第6話

ドオッと湧くライブハウスは集団が作り出す興奮の坩堝に膨れ、ステージから倒れるように飛び降りた瑞希を包んだ


「どけ!!道を開けろ!瑞希に触んな!!」


麦が子供を抱える様に瑞希を脇に抱いて観客の人垣をなぎ倒す勢いで掻き分け控室に向かった


二時間もジリジリしなければならないかと絶望していると投げ出されるように終わったライブは結局五曲しかやってない


「どけぇ!!邪魔だ!!」


掃いても掃いても磁石にくっつく砂鉄みたいに纏わりつく観客に、まだ恍然とした瑞希は麦に引きずられ反応が鈍い、止まらない汗が髪まで濡らしトロンとした瞳はどこも見ていない


「おい!麦!!チクショウ!俺に瑞希を返せ!俺が瑞希の代わりに歩く!!」


シュッシュッっと麦に向かって拳を振ったが当然当たらない、瑞希の見えない殻に閉じ込められ同じように引きずられた


楽屋への廊下に置いてあった柵がガシャーンと乱暴に吹っ飛んで行った


入りきれない観客の侵入を防ぐ為か工事現場から盗ってきたらしい虎柄の柵は麦に蹴りつけられ、突き当りの壁に当たって跳ね返ってきた


麦は小部屋に入るなりパチンと鍵を閉めてしまった



「あ!!おい!!鍵を閉めんな!!麦!!」


「隆弘はそこにいろ!!」


「俺も混ぜろよ!!麦!!」


ドラムの位置から遅れて付いてきた隆弘は楽屋に入り損ね、薄く脆そうなドアを叩いたが床に滴り落ちる程の汗をかいた麦は頭を振るって壁に向かって瑞希を放り出した



防御本能から出た腕は体を支えきれず頬からドンッと体当りした瑞希が壁に縋り付くように爪を立てたがズルリと体が揺らいだ


「あっあっあああぁぁっっ!!!」


天井に向かって突然上げた咆哮は気が振れたみたいだ


声を出さないと破裂する、そんな叫び声だった


「待てよ!今……!!」


「あっ…………あああっっ!!」


「待てったら!!こら!噛むな!」


ガッと親指の付け根に歯を立てた瑞希の腕を取り上げ麦が瑞希のジーンズに手をかけた


え?!まさか……


「えっ?!えっ!!あっやめろ!コラ!!」


嘘だ!ここで?今?!


