第49話 横取り総取りを狙う男、横から割り込む女 

 サンジェルマンとカリオストロのやり取りを見ていると、まるでゲームを下りる、下りないを言い争っているように見えなくもない。


「サンジェルマンさん・・」

 外野の分際でありながら二人の会話に口を挟むべきでは無いと承知しつつも、昌樹にはどうしても訊ねねばならない疑問があった。


「何?探偵さん」

 サンジェルマンが振り向く。


「だったら、どうして俺に"悪魔のはこを守らせたんですか?誰にも渡したくないから俺に依頼してきたんじゃないんですか?」


 昌樹の問いに、サンジェルマンは柔らかい笑みを向けた。


「あの匣を守るべき相手は彼、カリオストロからではなく、あくまでも教会の人間たちからよ。彼らは匣を”奇跡”の一つとして利用しようと企んだ。ふふっ、滑稽よね。神を崇める彼ら自身が神の領域を冒す"不死”を求めたのですもの」

 確かに滑稽だ。


 そういえば、教会の手先であるレインも、そのような事をこぼしていたな。


 神の領域とは、サンジェルマンたちによって、果たして冒されきたのだろうか?


 人知れず続けられていた命のバトンリレーではあるが、それを証明する術は誰も持ち合わせてはいない。


 幾多の時代に姿を現し、決して人前では飲食しなかったと言う、謎の人物サンジェルマン。


 それも、本人が名乗ったからであって、誰も顔を覚えていた訳じゃない。


 写真でさえ、以前に見せてもらった事はあったけど、あれほどまでに不鮮明だと本人と特定するのは難しい。




「やめろ、サンジェルマン!」

 継代ホムンクルスとマンドレイクを奪った張本人でありながら、カリオストロはサンジェルマンの選択を否定し、思い直しを求めた。


「だったら、全部をサンジェルマンに返せよ」


「できるかよ!今さら」

 昌樹はつい横から口を挟んでみたものの、やはり即拒否されてしまった。


「あながち、サンジェルマンの判断は正しいかもよ」

 突然の、聞き覚えのある男性の声に、昌樹は思わず声の方へと向いた。


「エグリゴリ!」


「ちょっと視線が高いよ。探偵さん」

 やはり、視線はエグリゴリのさみしい頭頂部へと向いてしまう。不覚にも。


「どうしてアンタがここに?」

 昌樹が視線を戻してエグリゴリに訊ねた。


「レインの衣服に盗聴器を仕込ませてもらっていたのでね。それと」

 エグリゴリはサンジェルマンへと向いた。


「お初にお目に掛かります、サンジェルマン伯爵」

 丁寧に頭を下げて挨拶をすると。


「いわゆるステルス能力が、随分とくたびれてきているせいでしょうな。貴方様にこうしてお目にかかれるようになったのも」

 エグリゴリに図星を突かれて、サンジェルマンはやや目を細めた。


「ステルス能力?」


「エレメンツの能力みたいなものさね。顔を覚えられない、隠れみののような能力を常に展開させていたから、今まで誰にも追跡されなかった。不思議な事に、写真や映像にもハッキリと映らない便利能力だったのに、年を取ると弱まってくるんだよ」

 昌樹の疑問にカリオストロが答えてくれた。


「ちなみに探偵さんに見つかったのは、貴方の特殊能力といったところかしら。声を掛けられたあの時ほど驚いた事は今まで無かった」

 それほどまでに精巧な能力だったのかと、昌樹はただただ感心するだけ。


「しかし恐れ入ったわ。盗聴器ごときで貴方たち教会の者に見つかってしまうなんて。もう、私の力は、いえ、私の命はこれまでのようね」

 諦めたかのように、サンジェルマンはゆっくりと首を横に振る。


「では、皆々様方、大人しくはことマンドレイクを私に渡して頂けますかな?」

 エグリゴリが両手を広げて皆に告げた。


「とことんメデタイ男だね。このハゲは。アタシを怒らせるとどうなるか、その体に教えてやろうかね!」

 カリオストロが杖から抜剣!


 周囲の人々の視線を一身に浴びた。


 と、同事に周囲に潜んでいた黒パーカーをまとった者たちが一斉に姿を現した。


 その中の1人がパーカーのフードを払うと、何と!スノーではないか。


 久し振りに顔を合わすスノー。


 エイジの”白銀の刃”によってFeのフィーエを失い、同事に人生の4分の一をも失ってしまった彼が、どうしてこの場にいるのか?


 その答えは直ぐに出た。


 以前とは、明らかに小型化したFeのフィーエを体の中から出現させたのだ。


 と、周囲を取り囲む黒パーカーの者たちも、それぞれ顔を露わにすると自らのエレメンツを出現させた。


 その数、5人。


「フォグさぁ、僕を含めて何とか5人揃えたよ」

 これまでモンキーエレメンツを出現させた者は、ことごとくレインによって始末されてきたが、彼女の知り得ない所でフォグはその数を増やしていたのだった。


 手下のスノーを使って。


 仕込み杖から剣を引き抜いた老婆と。


 それを取り囲む5人の黒パーカーをまとった者たち。そして異形のエレメンツたち。


 パァン!


