第3話

そこに存在する事を誰も知らないんじゃないかと思える程地味な場所に潜んでいるボロいライブハウスから電車で駅2つ、勝手に歩く俺の足は、腐った根元に蹴りを入れたら倒壊するんじゃないかと思える古い…昭和チックなアパートに辿り着いた


ドアの合板が剥がれてめくり上がってる



「ここお前の部屋?」


「うん、バイトの収入しかないからカツカツ、食費もあんまりないし馬鹿みたいに食うなよ、俺の胃は弱いぞ」


食べ物がないからとスーパーに寄ったがお惣菜売り場に売れ残った小さなサンドイッチ一つしか買おうとしない瑞希とまた喧嘩になっていた


「カップラーメン3つもいらないだろう」


「俺は腹減ったら眠れないんだよ、真夜中でも買いに出るぞ」


「じゃあせめて一個にしろよ、アパートに置いとくとネズミが美味しく食うぞ」

「食われる前に食えばいい」


「だから胃が弱いっての………」


"二割引"のシールが貼られたサンドイッチを袋から出す姿を、男の部屋にしては大きな姿見の前に座って眺めていた、鏡に映して相手を見ながら話すと二人でいるんだなと納得できる



鏡の中の"瑞希"をよく見ると手足が細くて色が白い、生っ白くてひ弱そう、格闘技をやっているとあまりお目にかかれない人種で生息域がまるで違う


この鏡の前でせっせとお手入れでもしているのか、節々が太くて胸板が厚く、手や足があちこちがゴツゴツした汗臭い男に交じると女と間違われそうな綺麗な顔をしていた


パクっとサンドイッチを口に運ぶと馬鹿みたいに口元ばかり見てしまう



「お前………さ…あのさ…その………」


「何?………お湯沸かす?…」


「男と………その……」


「ああ、そうだった……麦と隆弘やっつけちゃったね………ごめんビックリした?」


ハハハッと呑気に笑う瑞希はペロンと赤い舌を唇から覗かせ、ふざけたつもりかもしれないが…男にしてはいやに艶めかしい


「合意…なのか?」


「さあ?歌っちゃったからな………よくわかんない」


「歌?さっきのライブハウスで?」


「うん………練習してたんだけどさ…、途中から何か飛んでた」



バンドをやっているような人種とは全く関わりがない、ずっとゴリゴリの体育会系爽やか健康体………結果童貞の集まりの中で妄想を膨らませ女の胸やお尻の話ばかりしていた



「歌と………男に男が襲われるなんて関係あんのかよ」


「プチッと何かがキレるとちょっと訳わかんなくなるんだ、さっきは………ちょっと…さ……」


「ちょっとって………」



どうやらこいつには大した事ではないらしい


ホモ…………ゲイ……同性愛者………アンダーグラウンドを気取る連中が薄暗い穴蔵に集って怪しい世界に身を置いている、煙が篭ったあの暗く古くなった蛍光灯の青白い光は映画の世界みたいだった


「お前の勝手だけどさ………俺を巻き込むなよ、絶対に嫌だからな」


「滅多にないよ、さっきは……隆也がフラフラしてるから」


「え?………お前………」


この変な状況……夢にしてはしっかりし過ぎてるし、飛んだりボヤケたりもせず正確に時間が経過していく、もう今は現実なんだなと、どっしり受け入れてしまいそうになっていた