そうだ、前もここで麦は瑞希にいやらしい事をしていた


「止めろ!ちょっと待って!駄目だから!」


ステージ上のエロダンスだけでもいっぱいいっぱいだったのにこんなすぐ側で冗談じゃない


「やめろったら!!瑞希!!俺がここにいるんだぞ!瑞希!!」


蹴っても殴っても届かない、瑞希の目にも耳にも入らない、せめて部屋の外にと身を翻すとドカッと結界に阻まれた


床に付いた手の横に大きな歯磨き粉のようなチューブがゴロンっと転がってきた


蓋は無くて口から透明なゼリーのような液体がニュルリと漏れ出ている



「あ!!あっ……ハァ!……ああああっっ!」


「瑞希!!あっ……うぁ……瑞希!!」


ビクッと肩が上がった


「あ………あ……嘘だろ……」


そろそろと振り返ると麦が瑞希を壁に押し付け立ったまま腹に乗せるように腰を振っている


瑞希のジーンズはずり下かり、片足が持ち上がった体は胸に回った麦の腕に完全に体重を預けていた


「うあぁ…ハァ!ああっ!!…ハァハァハァ!!あっっ!!」

「瑞希!瑞希!お前最高!……凄かった!……う………あああっっ!!」



コクンッと喉を鳴らしたが空気が以外飲み込めなかった


目の前で瑞希と麦がセックスしている


ムードも何もない、貪り食らいつくただ押し入るだけの即物的な交わり………


この二人が……この状況が特別なんだろうか

こんなに獣じみて、浅ましいものなのか……


頭の天辺から血の気が降りてチラと足元を確かめた

下がりきった血液が流れ出ているのではないかと心配になった



パンツの隙間からはみ出た黒く反り勃った麦の性器が腰を引くたびに見える、突き上げる度に瑞希の体が持ち上がり大きく開いた瑞希の口は叫んでいるのに声が出てない


「っっ!!ハァ!……っ!!」


「どうした瑞希!!隆也って言わないのか?いつもうわ言みたいに喚くだろ!……ハァっ!……あぅ……」


「…っぅ!あっ………隆…也?……あっ………あ……あ……」


反っていた背中を持ち上げドンッと壁に手をついて落ちた頭から覗き見える………瑞希の目



視線を合わせてしまった


「隆………也………」


驚愕に見開かれた目は瑞希が戻ってしまった事を告げた


今………こんな時に………



「何だよやっぱり隆也か……俺を見ろよ!」


「麦!!もう!…あっ!!あああ…」


「イケよ!!鳴け!!喚け!隆也なんていない!お前は俺のもんなんだよ!!」


「あっ…麦!!やめ……あっあっああーっっ!!」


バンバンッと肌を打つ音が激しくなり麦の腰に乗せられた瑞希の足はもう床についてない


深く接合されたまま前後に振られ、内側に籠もった二チャニチャと粘った音がする、瑞希の手は壁から離れ麦の肩に乗った後頭部が押し上げられ髪がフワフワ浮いてた



「ああっっあ!!隆也!!見ないで!!あっあっ!ぅああ!嫌だ!嫌っ」


「ハァあっ!どんな……妄想だよ!……隆也なんていないんだよ!」


「嫌だ!……!こっち見るな…ああ!」



「そんな事を言われたって…………」


多分楽屋の外にも丸聞こえだ、まだ次の演奏は始まってない、歌っている時とは違う瑞希の地声は快感に震え………多分風呂場で感じた痺れるような性感に塗れている


あの時は分からなかった………

体の内側から湧き出る身悶えする感覚………


あれは今………目の前で麦が陵辱しているあそこから生れていた


…………慣れてるんだ……


ガクガク揺れ、突き上がる度に上がる悲鳴は耳を塞いでも頭の中に響く、聞こえてくるのは空気の震動じゃない、瑞希の耳が聞いてる音なんだ



「瑞希っっ!くぅ…あっ瑞希!」


「うっ、あ………あ………!」


ドオッと二人が重なって崩れ落ち、覆いかぶさった瑞希の耳に麦がキスをしている


永遠に思えた苦しい時間が終わった


もう呆然として声も出なかった

何故なのか外に出ていると………真横で見ていると瑞希が気付いているのに外に放り出されたままだ



「………麦…出て……行け………」


「ハァ……ハァ………何言ってんだお前後始末出来ねぇだろ、ここに風呂は無いし、お絞り用意してあるから……」


「出て行けっっ!!」


バンっと麦の腹にナイキが当たった


事の最中に勝手に脱げたスニーカーを麦に投げつけ、ギリリと歯を鳴らした瑞希はまだ通常運転じゃない


「わかったよ……10分したら戻る」


「戻ってくるな、帰れよ」


「俺は仕事が残ってる」


「なら仕事しろ……………」


パチンと鍵を開けると開かれたドアの前に座り込む隆弘が見えたが麦が抑えてドアが閉まった




崩れ落ち、床に投げ出していた手足をのそりと動かした瑞希は精液に濡れた下半身にそのままジーンズを引き上げた


部屋の外では次の演奏が始まり重低音が震動となって響いてくる


背中を向けたまま瑞希がポツリと口を開いた



「…………ずっ…と?」


「……見てたさ」


「…そう………か…」


「どうしようもないだろ?俺は瑞希から離れられない……」



「嫌…いになった?」


無理矢理口の端を上げた泣きそうな目がこちらに向けられた


二時間も余裕を見たのは毎回ライブの後はこんな風に麦や………きっと隆弘にも抱かれているんだ




「………チンコ勃った……すっげぇ強烈…」


「隆也………」


「帰ろう……お前………風呂に入った方がいいよ、もう終わったんだろ?」



伸ばされた瑞希の手は届く前に身を引いてしまった


到底……上手く自然に避けるなんて出来なかった




満員の客で溢れ、床に落ちた物を拾うスペースもなかったライブハウスは殆どが瑞希目当てだったらしい、楽屋から出ると随分人が引けてスカスカになっていた


ステージではまだライブが続いているにも関わらず、出待ちを兼ねているのか階段や外の歩道には人が溢れ瑞希が出て行くと注目を浴びた


凄かったとか瑞希最高!とかパラパラと声がかかるが正面きって話しかけられたりはしない


あの尋常じゃないライブに、どれくらいまで聞こえていたのか薄く、粗末な楽屋の扉から漏れ出た叫び声は誰が聞いても性的な嬌声だと分かるだろう


声をかけにくいはずだ


瑞希の自転車は来た時のまま木にもたれてそこにあった、瑞希を知るたくさんの人が出入りし、なる程ずっと見張られたままでイタズラや窃盗は無理に思えた


ハンドルに手を置いた瑞希はようやく今起こっている異変に気がついた


「隆也?………なんでそこにいんの?」


「お前に蹴り出されて……なんでだろう戻らないな、別にいいんじゃない?この方が話しやすいし」


「うん………でも二人乗りは出来ないしな、どっちかが走る?」


「え?!」


走るなら俺だろう、うっかり離れすぎると見えない壁に押されて漫画みたいな事になりそうで怖い、瑞希以外に見えないとしても感覚としては実体として道に立ってる、アパートに着く頃には引きずり回されて血みどろ……なんて事もあり得た



