第47話別れを惜しむ女、常識でモノを言う女

 取り敢えずは、薄気味悪いヒトの形をした根菜(マンドレイク)を手に入れた。


「マンドレイクが5つか。これだけあれば足りるかしら?」


 マンドレイクを手にするレインの傍で田中・昌樹は思う。


 よくもまあ、あんな気持ちの悪い人の形をした根菜の、しかも葉っぱでは無く毛髪を掴んで持てるものだ。と。


「探偵さん。女性に荷物を持たせるつもり?」

 言って、持てと態度で示してマンドレイクを差し出した。


「恋人同士じゃあるまいし、人を見下ろして言う台詞じゃないだろ。オレは遠慮願いたいね。そんな気色悪いモノ持ちたくないわ」

 手に持っていると、這い上がってきそうで気持ち悪い。


 断固拒否した。


「サンジェルマンさん、いつもあんな危険を冒していたのかな?不死のためとはいえ、命懸けにも程があるぞ」

 限りなく冒険者のサンジェルマンには改めて脱帽した。


「マンドレイクが欲しいのなら、ゴブリンの死体を漁るのが手っ取り早いわね」

 呟きつつ、宇迦之御魂神うかのみたまのかみは口から煙の輪を吐いて見せた。


「死体!?」

 昌樹・レイン共に声を裏返らせながら言葉を繰り返した。


「あんなもの、鴨川でも天神川でも嵐山でも、川ならどこでも転がっているわよ。マンドレイクに寄生されたゴブリンの行き着く先は水辺と相場が決まっているのよねぇ」


「水辺?」

 昌樹は後ろへと振り返った。


 今では御池通で地中に潜ってしまってはいるが、堀川通には今出川通りから南へと"堀川”が流れているではないか。


 寄生されたゴブリンの終着点が水辺だなんて、益々ハリガネムシに寄生されたカマキリの最後と同じ。


「ああ、そう言えば、探偵さんたちを待っている間、ヒマなんで堀川の散策に行ったら、ゴブリンの死体がゴロゴロしていたわ。臭いし気味が悪いから川へ降りるのを止めたのよね」

 レインが思い出した事を告げてくれた。 


「どうして、ああなっていたのか?今の話を聞いて納得したわ」

 ・・・納得ちゃうやんけ・・・。


 昌樹は宇迦へと向いて。


「それならそうと、早く言ってもらえないかな。オレの目的はマンドレイクだと伏見稲荷で伝えたはずだが」

 9割方宇迦の仕業ではあるが、二条城を全焼させろとは頼んでいない。


「二条城を占拠しているゴブリン共を退治したいとも言っていたではないか。ホレ、そこらに転がっている河童共に頼まれたとか」

 当の河童たちは皆、マンドレイクの叫びによって、依然白目を剥いて気絶したままだ。


 事前にマンドレイクが叫ぶと教えてくれていたら、これほどまでの惨事には至らなかったはずなのだが。


 まったくもって悪質なフレンドリーファイアにも程がある。


「二条城が焼け落ちているかは、戻ってからのお楽しみという事で、とにかく宇迦、アナタには礼を言っておくわ。ありがとう」

 実に他人事。レインは、ついでにお礼も言ってのける。


 これが自国の寺院とかだったら、激しく抗議するだろう。何て身勝手な女なんだろう。


 昌樹は不服を顔に出したまま、取り敢えずは宇迦に頭を下げた。


「良い暇つぶしであった」

 宇迦は満足気に本音を述べると。

 

「気が向いたら、いつでも遊びに来るとよい、人間よ。我はいつ何時であれ其方を歓迎するぞよ」

 乗ってきた市バスのタラップへと足を掛けた。


 歓迎してくれるのは嬉しいが、手下の狐共は人様を食べようと相談していたではないか。


 正直、二度とこの鏡の世界には足を踏み入れたくない。でも。


「助かったよ、宇迦。何もお礼はできないけど、とにかく有り難う、感謝する」

 昌樹の言葉に、宇迦は嬉しそうな笑みを見せてくれた。


 手下の狐共はともかく、彼女には気に入られたようだ。


 市バスが走り去って行く。


 行く先は「京都駅行き」と表示されたまま。まぁ、方角的には間違い無いのだろうが、あの市バスは京都駅を通過して伏見稲荷まで走って行くんだぜ?


 名残惜しそうに窓から顔を出して手を振ってくれる。


 追風先生の姿で好き勝手やってくれた宇迦は去って行った。


 生涯会うことの無いであろう彼女の本当の姿を拝みたかったけど。


「さて、俺たちも帰るとするか」

 鏡の世界ともおさらばだ。



 ×  ×  ×  ×  ×



 昌樹たちは元来たぬえ池の合わせ鏡を通って、無事に元の世界へと戻って来た。


 あれ?まだ夜だ。


 向こうの世界では太陽が逆向きに昇っては沈んで、優に3日は費やしたと思うけど・・・。


 スマホの時計を確認したら、1分も経過していなかった。


「お帰りなさい。そして、お疲れ様」

 レインが手に下げているマンドレイクを見やりながら、サンジェルマンが労いの言葉を掛けてくれた。


「言っておくのを忘れていたけど、マンドレイクは1本もあれば十分なの。本当に有り難う」


「数はともかく、堀川を降りればゴブリンの死体からマンドレイクを採集できた事も教えて欲しかったです」

 不満をたれた。


「ゴブリン?あんな連中にかまうとロクな事が無いわよ。マンドレイクなんて、畑や家庭菜園に紛れて生えているモノなのよ。一種の擬態ね」

 マンドレイクがゴブリンに寄生したルートが解ったような気がした。


 おそらくゴブリン共は、畑を荒らして作物を盗み食した後に寄生されてしまったのだろう。


 農薬や罠よりも効果的だわ。


 野菜泥棒除けにひとつ欲しいところだ。


「だったら、最初から畑に生えていると教えてよね」

 レインも不満を漏らす。


「だから最初に”ニンジンみたいなもの”と教えたでしょう?京都でニンジンが生えているところなんて、およそ畑くらいでしょうに」

 仰る通り、ニンジンは川を泳いでなど無いし、野山を駆け回ったりもしていない。


 実に正論ではあるけれど。


 時間が無かったにせよ、もう少し情報が欲しかったと、今更ながら思う昌樹であった。


 マンドレイクは手に入れた。


 さて、次に考えるべきは、コイツでどうやってカリオストロとの取引を優位に進めるか、だ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る