第5話

夕方まで時間が余ったと言う瑞希と喧嘩しながら筋トレを"軽く"やったら瑞希の言った通りちょっと後悔した


五時から入ったラーメン屋のバイトは過酷を極め、店内にある体育会系の序列は体質に合うが体が付いて来ない


午後6時位から突然始まった混雑に、客の注文を取り、隙を見てひたすらどんぶりを洗うだけが瑞希の仕事らしいが、メニューや店内用語がわからないので注文は瑞希に任せた


誰でもここまで出来るのか、瑞希の頭がいいのか分からないが葱やにんにくの好み、麺の硬さにまで及ぶ複雑な注文を淡々と聞き分けカウンター内の厨房に伝えていく



「うわ!また来た、果てしないな…」


ラーメン屋の客回転は速く、洗っても洗ってもむしろ増えていく丼の山はそれ以上積み上げるとコケて大惨事になりそうな山が3つも出来ている


たぶん序列は瑞希が最下位、その一個上と思われる大下が赤くなったニキビ面で洗い物の隣に入った


「葉山!何やってる遅いぞ、ちゃんと客席見てるのか?片付け済む前に客が席に付いてるぞ、どうしたんだ」


「はいっっ!!今行きます!」

 

「うお?……何だよ珍しい、なんかあったのか?」


大下はお湯が溜まったシンクに丼の山を放り込んで手を止めた


「何がですか?」


「いっつも殆ど口効かないくせにそんないい返事して………珍しい………」


「珍しいですか………」


「珍しいよ、もう1年も一緒に働いてるのにまともに喋るの初めてじゃないか?まあ、何でもいいけど席片づけて来いよ、店長に怒鳴られるぞ」


「はい!!」



……他人に成りすます


こんな体験は人が絡むとヒヤヒヤするが面白い、やったこと無い経験が出来るからもあるが対応や見られる目が違う、いつも元気だなと、言われた事はあっても喋らないなんて言われた事はない


おまけにに怒鳴られたりぞんざいに扱ってはいけないような気にさせる、瑞希の見た目と清廉な印象のせいか誰もが少し遠慮してくる





実際の瑞希は見た目とちょっと違う


エロくて不気味………、結構部屋を散らかし、洗濯してない服をクンクン臭って選ぶ雑な一面もある、腹筋5回でトイレに行きたいだの勉強したいだの子供みたいな言い訳をして逃げ回るヘタレでもあった


当の本人は今、面白そうに横に避け、振り回されてグルグル慌ててる俺を眺めていた


「瑞希、手伝えよ!注文言われたら俺出来ねえだろ」


「ちゃんと聞いてるから大丈夫だよ、隆也ここ合うね」

「こういうノリは得意だけど、お前がこの仕事をちゃんとこなしている方がビックリする、トロそうなのにな」


「隆也は思ったより要領悪い、そんな神経質にどんぶり洗ってたら追いつかないだろ」


「慣れて無いだけだ」


「フフッそうならいいけどね……明日もあるよ」


「おう、体力勝負なら俺に任せろ」


「俺の体だから体力は変わんないよ」


「………だな………キツイ」


6時位から始まった繁忙期は11時を過ぎても終わらない、さすがに行列は消えたがポツポツ空席が見えるようになったのは12時を過ぎてからだった、その頃には瑞希の体はクタクタに疲れ、二人になりたくないと思ってしまっていたから丁度良かった



シフト表を見ると週に4日は入っている


掃除を入れて終わったのは午前二時…

麦は瑞希に無理をしすぎだと言っていたがつまり麦はバイトが終わった瑞希に会った事があると言う事だろう


麦の腕の中で瑞希が「あの」淫靡で妖艶な表情を浮かべ、うっとりしなだれている姿が目に浮かび、ガスンッと壁に頭を打ち付けると瑞希に文句を言われた


風呂に入るには若干…………自分の腕にパンチを入れるくらいには小競り合いがあったが、体を覆った重い疲れは変な欲情を掻き立てることもなくペラペラの布団に潜り込んだ



「何だか同棲しているみたいだね」


「同居って言えよ、馬鹿」


「ケチ………」


「出血大サービスいっぱいやったろ、寝るぞ!」


普通に寝てしまえば、また瑞希だけが先に起きて慌てる羽目になる、携帯にアラームをセットして気合いを入れて眠った





瑞希はラーメン屋の他に家庭教師のバイトもしていた、お利口さんが武器になる高額なバイトは羨ましい


ぶっきらぼうで口をきかない反抗期真っ只の男子中学生に2時間勉強を教え、その後ラーメン屋にまた入ってバイト、本当に暇がない、ロードバイクをフル回転して道路の渋滞を駆け抜け飛び回った




