。勢いは止まらず梃子の原理と慣性により、車体は回転しながら宙を舞った。直前に車体と馬を繋ぐ器具が壊れたことで――ゴブリンナイトが壊したのだ――馬は難を逃れて走り去る。

 床、壁、天井と叩きつけられ、上下の感覚も滅茶苦茶にかき回されるコッゾ。

 どこか捕まる場所を求めて伸ばした手に、返ってきたのは拳だった。


「げは!」


 顔面に拳がめり込み、激突した先の床に背中が半分埋まる。

 そして最後にコッゾが目にしたのは、中の回転を物ともせず立夏を抱きかかえ、悠々と入り口から馬車の外へと飛び出すゴブリンナイトの姿だった。





「大丈夫か?」

「全然平気……とは、言えないわね。情けないけど」


 鼻が触れそうなほど間近に覗き込んでくる鬼面に、立夏は苦笑でそう返した。

 縄も解かれ、頬に付けられた傷の他には怪我一つない。回転する馬車より脱出し、綺麗な宙返りからの着地も危なげない安全そのもの。

 それでも手が震えてしまうのは、電撃の影響が残っているためではないだろう。

 すると、ゴブリンナイトが立夏の震える手を、自らの手でそっと包み込んだ。

 固く、体温も伝わらないグローブ越し。しかし力強くも優しい手の感触に、不思議と震えは止まっていた。


「ちょっとだけ待っててくれ。すぐに……始末をつけてくる」


 立夏を地面に下ろし、ゴブリンナイトは馬車に向かって一歩を踏み出す。ようやく止まった馬車はほとんど原形を留めておらず半壊していた。普通なら中の人間が無事とは思えないが、コッゾが高レベルの冒険者ならば油断は禁物だ。

 しかし立夏は、ゴブリンナイトの彼らしからぬ様子の方が気がかりだった。


 低く軋むような声音。必要以上に力が入った拳。視線が正面を向かず、やや俯きがちに傾いた姿勢。伊達に長い付き合いではない。立夏にはそれが、彼が意志ではなく感情に支配されている兆候だと一目でわかった。

 その憤りの理由を察せられないほど鈍くはないし、罪悪感交じりの喜びさえある。

 だが、違う。これは彼と自分が信じる《ヒーロー》の姿ではない。


「ゴブリンナイト!」


 だから立夏は呼びかける。

 幼馴染としてではなく、彼が憧れと願いを胸に自ら纏った仮面……誰の真似でもなく彼自身が変身を遂げたヒーローとしての名で。

 振り返ったゴブリンナイトに、立夏は勝気な笑顔で拳を突き上げる。


「あんな悪党、やっつけちゃいなさい!」

「……ああ!」


 拳を突き返すゴブリンナイト。

 その声からは淀みが幾分か晴れていて、しかし迷いを完全に振り切れてはいなかった。

 だが、それでいい。

 迷うのは弱さだ。しかし迷いもなく人を傷つけ、破壊できることを強さとは呼ばない。

 大丈夫。ゴブリンナイトも、ちゃんとそれをわかっている。

 だから後はただ信じて、立夏はゴブリンナイトの背中を送り出した。


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