「二人共歩く………でいいんじゃないか?そのうち戻るだろ」


「歩けば結構距離あるけどいい?」


「俺じゃなくて体力が怪しいのそっちだろ、思いっきりトリップしてたくせに………」


瑞希の顔が音がしそうなくらいカァーッと赤くなり白い首や耳まで染まった、ボワんッと頭から湯気が上がったかと思った


「わ……触ったら火傷しそう」


「ごめん………」


「瑞希の体とプラベートじゃないか………俺が勝手にお邪魔しているだけだろ、でも俺って何なの?」


「何って………」


「麦が……………隆也がどうとか……」


「……うぅぅ…それが一番恥ずかしい……」


「瑞……!!」


突然瑞希が自転車に跨り、グンッとペダルを踏み込んだ、当然起こる事………ガスッと見えない壁に背中を押され強制的に走るしか無い


「ちょっ!!ちょっと瑞希!!待て待て待て待て待てっっ!ぐゎっっ!!」


あっと言う間にスピードを上げたロードバイクに追いつけるわけない、再び背中にぶち当たった何かに足を取られつんのめり、想像したとおりゴツンゴツンと押されながら地面を転がった


追いつけず身体が結界を突き破ったのかもしれない


「わっ!……ぐっっうっ!!」


途端ガアンッと押し潰されたような衝撃に内蔵が口から跳び出たかと思った


「ぅ……………あ……」


……………痛くはない………手足はちゃんとあるのか………何も感じない


街頭や月明かりで明るかった景色が膜を張ったように暗く見にくい



隆也?!…………隆也っっっ!!


