ままならないジャスティスハンター


 通算四度目になる《鬼面騎士》取り逃がしの翌日。

 王都警備隊本部の廊下を、警備隊長ファムは淀みのない足取りで進む。カツカツと廊下を叩く靴音は常に規則正しく、しかし普段より幾分か早足だ。

 やや気が立っていることを自覚しながら、ノックは忘れず事務室に入る。

 席を外した自分に代わり、書類を片付けてくれていた副隊長がそれを出迎えた。


「あ、ファム隊長。どうでしたか?」

「どうもなにも、いつも通りの嫌味ばかりで中身のない無駄話だったよ。それに下衆な視線と娼婦呼ばわりの小言もセットでな」

「またそれですか! くそ、あの脂顔ハゲデブ大隊長め……!」

「よせ。私はまだしも、お前が上官の陰口など聞かれては首が飛ぶぞ。下手をすれば比喩でなく物理的にな」


 確かに今しがた昨夜の件を報告してきた騎士団大隊長は、脂ぎった顔にこれまた油がたっぷり詰まっていそうな樽腹の上、日の下ではやたら眩しい禿げ頭だが。

 警備隊は騎士団の下部組織に当たり、警備隊長にして騎士であるファムにとって大隊長は直属の上官だ。しかし職務を警備隊に丸投げし、成果を上げれば自分の手柄、自分の失態は責任を全てこちらに押しつけてくるような上官に敬意など持てるはずもない。


 ゴブリンナイトが高レベルのスキル所持者である懸念についても、報告書に目も通さず「君たちが不甲斐ないだけではないのかねえ?」と鼻で笑っておしまいだった。

 おかげでゴブリンナイトへの対処に騎士団からの増員は望めず、引き続き警備隊だけで対応する他なかった。


「そういきりたつな。ニーラン大隊長の好色はいつものことだろう」

「だからって許せませんよ。俺たちの隊長をいやらしい目でジロジロと――!」


 副隊長は義憤に燃えて身を震わす。

 ……が、その目が自分の胸に行っていることにファムは気づいていた。


 ファムが身に纏う騎士鎧の胸当ては、他の女性隊員と異なり胸の形がそのまま浮き出たような造形になっている。こうして形をピッタリ合わせて支えないと、戦闘中などで胸が揺れて痛いからだ。

 そのため鎧を纏っていても、ファムの胸に実った双丘が如何に豊満かは一目瞭然。視線が釘付けとなる男は厳格であるべき警備隊内にも後を絶たない。この前など、異世界より来訪した《チキュウ人》と思しき少年から「おっぱいアーマー」と呼ばれたくらいだ。意味は一応わかるのだが、チキュウ人のセンスは時々理解に苦しむ。


 少しばかり力を込めて睨んでやると、副隊長は大袈裟な勢いで顔を背け、勢い余って首からゴキンと嫌な音が鳴った。

 悶絶する副隊長に、まあ十分バチは当たったかとファムは嘆息する。

 自分が人の目、特に異性の目を引く容姿だという自覚はそれなりにあった。だからといって、下心に満ちた視線を向けられるのは不快だ。


「し、しかし騎士団の怠慢と横暴は目に余りますよ! 騎士団の役目である《亀裂クラック》の対処まで俺たち警備隊に丸投げ。そのくせ、こちらが捕まえた犯罪者を一方的な言い分で口を挟んで釈放して……! どうせあの悪党とも裏でつるんでて、それがバレるのを恐れたに決まってます!」

「証拠もなしに私情だけで憶測を立てるな。私情を挟まず公正な視点から真実を明らかにする。それも我々警備隊の職務だ」

「証拠なんて、あったところで騎士団に握り潰されておしまいじゃないですか! ヤツらは自分の私利私欲でやりたい放題なのに!」


 王都で騎士がやりたい放題に横暴を働くのは、今に始まった話ではない。

 騎士団は表向き身分を問わず門戸を開いているが、その大半が家のコネで入った貴族の次男三男だ。家督を継げず半分厄介払いで騎士団に放り込まれた彼らは、家庭で冷遇されたり劣等感が強かったりして、要するに素行の悪い者が多い。


