第三話:混迷! 水着と誓いと真・必殺キック

タカのように爪は隠して過ごしたい


 街外れの喫茶店《ペルペル》。

 こじんまりとしているが清潔感のある内装。魔力を込めると風を生み出す《風霊石》や冷気を発する《氷霊石》などによる空調など、八月後半といえどまだまだ暑いこの頃でも快適に過ごせる設備。朝から眩しい日差しも薄地のカーテンで程良い照明に。

 加えて料理は手頃な値段に味もそこそこ。雑誌に載るような有名店でこそないが、遠くから足を運ぶ常連客もいる、住民に愛された店だ。


「うへぁ」


 そんな店の定番モーニングカレーセットが並ぶ朝食の席で、罰当たりなくらいげんなりした顔をする少年が一人。

 昼は魔導学者の助手、夜は鬼面の騎士と二重生活を送る八代浩介である。

 忙しい毎日に睡眠を疎かにしていたところ、幼馴染の立夏に叱られ、朝ご飯はしっかり食べなさいとローザ共々この喫茶店に連れ出された。モーニングカレーのスパイシーな香りと味に舌鼓を打ちつつ、手に取ったのは店に置かれた雑誌の一つ。そしてとある記事に目を通した結果、思わず零れたのが冒頭の呻き声だ。


 アンダーヘイムは活版印刷の技術が発達しており、こうした雑誌や新聞も一般に流通している。尤も王家からの発表など公的な情報の発信には別の手段が用いられ、紙媒体は民営の出版社による、信憑性が低い噂話の寄せ集めがほとんどだ。

 浩介が読んでいる雑誌も三流ゴシップじみた内容で、クラスメイトが標的にされた記事まであった。

 しかし今、浩介を一番憂鬱な気分にさせている元凶は、雑誌のトップ記事。


「『神の使者か? 悪魔の使いか? 謎の《鬼面騎士》現る!』――この前の一件で、すっかり有名人になっちゃったわね」

「まあ、ローザが開発したゴブリンナイトの性能を以てすれば、噂の的になってしまうのも仕方がない話デスね。キヒヒッ」

「イヤイヤ、笑い事じゃねえだろ」


 EXスキル持ちの地球人すら圧倒したゴブリンナイトの力を、大仰な文章で喧伝する記事にローザはご機嫌の様子だが、浩介は頭が痛かった。

 クラスメイトと戦い、叩きのめした一件から五日経つ。

 表通りで大暴れしてしまっために、ゴブリンナイトの存在は王都の住民に知れ渡りつつあった。現状はこのようなマイナーゴシップ雑誌の噂話に留まっているが、噂というのは人から人へ囁かれ広まっていくものだ。

 遅かれ早かれと覚悟はしていたつもりだったものの、どうしたって気分は重くなる。

 テーブルに顔を打ちつけた浩介から雑誌を受け取った立夏は、件の記事を読みながらふと首を傾げた。


「それにしても、『魔物の力を操った』ってそんなに大騒ぎするような話なの? 元々、魔物の素材を使った武器や道具があるのに」


 戦う術に魔物を利用している、という意味では元からだという見方もできる。

 その疑問には、カレーコロッケサンドを平らげてデザート待ちのローザが答えた。


「魔物の素材を利用した道具は基本、あくまでスキルの力を補助する増幅器デスからね。使用者が元々持つスキルの力を増幅し、あるいは違う形で出力することはできても、使い手が本来所持していないような力を付加することは今まで不可能だったんデス」


 口の周りをソースでベタベタにしたままで、得意満面の笑みを浮かべるローザ。


「例えば《シールダー・トータス》の素材を使った魔法道具は、使い手の防御スキルを強化しても、使い手に防御スキルそのものを与えるわけではないデス。ましてや《シールダー・トータス》の魔力障壁を人間が直に使うというのは、前代未聞のことなのデスよ。それこそ、使い手が本当に人間なのかどうかを疑うほどに」

「実際、バケモノじみた力だしな。なにせ肉体もスキルでとんでもなく強化されているはずのクラスメイト三人が、ただの蹴り一発で瀕死になったくらいだからな」

「……戦技も使わないであの結果って、本当の話なの?」

「我ながら恐ろしいことにな」


 自慢げなローザに対し、浩介の表情は苦笑気味だ。

 クラスメイトたちを仕留めた「ゴブリンキック」。あれは戦技を用いていない、言わば単なる通常攻撃だった。正確には常時発動型のパッシブスキルと《グレムリン》のアビリティで強化された肉体による通常攻撃。