ワンっと反響して細い穴の底から響いてくる様な瑞希の声がして………遠くなった




たかやー……




たーかや…………




「…………瑞……希?」


「うん…………」


「俺………あれ?………」



どうやら瑞希のアパートらしい、天井に見覚えがある

粗末な電灯は黄色い豆電球だけが灯っている


ポイポイ脱ぎ散らかした服以外殆ど何もない部屋


大きな姿鏡と隅に積まれた本、その上に開いたままのノートパソコン


部屋に備え付けられた粗末なシンクで緩い水道の蛇口からポチャンと水滴が落ちた


「俺………どうやってここまで?」


「隆也が気を失ったら俺の中に戻ってきたんだ」


「じゃあどうして今は………」


「さぁ…………」


畳の感触がしっかり感じられる、頭の横で膝を抱っこして三角座りをした瑞希が穏やかに笑っていた


「何だよ……ちょっとは心配しろよ、ギャグ漫画みたいに転がってマジで死ぬかと思ったんだぞ」


「怪我なんかしないだろう?いるけどいないんだから………」



「瑞希?………」


ヒタリと顔の横に腕が置かれ、真上から見下ろしてくる瑞希は感情のない微笑みを崩してない

人形が動いていてるみたいで不気味だった





「何だよ……また変な事しようとしてる?」


「うん……してる……もうやっちゃおうかなって思ってさ……」


「お前まだ熱が覚めてないんじゃないのか?ライブの興奮引きずってるだろう」


「……そうかもね………でも冷静だよ?心臓触る?隆也が起きるの待てたんだから落ち着いてるよ」


ゆっくり近付いてきた瑞希の顔はもう唇しか見えない、瞼にチュッとくっついて吸い上げられた

綺麗な形をした唇がフッっと息を吐き目にかかる



「逃げないし喚かないんだね」


「キスはもう三回目だしな……それに……」


あれを見た後に………


これくらいどうって事はない、瑞希を跳ね除けるなんて簡単すぎて慌てる事はなかった


唇が横に滑り柔らかい隙間から舌先を感じる


ツイィと頬を横に移動して耳の下に顔が埋まった

興奮した吐息が熱くて首筋から精気を吸おうとしている怪物が胸の上に乗りかかっているみたいだ


突っ張っていた片肘がカクンと折れて胸が合わさった、耳の中にヌルリと湿った肉が侵入して頭の中でクチュリと鈍く閉じ込められた音がする


ゾワリと背中が泡立ち放り出していた腕を上げると瑞希の脇腹に当たった


「瑞希………」


瑞希が言ったとおり伝わってくる心音は高くない、ただ昂揚した精神がキリキリまで張り詰め今にも切れてしまいそうに細くなってる


瑞希の手は探るように………煽るように、ねとりと粘った手付きで太腿を撫で回し、足の付け根に寄ってくる



「やめよ?瑞希………俺さ……変に欲情してるから」


「丁度いいじゃん……」


「駄目だよ………瑞希は今変だし俺は……ただ…煽られて…あるのは性欲だけだから…」


「それでいい……」


めくり上がったTシャツ………空手魂と筆文字が入り友達に笑われたTシャツ、そこに顔を埋めて胸に唇とその中でヌラヌラ動く舌がコロリと突起を押し潰した


太腿の手がスボンの隙間から指を差し込まれると、プツンとボタンが弾け………もう無理だ 


その手を止めた


「瑞希!………やめて……」


「やだ………」


「どうしたんだよ!」


「だってっっ!!……隆也は!」


下腹にある瑞希の腕を抑えるとトロンと溶けていた瑞希の表情がみるみる泣き顔に変わり、掴んだ腕をバシンと振り払った

乱暴に撫で回される下腹と股間は熱を孕む暇も余裕もない、激高した瑞希は普通じゃない


「ちょっと!ちょっ!!瑞希!!違うだろ!こんなの!」


「もうそんな事どうだっていい!!隆也が欲しい全部欲しい!!」


「落ち着けよ!!」


「嫌だ!離せよ!!離せ!!」


暴れる瑞希をきつく抱いても収まらない、明らかにまだ体に溜まった興奮が抜けてない

振り上げられた腕が頬を掠め爪が目の下でガリッと音を立てた


「瑞希!!」


「隆也は!………隆也に嫌われた!!触って欲しくない!近寄りたくないって思ってる!!気持ち悪いって思ってるっ!!それなら!!…………それ……ぐらいなら!!」


「違………」


「違わない!!嫌だ!そんなの嫌だ!!見られたくなかった!呆れただろう?今だって一緒にいたくないからそこにいる!!それなら!!」


「瑞………っ!!」


ヘッドパットかと思う程勢いの付いたキスは口を外れ、頭を抱え両手で巻き込んで胸に押し付けた、瑞希の力じゃ動けないだろう、それでも手足がバタバタ暴れあんまり抑えると落としてしまいそうだった


「瑞希!!聞けっっ!!」


「っっ!………」




諦めたのか……パタンと力を無くした手足を落し、胸の上にグッタリ体を預けて静かになった


「聞いてくれ…………」


「隆也………が欲しい……どうしようもなく…隆也が好き………」


「俺は嫌ってない、ビックリしただけだ」


「………嘘だ……触ろうとしたら逃げた…」


「俺は童貞だぞ?目の前で………声も音も……匂いも……エロ動画とは全然違う………当たり前だろ」


フウフウ背中で息をして激情に震えた指がドライ生地のTシャツがクシャッと寄った




「隆也が………欲しい……」


「じゃあじっとして黙って従えば満足するのか?それこそ嫌いになるかもしれないぞ、俺の何が欲しいんだよ」


「………全部………心も体も………隆也の見るもの、笑いかける視線、誰にも触ってほしくない、隆也が誰かに話しかけるのだって嫌だ………全部欲しい……独占したい」


「それ無理」


「分かってるよおたんこなす…」


「取り敢えずこれで我慢しろ、俺は………出来れば………その………」


抑え込んでいた頭に回した腕を緩め背中に回すと、今襲おうとしていたくせにたったそれだけでビクリと震え、黒く溜まった濁った心を長く……長くゆっくり吐き出した


「……………頬を赤らめて………恥ずかしそうにした方が……良かった?」


「やめろ馬鹿」



"………始まったら大胆……ね………"



声が揃って、抱きしめた瑞希の背中が笑いで揺れた





落ち着いたのか……諦めたのか風呂に押し込むと素直に入っていった

その間に散らかった服を集め玄関の外にある洗濯機に放り込んで回した、古い洗濯機は蓋が白く劣化してちょっと曲げるとポキンと折れてしまいそうだ


それは瑞希の……ライブで燃やした生命力の残骸を思い起こした


本を積み直し出来れば掃除機もかけたかったが………無いじゃないか……


麦には届かなかったのに物に触れる事が出来るのは不思議だ、もし瑞希以外の誰が見ていたらその目にはどう映るんだろう

踏みしめる古い畳は体重で沈む、確かにここにいる


目の下がチクリと痛み触ると指に血が付いた

鏡を覗くと薄く筋になっていた


「………切れてる……何が怪我しないだ、瑞希の野郎……」


物凄く疲れている

多分この怠さは体じゃなくて体も心も消耗した瑞希のせい


薄くヘタりきった敷布団を広げゴロンと横になると風呂から出てきた瑞希がもそもそと横に転がり背中を向けてしまった



「なぁ………さっきさ、お前、俺をどうしようとした?」


「どうって………やってやろうと思ったよ、今もまだ諦めてないけど……」


「そうじゃなくて……さ……」


滅茶苦茶恥ずかしくて続きを口に出来ない

つまり………男同士と言う事は…上も下も選べる筈だが


「ああ………そういう事?どっちでもいい………隆也がやりたくないんだったら縛ってでも犯してやろうかと……」

「やめろ………以上それ言わなくていい」


瑞希は本当に根っからアーティスト気質………と言うか常人とは違う、何回生まれ変わっても、本人が望まなくても神様が指し示すギフトに従って同じ道に進みそうだ、今日ほど自分が凡人であると思い知らされた事はない