「お前バイトで月二十万以上稼いでない?何か買いたいもんでもあるの?」


ラーメン屋が何時に混み出すか昨日で分かったからそれまでに今ある洗い物はゼロでキープしたい、カウンターの奥で客席を見ながら皿一枚3秒を目安に片付けていた


「買いたいもんなんてないよ、大学の学費は出すから生活費は自分で稼げって親に言われてるだけ、欲しいもんはあるけど買えないからな」


「欲しいもんって何?」


「えへへ………、今はいいんだ隆也が側にいる」


瑞希と会話するとすぐその方向に持って行く、シンクに貯めたお湯の中に残った皿をドボドボ全部落としてわざとお湯を引っ掛けた


濡れたのは結局自分なんだけど………



「もう………慣れたてきたけど……物好きだなお前、俺はモテた事なんてないし彼女ができた事もないんだけどな、瑞希なら望めば誰でもOKしてもらえそうじゃん、ほんと変わりもん」


「モテてるのに気付いてないんだよ、隆也は前しか見ないから………そこがいいんだけど」


「馬鹿言え、横も後も見るわ」


「………あほんだら」


「それが好きな奴に向かって言うことか?」


「何回でも言う………鈍感、馬鹿、俺を見ろ」


「鏡見なきゃ見えないし……」


「おたんこなす」



ずっと続いた独り言に、大下が近付かないように距離を取って話しかけて来なくなってしまった





「うわ………お前本当に空手やってたんだな」


「やってるとは言えないけどな」



瑞希が道着と帯を出してくるまで空手をやってるなんて半分信じてなかったが、本当に緑帯でしかも新品に近い


空手の道着は一見柔道着と変わらなく見えるが生地が薄く動きやすいが使えばすぐにヘタってくる、襟も薄く前がはだけないように紐で止める、胸にはマジックで葉山と書かれており大学で見た瑞希の字ではなく、恐らく道場の師範あたりが着ている胸に書き込んだらしい


文字が曲がって不細工だった


「全然練習して無いの丸わかり」


「だからそう言ってるじゃん、うぅ………試合に出るの俺じゃないけど緊張してきた、怖いな…………当たるなよ、子供の蹴りだって心が折れる自信あるからな」


「なら試合に申込んだりすんなよ、やめるか?」


「中から隆也が見れるんだから行く、絶対行くからね」


「全く無傷なんて無理だからな、それにヘッドギアはしないから覚悟しろよ」


「なんでもいいよ、俺は見物なんだから」





瑞希が申し込んだ空手の大会は市の総合体育館で行われる、小学生から中学生は細かくカテゴリー分けされているが、高校生以上は基本無差別で高段者であれば子供も混じる、つまり弱い大人……瑞希がその筆頭だろうが………もう初段間近の実力者と当たる事もある


段位の取得にはある程度の年数が必要な為、一級でも実力は二段と変わらない奴もゴロゴロいたりする


全国大会で負けた相手、原田がそうだった



瑞希の初戦の相手は子供じゃなくて良かったが、鍛えるのが趣味って胸筋に書いてある中年男性だった、グローブをつけた拳をパンパン鳴らし威嚇している


暴風警報が出ていもランニングは欠かさないってタイプ……趣味はベンチプレス…賭けてもいい



「なんだ、ひょろこい女みたいな奴だな、しかも緑帯………俺は手加減したくないからこの流派に入ってるんだ、怪我させても恨むなよ」


「ほざいてろ!泣くのはどっちか………ムグ………」

「やめろ、瑞希……」


誰が殆ど喋らなくて大人しい?

みんな瑞希のどこを見て言ってるんだ、顔に騙されてるだけだ、くだらない煽りに乗って噛み付いた瑞希を抑え込んで黙らせた



「勢いだけはいいな、精々頑張れよ」


「負けて泣………ムググ、俺も頑張ります、よろしくお願いします」




───瑞希!お前結構喧嘩っ早いな、礼を欠くな


───だって礼を欠いてるのは向こうだろ、隆也に向って偉そうに………


───いいから黙ってろ


つまらない煽りなんて受ける必要はない、試合が始まれば自ずと雌雄が別れ思い知る


口が達者な奴は大概弱い、強くなればなる程試合の恐さが身に沁みて大口は叩かなくなる



試合開始の礼と共に派手に振り上げられた足は上がりきらず低い、技を出す事に気を取られどこもかしこもガラ空きに見えた


遠慮なしに拳や足を叩き込んでもいい相手だが瑞希の体じゃ絶対にこっちが痛い


ヒョイとのろい蹴りを避けて沈み、グラグラの足首をパンッとすくい取った


ベタ付きだった足の裏を床から剥がすと簡単に体が傾いていく


「わっ!」


「ゴメンネ!よっ!っと」


ドォーンと床を鳴らし、体重全てを投げ出して尻餅を付いた相手は受け身も取れてない、放っておいても一本かもしれないが、丸空きの胸に上段から肘を落とし当たる直前でピタリと止めた



「一本!」


審判の腕が上がり、筋肉男は寝転んだまま呆然としていた


中身と施術者が違うこんな特殊な環境じゃなくても、見た目や段位が関係ない事はこれからステージを上げればすぐに悟る、どんな事でも初心者と初級者の違いは怖さを知っているかどうかだ