 フォグが天空へと向けて発砲したピストルの銃声に、周囲の人々は恐怖に駆られて散り散りにその場から立ち去って行った。


「無観客試合という事で」

 おどけたようエグリゴリ(フォグ)がサンジェルマンたちに告げた。


「お心遣い、感謝の至りと言えばよろしいかしら。で?」


「素直にこちらの要求を聞き入れて下されば、痛い目には遭わずに済みます」

 月並みのやり取りを、ただ眺めている場合ではない。


 昌樹も携帯警棒を取り出してサンジェルマンを守る。その背中をエイジに任せる。


「エグリゴリ、不死を求めているのは教会のお偉さんなのだろう。そんな個人の欲望のために組織掛かってタブーとされている神の領域に踏み込む悪行に加担する事を、アンタ自身は嫌悪感を抱かないのか?」

 フォグの良心に訴えかけるも。


「探偵くんの言う通り、老人のわがままに付き合わされるのは正直願い下げなんだけどね、何分、報酬が破格なんでね。乗らない手は無いだろう?」

 要は金に目がくらんだワケだ。


 解り易いヤツだ。


「私の協力者も皆同じ意見でね。いわゆる利害一致というヤツさ」

 利はあっても害は無いくせに。


 単に金に目がくらんだだけの連中に、語る正義は無い。


「全員、この場でブチのめすよ!」

 カリオストロの意見に賛成だ。


 が、ここは日本。


 どんな相手であっても殺人を犯してはならない。


 だったら。


「エイジ、片っ端からコイツらのエレメンツを叩きのめしてやれ!人生の4分の1を奪ってしまおうが構う事は無い。金と引き換えに捨てたんだと見なせば良い!」

 昌樹の中の罪悪感は、見事に吹っ切れていた。


 不死という命の理から外れたものを得るために、人としての道徳を外れてはいけない。相応の報いを受けたとしても、それは自業自得だ。


「その意見には賛成ね」

 銃声が鳴り、フォグの手からピストルが弾き飛ばされた。


「レイン!それにナンブ」

 突如現れた現れたレインが手にする拳銃からは硝煙が立ち上っていた。


 あれほど乗り気で無かったくせに、レインとナンブが駆け付けて来てくれたのだ。


「まったく、性懲りも無く、またモンキーエレメンツを量産してくれるなんて」

 呆れてため息を漏らす。


「この場はお金で言う事を聞いてくれるかもしれないけど、コイツらエレメンツの能力をゼッタイに悪用するに決まっているわ。アレが世に知れたら、教会の立場が悪くなるって、どうして分らないのかしらね?」

 文句を垂れつつ、片っ端から黒パーカーの連中の脚を撃ち抜いてゆく。


 さすがにエレメンツを従えたところで銃器には敵わない。


 それを分っていてフォグはピストルを持ち出したのだが、逆にレインによって制裁を受けてしまった。


 その中でフィーエだけはその防御力で宿主のスノーを守り切った。


 相変わらず、その防御力には脱帽する。


「ナンブ!」

 レインがナンブにフィーエを任せようと声を掛けた、その時、エイジが2人の間に割って入った。


「ここでディープステッチャーを使わせる訳にはいかない」

 静かに告げると、フィーエ目がけて真っ直ぐに突っ込んでゆく。


「お言葉ですが、Ag。私が16分の1ごときに遅れを取るとでも?奥の手を使うまでもありません」

 そんなエイジを追い抜くとナンブはフィーエの左側へとスルリと回り込み、繰り出された鉄の鎌を、身をかがめて難なくかわしながら脇腹へ拳を叩き込んだ。


「やはり4分の1の、さらに4分の1。能力全てが低下している」

 分析報告をするかのように呟くと視線をエイジへと向けた。


 そのエイジは。


 高い跳躍から、フィーエの右肩へと"白銀の刃”、白銀に輝く右脚のかかと落としを炸裂させた。


 瞬時にして光と化すFeのフィーエ。


 エレメンツを分子レベルで崩壊させるエイジの必殺技が今、見ている者すべてが見惚れるほど鮮やかに決まった。


「な、何をやっている!?キミたち。彼らの好きにさせるな!」

 フォグが黒パーカーの連中に命令するも、スノーを覗いた全員が無様にも敵に背を向けて逃走していた。


 やはり飛び道具ピストルには敵わないわな。


 皆、脚を撃ち抜かれて、やっと命の重さを思い知った事だろう。


 この場合、彼らを意気地無しと笑ってやっては可哀相だな。


「さて、エグリゴリ。アンタはどうする?」

 警棒の先を突き付けて、昌樹がフォグに問う。


「横から割り込んで申し訳ないけど、”エグリゴリ”は私たちの部隊名であって、彼はフォグという名のハゲオヤジよ」

 本当に、このデカ女レインという女だけは話の流れを変な所で止めてくれる。


 つくづく呆れる女だ。

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