悪事のTriggerは引かれ、Jokerが切られた


「くっそがあ! 面白くもねえ!」


 人気のない裏路地で、コッゾは唾を吐き捨てんばかりに吠えた。

 店の裏口に積まれた木箱に、八つ当たりの蹴りを入れる。当然【身体強化】のスキルレベルも高いコッゾの蹴りで、木箱は粉々に砕けて中身の果実が散乱した。

 グシャリと踏み潰して果汁を地面にぶちまけても、コッゾの苛立ちは治まらない。


「どいつもこいつも、俺様に対する礼儀のなってねえ愚図ばかりじゃねえか! この俺を誰だと思っていやがる!? 俺は烈槍のコッゾだぞ! あいつら雑魚どもがのほほんと暮らしていられるのも、俺のダンジョン攻略による活躍のおかげとも知らずによお!」

「いやー、全く全く」

「コッゾさんの偉大さがわからないとか、目がガラス玉に違いないですぜ」


 やや棒読み気味な手下のおだてで、ようやくコッゾの溜飲が多少下がる。


 ――コッゾは自分がこの世で一番強い男であり、自分より優れた冒険者など一人としていないと本気で思っていた。

 天井知らずな自信の根拠である【鋼牙烈槍】は【槍術】から派生したレベルⅦの上位スキル。まだ三段階も上のレベルがあることはもちろん知っている。しかしそんな者は物語の中くらいしか実在しないし、自分ならいずれその領域にたどり着くと思っていた。


 生まれつきスキルレベルが高く、生まれ育った辺境の村では大人相手にも負け知らず。冒険者となって旅してきた地方での道中も、彼より強い者は一人として現れなかった。その悪運の強さが、コッゾを際限なく増長させた。

 最初こそ高みを目指して強大な魔物へ果敢に挑み、ときに村や町を救って称えられた時期も彼にはあった。しかしレベルⅦ以降スキルが伸び悩んだ頃から、コッゾの目線は上でなく下を向き始める。つまり弱い者から暴力で金や物を奪うという、魔物を狩るより遥かに楽な手段に味を占めたのだ。


 それまでの経歴と功績を振りかざして威張り散らし、レベルⅦのスキルに物を言わせてやりたい放題。悪い仲間も集まって、行く先々の村や町で暴れては、騎士団が出てくる前に逃げての繰り返しだ。

 そうしてつい数日前王都に流れ着き、なにか一つでかいことをしてやろうと息巻くコッゾは、順調に人生の下り坂を転がり落ちていた。


「そうだ! 俺はレベルⅦの偉大な冒険者様だぞ! なのにどいつもこいつも俺様を差し置いて、口を開けば《鬼面騎士》とかいうヤツの話しかしねえ! なにがゴブリンナイトだ!? 雑魚魔物の格好した変人野郎なんかより、この俺を崇めるべきだろうがよお!」


 王都でも自分の名を出せば誰もが畏れ敬い、足元に平伏す。

 そう信じ切っていたコッゾだが、現実はそう甘くなかった。

 そもそも王都ロシュオームは異世界より召喚された、規格外のEXスキルを持った地球人たちが多く在住する地だ。それに警備隊長ファムを始め、実質英雄級に匹敵する実力者もいる。レベルⅦと地方にのみ売れた名前だけで天下を取るには相手が悪かった。


 そして現在、王都には《鬼面騎士》がいる。実力は英雄級とも噂され、夜の闇に潜んだ悪と戦う、異形の仮面に素顔を隠した謎の騎士。

 王都の住民の興味と関心は現在、ゴブリンナイトがすっかり独り占めしている状態だ。田舎上がりで自意識過剰なチンピラ冒険者のことなど誰も注目しない。多少腕が立つというだけでは、話題性という意味で圧倒的に力不足だった。


 ――面白くない。自分の思い通りにならないなんて。こんなこと断じて間違っている。

 不都合な現実を受け止めようとせず、コッゾは誰彼構わず怒りの矛先を向けた。


「そもそもだ! あんなヒョロガキが女を三人も侍らせてたのが気に食わねえ! メスはより強いオスに腰を振るのが自然の摂理ってモンだろうが! 拳の打ち方も知らねえような、口も挟めないでブルッてる腰抜けの分際で調子乗りやがってよお!」

「あれ? あの席に野郎なんていましたっけ?」

「そりゃ、お前はヒトモドキの胸に目が釘付けで気づかなかったんだろ。確かにいたぜ。陰気そうで無気力な目つきした、見るからに村人その一って感じの雑魚野郎がな。ありゃ冒険者だったとしても雑魚職の《戦士ソルジャー》だろうよ」