相手が弱すぎて初戦は勝てたが、ほんの少し稽古に行ってないだけなのに勘が鈍っている、拗ねてサボるなんて馬鹿な事をしているとわかっているが、同じ県の代表になんの配慮もなく当たって負けた


プライドだけが大きく膨らんでいた事に気付き、インターバルを置きたかった



「瑞希…………空手って面白かったんだな」


「だからずっとやってたんだろ?、目がいつもキラキラして楽しそうだったよ」

 

「見てないで声をかけてくれればいいのに」


「無理無理無理………今だってドキドキして」


「何言ってんの今更」


チューしてチンコ触り合ってホントに今更だ



「隆也、触り合ってないだろ、あれは俺だけ……」


「声に出してない独り言を勝手に聞くな!!俺は触って触られた気分なの!!」



声が大きくなりハッと周りを見回すと案の定怪訝な視線が集まっていた





二戦目の相手は茶帯の高校生、まだまだ甘いが若い分勢いがあり余裕はなかった、瑞希の見た目はこと如く舐められ、大技を試そうとする


丁度いい機会だから勉強してもらう


間合いを取りながらタイミングを見ていると、筋肉の動きがよく見えるようになって来た、派手な一本を取りたがる手足が飛んできても簡単に避けれる

不用意に上がった足をバンッと叩き落とし、よく上がる瑞希の足で首を巻き込んで引き倒した

トドメに顔の手前まで踵を落とし……また寸止め



「ふう………これで2勝、一発も当たらなくて良かったな」


「隆也…………かっこいい………」


「かっこいいだろ?」


「うん………ああ抱き付きたい」


「やめろよ………ちょっと目立っちゃったみたいで注目浴びてる、あの暗い所に引きずり込まれたら多分俺達の体は動いてないぞ、救急車呼ばれたらどうするんだ」


「みんな"隆也"を見てるんだよ、俺が試合して勝ってもこんなに見られない、知ってた?隆也はどこでもこうやって皆に見られてる」


「俺なんか大したことない、それにここは試合の緊張感が全然違う、俺達の方は皆殺気立って廊下を歩くのも怖いからな」


「ほら……おたんこなす…」


「言っとけ、スケジュールガチガチだからすぐ次の試合だぞ、次は……へ?…………」



あれは………原田?




タタミと呼ばれるコートの向こう側から腕の筋を伸ばしながら歩いて来るのは間違いなく原田だった、春に負けた時から髪が短くなり少し幼く見えるが確かに原田………


初段だと思っていたがまだ一級だったのか?


この試合に出ているという事は一級以下に間違いない、上段者が階級の低い試合に出る事は出来ないが反対はあり得る


並み居る上段者を倒し全国………多分三位くらい…悔しいから結果は見てないが、こんな低段者の試合に出てくるなんて大人気ない………


まあ…………まだ高校生だが………



「ごめん………瑞希………いくらなんでも原田相手に瑞希の体じゃ………さ……」


「負けてもいいよ、逃げんなよ」


「逃げてねえよ、ただ絶対に当てられるし、ガードだけでも相当痛いぞ、覚悟しろよ」


そんなに実力差があるとは思ってないが、原田は天才だと密かに思っていた、どんな体制になってもその場に相応しい型が飛び出す、目がいい、カンがいい、バランスがいい


「俺は負ける気ないから」


「うん……、あ……もう呼ばれてるよ」



100を越える試合数をこなす地方大会は試合のインターバルを取らない、次々と消化されていく


対峙した原田はやはり瑞希の姿と帯色を見ていつもの集中力を欠いているように見えた


ちょっと卑怯だがチャンスとも言える、チラリとコートの外を見るとさすがに注目度が高い


なりふり構っていられない、試合に負けるのはどんな状況でも嫌なものは嫌なのだ、強ければ例え身長1メートルしかない子供相手でも思いっきり行く


原田はヒュっと体を低くして足を出してきた


つまり初戦の筋肉男を倒した方法と同じで、相手にダメージを与えないで勝とうとしている


頭を低くした原田が悪い、瑞希の柔らかい体を駆使して踵を振り上げた、脳天に落としてやる


「クッ!!」


バッと体を逸らせ、クロスさせた腕で落ちてきた踵の勢いを横に逃した原田の太い眉がギュッと上がった


「お前緑帯でなめてだろ」


「ちょっと………だけですけどね」


トントンっと足でリズムと間合いを取りながら相手の隙きを狙うがお互いにあまりない、チョクチョク出される手や足は牽制に近く試合時間が長くなった



原田の足運びはよく知ってる、タンっと踏み切られ胸元に飛び込まれても慌てなかった、ビュッと耳元を掠った拳は急に起動を変えて裏拳になって飛んでくる


「うが!!………痛ぅ……」


ガンッとガードの為に上げた腕の骨に当たり痛いというよりビョーンと痺れて腕が砕けたかと思った 


「………大丈夫か?瑞希」


「は?何言ってるんです、俺の名前は原田だけど?」


「知ってるよっ!!」


長引かすのは不利だ


どうせ原田に隙なんかない、ドンッとフェイント気味に床から足を離し、腰を狙った緩めの蹴りが透かされるのは分かっている、勢いに任せてバランスを崩したように見せかけてブンっと背面回し蹴り………から得意の踵落とし