 鬱憤をぶつけるかのごとく平民に横暴を働く騎士たちに、しかし警備隊は騎士団からの不当な圧力によって彼らを満足に取り締まることができずにいた。やっていることは酔っ払いや悪漢と同レベルなのに、貴族というだけの理由で無罪放免。捕まえても半日で釈放され、逆に捕まえたこちらが咎められる。


 なまじ正義感が強いために騎士団に刃向かい、僻地に飛ばされたり退職に追い込まれてしまった警備隊員も少なくない。

 法は万人を守るためにあるはずなのに、実際に守られるのは悪辣な貴族ばかりだ。


「いっそのこと、ゴブリンナイトのヤツが騎士団の馬鹿どもを退治してくれれば――っ。すいません。軽率な発言でした」

「……今のは聞かなかったことにしてやる」


 寸前で思い留まったのに免じて、叱責はなしにする。

 それに内心、憤る気持ちはファムも同じだった。

 王都の秩序を守り、人々を守るために騎士となった。しかしその秩序が自分たちをしがらみでがんじがらめに縛り上げ、人々を守ることを邪魔する矛盾。

 現実のままならなさに、零れるため息は重い。


「それにしても、一体何者なんですかね? あのゴブリンナイトって」

「わからんな。私にもサッパリだ」


 鬼面の騎士、ゴブリンナイトは一週間ほど前から夜な夜な王都に出没する謎の人物だ。

 真夜中に現れては悪漢や犯罪者を叩き伏せ、罪なき民を救う。その行為だけを見ればただの人助けなのだが、如何せん問題はその奇怪極まりない格好だ。


 特に二本角と牙を生やした深緑色の、魔物の中でも下位の存在であるゴブリンのごとき鬼面の兜。武器や防具に、素材となった魔物の意匠を施すのは珍しくない話。しかしよりにもよって、雑魚の代名詞とまで言われるゴブリンとは悪趣味にも程がある。実際、状況的に助けられたと思しき女性が、新種のゴブリンと見間違えて失神したくらいだ。


 それに冒険者という生き物は基本的に目立ちたがりで、名前と顔を売りたがる。だから顔が隠れないよう頭には防具をつけないか、兜であっても顔が露出したものするのが彼らの常識だ。ゴブリンナイトのように、フルフェイスの兜で顔を隠す者は少ない。


「人助けをしているだけなら、なぜわざわざ顔を隠す? それもゴブリンの仮面などで」

「正体は素顔も明かせない、指名手配中の凶悪犯罪者という可能性はどうです? 人助けは俺たち警備隊を欺くカモフラージュで、裏でとんでもない悪事を企ててるとか。ほら、例の奴隷売買の組織、この王都にまで手を伸ばしてるって噂もありますし」

「私の戦技で傷一つつかないほどの力があるんだ。悪事を働くなら、そんな回りくどい真似をせずとも正面から我々を排除できるだろう。それにゴブリンナイトは助けた相手に悲鳴を上げられても文句一つ言わず、なんの見返りも求めていない」

「じゃあ、ただの目立ちたがりなんじゃ? 英雄、もしくは正義の味方ごっこがしたいだけのナルシストなんでしょう。それともまさか、神が遣わした勧善懲悪の化身とか?」

「活動範囲が王都に限られているし、万人を救済するような頻度でもない。正義の使者にしては片手落ちだな。それに脚光を浴びるのが目的なら、ダンジョン攻略でハイドラゴンを倒す方が効果的だし、ヤツの力ならそれも容易いはずだ。第一ゴブリンナイトの活動は、むしろ人目を避けている節がある」


 深緑色の兜と黒い革鎧は、闇夜に溶け込んでしまうほどに暗く目立たない。

 そしてゴブリンナイトの出没場所は、人気がない深夜の裏路地が中心だ。悪漢たちの主な活動場所もそこなので、人助けをしているなら当然といえば当然か。しかし警備隊に追われて逃げる際も、彼は表通りに出るのを明らかに避けている。

 おかげで《鬼面騎士》の名は今のところ、警備隊の中だけに広がりを留めていた。


「善意の人にしては素顔を隠し、見る者を脅かす異形の姿に扮する説明がつかない。悪意ある輩にしては行動が利他的に過ぎて、なにか利益を得ているとは思えない。正体不明、目的不明、意味不明の三拍子だ」