「どうしてこんな事になってんのか分かってんの?フラフラしてたって何?…それに…」


名前………



瑞希なんて知らないのにそう言えば最初から名前を呼ばれている


「まさかお前………う…」


「う?」


「宇宙人なの?俺を攫って改造したとか……」


「せめてエイリアンって言え、発想が貧困なんだよ」


「うるせぇ………誤魔化すな」 


隣に見えている瑞希がそこにいないと忘れてた、毛ってやろうと思わず出た足は標的には届かなかった


代わりにガンっと鏡面を蹴りつけ、不安定な長い鏡がグラッと倒れて向かって来た


「あっ!!ちょ!!動け!!」


瑞希は鈍い、ゆっくり落ちてくる鏡を見ているくせに動かない


「避けろってば!!」


アパートがどこにあるのか知らないし、土地勘も無いから仕方なく、ずっと預けっぱなしだった体を乗っ取って倒れてくる鏡を体で受けた……………けど………



「?」


また暗い


確かに鏡を抱き留め、間に合わなかったせいで背中から床に落ちた………受け身は取ったがズシンと部屋を揺らし薄い畳がミシリと鳴った……筈………



「瑞希?」


受け止めたのは鏡………、いつの間にか腕に抱いて胸の腕にのしかかってきているのは瑞希だった



二人いる


今は確かに二人いる、二人分別々に体がある

目に見える手には付き合いの長い古傷も拳のタコもちゃんとある



「うわあ………隆也だ…………」


「お前何で俺の名前知ってんの?お前が仕組んだのか?それに………ここ……どこ?」


「さあ?俺にも何でこんな事になってるか知らないよ」


「知らない………のか?」


確かに瑞希の部屋の中にいる、それはわかるが狭い壁やドアはわかるのに異様に暗くて実態感がない、投影された3D映像の中にいるみたいだった




「隆也………」


「へ?何?」


ヒタッと頬に置かれた瑞希の冷たい手にギクリと体が揺れた、体の上にピッタリ沿って抱きとめている体は軽い、上半身をちょっとだけ持ち上げた瑞希はトロンッと瞼を落としその目付きは………怖い


「みみみ瑞希?俺は違うぞ?男だぞ?お前も男だし俺はそんな世界知らないし大体お前滅多にないって、こら!相手間違えんな瑞…」


もうちょっと瑞希の姿が男っぽかったら、せめてあの麦くらいあったら跳ね飛ばしていた、手も足も首も細く華奢な体は乱暴に扱えば壊れてしまいそうで動けなかった


「……ひっ………」


顔の横に付かれ突っ張っていた腕の付け根を盛り上がらせ、細い肩の間から頭が落ちてきた



ツルンとした白い肌……細く小さな顎には髭もない、伏せた瞼から風になびきそうな程長い睫毛がバサッと音が聞こえた


逃げ場を無くして思いっきり顎を引いた唇の端にそっと柔らかい感触……


瑞希は自分でもビックリしたのか触れた途端ちょっとだけ離れて睫毛が触れそうな距離でフッと笑った



「なあ………ちょっと……どかしていい?」


「麦にやったみたいに叩きのめせばいいのに」


「お前俺の事知らないからそんな事を言えるんだよ、怪我するぞ」


「知ってるよ」


「知ってる訳ない………わ!!んぅ!」


一回目のオドオドとした遠慮がちなキスとは打って変わりブチュッと唇を付けてやり逃げって感じで瑞希が起き上がった


「ご馳走さま」


「瑞希………よくも……」


俺のファーストキス………




遅刻しそうになってダッシュ…………曲がり角を曲がったら………(あ、ここはパンを咥えよう………)ガチンとぶつかった冴えない女子が実は眼鏡を外したら凄く可愛くて、喧嘩しながら一緒に登校………そのうち仲良くなって観覧車デート………顔を寄せ合って景色を見ていたら顔が近くてキスしちゃった……って


………妄想と違う



「畜生………変な性癖をやたら滅多ら開放してるお前らと一緒にすんなよ………俺にそんな趣味は無い」


「隆也が違っても俺の相手は隆也なの、こんなに近くにいるのに我慢しろったって無理」


「相手って………お前やっぱり俺の事を知ってるんだな、誰だよお前」



ニッコリ笑った瑞希はやっと股がっていた腹から退いて隣に座って膝を抱えた



「H大 経済学部1年、葉山瑞希はやま みずきよろしくね」


「え?え?大学生なの?」


「うん」


しかも都道府県名がついた大学名って………


もしかしてこいつお利口さん?


いかにも「大人なんてズルくて卑怯で汚い」とか言っちゃって高校中退、出て行けー、出ていってやるよ!って勢いで親から勘当されて、サークルみたいなバンドやりながら世間に背中を向けてそうな顔なのに……





「ふふ………隆也は面白いね、何?さっきからその変な妄想」


「へ?………」


「丸聞こえなんだけど、女子との出逢い編はあまりにもチープだし、親と喧嘩して勘当編は………」


「わーわーっっ!!ヤメロ!!聞こえてるんなら最初からそう言え!黙って嘲ってるなんてやらしいぞ!」


「じゃあでかい声で、俺のファーストキス~

とか叫ぶな、何歳だと思ってるんだ」


「21!!」


「知ってるよ!そう言う事じゃなくていい年してファーストキス夢見てるなんて情けないって言ってるの!」


「知ってる知ってるって俺は知らねぇよ、お前さっきから濁してばかりでちゃんと答えろよ」


  