「っっ!!」


バッと道着を孕ませ振り返った原田の顔に高圧水銀灯の影が落ち、目を剥いた原田の肩口にダンッと膝が落ちた


審判の"待った"に近い一本が上がった


ワッと会場が湧いた、緑帯が全国でも指折りの原田に勝ってしまった


「うわ………まずい………瑞希!ここまでだ、後は棄権して逃げよう…………おい?……瑞希?」


「……う……ん……」


「良かった、居ないのかと思った、大丈夫か?帰るぞ!」


「うん………はぁ………フワフワして………任せるよ」


「フワフワって何だよ、行くからな、このままじゃお前二度と試合に出られないだろ」


「出ないからいいけど………」


「馬鹿、やるんならちゃんとやれ」


渡り廊下に門下の荷物が並べてある、受付に棄権を伝えて荷物置き場まで走ろうとするとガシッと肩を掴まれた



「おい!あんた!隆也さんの何なんだ?!」


走って追いかけて来たのか息を切らした原田がグイッと壁まで体を押しやった



「………隆也さん?………」


原田からそんな呼び方をされているとは知らなかった、何度も顔を合わせてはいるが口をきいたのも初めてに近い


「惚けんな!道場も違うのに何故隆也さんの得意技が出来る?あれは特別なんだ!隆也さんにしか出来ない!ズルいぞお前」


「ズルいったって………」


「知り合いなんだろう?!教えてもらってんじゃないのか?お前を試合で見かけた事なんかないんだよ、コッソリ隆也さんを独占してズルいじゃないか、俺はな………話しかける事も難しいのに」


