旅人は
第48話ゲームを下りる者、続けたい者
―京都市役所前―。
バスでも地下鉄でもアクセスは容易で、時間に遅れる心配はほぼ無いランドマーク。
南方に寺町商店街、地下には
二人組の若い男性が、後ろから女性に声を掛けた。
女性の、網タイツに包まれたふくらはぎに目を奪われての、いわゆるナンパ。
修学旅行に京都へ訪れた高校生男子が、冗談で行う事が多発していたが、最近ではスマホなどで簡単に写真をアップされてしまうため、めっきりその数は減少傾向にあった…。
「お姉さん、キレイな脚してるねぇ」
男性の声に女性が振り向いた。
「何か用か?」
訊ねる女性を見た途端、男性たちは舌打ちを鳴らした。「ケッ!BBAかよ!」
立ち去ろうとする男性の方を女性が掴んだ。
「何だ?ババァ!文句でもあんのか?」
強い口調を放ちながら、女性の手を振りほどこうとするも、手は振りほどけないばかりか、体を動かす事すら出来ない。
女性によって、ガッチリと掴まれているからだ。
とても老婆の力とは思えない。
「な、何だ?・・このババァ」
男性の顔から血の気が引いてゆく。
「昼の日中で無きゃあ、アンタ、今頃どうなっていただろうね」
告げるなり、突き放すようにして男性を解放した。
女性の手から逃れた男性たちは振り向くことさえせずに一目散にその場から退散していった。
…遅い!
約束の時間だというのに、サンジェルマンたちは何をやっているのだ?
のんびりと構えている時間など無いというのに…。
老婆は苛立ちを抑えきれずに、また腕時計に目をやった。
* * * * *
カリオストロとの接触は、刻一刻と迫っている。
その前に、現在の状況をおさらいしよう。
悪魔の
わずか2年ほどしか無い継代ホムンクルスの寿命を、人間並に伸ばす薬を生成するために必要なマンドレイクを持っているとはいえ、やはり
田中・昌樹は思う・・・。
(継代ホムンクルスを一から作り出すのと、マンドレイクの採集とだと、果たしてどちらが困難なのか?どちらが手間取るのだろうか?)
カリオストロが取引場所に指定してきたのは、京都市役所前。
見た目からして胡散臭いブツ(マンドレイク)の引き渡し場所にしては、やけに人の往来の激しい場所を指定してくれたものだ。
もしも取引が拗れて、カリオストロが横向きの竜巻を放とうものならば、被害は甚大、確実に多くの犠牲者を出してしまうだろう。
それもカリオストロの狙いだろう事は察しが付いているのだが。
円町駅での惨劇を繰り返す訳にはいかない。
取引へと向かう前に、誰がサンジェルマンに同行するのか、話し合った結果、昌樹とエイジが同行する事となった。
意外にも、レインは同行する意思を示さず、彼女のエレメンツであるナンブもあえなく同行を断念した。
ナンブ本人としては、同行したい気持ちは山々だったようだが、自身のディープステッチャー(眼からビーム)の威力は逆に周囲を脅威に陥れると自覚した上であえて断念。
なんて女だ。
最初出逢った時に、容赦無く眼からビームをブッ放してくれたくせに。
賃貸物件に風穴を開けてくれた恨みは今でも忘れはしないぞ。
~ ~ ~ ~ ~ ~
「随分と遅かったな。トイレにでも駆け込んでいたのかい?」
迎えたカリオストロは、遅刻に相当ご立腹な様子。
皮肉も下品の度を超している。
出迎えてくれるも、カリオストロは相も変わらず派手な衣装をまとった婆さんだ。
スカイブルーのコートの下は、赤のツーピース。しかもスカートはミニときた。
ツバの広いの帽子には青色のアクリルコーティングされた
青の薔薇か・・・自然界では存在しないものの代名詞だったな。
そんなものを身につけている彼女(実は彼)自身、自らが自然の摂理に真っ向から立ち向かっている存在なのだと主張しているかのようだ。
それにしても。
視覚的に眼に悪い婆さんだと、つくづく思う。
「さて、早速本題へと入ろうかね、サンジェルマン。マンドレイクは持ってきたんだろうね?」
カリオストロの問いに、サンジェルマンはトートバッグの中から薄気味悪い人の形をした根菜を取り出した。
しかも掴んでいるのは葉っぱ部分に当たる毛髪だ。
昌樹は周囲の視線がマンドレイクに向かわないか?気が気でならない。
「持ってきたようだね。じゃあ、そのマンドレイクを渡しな」
告げて手を伸ばした。
サンジェルマンがカリオストロにマンドレイクを差しだそうと、ゆっくりと歩き始めた。
「サンジェルマンさん、大人しくアイツに渡してしまっても構わないのか?」
横を抜けるサンジェルマンに小声で訊ねた。
「いいのよ、これで」
微かな笑みを浮かべて昌樹に告げる。
「オラオラ!妙な相談とかしないでくれるかねぇ。それと、そこの探偵!Agを私に見えるように出しておきな」
要求をしながら、手にしている杖の柄を持った。
彼の杖は仕込み刀(剣)。
いつでも抜剣できる体勢に入りやがった。
これでは完全にカリオストロのペースに呑まれているじゃないか。
このままではヤツに全部を持って行かれてしまう。
エイジと同時攻撃を仕掛けるか?