 嘲りの色も隠さず手下の一人がせせら笑った。

 アンダーヘイムにはその職に就くだけで能力や補正が得られるような、地球のゲームによくあるシステム的な意味での《職業ジョブ》という概念はない。

 いわゆる《騎士》系スキルなどというのは、一部の特殊なスキルをカテゴリー分けした呼称だ。特定の職業に就くことで習得できるのではなく、その系統のスキルを習得できた者が系統に合った職に就くのである。

 そしてどの職に適性があるかは、生まれ持ったスキルの『偏り』で大体判別が可能だ。


 たとえば騎士に適性がある者は【剣術】や【身体強化】といった近接戦闘向きのスキルを多く覚え、【騎士剣】などの上位スキルに成長する望みも高い。魔法職の才能があれば当然【魔法適性】スキルを生まれつき所持している。

 逆に【剣術】【槍術】【弓術】等々と多方面のスキルをまんべんなく生まれ持つ者は、多才ではなく非才の証とされた。スキルが一生かけてもⅢより上にレベルアップすることなく、レベルⅢの力ではせいぜい地上に迷い出たゴブリンの相手が関の山なのだ。


 上位スキルに成長する望みもゼロに等しく、突出した特徴もない《戦士》のまま一生を終える無能。故に職業やスキル系統を指す《戦士》は冒険者の間で蔑称となっていた。


「あんな雑魚野郎やゴブリンモドキをのさばらせているようじゃ、王都のダンジョンも冒険者も程度が知れる。これが田舎のガキどもが無邪気に憧れてる大都会の実態とは、全く嘆かわしいこった」

「王都なんて言っても所詮、魔物の脅威が少ない温室。各地の魔窟をくぐり抜けてきた俺たちとは、冒険者としての出来が違うってわけですよ。他にもチキュウ人とかいう、異世界からやってきたポッと出のガキどもが祭り上げられて調子こいてるって話ですぜ」

「けっ。どいつもこいつも、ぬるま湯に浸って世の中を舐めてる馬鹿どもばっかってわけだ。ここは一つ、現実の厳しさってヤツを俺様が思い知らせてやらねえとな。なにか雑魚どもに仕置きするついでに、金も女も手に入る手段はねえモンか……」


 かなり無茶苦茶な我儘を口にしつつ、顎を擦りながら思案するコッゾ。

 口より先に拳や蹴りを飛ばす短気な性格のコッゾは、アレコレ細かく考えることは苦手だ。しかし彼は手下たちを自分なしではなにもできない愚図と思っているため、自分を気持ちよくする言葉以外の意見などは最初から手下に期待していなかった。

 と、【気配察知】が近づいてくる複数の気配を捉え、思考を中断させる。


「ここにいやしたか、コッゾの兄貴」

「ちょいと面白い話を持ってきやしたぜ」

「あん? 俺は今、すこぶる機嫌が悪いんだ。大した話じゃなかったら承知しねえぞ」

「まあまあ、聞いてくださいよ。伯爵の使いっつう妙な優男に会いまして――」


 ゾロゾロと姿を現したのは、十数人ほどいるコッゾの手下たち。最初からいた二人以外は情報収集のために散っていたのだ。

 理不尽に睨みを飛ばすコッゾだったが、手下の一人が話す内容を聞くにつれ、その表情は加虐心に満ちた醜悪な笑みに歪んでいく。


「……ほう? そいつはいい。あの調子こいたヒョロガキと生意気な勇者ごっこ野郎、両方に吠え面をかかせてやれるな。パーッと遊ぶ金も欲しかったところだし、これが渡りに船ってヤツか。それじゃあ野郎ども! 久々に『商売』と洒落込むかあ!」

「「「おおおおおおおお!」」」


 強盗。略奪。放火。殺人。誘拐。どれもコッゾたちにとっては金稼ぎの常套手段。

 弱者ばかりを狙い食い物にしてきた彼らは、なんの恐れも不安も躊躇いもなく、今夜の酒池肉林に思いを馳せて歓声を沸かせる。

 既に自分たちが断頭台に括りつけられた囚人――もしくは蜘蛛の巣にかかった羽虫であることにも気づかずに。





「うっぐぇああ……疲れたぁぁ」

「よく言うわよ。ファムさんにくっつかれてデレデレしてたくせに」

「お前だってファムさんからケーキを『あーん』されて顔真っ赤っかにしてだろ」

「だ、だってしょうがないじゃない。ファムさん、本当に素敵すぎて……」

「わかる……」


 すっかり日も沈んで夜の帳が下りた頃。

 浩介と立夏は肩を並べて街道を歩き、帰路についている。


 新アイテムの開発を終え、圧倒的糖分不足を主張したローザの意向で、今日は王都のスイーツ巡りだった。再び休暇で浩介と立夏の勧誘に来たファムも巻き込み、地元と地球知識産の甘味に舌鼓を打った。