「答えて………いいの?」


「瑞希?…………」



急に真顔になった瑞希の顔を見て………濁しときゃ良かったと後悔した



どうしてこうも変な色気を装備してる

瑞希は綺麗だがどう見ても女じゃない、逸らされない視線は何かを決心させてしまい目に艶やかな色を含んで力を宿した


聞きたくないし、聞いてもしょうがない

だって………答えようもない


「あの……そんな事を言われても……」


……困る

 

瑞希が話し出す前に……心が届いてしまった


声が聞こえるって瑞希が言っていた意味がわかった



「強く呼びすぎて………取り込んじゃたのかな?………」


「どうやっ………て?」


「さあ?分からないって………言っだろ」



どうして俺は未だに寝転んだままなんだ

さっさと起き上がっていれば自然に避けることが出来た


掬い取られた左手は瑞希の胸に納まり目の前で手の甲に唇が触れた


親指から手首にかけてある傷痕に気付いたのかそれを辿るように艶かしくツルーッと舌が這い登った


「ちょっ…………やめろよ」


「ずっと見てた、空手の大会………」


「空手の?ちょっと離せ、俺は違うって言ってるだろ」


キスもした事がない童貞には無理か、と綺麗に微笑んだ顔にはやっぱり見覚えがない


腕を取り返し慌てふためいて起きあがった



つまり俺はゲイに惚れられて、呼ばれちゃったからここにいる?……………なんだそれ?