「なんというか…………本当にデタラメでわけがわからないヤツ、ですね」

「全くだ。なんにせよ、野放しにはできない」


 目的も正体も定かでない、その奇怪な姿で王都に混乱を招く不審人物を、警備隊として放置するわけにはいくまい。

 しかし――秩序に従う自分たちが人を守れず、秩序を乱す異形の人物の方が、少なくとも結果的に人を救っている。

 その事実に、ファムはやりきれない思いを禁じ得なかった。





 さて、現状警備隊の中でのみ噂の《鬼面騎士》こと八代浩介はといえば。


「困ったなー……」

「警備隊長まで出てくるなんて、あんた相当目をつけられてるわね」

「キヒヒ。まあ、《鬼面騎士》の性能を考えれば当然の結果デスね」


 穏やかな午後の時間、他愛のない会話。

 しかしローザが眺める中、浩介と立夏が交わしているのは言葉だけでなく、鋭い拳打の応酬である。

 場所は正門から入って王城本館を回り込んだ先、騎士団の訓練場だ。

 多少威力のある戦技を放っても問題ない程度のスペースが確保された広場だが、浩介たちの他に人の姿はない。


 ……なんでも騎士の大半は生まれつきスキルレベルが高い血筋の貴族であり、努力や研鑽を「弱者の悪足掻き」と馬鹿にするような類の人種らしく。訓練場は目下の者に高レベルの戦技を見せびらかすか、訓練と称した弱い者いじめの場になっているそうだ。


 それならば自分たちで有効活用しようと、浩介と立夏は久しぶりの組手を行っていた。

 ついでに、こうして内密な話をするのにも人気がないのは幸いだ。念のため魔法道具の防音装置も使い、遠くから盗み聞きできないようにしてある。


「それにしてもゴブリンナイトって……浩介的にはどうなの? このネーミング」

「んー。異形の騎士って感じで悪くはない。俺の大好きな変身ヒーローの初代も、デザイン元は踏めば潰れるバッタだし、妥当な呼び名じゃねえか?」


 会話の間も慣れた手つきで遠慮のない、しかし威力だけはスポーツレベルに抑えた攻撃を放ち、捌き合う。パパンパン、パンパパン、と空気の弾けるような音が二人の間で幾重にも鳴り響いた。


 浩介は変身アイテムの研究、立夏はダンジョン攻略と、互いに多忙な身のためご無沙汰だったが、これは召喚される以前から続く週一の習慣。立夏が浩介のヒーロー趣味に付き合う対価として、浩介が立夏の修行に付き合う形で続けてきたやり取りだ。


 暴力を忌避する立夏も、長年の信頼から浩介に繰り出す拳は鈍らない。京太を始め一年C組のクラスメイト相手では無理だろう。敵となったなら躊躇いを捨てるだけの強さはあるが、あくまで試合・訓練となると、却ってどうしても躊躇いが出てしまうのだ。

 互いの攻撃で粗や無駄を削ぎ落とすように、鈍った動きを研ぎ澄ましていく。


「ただ、あの姿って《戦士》系のスキルと《風戯鬼グレムリン》のアビリティを組み合わせたものなんだよなあ。正確にはゴブリンでもナイトでもないっていう」

「キヒヒッ。まあ騎士はともかく、グレムリンはゴブリンの亜種に当たる分類になっているから、あながち間違ってもいないデスよ」


 スキルとアビリティの融合は、互いのパワーバランスが同調し、安定していないとまともに成立しない。上位のスキルやアビリティではバランスの安定が難しく、バランスが崩れた際に暴走・暴発の危険性が大きかった。