「へ?普通に話したらいいだろ」


「恥ずかしいんだよ!俺は隆也さんに憧れて空手始めたんだから!お前!ライン教えろよ!隆也さんの話聞きたい」


照れているのかただ高潮しているのかホッペタの真ん中だけ赤くて、坊主に近い短髪はまるで中学生に見える

思えば原田と話すのは勿論、こんな近い所で普通に………試合中はチュー出来るほど寄る事もあるが……ジックリ顔を見るのも初めてだった



「え?………いや……あの………悪いけど今度普通に話しかけてくれないかな…その方がいいだろ?」


「何だよあんた……隆也さんの何気取り?」


「俺も名前知ってるくらいだから………」


原田が考え込んだように床に目を落とした隙きを付いて服を押し込んだ鞄を取って逃げ出した


「あ!おい!!また試合に来る?!」


「わかんねえ!!ヘタレで痛いの嫌いだから!!」


道着のまま出口まで走って、観客と関係者がわらわら行き来する建物の影でGパンとTシャツに着替えたが瑞希が不気味な程黙り込んで話さない


「おい?………どうしたんだ?」


「うん………今ちょっと動きたくない」


「え?痛かった?大丈夫か?だから言っただろ……」


「そうじゃなくて胸一杯で……ねえ………鏡ない?」


「そりゃトイレに行きゃあるだろうけど、何で?」


「いいから………このままじゃ俺………死ぬかも………」


「え?」


ドキンと胸が跳ねた

二人共この精神だけが同居する不思議な現象の仕組みも訳も分かってない、弱ってどっちかが消えてしまうなんてあってもおかしくない


人気のない所がいいと言う瑞希に、慌てて目についたユニクロに入って、何でもいいからパンツを引っ掴んでフィッティングルームに飛び込んだ


「瑞希!鏡あったぞ」


「うん………見えてる………俺が………」


「どうすりゃいいんだよ………」




「…………ス…………て」


「聞こえない!何だよ!」


「目を閉じて………鏡に……キスしてよ」


「……………は?」


「お願い!もうこれっきり絶対そんな事言わない………から………」


鏡に写り見返してくる目は自分の視線なのか瑞希の視線なのか分からない

猜疑と、照れと、戸惑い………色を含んでいるようにも見えるのは思い込みかもしれない


「相手は………ただの鏡だよ、どうって事ない……」


「でも前にも………」


「死ぬぞ」


「クソ…………卑怯だぞ、俺が何も分かってないって思って………」


「今は何でもする、どんな手でも使う、詐欺も非道も鬼畜も厭わない」


「凄い……覚悟だな…………」




………どうなるかは予想がついた



瑞希の長い睫毛は目を閉じるとパサリと音がする


チョンッと冷たく硬質な鏡面に尖らせた口先が触れるとフワリと突き抜け、温かく柔らかな唇に届いた


「瑞希………」


唇が付いたまま名前を呼ぶと空いた隙間から温度の高い湿った肉の感触が舌先に触れた


周りは暗くない


狭いフィッティングルームはそれぞれの小部屋に明かりが灯り、鏡も壁もそのままなのに瑞希が腕の中にいる


目の端には鏡に写った二人が見える


気を取られていると首に回った瑞希の腕が後頭部を押した


ガブリと咥え直され押し付けられた唇は深い所まで入り込みペチャリと音を立てて絡み合ったお互いの芯が巻き付いた



「……ん………」


脇の下から手を差し入れて抱いた瑞希の身体はやはり折れてしまいそうな程………細い、腕が余る


合わさった胸には自分の心臓の音などわからないくらいドクンドクンと波打つ振動が伝わってきた




食べたり話したりしているだけでは分からない口内の細やかな神経を余す所なく感じる、柔らかいのにしっかり意思を持った肉の塊は変幻自在に形を変え頬の内側からくるりと上顎を舐めていく、くすぐったいような、甘い感覚にきゅっと背中が強ばり抱きしめた腕に力が入った


顔を揺らして重なる唇が隙間を作ると生っぽい吐息が鼻を掠め、ある意味………風呂場での手淫より淫靡で興奮する


「ん………ぅ………ん……」


ピチャンッと口からはみ出た唾液が音を立て気が付けば瑞希の手が背中に浸入して肌を撫で回していた


やめとけ………と意識が猛反対していたがもう手は動いている、さっき着替えたTシャツを滑り、巻き付け余った腕は反対側のわき腹に手が届く、冷房で汗が引いた肌はサラサラで……中にいる時と同じ筈なのに淑やかで滑らかだった