視線だけで周囲を伺うも、辺りは人で一杯だ。
お互いに刃物を持ち出して立ち回りさせる訳にもいかないし、エレメンツの技を発動させるなんてもっての外だ。
『これでいい』とサンジェルマンは言った。
すでに諦めているのか?
サンジェルマンがカリオストロにマンドレイクを手渡した。
「意外と素直じゃないか、サンジェルマン」
「エレメンツと同化した貴方には力では到底敵わないわ。それに、もう時間が無いのでしょう?さっさと魂を移し替えたら」
二人の会話は遠く離れてても耳に届いた。
カリオスロトに残された時間が無いだと!?
彼は確かに
以前、カリオスロトが言った事を思い出した。
彼はエレメンツと同化したが為に、老化が進んでしまったと。
「でも!」
それでも昌樹は口を挟まずにはいられない。
「サンジェルマンさん、あなたも十分高齢者じゃないですか」
また一から始めるほど余裕はあるのか?
「そうね。魂に至っては、かれこれ320年生きた事になるかしらね。探偵さんの仰る通り、私の肉体もそろそろ」
訊ねられるサンジェルマンは、語りながら我が手を見やった。
シワだらけの掌。手の甲も、すでに血管が浮き出ているほどに手の皮が薄くなってきている。
「有り難うよ。サンジェルマン!」
薄気味悪い根菜のマンドレイクを高々と掲げて、カリオストロが礼を言っている。
「お礼を言うのはこちらもよ。カリオストロ」
「お礼?だと」
カリオストロが不思議そうにサンジェルマンを見つめる。
「そろそろ代替わりを果たしたいと思っていたのよ。口伝えに始まり、活版印刷による文章の伝達。それから電話や無線の発達を経て、今ではネットが世界を網羅している。これだけ情報伝達が発展した以上、"サンジェルマン”そのものが実在する必要なんて無くなった。そう思わなくて?カリオストロ」
サンジェルマンの言う通り、現代社会において情報伝達の技術は成熟したものとなった。
今以上に発展する可能性があるにせよ、歴史の出来事はすでにクラウド上にアーカイブを構築しているため、地球が滅びない限りは何らかの形で残る。
もはや噂は実在していようがいまいが関係なく広まり残ってゆく。
「代替わり?それに、アンタそのものが実在する必要が無くなっただと?何を言っている?アンタは自身の不死を求めたんじゃなかったのか?」
マンドレイクを肩から下げているバッグに収めつつ、サンジェルマンに問う。
「私が求めたのは、人類の歴史の行く末えを見届ける事。だけど、人類はひたすら富を追い続け、争いを繰り返すだけ。堂々巡りなのよ」
「違う!周りを見てみろ、サンジェルマン。人類はしっかりと発展してきただろう?人類を見放すなよ」
サンジェルマンが生きてきた320年前の世界とは想像も付かないほどに発展を遂げている。が。
サンジェルマンは苦笑した。
「私たちの記憶には、聞き伝えによって、世界で何が起きたのか?事細かく刻まれている。だけど、それらを思い出す時、何の
サンジェルマンが告げた”代替わり”とは、カリオストロの事では無く、その時間に生きる人間やデータバンクに委ねるというものだ。
「例え俺たちの記憶が語り継がれたものだとしても!魂を繋いで引き継いできたものである事は確かだ。それを発展途上にあるデジタルに任せるなんて、自らの存在意義を否定するのと同じじゃないか!」
カリオストロの主張に、サンジェルマンは首を横に振らずに、ただゆっくりと頷いて見せた。
サンジェルマンは、永遠の命に幕を引くつもりでいるのだ。
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