 そのため、レベルの低い《戦士》系スキルと下位の魔物である《グレムリン》アビリティの組み合わせとなった次第だ。


「名前は割かし気に入ったからいいとして……問題はすっかり敵に回しちまった警備隊にどう対処するかだよ」


 ヒーローの名を冠して生み出した力である以上、人助けのために使いたい。

 そんな考えから、趣味と実益を兼ねたヒーロー活動なんて始めた結果がこれだ。

 人助けと言っても、警備隊が基本有能なので日中には騒ぎなど滅多に起きない。

 迷子や重い荷物に悩むおばあちゃん程度の困っている人なら、助けるのにわざわざ変身するまでもない。それは普通に生身でやれることだし、やる。


 そういうわけでヒーロー活動は、ろくでもない輩が活発に動く、真夜中の路地裏などが主な舞台になるわけだ。しかしどうやらこの鬼面の兜は、ただでさえアンダーヘイムの住人の目には奇怪に映る上、闇夜の中では一層怪奇的に恐ろしく見えるようで。

 悪党から助けた相手に毎度悲鳴を上げられ、奇怪な格好をした不審者扱いで連日警備隊に追いかけ回される羽目になっていた。


「対処もなにも、ゴブリンナイトの性能を以てすれば、警備隊なんて簡単に蹴散らせるではないデスか。警備隊相手なら、そこらの酔っ払いや小悪党より良い戦闘データが取れるはずデスしね。キヒヒッ」

「そんなわけにいくかよ。俺は一応、人助けのために活動してるんだ。金を盗んだり物を奪ったりする悪党や、女子供を襲うような外道相手なら容赦もしないがな。ただ真面目に仕事してるだけの警備隊に怪我なんてさせたら、俺も悪党の仲間入りだ」


 ローザの悪い笑顔を横目に、こちらの腕を掴んだ立夏の投げ技を切り返しながら、浩介はげんなりした表情を浮かべる。

 幸いというべきか、スーツのチート級性能のおかげで捕まる危険性は低い。

 しかしゴブリンナイトは自称といえどヒーローなのだ。

 警備隊と争いたいわけではなく、ましてや怪我をさせるわけにはいかない。

 こちらは自己満足の半分趣味でやっているだけなのだから、尚更に。


「戦わずに退散できればそれが一番なんだけどな。厄介なのは警備隊長で、リミッターをかけた状態じゃあしらえそうにないんだよ。かといってリミッターを外せば、それこそ下手したら大怪我でも済まされない」

「ゴブリンナイトのパワーは、スキルとアビリティの融合による爆発的反応から発生しているから、リミッターも微調整が難しいのデス。現状一段階だけある、悪漢及び警備隊員用のリミッターもたまたま成功したものデスからね」

「あの警備隊長さん、そんなに強いの?」

「純粋な戦闘技術なら俺や立夏より圧倒的に上手だ。スキルが同レベルだったら絶対に敵わなかっただろうな」


 格闘技術と喧嘩の心得はあっても基本平和な日本で育った浩介と、スキルを悪用する無法者と日夜戦うファムとでは比べるべくもない。

 昨夜も戦技による連撃には反応もままならず、無傷だったのはスーツの性能に助けられただけだ。それにスーツにこそ傷一つなかったが、防御を貫いた衝撃が骨の芯にまで響いて今も痛いこと痛いこと。シャツの下は痣だらけだ。準英雄級の攻撃をまともに喰らって、痣だらけ程度で済んでいることにこそ驚くべきなのだろうが。


「ふうん……あの人、強いとは思ったけどそこまで強いんだ」

「あの人って立夏、警備隊長と面識あるのか?」

「ファム=セイレーンっていうダークエルフの女の人でしょ? ダンジョン攻略の帰りに京太たちが地元の冒険者と揉めたことがあって、そのときにね。…………男子が揃いも揃って鼻の下伸ばしまくってたわ、よ!」

「うお!? ……あー、うん。まあ、地球じゃお目にかかれないような、大変けしからんスタイルの持ち主でしたからね」


 鳩尾狙いの蹴りと共に飛んできた、立夏のジトリとした物言いたげな視線に、危うく避けた浩介の頬を二重の冷や汗が伝う。

 誤解なきよう言うが、立夏も出るべきところは出て、引っ込むべきところが引っ込んだ文句なしのモデル体型だ。


 しかしファムのそれは「(たわわに実った胸が)ヤベーイ!」「(美しいラインのくびれが)スゲーイ!」「(締まってはち切れそうなヒップが)モノスゲーイ!」の大迫力。

 男の夢と浪漫と妄想を具現化したがごとき肢体でありながら、あれだけの戦闘力を発揮する事実には驚愕と戦慄を覚えたものだ。アンダーヘイムが地球と理の似て非なるファンタジー世界だと実感した最大の瞬間である。