つうっと名残を惜しむように下唇を吸い取られチュッっと音を立てて離れた


どちらともなく離れ難くてオデコをつけたま笑い合った


「これで……本当に俺のファーストキスは男になっちゃったな」


「やった………嬉しくて死ぬ」


「死にそうだからキスしてくれって言ったくせに……」


「原田の目………見た?鼻面に拳を叩き込んでやろうかと思ったよ」


「場外は破門………」


一度離れた唇がまた近づいた、チョンと口先が触れると……………



やけにトーンの高い上ずった声がしてカーテンがユラユラ揺れた


「お…………お客様?!い、い、いかがですか?!良かったらお手伝い……その……あの……」


フィッティングルームは帆布の様なカーテン一枚だ

そんなに長く占領したつもりもないが、息遣いや吐息に混じって出て来た鼻に抜けた変な声に店員が気づいたのだろう


…………「見つかっちゃったね」


「う………ん………出よう………か」


瑞希の熱に当てられてふらつく足でフィッティングルームのカーテンを開けると背中から付いてきていると思っていた瑞希は消え、見える足は………いつものナイキ


振り返ると………



笑ってない筈なのに鏡の中の瑞希は眉を垂れて嬉しそうに微笑んでいた





「くそう………あの女………」


「やめろよ……あの店員さんだって困ってたんだから、って………わっっ!!瑞希!五時過ぎてる!麦さんが五時にはライブハウスに入れって言ってただろ」


「うん……うー………なあ……ライブやめないか?」


「駄目!俺は約束破る奴とやらなきゃならない事をサボる奴嫌い、人に迷惑かける奴も嫌い」


「嫌いとか言うなよ………隆也にそう言われると弱いんだよ…………でもライブに出たら………多分もっと嫌われる」


「何でだよ、俺は瑞希の声好きだよ、また一緒に歌いたい」


「あんな幸せなライブなら何回でもやりたいけどな…………」


「いいから行くぞ!あっ!そう言えばチャリンコ!体育館の自転車置き場に忘れてる」


走ろうと足を出したが重い………まだライブをやめようとグズっている瑞希が細やかな抵抗をしていた



フロントに2枚、リアに9枚のディレイラー(変速機)が付いた本格的なロードバイクである瑞希の自転車は軽い、本気でスピードを出せば遅い車も追い越せる


実際家庭教師をした住宅街から駅前のラーメン屋まで飛ぶように走り渋滞気味の車をぶっ千切った


シフトチェンジが複雑なので慣れた瑞希に任せているがその足さえも遅かった



「俺さ、瑞希と自転車に乗るの好きだよ、俺はママチャリしか乗った事ないけど高いだろ?これ」


「麦に貰った………と言うか借りパク?」


「そう…なんだ……麦と仲いいんだな」


「仲がいいって言うか腐れ縁だな」


「ふうん………」


あんな事やこんな事しといて腐れ縁と言われても………、ちょっと体をシェア(?)してチューしたくらいで我が物顔なんて出来ないが……


体当たりして来る瑞希の気持ちに答える覚悟もなく自分勝手だと思うが…………チラッと嫉妬心が胸の隅に芽生えた


「あれ?麦の事気嫌い?やっぱり行くのやめようか?」


「行くよ!!お前はステージに出るの」


「隆也も意固地だな………」


「お前が欠けたら……麦さん達も困るだろ……」


「どうなっても俺は知らないからな………」


諦めたのか、覚悟したのか……チキチキカシャンとギアが変わり、踏み込まれたペダルにグンと体が引かれた



ライブハウスに着くと暗い穴蔵の前には、こんな所でライブがあるとどうして知るのか、アンダーグランドな演奏を聞きにパラパラと客が集まっていた


複数のバンドが集まるギグだと瑞希も言っていたが、もう演奏が始まっているらしく、箱に詰めたような重低音が穴の底からくぐもって聞こえてくる


大学ではチェーンに繋いだくせに瑞希はロードバイクを歩道の木にポイッと放置すると出口を塞いでいた数人が瑞希を見て道を開けた


「おい………自転車盗られたりしないか?」


「俺のだって皆知ってるから誰かが見ててくれるんじゃない?盗られた事無いからいいよ」


「みんな瑞希の事知ってるんだ………」


「もう何年かやってるからな」


確かに声をかけられることはないが「瑞希だ……」「瑞希が来た」と数人が口の中で小さく囁く声が聞こえ避けて行く


振り返ると放置された自転車や瑞希を写真に撮っている女の子達もいる



「なあ……もしかしてお前有名なの?」


「有名って………このちっこい箱だよ?」


「そう……だけどさ」


階段の底には左手に短い廊下が伸びて"控室[立入禁止]"と書かれたドアが三つ、後は会場の手前にこの前麦がいた事務所と書かれたドアが一つ、ライブフロアは低いが少しだけ高くなってるステージと観客席(椅子はないが……)、全て同じ廊下を使うしかなく、出演者は客の間からゴソゴソ出入りしていた


フロアはまだ3分入りくらいだろうか、出入り口から隙間を縫って奥の小さなバーカウンターに背の高い麦の姿が見える


チケットは 3000円プラス、ワンドリンク制(600円を強制徴収される)


「誰も声を掛けてこないのはみんな瑞希が怖いのかな?お前ラーメン屋でも喋らないって言われてるもんな」


「喋ってるけど………雑談する暇なんてないの隆也だって知ってるじゃないか」


「そういう意味じゃないと思うけど」


立入禁止と書かれた一番奥の控室、初めて"ここ"に居ると気付いた小部屋の中に入ると瑞希の体を背中から羽交い締めにしていた隆弘が背を向けてドラムのスティックで膝を叩いていた


耳にイヤホンが仕込まれ瑞希に気付いていない


「声………かけないのか?」


「別にいい」


「そういう所が悪いんだよ」


………肘鉄を食らわせて逃げ出した相手に笑って挨拶するのも何だが、知らん顔も気持ち悪い、隆弘が座るパイプ椅子の足を蹴って頭を下げた



「瑞希!遅いだろ、麦が変な事言うし来ないかと思ったよ」


「遅れてすいません、次からは気をつけます」


「?………麦が瑞希が変だって言ってたけど本当だ………ちゃんと歌えんのか?」


「大丈夫だと思います、体は……」


口にして原田の裏拳を受けた腕が青黒く変色している事に気が付いた


「わ、デカい青タン」


「それ麦が見たら、どうした、いつやったってまたうるさいぞ、見られないように隠しとけよ」


「わかりま………」

「………ステージに上がったらどうせライトで見えないよ」


控室の扉を開けてからどんどん声のトーンが低くなり語彙が少なくなっていた瑞希が突然出した低い声にギクッとした


隆弘もそうだがこんなアングラなアマチュアでもライブ本番前で気が立っているのかパチンと飛び散る青い静電気の火花を散らしている


上段者の試合前に似ていて声をかけにくい


二人の邪魔にならないようにそうっと余った椅子を端に移動してチョコっと腰をかけた


隆弘はまた背中を向けてドラムの練習に入ってしまった




「隆也?何小さくなってんの?気を使うなよ」


「使うよ………やっぱ俺場違いだし……結構怖い」


そうなのだ、何も考えないで瑞希にステージに立てと説教したが結果的に同じく客の前に立つのだ


そんな経験は文化祭の村人Aしかない


「俺もさっき、試合の前は怖かったよ」


「そっか………そうだな」


「隆也は気付いてないけど、試合の時なんかみんな隆也が歩くと道を開けてるし写真も撮られてる、俺の比じゃない」


「え?そうなの?」


「ほら気付いて無い、おたんこなす…」


「おたんこなすって言うな」



………隆也はヒーローなんだよ


フフッと笑った瑞希が声に出したのか分からない小さな呟きが聞こえた





控室には狭い割に大きな鏡が壁に直接貼り付けてある、よくあるミュージシャンの楽屋とは違い鏡台はなく椅子の他には何も無い、パタパタと止むことが無い隆弘のドラミングと、イヤホンから漏れ出る限られた音域しか音がないのにステージから伝わってくる音の振動よりうるさい


瑞希達の楽曲は全てオリジナルらしい、ちょっと"参加"も出来ないのに試合前の気分になっていた


瑞希も黙り込んだままいるのか居ないのかわからないくらい静かだ


ガチャリとドアノブが音を立てて麦が顔を出した


「おい、用意しろ出るぞ」


「え?七時からじゃないんですか?」


「そうだけど瑞希は成人前だから九時にはここから出さないと駄目だろ、前もぎりぎりだったし俺はここの管理してるから無視出来ないんだよ、今演ってる奴らに一曲減らしてもらった」