 グレムリン・アビリティ【疾風躯】は全身に風を纏う異能だ。威力は低く有効範囲も狭いため、空を飛んだり風そのものでの攻撃には向かない。しかしジャンプやキックといった体の動きに風の力を上乗せし、空中で反転したり斜め方向に急降下したりと、ワイヤーアクションじみた身のこなしが可能となるのだ。


 リミッターを外して全力を出したとはいえ、通常攻撃であの結果。《クロスフォース》システムによるパワーの増幅は想像以上だ。戦技を発動した、真の必殺キックをぶつけていたらどうなったことか。

 想像するだけで恐ろしい。セーフティも兼ねて、戦技の発動にいくつかの手順を踏まなければならないよう設定したのは英断だったと言えよう。


「……もしかしなくても俺、とんでもないモノこの世に生み出しちまった感じ?」

「下手なEXスキルより強力な性能だものね。しかもアレ、使おうと思えば誰でも使えちゃうんでしょ?」

「一応コースケにしか起動できないよう、認証システムは付けてあるのデスよ。それにゴブリンナイトの変身アイテム――《ゴブリンドライバー》には最高品質の素材を惜しみなく使っているんデス。同じ性能の物はそうホイホイと量産できないデスよ」

「なるほど。試作型だからこそ一品モノの性能ってわけね」

「量産型となれば生産コストの関係で省かなければならない要素も多々あるし、性能もそれなり程度に収まると思うのデス。ま、未解決のがいくつか残っているので、まだまだ先の話になるデスが」

「あの、ちなみに俺のドライバーはどれくらいの製作費なんで?」

「そうデスね。コースケのEXスキルで省略された、本来製作に必要となる設備の稼働・維持コストも計算に含めれば……五個も作れば小国一つは買える額になるデスよ」

「「ひぇっ」」


 ローザの勘定に、若干青くなっていた二人の顔が別の意味で一層青ざめた。

 とりあえず、ドライバーは今まで以上に大事にしようと浩介は内心で決意する。元々この世界で唯一、それも自分専用のオリジナル変身アイテムだ。至宝のごとく暇さえあればメンテナンスとピカピカに磨くのを欠かしていなかったのだが。

 扱いは丁寧かつ慎重に、と改めて自戒する。


「しかし、コースケは変わってるデス。それだけ巨大な力を手にしたというのに、有名になるのは嫌なんデスか? 圧倒的な力を得た者は、次に名声や脚光を求めるもののはずデス。現にチキュー人の大半が、名声目的でダンジョンの深層攻略に勤しんでいるデスよ? そういう輩は長生きできないし、捕まられると困るからローザとしては助かるのデスが」

「俺がなりたいのはヒーローであって、勇者でも英雄でもないからなあ。有名になると、余計な面倒事まで向こうから寄って来そうだし。ぶっちゃけ面倒臭いだけだからそういうのはノーサンキューだ」

「ただでさえ面倒事だらけだものね。助けた相手には悲鳴を上げられて、警備隊には追われて、クラスメイトまで襲いかかってきて。挙句に好き勝手暴れるクラスメイトを止めたら雑誌じゃ怪物扱い……ままならないわね、ヒーローさん」

「その辺はまあ、ヒーローの宿命ってことでな」

「……以前から疑問に思っていたのデスが」


 なにやら通じ合っている感じで笑みを交わす二人に、ローザが挙手して疑問を呈する。


「その、《ヒーロー》というのは一体なんなのデスか? 勇者や英雄とは違うらしいデスけど、やっていることは……今のところ規模は地味デスが、見返りを求めない無償の人助けというのは、いかにもな英雄的行動ではないデスか」

「うーん。説明するのは難しいな。地球でも言葉自体は、勇者や英雄って意味もあるし。なんなら英雄の力を借りるというか羽織って戦うヒーローもいるし」

「悪と戦う正義の味方、っていうのが一番無難な表現でしょうけど……」

「俺たちの間では、ちょっと違うからな。それも含まれてはいるけど」

「じゃあ、二人にとっての《ヒーロー》とは?」

「なんつーかこう……………………生き様?」

「それはまた、無駄に壮大な話になってきたデスね」


 呆れた顔をされるが、こればかりは浩介と立夏の間でしかわからない話だろう。

 元々は、浩介の趣味に立夏を付き合わせる形だった。しかし、いつしか《ヒーロー》は二人にとって単なる子供騙しの映像作品ではない、心の深くにまで根を張る大きな存在となっていた。大袈裟に言えば、生き方にまで影響を与えるほどに。