「お前さ、ちゃんと音楽やれよ、もっとコントロールして………あんな風に入り込み過ぎないように管理すれば周りが放っておかないんじゃないか?」


「俺はどっちでもいい、今日は…………隆也がいるから抑えようとしたら返って盛り上がっちゃって…………だからライブやめようって言ったのに………」


「いつもあんな感じ?」


「あんまりない……全部隆也のせい」


ゴソゴソと瑞希の体が寄って来て丸めた背中が腕にくっつく、あからさまに離れるとまた瑞希がオーバーヒートしそうで気付かれないようにそっと避けた



「なあ明日バイトも学校もないだろ?どっか遊びに行かないか?」


「行く!!隆也がいいなら行く!!」


ガバッと起き上がってガクガク肩を揺すられワタワタと手を振り回す瑞希はまだオーバーヒート中………


才能に振り回されるってこういう事なんだ


凡人で良かったのか、残念なのか………

持てる力を発揮するには天才も普通の俺も変わらない、努力がいるのは同じなのだろう


興奮が抜けきらない瑞希を寝かしつけるのに数時間かかってしまった





「どこ行くんだよ!」


「デートって言ったら決まってるじゃん!」


「だからどこ!」


「隆也ご希望のあそこだよ!」


「あそこ?」


朝起きたら瑞希の中に戻っていた

瑞希の言うとおり無意識だが自ら拒否して外に出ていたのかもしれない


………と言う事は許した……と言うか受け入れたと言うか………何だかよく分からないが和解できたって事らしい


まだちょっとハイな瑞希はロードバイクを飛ばし路肩を飛ぶように駆け抜けていく

脇道から何かが飛び出て来たらお陀仏になりそうでヒヤヒヤする


海に続く大きな橋に入ると景色は気持ちいいが風が強くて勢いよく追い抜いていく大型トレーラーに吸い込まれそうでそれも怖い


海が近くて道路はコンテナを引いたトラックだらけだ

開けた景色の対岸に丸い建造物が見えた



「おい………まさかアレに乗ろうとしてる?」


「隆也の初めてを独占してやる」


「え?え?本当に乗るの?」


「乗る、絶対に乗る」


赤く塗装された丸い建造物は走っても走っても近付かない、つまり相当デカイ

夜になればライトアップされ港の夜景が楽しめるデートスポットらしいが着いてみるとだだっ広い公園にポツンと立ち尽くし、広い駐車場もガランとしている

全貌が見えてもそこまでは遠い


下に立って見上げると…………想像よりもっとデカかった


「観覧車………って俺乗った事ない」


「そうなの?最近はなくても子供の頃にあるだろ?」


「ない………」


実は遊園地そのものが嫌いだった、何を好きこのんで落ちたりビックリさせられたり濡れたり回されたり不気味な着ぐるみと写真撮ったりしなきゃならない


笑いながらキャーキャー言う奴の気が知れない


「海見るだけでいいんじゃないの?わざわざあんなのに乗らなくてもいいだろ、人いないし営業してないんじゃないか?」


「ここまで来て何言ってんだよ、ほら営業してるよ?乗ってる人いるじゃん………隆也?なんか足が重いんだけど」


ギギギと乗り場に進めようとしている足に負荷をかけて抵抗した


「海がいい、ほら階段があって足つけたり出来そうだし……」

「ケチケチすんなよ、もうファーストキスは俺のもんだし観覧車でチューは俺が叶えてやる」


「いいってか嫌だ!それに観覧車デートは例えだよ!もしもって話!真面目に取るな」


「何も童貞奪うなんて言ってないだろ!」


「昨日奪おうとしたく!………せ!………に!………」


人が見てたらパントマイムのパフォーマンスに見えただろう、汗ビッショリになって足を出したり引いたり

、乗り口のすぐ横にある券売機にお金を入れるだけでも五分はかかった




パチンとドアを閉められ二重になってるロックがかかるのを覗いて確かめた

途中で開いても困る


小さなカプセルは殆ど密封に近くて暑い

ご親切に足元までシースルーで悪趣味もいい所だ


「風が強いな……海に白波が立ってる、入り口に強風の場合営業を中止しますって書いてあったぞ、大丈夫なのか?」