 ――等々と考察していたせいか、立夏とローザの視線が一層冷ややかになった。


「やっぱり男は胸デスか。チチなのデスか。おっぱいが貧相なメスに価値はないとほざくデスか。いえ、ローザはちょっと成長期が遅れているだけデスし。これからバインバインになる未来が約束されているから、ひがむ必要もないしそもそも最初からひがんでなんかいないデスが」

「うん。そうだな。ローザは歳相応なだけだもんな」

「悪かったわね、あんたには物足りない肉付きで」

「いや、立夏さんも十分素敵なスタイルをお持ちじゃないですか……」


 立夏のスタイルをファッションモデル級とするなら、ファムのスタイルはグラビアモデル級。どちらも世の女性が羨むプロポーションには違いないが、やはり色気で比較するとどうしてもファムに軍配が上がってしまうわけで。

 あたふたとフォローする浩介だが、立夏は組手も止めてそっぽを向いたまま。

 いち早く立ち直ったのは、地下から持ち出したクッキーをバリバリ齧りながらいじけていたローザの方だ。


「話は戻るのデスが……そもそも浩介は、なんで人助けしているのに仮面で顔を隠すのデスか? 警備隊に追いかけ回される原因も、あの鬼の仮面が原因デスよね? ローザ的にはイカしたデザインだと思うし、認可も取っていない《クロスフォース》システムのことでとやかく言われるのは面倒だから助かるデスが」


「まあ、単に趣味とか個人的なこだわりもあるけど……ローザと同じで『面倒だから』っていうのが一番大きな理由だな」


 どこか遠くを見るような目をしながら、浩介は持論を述べる。


「有名になったり高い地位についたりすると、それだけ立場に縛られる。国を守る英雄や世界を救う勇者は、やがてしがらみだらけになって個人の感情じゃ動けなくなる。周りの事情や都合に従わされて、個としての気持ちや意思は殺されて。自分が本当に助けたい人を助けられなくなる。自分が本当に守りたいものを守れなくなる」


 瞼を閉じれば、憧れのヒーローの姿が鮮明に蘇る。

 異形の仮面に素顔を隠し、誰にも知られず悪と戦いを続ける平和と自由の戦士。

 勇者や英雄のごとく世間に讃えられることもない孤独な背中は、しかしいつだって浩介の目には最高にかっこよく見えた。


「だからこその仮面なんだ。何者でもないからこそ、何物にも縛られない。あらゆるしがらみを超えて、目の前で助けを求める人に手を伸ばせる。欲しいのは名声でも財宝でもなく、ただ助けたい相手を助けることだけなんだから――」


 ふと顔を上げると、マジマジとこちらを見つめる立夏とローザが。

 どうも、弁舌に熱が入りすぎたようだ。羞恥で浩介の頬に朱が差す。


「なーんてそれっぽいこと言ってみたが、結局は後始末が面倒ってだけの話だよ。ただ無責任に趣味のヒーローごっこがしたいだけの、所詮は自己満足だからな。まあ捕まってローザにまで面倒かけないよう気をつけるからさ。もうしばらく付き合ってくれよ」


 わざとらしくおどけた態度を取り、「ちょっと手洗い行ってくる」と足早に訓練場から出て行った。

 どう見ても逃げ出した浩介の背中を、ローザが呆れ顔で見送る。


「ひーろー、とやらについては勇者や英雄とは違うらしいこと以外、よくわからないんデスけど……大丈夫なんデスかね? ま、ローザとしては有益な戦闘データさえ取れれば問題なしデスが」

「うーん。ローザには理解できない行動かもしれないけど、もう少し付き合って見てあげてよ。あいつ馬鹿だけど、半端だけはしないから」


 立夏はやけに自信ありげな、なにか確信を持った笑みで言った。

 まるで大事に仕舞った宝物を覗き込むように、眩いものを見つめる笑顔で。


「自己満足だから、趣味だからこそ浩介は真剣にやる。自分じゃない誰かを助けるため、守るために、真剣で全力で必死になれる。それが、八代浩介って男なのよ」

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