 それは浩介と立夏が共に過ごす中で培った、信念ともいうべきもの。だから二人の間でしか通じないし、お互いがそれを理解していれば十分だと思っている。

 距離感も接し方もどこか曖昧になった今でも、この共感だけは確かだ。


 ――そんな風に目と目で語り合う二人になにを感じたのか、風味もすっかり飛んで行ってしまったコーヒーのごとく生温いローザの視線が突き刺さる。


「なーにをイチャコラとピンク色の空気醸し出しているのデスか。せっかく空調の効いた店内がアッチッチになって、店にもお客にもいい迷惑デスよ」

「い、イチャコラってなによ!? そんな空気、全然出してないでしょ!」

「あー、違うんだよ。単に付き合いの長さからくる以心伝心っつーか、そんな感じのアレでだな」

「ほほお? 『幼馴染』というのはチキュー人的に非常に希少価値が高いと聞いているのデスが、幼馴染じゃ満足できないというわけデスか? やはりコースケも世の男どもと同ダンジョン攻略で一獲千金、女の子のピンチに颯爽と駆けつけて一獲美少女が夢というわけデスか」

「イヤイヤ、そもそも俺はダンジョンに足を踏み入れたこともないんだが? そんなミノタウロスに襲われて人生後悔するようなイベントに出くわす機会ねえから」

「そうデスね、美女とのイベントなら先日こなしたばかりだったデスね」

「……そういえばあんた、警備隊の美人隊長さんと随分お近づきになってるみたいね? この記事でもお姫様抱っこでさらったとか書いてあるんだけど」

「ちょ、お姫様抱っこは不可抗力なんだって。それにアレはあくまで『ゴブリンナイト』としての話だし、八代浩介としての俺があんな美人と関わり合うことなんて、まずないだろ。つーか、正体バレるのが怖いから関わりたくない」

「そんなこと言って、ああいう美人とお知り合いになりたいんじゃないの?」

「いや、美少女なら銀髪黒目の格闘娘な幼馴染で十分間に合ってるんで」

「な……っ!?」

「だーから公共の場でイチャコラってるんじゃないデスよ」


 などと、三人で他愛もない雑談に興じていたのだが。

 そこへドアベルが激しく揺れる喧しい音と共に、飛び込んできた聞き覚えのある声。


「立夏ー! お前、こんなところにいたのかよ!」

「げっ」


 犬耳とブンブン振る尻尾が幻視される笑顔に、立夏の表情が引きつる。

 入ってきたのは一年C組のリーダー。私服姿も決まっているがチャラい感じがどうにも否めない残念気味のイケメン勇者、草薙京太だ。

 立夏にご執心中の京太は、騒がしい入店に眉をひそめていた客の顔も思わず綻ぶ、満面の笑顔で立夏へと近づいてくる。こういうときイケメンは得だ。その隣に浩介の姿を確認すると、清々しいくらい露骨に険悪な目つきで睨んできたが。

 その態度に一層機嫌を悪くしながら、立夏は尋ねる。


「京太……あんた、なんでここが?」

「いやー、それはホラ! やっぱアレじゃね? 運命の赤い糸的な!」

「よく言いますよ。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、見当外れの方向にばかり逸れて行って。付き合わされたこっちの身もなってくださいよ」

「それを言ってくれるなよ、実彦!」


 フラグを立てたい京太に無慈悲な横槍を入れたのは、一緒に入店していた幸薄そう……薄幸の美少年、一年C組のナンバースリーである新川実彦だ。

 こちらの穏やかな雰囲気の方がアンダーヘイムの住人には受けが良いのか、ため息を零して見惚れる女性客がチラホラ。


 そしてローザも、実彦を見る目にはハートが散っていた。そういえば彼女の好みは『背が高くて線が細くて絵本から出てきた王子様くらいの美形』だったか。成程、実彦の容姿は見事に当てはまっている。


 しかしクラスメイトから離れて過ごせる場としてこの店を親しんでいた立夏は、どちらの来訪も歓迎できないわけで。


「それで、一体なんの用なのよ? 今日はダンジョン攻略も休みだって、昨日あんたが言ったんじゃない」

「おう! 実はそれについて俺に考えがあってな! 俺たちダンジョン攻略ばっかりで、もう夏も終わりに差しかかってるっていうのに全然夏らしい思い出作ってないだろ? せっかく定期テストも補習も夏休みの宿題もないんだ! もっと高校生らしい夏を体験しとかなくちゃ勿体ないだろ!?」

「それは……確かにそうね」

「思いの外まともな意見でびっくりだわ」

「八代てめー! どういう意味だよ、それ!」


 思えば異世界召喚されてからこの四か月間、変身アイテム開発とヒーロー活動に夢中で、季節の移り変わりを感じる暇さえなかった。

 しかしファンタジー世界の夏とは、どんなイベントがあることやら。

 期待も込めて京太に先を促すと、


「ともかく! そういうわけだからさ――プール行こうぜ!」

「「「プール?」」」


 京太が提案してきたのは、拍子抜けするほど普通のイベントだった。

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