「乗れたって事は大丈夫なんじゃない?」


「揺れてるじゃないか」


「隆也?」


信じられない事に瑞希が立ち上がってぴょんと跳ねた、どれくらいの強度があるか分からないがゴウンっとカプセルに振動が響きユラァっと大きく揺れた


「馬鹿!揺らすな!墜ちたらどうするんだ!」


「隆也………もしかして夢を先取りされるのが嫌なんじゃなくて………怖いの?まだ七時くらいの高さだよ?」


「怖い?…………いいや?違うゾ………ハハ……」


「なら出て来いよ、隆也の見たい方を向きたいだろ」


「………どうやって?」


「昨日外に出っぱなしだったろう、どうやってもクソも無いじゃん、隆也の意志で………一緒にいるの嫌がってた」


「違うし」


不味い方向に話が進みそうで慌てた、瑞希の突飛で極端な所はたんまり見せられた後だ、こんな所でヒートアップされて外に放り出されても困るし困るし怖い




「自分でコントロールなんか出来ないよ、ホラ!瑞希のアパートってあっちだろ?」


「あっちって……方向はそうだけど……何だよその大まかな感想は……まだ低くてなんも見えてないよ」


「ハハっ…駐車場の車…小さい…な…高い……」


「…………怖いんだな?………」


「怖くないって…」


「隆也!」


やけに熱心に外の景色を見ていると思ってたら見ていたのは瑞希が見ていたのは手前のアクリル樹脂に映った影だったらしい


チュッとアクリルにキスをしてキョロキョロ狭いカプセルを見回した


「…………何で?」


「え?何?」


「隆也は何で出てこないんだよ!!いっつも鏡にキスしたら出てくるじゃん!やっぱり俺を徹底的に避ける気だな!嫌いなんだろ!はっきり言え!」


「うわうわ暴れるな!揺れる!落ちる!新聞一面ニュースセブントップになるぞ!」


「落ちるか馬鹿!せめて怖いって言え!!正直に言え!嫌いって言えよっ!」


「怖くない!!嫌いじゃない!馬鹿!揺らすな!締め落とすぞ!!」


ウギギと脚を折り狭い床に正座して暴れようとする瑞希を抑えた………瑞希の奴絶対に面白がってわざと暴れてる




…………広い空を一周回り、係員がドアを開けてくれた頃には二人共グッタリしていた


喧嘩していたせいで景色なんか見る暇はなく、振り返って発券機を眺める瑞希を引っ張って、もう一回乗ろうなんて言い出す前に観覧車から足を遠のけた



「地球って凄いな」


「えらい大きく来たな………」


波打ち際まで降りれる海への階段は観覧車に乗る前より随分潮が引いて波に洗われたコンクリートにこびり付いた貝みたいなつぶつぶが触れる


割れて凹んだ階段の穴に急激に引く潮に逃げ遅れたのか小海老が取り残されていた


「こいつ……もうちょっとしたら水が無くなって出汁素材になるな」


「救出する?」


「波打ち際ギリギリに置いて命がけの試練を乗り越えてもらおう」


どこからか流れ着いてユラユラ波に翻弄されているペットボトルを拾い、チョイチョイ指で押して小海老を捕まえた


狭い容器の中で跳ね回る小海老は透けてどこにいるのか見えにくい、意地悪く時たま波を被る階段に流した




「あっ………運の良い奴だな……」


ピョコンと海老が出た途端タイミング悪く………良く?………大きな波がさらってしまい、足に被ってナイキの中に潮水が入ってしまった


ついでだ、と靴を脱いで陽のあたる場所に置きゴミと一緒に浮いているミズクラゲを捕まえて階段に並べていった

もう楽しくてどっちが体を動かしているのかわからないが「デスマッチ」と笑いながら大きい順にクラゲを並べ替えているのは瑞希だと思う



…………~♪~


気付けば口からメロディが紡がれている


瑞希の透き通った声はライブの時のような狂気と怒気を孕んだ迫力は片鱗もない


ただ………とてつもなく綺麗で、柔らかくて………ちょっと茶色い髪の周りで戯れていた風に乗って舞い上がっていく


「……~Sittin' in the ……mornin' sun…♪~

  I'll be sittin' when ♪…the evenin' come…よっと」*(注1)