説明になってない


腕を振り払った途端また景色がハッキリしていつの間にか二人で一つの身体に戻ってた





「なあ、脳味噌は確かに瑞希なのにさ、めしって心で食うんだな、全然足りない」 


「俺は吐きそう、最後の一口を残すのが癖なの、サンドイッチの最後でもう気持ち悪いのにカップラーメンとか突っ込まれて涙目だったよ」


「白飯が食いたい」


「食いたくないしここにはない!」


「食いたい食いたい、コンビニのオニギリでいいから買いに行く」


「行かせない」


「行く」


「ヤダって!…金ない!……」


ウギギギギと体の取り合いになった


足を出そうとしたら後に下がる、腕1本上げるにも抵抗されて戻される、財布の中身はさっき見て知ってる、108円は絶対あった


「観念しろ~~っっ」


「そっちこそ~~」


意志と反対に動く変な筋力トレしているみたいだ


「うぐっ………くっ……くっ……」


フェイント!玄関の靴を見て財布に手をかけた


「あっ!クソっ」


喧嘩してるのに一人なんて変だがどんな勝負でも負けたくない


やっと手に持った財布を天井に放り投げやがった、口を開けかけの財布からバラバラ空で小銭が広がり部屋中に飛び散った


「何すんだよ!一円でも無くしたら飯抜くぞ」


「やったのはお前だろう!それに飯抜いて腹減らすのは同じだろう」


「お生憎、俺は一食抜くくらいなんともない」


「モヤシ!!」


「筋肉馬鹿!あっわっ!!」


小銭を拾い集めようとした瑞希の隙をついて五百円玉を拾って外に飛び出た、サンドイッチと麺だけなんてフカフカしたものだけで食べた気がしない


何が何でも白飯が食いたい


「もう!仕方ないな!付き合ってやるけどちゃんと体の具合確かめろよ、隆也一人じゃ無いんだから!」


「お前一人の体じゃない…って妊婦か」


「ええ?俺産むの?でもまだ何もしてないよな」


「するか!ってかすると出来るのかよ」


「やってみる?」


「アホ!」



瑞希の気が変わらないうちにと、ちょっと走っただけなのに息が切れた、不摂生で怠惰な生活丸出しだ





明るいコンビニであちこちに映る瑞希の姿に、やっぱり違和感を感じた


何かに写ってても自分打と認識出来ずに位置位置ぶつかりそうになる


でもここは主導権を譲れない、安い梅干し入を選んで、二個目のオニギリに手をかけるとまた小競り合いになった


「一個にしとけ」


「……ケチ」


「隆也、あんまり喋るな……」



ほらっと独りでに顔が動いてよく見るとレジのバイトが訝しげにこっちを見ていた


実質一人なんだから人から見ればそりゃ変だろう、2個目のおにぎりは諦め、さっさと精算を済ませてコンビニを出た




「うわあ……風が気持ちいい………隆也、ちょっと散歩してから帰ろう」


「いいけど……男とデートしてもなぁ…」


「帰ったらすぐオニギリ食う気だろ?マジで体調壊すからちょっとでもさっき食ったもん消化させたいんだよ、何ならご希望の観覧車にでも乗りに行く?」


「人の夢を笑うな……盗み聞き禁止」


「観覧車に乗ってチューなんて簡単なのにな………まあ曲がり角でぶつかるなんて陳腐な真似は出来そうも無いけど………」


「黙れ」


そりゃ瑞希の顔なら簡単だろう、いかにも女に好かれそうだ、ガスっと自分の頬にパンチをくれたはいいが目に当たって涙が出た


このあり得ない状況にもっと不安になったり、どうなってるのか議論になりそうなものなのに、瑞希からウキウキした感情が流れ込んで来てペースに巻き込まれてしまう




瑞希のボロいアパートから道を一筋離れると人気のない公園に出た、ジャングルジムが錆びてポッツリ浮き立っているだけの立木もない粗末な広場と言っていい


どちらともなくブラブラ歩いてふと気付くと口から透き通るような声が出ていた


普段聞こえている瑞希の話し声じゃない


「瑞希?」


「この歌知ってる?」


「みあ~げてごらん~夜の~ほ~しを~………って奴?めっちゃ古い曲だろ?」


「そう………こんな夜空を見上げると歌いたくなんない?」


「なんない、俺は多分音痴だもん、学校の音楽は地獄でカラオケに誘ってくる奴には蹴りを入れる」


「いいから………俺と一緒に歌ってよ」


「瑞希………」


返事を待たずに瑞希が歌い出した


声を張り上げるでもない口元で小さな息を吐くほどの音量………それなのに瑞希の歌い声は電気音と言うか金属製で作り物みたいに透明で伸びる


あんまり綺麗で邪魔になるんじゃないかとおずおずと合わせてみると、そこは出ないと感覚が告げる音域にスルッと声が上がる


まだ湿気を含んでない初夏の気持ちいい風がサラサラと流れ、ジャングルジムを取り巻く空気に乗って空に音が舞い上がっていく



気持ちよくて嬉しくて………


気が付いたら隣で瑞希がジャングルジムに凭れてニコニコ笑いながら見ていた


「あれ?」


例の暗い場所じゃないのに瑞希が見える

目を擦ると………いない


「瑞希?」



「下手だな隆也………なんで音がそんなにズレるわけ?」


声が聞こえて何故かホッとした

綺麗な声の中に溶けて消えてしまったのではないかと思った


「放っとけ……」


ブンッと見えない相手に足を振り上げると自分でも思ってみない程足が高く上がった


「わ……お前体柔らかいな」


「うわぁ凄い、中から隆也を見れるなんて凄いな、ちょっと回し蹴りとかやってよ」


「よっしゃ!付いてこいよ俺の得意技は回し蹴りのフォームからの!踵落とし!!」


足を振り回すとブワッと風を裂いたような音がする、さっきよりも足を高く振り上げて思いっきり振り下ろした


…………途端、足の先からビィーンっと痺れが上がってきた


「痛って!………ほんとに足の先から手の先まで隅々モヤシだな」


「勝手に筋トレとかすんなよ?俺の運動不足を舐めてるとニ三日動けなくなるぞ」


「全く何もしてねぇの?体動かしたくならねぇ?」


「なんない、一生お布団の中で丸まってヌクヌク寝ていたい」


「これから毎日腹筋背筋腕立て伏せ20回三セット」


「馬鹿言うな」


「たった20回ずつだぞ」


「筋肉痛でくたばるぞ、多分1回死ぬな」



「え?…………」


「何?」


「ごめん………何でもない」


ジワリと腹の底に黒いもやもやが湧き出てきた



死ぬ……………


実はずっと考えていた


こんなファンタジーな現状………夢じゃないなら今………"俺"はどうしてる……


物語によくある話ではこんな場合俺はもう死んでるんじゃないか?


魂だけが生き残って瑞希に乗り移ってる?