「そうなんだ」


まだ七時前………他のバンドは三十分も保たないのに何曲演るつもりなのか、どうせ見ているしか出来ないから付き合うしかない


麦と隆弘は一応髪を立てたりミュージシャンっぽい格好をしているが、瑞希はラーメン屋でバイトしたTシャツに(臭ってそれに決めた)毎日履きっぱなしのジーンズそのまま、もう控室の廊下にまで溢れた客の間を麦が屈んで道を作ってくれる


瑞希は麦の後ろを眉も動かさず付いて行った


行けないなら行かないって態度は偉そうで、随分大事にされているのは………やっぱり彼氏っぽい



人垣が割れた客席からノシっと舞台に上がると、どこかの一集団からダン、ダンと足踏みが始まりフロア全体に広がって行く


ここからは関われない、麦から渡されたヘッドマイクとイヤーモニターを淡々と装着していく瑞希の邪魔をしないようにじっと息を潜めていた


観客の足踏みはフロアー全体に広がり今や古いビル自体が揺れている、大きなコンサート会場の周りで震度3くらいの地震が観測されると聞いた噂は本当に思えた


ツッツッタン ツッツッタンと隆弘が立てるドラムのリズムは始まりまでの秒読みをするように続いている


異様に思える緊張感に包まれ、客として見ていればいいだけなのに、満杯の会場全てから見られ、空気が重く粘って肺に入って行かないような気がした



三人だけで成り立つ物なのか分からないが麦はどうやらベース、麦もヘッドマイクを付け口元に小さなマイク先が伸びていた、隆弘はドラム、必用な楽器の優先順位はギターが一番だと思っていたがこの名前のない瑞希のバンドは無しで行くらしい


客席から足踏みと共に手笛や歓声がぽつぽつ上がりステージを照らす黄緑のライトに染まった瑞希の手をぼーっと見ていた


ステージから見える客層はどちらかと言うと男が多い、瑞希のビジュアルから女の子が集まってキャーキャー言われるかと期待していたのに………ちょっと残念だった


俺は関係ないけど………




「っ!!………」


カウントもなしにいきなり麦のベースが音を立てた


「うわあ………上手いなあ……」


ベースはもっと地味だと思っていたが全然違う


旋律はゆっくりだが指で爪弾かれる弦は多彩なメロディを奏でリード楽器としてドラムを率いていく


瑞希が大きく息を吸い込んだ


ドクンドクンと胸が高鳴りしているのは瑞希だ、心拍数が高い、どんどん高揚していくのが分かる



…………聞こえてきたのは英語………


透き通るような瑞希の声

口元で小さく歌っても綺麗だったがこの細い体の割に声量がある、先に演奏していた二組はどちらも派手なギターに怒鳴り立てるような歌声を響かせていたが瑞希は声だけであっと言う間に観客を吸い込んで行った


もっと………………馬鹿にしていた訳ではないが学校の軽音レベルだと思っていたがクオリティが高い


「凄いな………」


声に出してしまい慌てたが瑞希の歌は途切れず続いていた




瑞希の歌声は話している声と全然違う、エフェクターかイコライザーでも仕込んであるのかと思うくらい、キンッと響く金属音が混じり地声のまま高い所まで難なく上がる


耳がいいのだろう、英語の歌詞は淀みなく外国人と変わりなく聞こえる



「上手いって…レベルじゃないな……めっちゃすげぇ」


ブレスに合わせて体は揺れるがアクションもなく棒立ちのまま瑞希の目は割れて放置されたライトを見つめていた


1曲目………2曲目………段々曲調の旋律が速くなって来た



「どうした!!瑞希!!チンタラ歌うな!」


歌の途中で突然マイクを通して麦が怒鳴り声を上げた、客に聞かれても構わないらしい


ドンッと足元を蹴られ低いステージから客先に落ちそうになって歌が途絶えてしまった


「痛えな!黙ってコーラスに入ってろ!」


「黙ってコーラスに入れるか!ちゃんとしろ!!」


勿論二人共マイクを通している


ダダダダダッとドラムが派手な連続音を叩きヤメロと止めた


客席からドっと笑い声が起こりワァワァヤジや手笛が飛んできた


    

ちゃんとしろって……そんなに音楽に詳しい訳ではないが素人レベルには思えない、それでも麦はまだ不満なのか、歓声と止まらない演奏に掻き消されて聞こえないがまだ何かを言っていた


「隆也!お前ちょっと寝てろ!」


こんなに早い呼吸で歌えるのかと心配になる程肩を揺らしペットボトルから水を飲んで瑞希が怒鳴った


「へ?どうやって?」


「出来ないんなら目を閉じてろ」


ノンストップだった演奏が止まった、麦が椅子をステージに上げ、誰も付いていなかったシンセサイザーをセットしている


「やだよ、見たいもん」


「勝手にしろっっ!!」


「………瑞希?」



高揚なんてものじゃない


呼吸の間隔が速く、熱を持った体からダラダラ落ちてくる汗が尋常じゃない、麦から飛んできたタオルで首周りを拭いて、ステージの隅に叩きつける様に投げ捨てる仕草は乱雑でいつもの瑞希じゃない


