4話 始神

 辺りに黒い爆風が広がった。肌の燃えるような痛さが少しずつ和らいでいく。私は静かに、アマテラス様を見つめていた。


「其方…感謝するぞ…」


 一言だけを残して、アマテラス様はゆっくりと崩れ、真っ逆さまに落ちていった。慌てて、私とケルベは飛び出す。地面まで10m…7…3…。


(ダメだ、間に合わない!)


 私は思わず目を覆ってしまった。恐る恐る手を退けると、アマテラス様を受け止めている男の姿があった。私達はゆっくり地面に降り立ち、男の元へと駆け寄った。


「お主らが天照を止めてくれたのか?」


 ガタイのいい男が、驚いた表情で話しかけてきた。私も驚いていた。この男の口からアマテラスという言葉が出たからだ。


「はい、そうですが…」

「おお、感謝するぞ!我は弟の『須佐之男』だ!」


 スサノオ様、道理でアマテラス様の事を知っている訳だ。


「あの、スサノオ様…どうしてアマテラス様が暴走したのか、知っているなら教えてください」

「その事なのだが…」

「その話は妾がしよう」


 木影から落ち着いた様子で、ツクヨミ様が姿を出した。大きく深呼吸し、話を始めた。


 今から丁度一月前、太陽と陰が混ざった日の事だ。元々、天照と妾は太陽と月を交互に天に掲げる事で、世界の調和を保っていた。それが崩れたのだ。太陽が出ている時間に、邪気が入った事で、太陽が弱まってしまった。すると、対照的に月が強くなる。そこで、バランスを保つために太陽の出る時間を少し長くした。だが、これが失敗だったのだ。初めはよかった。しかし、何者かの強い術が天照の弱みを握り、それを力に変え暴走させたのだ。天照自身も止める事ができず、結果今回の異変を引き起こした。


 私は黙って聞いていた。バルガが起こした異変の影響が、神にも及ぶという事に驚きながら。カレンは、驚きのあまり尻餅をついていた。


「天照の力を妾達では、抑えられないところまできた。だから頼んだのだ。あの陰を消し去った其方らに」

「そうだったんですね…あの異変が今回の引き金だった…」

「異変は時に、神をも狂わせるんですね。瑠奈ちゃん…あたし達…これからもこんな戦いが続くんですね…」


 カレンが座り込んでいたのは、驚きだけではなかった。未知なる敵への恐れだった。正直、私も怖い。アマテラス様を暴走させた者がいる。私が暴走させられるかもしれない。そうなれば、私は躊躇う事なく、ケルベやカレンを傷つけてしまうかもしれない。そんな事を考えてしまい、私は口を開けられなかった。この場を戦慄させる、静寂の風が吹いていた。


 数分間、誰も話さなかった。すると、アマテラス様が瞳を開けた。先程までの殺気は微塵も感じられず、穏やかだった。


「天照、調子はどうだ?」

「須佐之男、月読…後、其方ら。感謝するぞ。おかげですっかり元通りじゃ」


 これで太陽異変は解決した。そう安心し、深い溜め息をついた。その時だった。大地が大きく震え、木々が騒めき出した。3神はどこか怯えながら、空を見上げている。


「ルナちゃん…あ、あれ…」


 ケルベの言葉に私も空を見る。天から邪気を放ちながら、何かが姿を現した。


「ち…父様…」

「我は『伊邪那岐』…さぁ、クニヲツクロウゾ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る