「それ誰の歌?」


「知らない、古い洋楽、麦がよく聞いてて覚えただけ」


英語の歌を片手間に聞いただけで歌えるとか、自分なら考えられない


興味ないとか、どっちでもいいとか言いながら瑞希にはいつも音楽が付き纏って離れない、風呂でも自転車に乗っている時も無心になるとメロディを刻む


「俺も知ってる歌に……」


「う~みよ~おーれーのう~みよ♪~」


「ハハッ知ってる、知ってる」


一緒に声を合わせると段々ボリュームが上がって気持ち良くて楽しいが急に音痴になってまるで漁をしながらの音頭みたいになって来て、クラゲをせっせと捕まえ並べていった




午前中からずっと外で遊び回り、瑞希の内向的でインドアな肌が日焼けしてヒリヒリして痛かった


この数日で瑞希の食事量にも慣れ、ソフトクリームとポテトを噛るだけで腹も減らない


「あっ!よそ見すんなよ、ケチャップが……あーあ………」


「別にいいよ、誰に会うわけでもないしさ」


ポテトに付いていたパチンと二つ折りにする容器に入ったケチャップがTシャツに飛び散り、手で擦ったせいで余計に酷く広がってしまった


「お前洗濯しないじゃん、見かけだおしのイケメンだな、雑なんだよ」


「それを言うなら隆也は残念なイケメンだろ、その年で童貞だし意外と几帳面だよな、部屋掃除したろ」


「瑞希は散らかし過ぎ、几帳面じゃなくても気になる」


「生きるのに不自由ない」


「やめろ」


指についたポテトの油を、Tシャツで拭こうとした瑞希の手をパチンと叩き落とした





ポテトが入っていたオレンジの紙コップには、潮が引き切った階段の横に現れた、岩の間で捕まえたちっちゃなタコが入っている、捕獲中にチャーリーと名前がついていた


隙間に潜んでいた所を見つけ、一時間かけて捕まえたが、触りすぎたチャーリーは弱ってプカプカ浮いているだけだった


今は潮が上がってきてもうその場所は海に沈んで見えない



「なぁ…………俺さ、昨日から決めていた事があってさ」


「昨日…………うぅぅ…恥ずかしくて思い出したくない……」


「ハハ………怖かったな………」


「何だよ、俺は諦めてないからな」


「俺……もう分からないとか言いたくない、ずっとこのままでいられるとは思わないし、ちゃんと知りたいんだ」


「どういう事?」


「家に行って自分がどうなってるのか見てくるよ」


パッと体を起こした瑞希の顔が明らかに強張った

やっぱり何か知っているんだ


あり得ない状況にも最初から落ち着いていたし、トイレからオナニーまで共有するなんて普通受け入れ難いのにいつも、ただ嬉しそうだった




「でも……もし……その……怖い状況だったら?知って認識した途端消えちゃうとか……そんなのヤダ………このままいける所まで一緒にいた方がいい、駄目になる時は嫌でも逆らえないだろ」


「やっぱり瑞希も俺と同じ事考えてたんだな」


「…………う……ん……………」  



もう、"隆也"はいないかもしれない


考えるだけで滅茶苦茶怖い、ずっと考えていたにも関わらず逃げて来た

瑞希の言う通り知ってしまえば終わるかもしれないが、前に進めないよりいい


「ちゃんとしたら、もし身体に戻れるんなら瑞希とも向き合えるかもしれないだろ?」


「向き合ってくれるの?!俺の方を見てくれる?考えてくるんだ、無しじゃないの?やった勝ったぞ隆也が……」

「だから落ち着け!、そこまでまだ考えられないけど最初の障壁は突破してる、恋愛相手として見れるかどうかはわからないけど…その……やり方は見てたし…………瑞希なら有り…だな…と一緒にいて楽しいし………」


「なら!!それならこのままでいよう?俺は隆也の同意無しで昨日みたいな事は絶対しない、誓う、約束する!百万賭ける………誰か女の子好きになったら嫌だけど協力するし………終わるなんて………嫌だ!」


「俺はこのままじゃ嫌だ、俺の家まで見に行く」


瑞希が抵抗すると思ったがスッと立ち上がれた




弱ってこのままじゃ死んでしまうのではないかと思っていたタコが紙コップの縁まで這い上がり外に出ようと奮闘していた


「チャーリー………逃していいか?」


「うん………海に帰してあげよう……ちょっと水から離した場所に…」


「またかよ、S野郎………」


タプン………タプンと緩い波が打ち付ける階段はもう上から三段くらいしか姿が見えない


濡れていない場所にチャーリーを放り出すと暫くじっとしていたがちゃんと海の方へ這いだした


「………自分の家がわかってるんだな」


「瀕死のタコでさえ前に進むんだ、俺も進む!その前に…トイレ…は嫌だな……どこか…」


「何?何ブツブツ言ってんの?」


「瑞希、ちょっと黙って付いて来い」


自転車のチェーンを外し跨ってはみたものの自分で運転するとなるとロードバイクは怖い、姿勢も低いし複雑なギアはどう扱っていいかよくわからない


瑞希がやってくれたのだろう、やたら重かったペダルがカチャンカチャンとシフトチェンジして丁度良くなった


グッと足を踏み込んで目に入った小さな小屋に急ブレーキをかけた


「わっ!ビックリした進む方を読み間違えると怖いな」


「ああそうだな、俺も最初は振り回されて怖かったよ」


「何?」


売店の小屋は営業を終えたのかもうやっていないのかクレープの写真が正面のカウンター下に並び、横の壁がすべてにミラーシールが貼られている

 

鏡と何も変わらず綺麗に後ろの風景と、どちらの表情なのか……何とも言えない顔をした瑞希が写っていた


「隆也?」


「ちょっと出てこい」


「えっっ?!」


目を瞑って瑞希の胸元に手を伸ばすと鏡面に当たると思った手は壁を突き抜け、布地が掴めた、グイッと引くと目の前で瑞希が驚いて見上げていた


「なんだよ………コントロールしてるじゃん」


「出来そうだと思ったら出来た」


「じゃあやっぱり嫌だから外に出っぱなしで顔を合わせたくないから中に引っ込んだのは隆也の意志だったんだ」


「そんな事は今どうでもいい」

 