 美味しかったし楽しくもあったのだが、浩介としては女性のフィールドであるスイーツ店で、美女美少女美幼女の三人に囲まれて過ごすというのはなかなかに神経を削る。

 おかげで喜びや優越感より、疲弊が勝ってしまった。あと胸焼け。


 スイーツ巡りを終えてファムは帰宅し、ローザから一度、地球人用住宅区に帰るよう言い渡された――この四ヶ月、ほとんど研究室で寝泊まりしていたのだ――浩介は、こうして立夏と一緒に帰路について現在に至る。


「それにしても、京太のヤツ……よくもまあ平然と私たちの前に出てこれるものよね。よっぽど捕まらない自信があるのかしら。けど、絶対に尻尾を掴んで牢屋に叩き込んでやるわ。私の蹴りで直接ね!」

「…………」


 喫茶店ペルペルではコッゾなるチンピラ冒険者に絡まれ、それを京太に助けられたわけだが、立夏の京太に対する態度は以前よりも冷たいものになっていた。

 プールが《亀裂》に襲われた際、浩介を亀裂に突き落とした犯人が京太だと半ば確信しているために。


 ファムはあのとき、客の避難誘導に向かって場を離れていたし、ローザは逃げ惑う人の波に飲まれて同じく現場から遠くに流されてしまったらしい。

 つまり《アイテムボックス》から瞬時に武器を抜いて浩介を攻撃し、また瞬時に武器をアイテムボックスに仕舞って何食わぬ顔――という一連の犯行を誰にも悟られず実行することが、一年C組でも一番のチートキャラである京太なら確かに可能だったのだ。


 既にファムには進言したものの、状況証拠だけで確たる根拠はない。腑に落ちないという顔をされたが、それでも警戒すると言ってくれた。

 浩介自身、京太が犯人というのはどうにも腑に落ちない部分があるため、立夏の憤りには賛同しかねる。浩介のために怒ってくれているのはわかるし、気持ちは嬉しいが。


「ところで浩介。あんた、夕飯はどうするつもり?」

「いや、まだ胸焼けが治まらなくてな……食欲が湧かねえんだよ」

「しょうがないわねえ。それじゃあ雑炊とか、消化が良くてサラッと食べられるもの、なんか作ってあげるわよ」

「マジか。そういえば立夏の手料理は久しぶりだな。つーか、こっちの世界に来てからは初めてか? 立夏の料理は美味いからなあ……やべ、急に食欲が湧いてきた」

「現金ねえ。まあ、私もダンジョン攻略が忙しかったり気が滅入ったりして、料理する気になれなかったからね。久しぶりに腕を振るってあげるわよ」


 二人きりの帰り道。気安いやり取り。なんというか、いい雰囲気だった。

 小学校の頃にまで戻ったかのような錯覚に、浩介は自然と口元が綻んだ。

 しかし……。


 ガララララララララ!


 穏やかな空気を破ったのは、石畳を削る喧しい車輪の音。

 貴族、それも相当な金持ち用の、三頭で引く大型の豪奢な馬車だ。馬車はかなり乱暴な運転で、浩介と立夏の前に急停止する。


 なんだなんだ。立夏の美少女っぷりに、どこぞの貴族様が一目惚れでもしたか?――などと暢気に考える浩介。しかし立夏が表情を強張らせながら反射的に身構えたのを見て、認識を改めた。その反応は、地球で幾度も目にしたものだからだ。