「ひぇぇ…………」


…………きょーのひはー………さよぉーなぁらー………まーたーあーうーひまでー…………



「おい…何だよその寂しげな歌は………」


「さぁ?………なんか心が寒ーくなって……なんとなく出て来ちゃった」


「何だよ…………それ……」


何だか感情が連動してる………それは瑞希の一部が流れ込んできて感じていたが………


今は………悪意しか感じなかった



ただそんな事を考えるのはもっと差し迫ってからでもいい、どうせ考えたって答えは出ないし死んでるならもうそれは仕方がない


それよりも何よりも今の問題の方が大きかった



「風呂はやだ!」


「なんでだよ!こら!隆也!抵抗すんなよ、汗もかいたし俺は風呂に入らないと寝ないぞ」


「ヤだったら!1日くらい風呂に入らなくても死にゃしないよ!」


風呂場へのせまい入り口でまたグギギギギと力試しの格闘………これで充分な筋トレになってる


「俺に裸見せんな!」


「トイレにだって行ったろうが!今更………隆也!手を離せ!!」


「トイレは何か色々忘れてた、出すもん出さなきゃ落ち着かないし体がお前だって忘れてたんだよ!」


どうやら体の取り合いは力じゃなくて意志の強い方が勝つらしい、瑞希にとって風呂は噛りついてでも履行しなきゃならないルーティンらしくドアの枠に捕まった指を1本1本外されて立つのがやっとの狭い脱衣所に連れ込まれた


「嫌なら見なきゃいいだろ」

「俺が見なくてもお前が見りゃ嫌でも見える」


「じゃあ天井見ててやるから抵抗すんなよ、さすがに俺も今日は疲れて眠いんだよ」


「う………ん………そう言えば俺も疲れた」


瑞希が服を脱ぎだしたから目を閉じて任せていると足がズッシリ重く怠さが這い上がってくる



キュッと鳴いた古くなった栓を捻るとバラバラと肌を打つシャワーのお湯が体を伝っていく


「!!」


あり得ない……いや、あるけど今はやめて欲しい感触にギョッとして思わず目を開けた、眼下には白く生っぽい裸………瑞希は天井見てるって言ったくせに守ってない


「おい!タオルとかスポンジとかないのかよ、手でボディソープ擦り込むな!」


「そんな事言われたってないよ!そんなもん、俺はいつもこうなの!」


抗議は無視されてヌラヌラと体に手を這わせて首から胸を撫で下ろしていく、感じまいとしても素肌の感触と体の凹凸が手に伝わってくる


まるで自分の手が瑞希を撫で回しているみたいで………いや実際余すところ無く撫で回してる



「あ!?あっ!おい!隆也!なんだよ!こんなとこで何考えてるんだよ!」


「!!………俺じゃない!お前だろう!!」

 

「なんで俺が自分の裸に欲情するんだよ!」


ピョコリと上を向いてしまった下半身が目に入るとヒッと変な悲鳴が出てしまった


白い………白い………そんな所まで白い


後付けされた風呂場は狭く、閉じ込められた湯気で白く曇ってる、体中から滴り落ちる水滴はボヤケて紗がかかりキラキラ加工をしたように白熱灯の黄色い光に反射して……ムードタップリ



「あっ!!瑞希!こら!触んな!」


「だってこのままじゃ……」


「無理無理無理……やめろ、やめろよ」



エッチな事にあまりにも無頓着で開放しすぎ!普通相手が誰であろうと……それこそ付き合ってあんな事やこんな事をやりまくった恋人相手でもオナる所を見られるなんて恥ずかしくてやだろう


同居しているとは言え人前には違いない


下半身に伸ばしかけた手を必死で止めて方向が狂った腕が狭い壁にドンッと付いた


「わっ………隆也に迫られて壁ドンされたみたい」


「ふざけるな!普通なら相手はもっと可憐でちょっと生意気で……少なくとも頬を赤らめて「何よ」とか言っちゃったりして睨んだりする筈だ」


「……………そんな妄想もしてたんだ」


「そりゃ……うひゃ………あ………」


瑞希の手?俺の手?………もう分からない……

ヒタリと当てられた手が下半身に触れるとゾワリと肌が泡立ち、多分二人共……蠢く性感を感じてしまった


意志の強い方が勝つ………明らかに瑞希はわざと煽ってる


「瑞希……ちょっと待って…」


「ちゃんと………協力して………」


キュッと握られた根本からもどかしい様な弱さで、ボディソープの滑りに乗った指がゆっくり形を辿る




「あ……瑞希………」


「ハハッ……隆也と……こんな事するなんて………」


「う………あ………」


自分の手なのに意志が伴ってないだけで感じ方が違う、他人に嬲られるなんて初めてで快感と恥辱に奥歯が痛むほど歯を合わせてしまう


今や硬度を増し頭を勃てたそこは感度を増して、芯を揉み出すように上下に動く手が体を支配していく


壁に付いた腕がカクンと折れて肩から体当たりをしてみたが勢いは無く、そのままズルズルとタイルを滑り……お湯が流れる床に落ちていった


「………気持ちいい?」


「ふ…ぐ………襲われて…いるみたい……」


「襲ってるんだ………滅茶苦茶興奮してる」


「ハ……あ……変態……男相手に………」


瑞希の細い指は長い


握り込まれているのに指先を立てて幾筋も通る神経の糸を正確に捉えている、蓋をする様に抑えられた親指が先の口をクリ……クリ……と穿り、漏れ出た淫液を塗りつける様に揉みほぐしていく