ドンッとわざと壁を鳴らし両手で瑞希を囲い込んだ


「わ………俺、隆也に迫られてる?」


「ちょけるな………」


「隆也………」


ゆっくり顔を近付けると少し傾いた太陽の光を遮って瑞希の顔に影が落ちた


目を閉じた瑞希は唇をほんの少し開けて顎を上げ待っている…………キスを………


もう睫毛が触れそうな距離………瑞希の吐息が口元にかかり鼻の先がチョンと触れた、ピクリと瑞希の体が揺れ顔を傾けたが………そのまま通り過ぎ耳元に口を持って行った



「瑞希……お前何かを隠してるだろ…吐けよ」


「!!…………隆也………」


女子相手にやる勇気はないが瑞希相手なら壁ドンだって恥ずかしげも無く出来る

瑞希は案外チョロくて多分すぐに口を割る



「知ってる事を何か隠してるだろう」


「卑怯だぞ、そんなフェイント………期待させておいて………あ……」


耳の下にそっと唇を付けると瑞希の体がへにゃッと緩まり催促するように首が開いた


舐める勇気はないがチュッと軽く吸い上げながら喉に移動していくと壁に張り付けていた手がTシャツの袖を掴んだ


「隆也………」


「吐けよ」


首筋から軽く吸い上げ喉仏を唇の隙間から舌先でくすぐるとフルフルと瑞希の体が震えた


顎を横断して反対側の耳下に着くともう一度耳元で聞いてみた


「吐け………」



「……家………じゃない………」


やっぱりチョロい


「どういう事…?」


「隆也………勃った…なんとかしてくれ」


体を離すと瑞希は不満そうに口を尖らせ下半身を指さした、そこは本当にミッチリ膨らんで………どうしてこうもエロい、秒で装備してる


「誤魔化すなよ、家じゃないって…どういう意味だ」


「多分家にはいない………と思う……」


「どこに行けばいいか知ってるんだな?」



言いにくそうに口籠った瑞希の横にもう一度手を付き顔を近付けて睨みを効かせると………目を逸してモゴモゴと漏らした


「隆也を引っ張って来た時………見えてた景色………のとこ……」



予定が入ってない空いたライブハウスでバンドの練習中、また例の如く入り込みすぎてトリップしたら俺が所在無げにウロウロしていたらしい、思わず手を引いてこっちだと連れてきたそこの景色が見えていたと言う


瑞希に自転車を任せ…暫く走ると……着いた先は…………


「ここ?」


「うん………多分………」



大きな総合病院…………


やはり……と言うか想像どおりだ、それでも病院って事は少なくとも死んでない


「あの………堀口隆也って……こちらに入院してませんか?」


受付でそれを聞くのは怖くて心臓が口から飛び出そうになって咳き込んだ



「四階…………外科病棟3012号室…ってつまり外傷?」

「手術の後だって外科じゃないかな?」

「そっか……俺……何も覚えてない……」


怖くて隠れたい気持ちが自分の中にあるのだろう、話を聞き終え、病室に行くと決めた途端瑞希の中に戻っていた


「なあ…………今ならまだ間に合うよ……やめないか?」


「いや……行く、怖いけど行く、もし何かあったらごめんな………今までありがとう」


「やめて!!帰ろう!いいじゃんこのままで!隆也は確かに生きてここにいる、キスも出来るしチンコも勃つ!女が良ければ俺が好みの娘を引っ掛けてやるからそれでいいじゃん!」


「何だそれ……もっと言う事あるだろう」


「俺は隆也が大事なんだ、大好きで大好きで手に入らないなら殺してやろうかと何度も思ったよ」


「怖すぎ……」


「隆也!!帰ろうったら、こんな所で男らしくなくていいから!」


「瑞希……」


言い合っているうちにエレベーターが4階に着いてしまった



恐る恐るドアから出ると早足で歩いて来た看護師にぶつかられそうになった


バタバタと数人同じ方向に走っていく

………いや……看護師は走らない……もう競歩に近いスピードなのにあくまで歩いている


その行く先に目をやってギクリと体が揺れた



兄が………



もう数年顔を合わせていないあの兄が廊下の壁に凭れて病室の中をじっと見ていた


つまりは………余程の事……


探さなくても病室が分かってしまった


ワッと上がった母の泣き声と隆也!と叫ぶ父の声……





「タイミング………良すぎだな………」


「隆也…………嫌だ………嫌だ………」


「さっきから足の感覚無いんだよ………どうやら終わりらしい」


「嫌だ……隆也……逃げよう……嫌だ嫌だ嫌だ………」


「逃げても多分一緒だよ、瑞希聞いて…」


「聞きたくない!大丈夫だから俺が守る!一生守る!隆也がいなくなるくらいなら死んだほうがマシだ!俺が代わりにいくから隆也がここにいればいい!!隆也!行かないで!」


「瑞希!!落ち着け!そんな便利なわけ無いだろ」


「分かってるよ!わかってるけど………」


「聞いて!!……時間がない…」


「隆也……隆也………」


「俺は行かなきゃならない、楽しかった……俺瑞希と出会えて……出会えたって言うのかな………良かったよ、瑞希がいなかったら、俺ファーストキスもしないままだったからな」


「隆也……」


足に続いて腕の感覚ももうない、スイーっとどこかに引かれサラサラと砂が崩れて消えて行くようだった


「俺の声届いてる?」


「うん………隆也大好き、大好きだから!」


「また………他に言う事…」




「隆也は俺のヒーローだから……」



「瑞希……瑞希……」





*注1(Sittin’ On) The Dock Of The Bay|Otis Redding(オーティス・レディング)

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