 案の定、馬車から飛び出してきたのは貴族でもなんでもない、魔物製の武器と防具に身を固めた男たちだった。数は五。雰囲気からして明らかに穏やかでない。


「オラ、死ねえ!」


 それを裏付けるように、男の一人がいきなり鈍器で浩介に殴りかかってきた。

【身体強化】などの恩恵でそこそこ速い動きだが、浩介たちからすれば欠伸が出るほど単調だ。狙われた浩介は上体を僅かに反らすのみで回避する。


「てめ!」

「当たれや、この!」


 二人、三人と続く攻撃もギリギリで避けつつ、【鑑定眼】で相手のステータスを見透かす。いずれもレベルⅣの戦闘スキル持ちだが、やはり動きは拙く単調だ。

 これなら戦闘スキルを持たない浩介でも、動きを読んで避けられる。

 そう緩んだ意識に付け入るように、馬車から飛び出した黒い影が、浩介の目には捉えられない速度で急襲してきた。


「邪魔だ、雑魚が」

「が――!?」


 咄嗟に割り込ませた両腕のガードごと、腹に深々と突き刺さる槍の石突き。

 両腕とあばらの骨が砕ける音がベキベキと頭に響き、浩介の口から血反吐が溢れ出た。

 激突した壁にヒビが入るほどの勢いでふっ飛ばされ、地面に倒れる。


「浩介!? よくもぉぉぉぉ!」

「ぎゃ!」「ぐひ!?」「ぶげえ!」


 激昂した立夏が、瞬時に三人を叩き伏せた。

 しかし浩介を蹴り飛ばした影――コッゾが浩介に槍を突きつけ勝ち誇るように嗤う。


「おっと。抵抗するとそいつの命がねえぜ?」

「っ! 卑怯者――ア!?」

「【パラライズ・ボルト】だ。おやあ? 刺激がちょいと強すぎたかな? ケケ!」


 立夏が動きを止めた隙に、手下の一人が魔法で背後から不意打ちした。麻痺効果付きの電撃を受けた立夏は倒れてしまう。

 痺れて動けない立夏を馬車に放り込むと、コッゾは屈んで浩介に顔を近づけ、口が裂けんばかりの嘲笑を浮かべた。


「てめえみたいな雑魚にあの女は勿体ねえからな。俺たちが有効に使やるよ。メスの悦びをたっっっぷり教え込んでから高く売り飛ばしてやる。俺様たちの英気を養う糧になれることを感謝するんだな。恨むならせいぜい、ゴミ同然の雑魚に生まれた自分の無能を恨みやがれ!」


 ギャハハハハ! と不快な笑い声を残して走り去る馬車。

 二秒、浩介は倒れたままの姿勢でコッゾの言葉を反芻した。


 ――立夏をどうする、だと?


 立夏は幼い頃より下劣な男たちの悪意に晒され、鍛え上げた格闘技により自力でそれを退けてきた。危うい場面にも幸運や善意や浩介の助けがあり、これまで取り返しのつかないような目には遭ってこなかった。

 しかし、浩介は知っている。

 気丈に振る舞う裏で、彼女が今もずっと怯え続けていることを。


「ヤロォ……」


 ユラリ、と幽鬼じみた動きで立ち上がる。

 両腕の骨が折れ、腹は砕けたあばら骨が内臓を傷つけているはずなのに、平然と。

 これまで人助けをしてきたときとは全く異なる、ドス黒い感情に突き動かされるまま、右腕をすぐ傍の路地裏に向けてかざす。

 両腕は、何事もなかったかのように治っていた。砕けた骨の破片が刺さって内蔵までやられたはずの腹もなんともない。その異常を全く意識できないまま、浩介は《アイテムボックス》を起動する。

 これは王宮から与えられたものではなく、ローザから貰った上位版だ。このアイテムボックスには《ゴブリドライバー》を始め、《スフィアダガー》や《エンチャントダガー》といったゴブリンナイト専用アイテムが収納されていた。

 そして浩介は、ローザと徹夜で開発した『新アイテム』を出現させる。





「お、オイ! お前!」


 浩介が激突した壁――雑貨店を営む店主は、浩介が路地裏に飛び込むのを見て思わず叫んだ。浩介が立夏を見捨てて逃げ出したと思ったのだ。

 終始なにもせずに隠れて見ているだけだった自分を棚に上げ、義憤に駆られた店主は後を追うように路地裏へ顔を突っ込む。

 そして、「それ」を目撃した。


『ブオオオオン! ブロロロロォォォォン!』

「ひ、ひええええええええ!?」


 車輪。馬。鋼鉄。暗闇に輝く赤眼と

 そして、生き物が発するものとは思えない異質な嘶き。

 視覚と聴覚に未知の衝撃を叩きつけられ、店主はひっくり返ってそのまま失神した。

 朝になって近所の住民に起こされた店主は、顔面蒼白になりながら自分が見たものについて周りに語る。最初は一笑に付されたが、同じものを目撃した証言が相次ぎ、後日にもその存在が確認された。

 こうして《鬼面騎士》の噂に次なる一ページが綴られる。

 魔物の力を操る鬼面の騎士は、風より速い鋼の魔物を従えている――と。


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