キュッと先に指を突っ込まれる度、耐え難い刺激にピクンピクン……と内股の筋肉が締まった



「隆也だって自分でするだろ……」


「………全然違う………うぅ……」


「もっと………感じたい?」


「……何……?…」


顔を上げてハッとした


蒸れすぎた浴室で籠もった湿気が水滴となり筋を作って、曇っていた鏡に瑞希の姿が写ってる


両腕が前でクロスされ肩が上がっている


悦びにむせぶ体は顎が上がり、真ん中に寄った眉が垂れ下がっている………濃密な吐息が出口を求め、開いた唇の隙間から赤い舌が見えた


体を嬲られている気になっていたがその姿を見ると自分の腕で背中から抱きしめて瑞希を陵辱しているみたいだ


見ていられなくて目を逸らせた



「俺自分でやるの初めてだから…………ちょっと我慢しろよ」


「初めてって…………何言ってんだ………瑞希……終わろう………」


「駄目……もうちょい我慢して」


もう破裂しそうなのに根本がキュッと締まり、膨れる欲を抑え込まれて座っている事さえ辛い


ズリッと体が横に倒れ、恐ろしくて見たくなかった鏡から瑞希が消えた



俺が見ていたと言う事は瑞希にも見えてた筈………


そう考えると恥ずかしくて全部振り払って逃げたくなる


「ひっ………あっ!!」


「う……んぁ………ハ……ぁ…隆也……」


突然湧き上がった感じた事の無い感覚に飛び上がった、体の中?腹の芯から物凄い勢いで膨れ上がる溶けそうな性感………振り上げてしまった頭が壁を打ちまともにシャワーのお湯が顔にかかる


雑なシャワーヘッドから高い水圧で押し出される水流に溺れそうになりながらも口を閉じることが出来ない


「あ!あう……あああ……ハッ…あっ!!ブハッ」


「隆……也………隆也……ああ………」


何かが下腹の内側から押し上げる

細かく動く振動に腰が浮き上がり、立った膝がガンッとドアに当たって開いた


声が瑞希と連動しているのが分かる


「あ………あ……あっあっ…ぅあっ!瑞希っっ!!」

「隆也!ああ!!」


ブワッと膨れた恍惚の瞬間……痺れるような快感が盛り上がり体を駆け抜けてドシンと床に落ちた


「う……あぁぁ……ふぐ………あ………ハァ……ハァ……」


「……あぅ…あ……ハハハッ……隆也に抱かれたみたい…」


「何を…………」



下半身はまだダラダラといやらしい精を吐き続けている、恥ずかしくて気持ち悪くて………何も言えなくなった




「隆也?………」


何が起こったのか、何をされたのか、したのかよく分からない


瑞希が言った通り禁忌な交わりをしてしまった様に思えて、間違いなく自分の意思で、口で………喘ぎ声を出して悶た事が屈辱で衝撃で……返事をする気にならない


瑞希の手で作られた淫洞に腰を振って出し入れしていたのは間違いなく自分自身だ



風呂場からは立つのがやっとの狭い脱衣所までお湯が飛び散り水浸しになっていたが、無視して後始末をしようとする瑞希を振り切った


いい加減に体を拭い髪は濡れだままだったが構わない、一組しかない布団に潜り込んで体をギュッと縮めた



「怒ってるの?」


「……………………」


「ごめん………調子に乗った………」


「……………俺……眠いから…………」



「隆也が…………こんなに近くにいるなんて、俺には奇跡みたいなもんだから………ごめん……」



全部……初めから全部夢であって欲しい

眠って起きたら自分の部屋で夢精でも吐いてたら笑って済ませる


無理矢理意識を閉じて暗い闇に引きずり込んだ


片方が眠って………片方が起きていたらどうなるんだろう……………







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