物凄く興奮している


「大丈夫か?瑞…………」


ドンッとまたカウント無しで始まった………音源は多分シンセサイザー…………

ワァーッと会場が大きく湧いて声は届かず、ブンっと振るわれた瑞希の髪から汗が飛び散った


三曲目までのベースとドラムだけの地味な演奏とは違う、ギターやキーボード、管楽器の金属音、街の雑音?………複雑な音が混じる音源にベースとドラムが合わせている


曲調も音楽の完成度も全然違う



「瑞希…………」


    


瑞希が歌い始めると体が引けた、声質はそのままなのに声の出し方が違う、始まりはゆっくりしたテンポで先の三曲と変わらないのに攻撃性を含み、触れるとバチンと火花が飛びそうだった


ふくろの中で眠っていた巨人がゆっくり目を開けた


………そんな感じだった

 


爆発的に感情を高めていく様は圧巻で圧倒的………


普段使う言葉で紡がれた日本語の歌詞は抽象的な言葉で煙に巻く事も無く、飛び抜けた感性と教養に裏付けられた知性が合わさり言葉が凶器の様に差し迫ってくる


ダンッと区切りを付けた様なドラムの合図でブワッと会場全体が膨れ、弾けた


「凄…………わっ!!」


突然背中を蹴られた様に衝撃につんのめり顔を上げると観客が目の前で両手を振り上げていた


「わっわっ瑞希?!あれ?」


どうやら弾き出された

見上げると瑞希が真横でリズムに乗って跳ねている


観客から見えていないのは分かってる、分かってるが怖いじゃないか…………


ゴソゴソ這ってステージを降りようとすると頭の天辺が見えない壁につっかえた


「行けない…………何だよ、ここ怖すぎるんだけど……」


自覚は無いだろうか瑞希の張る結界に阻まれて離れられない、そのままステージで瑞希を眺めているしか出来ないらしい


繰り出される音楽に乗ったステップ、振り回される腕には感情が剥き出しで、縮んだ瞳孔はまるでトランス状態だ


    


瑞希に踊っている自覚はない、切り離されているに関わらず、瑞希の結界に取り込まれ流れ込んで来る意識に同調して苦しいくらいだ



麦の気持ちが分かる


瑞希はこんなライブハウスで燻る器じゃない


透き通って聞こえていた声には濁音が混じりどこにも類似のない声質、声量、そして今歌っている楽曲は瑞希そのもの、作詞作曲したのだと分かる


何よりも同じ声の持ち主がこの曲を歌ってもきっと別物になる、噛み付く様な巻き舌が混ざり攻撃的で狂気に蝕まれているようだった


「普通に………売れるよな………って言うかもはや………」


 ………天才なんじゃないの?



フッと頭に原田が浮かんだ


"天才"には二種類あると思っていた


原田のように持てる才能を上手に配分して使い、足りない所を冷静に見極め足して存分に力を発揮するタイプ


もう一つは生命力その物を燃料に使い、誰にも到達出来ない高みにいるくせにその事に気付いて無い

分かりやすく言えばモーツァルトやアイルトン・セナがそのタイプだと思う


瑞希は後者に見える、才能に振り回されてコントロール出来ていない、危うくて見ているだけで痛い


益々激しくなっていく曲調に瑞希の放つ煙幕が会場を巻き取っていく、突然麦がアンプに繋いだままのベースを放り投げ、ガイーンッとスピーカーから雑音が響いた


   

頭を振り回す瑞希の背中に抱きつき激しく踊りだした、今はツインボーカルになって………


密着して合わせた腰は、まるで………まるでステージ上で瑞希を犯しているようだ

体に回された手がTシャツをめくり上げ、粘っこい手付きで腹や胸を乱暴に撫でまわしている

憑かれたように入り込んだ瑞希はエクスタシーに身を任せ、官能の表情を浮かべていた


怖い、見ていられない、引き離したい


「おい!瑞希っっ!!しっかりしろ!瑞希!!正気に戻れ!!」


麦の盛り上がっだ股間が瑞希の腰や太腿に擦り付けられ、激しい動きにドサクサに紛れ麦の手が瑞希の危うい所を這い回ってる


「瑞希!!こっち見ろったら!瑞希!」


視線の先に見えている筈なのに目に入ってない


こんな公開セックスみたいな真似………見たくない

瑞希の影響を受けているのか心拍数が上がり肩で息をしている

瑞希の興奮なのか自分の憤慨なのか分からないが麦を叩きのめし瑞希を連れて逃げ出したい

 

音に嬲られ、感情に嬲られ何も出来ないまま舞台の真ん中でただし震えるしかなかった



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