第11話:黄色い男、人の道を説く男
ま、まさかな…。
例え同じ色だとしても、今見た変質者と足の裏にくっ付いたガムとを関連付けるのはいささか強引なのでは?
あまりにも突飛な発想に至ってしまった自らを苦笑していると、またもや黄色い男が角から顔を覗かせた。
今度は目が合ってしまい、黄色い男は慌てて顔を引っ込めてしまった。
「おい」
思わず声を掛けてしまう。
すると、ゆっくりと頭部のエリンギ部分が顔を覗かせた。
「さっきから何やってんだ?お前」
「見られたからには隠れていてもしょうがないですね」
告げつつ黄色い男は角から姿を現した。
「なっ!?」
思わず絶句。
黄色い男は頭や顔だけでなく、全身が黄色一色だった。しかも継ぎ目の全く無い全身タイツ姿。
粗を探せばニカッと笑顔からこぼれる並びの良い健康的な白い歯。目元は昭和の推理モノ映画に登場していた顔をヤケドしたとかで顔を隠していた男性のマスクのように“かぶり物”独特の隙間が生じている。
つまり、顔だけ見れば何かをかぶっているように見える。あくまでも顔だけを見れば。
その間も少女はさらなる接近を果たしていた。
「
「なっ」と昌樹は少女の方へと首を向ける。が、ツェーと呼ばれた全身黄色の男が昌樹に迫ってくる。
「何なんだ?コイツは!」
普通に考えれば、変質者じみた格好をした男性が何かを仕掛けてくると分かっていても、まさか危害を及ぼすほどの事はしてこないだろうと、“甘えた発想”を抱いてしまうものだ。
昌樹も例に漏れず、ついその甘えた発想を抱いてしまった。
「とぅりゃあッ!!」
いきなりの、呻き声すら上げられないほどの強烈なアッパーが昌樹の腹に炸裂。
たいへん容赦が無いコトで。
今、少女がこの男に命令したのは確か『捕まえろ』じゃなかったっけ?
油断するあまり思わずイイモノをもらってしまったが、続いて繰り出される顔面へのフックは身を屈めてかろうじて避けてやった。
このまま転がり込んでヤツの背後に回り込む…つもりが、肝心の足が壁から離れない。
「ぐぅ!」
今度は脇腹にフック、またしても強烈なレバーブローを叩き込まれた。
出るのは呻き声だけ。
あまりの衝撃の凄まじさに体が
逃げられないのなら。
反撃あるのみ!
壁にくっついた足を軸にジャンプ。顔面狙いのハイキックを繰り出した。が、壁にくっついていたはずの足が突如として滑り落ちてしまい、繰り出したハイキックは無様にもミドルキックにダウングレード。
それでもHITしてくれたのでツェーを若干ではあるが退けることに成功した。
間合いが開いた。
昌樹は、あまり実戦で使ったことの無い合気道の構えを取ってみせ。
「何だかワケの分からないヤツだが、来い!」
「何やってるのよ、ツェー!アナタ負けているじゃない!」
格好はどう見ても変質者ではあるが、年上の相手に対する言葉遣いをしない少女に、昌樹は大人としての義務についつい駆られた。
「オイ!大人に対してその口の利き方は何だ?もうちょっと敬意を―」
本来ならば「敬意を払いなさい」と注意しなければならないところだけど、ツェーなる人物のふざけた格好を目の当たりにすると後に続けるべき言葉が素直に出てくれない。が、ここは大人が注意をしてやらないと、この手の小娘は調子に乗っていずれ手痛い思いをするハメに陥ってしまう。それだけは何としてでも避けねばならない。
なので。
「け、敬意を払ったらどうかな?」
その外見から決して子供から尊敬されそうにないツェーなど放っておいても良いと考える自身と、やはり大人として模範を示さなければならない自身との折衷案を叩き出した。
「大人ぁ?オヤジぃ、何寝ぼけたコト言ってんの?どこからどう見ても、そいつ人間じゃないでしょ?そいつはね、私の中から出てきた“道具”なの」
思わず「え?」と訊き返してしまった。人を道具と言い放つ“ろくでなし”な連中は刑事時代にも何人か出会った事はあるが、今この少女、『私の中から出てきた』と言ったよな?
少女に気を取られている隙に、ツェーの手のひらから何かが発射された。しかも複数。
発射された黄色い液体…極めて粘着性の高い“それ”は昌樹の両手と両脚を壁に貼り付けて固定してしまった。
「しまった!う。動けん・・」
「つーかまえた」
楽しそうに軽い足取りで少女が昌樹の元へと寄る。
「さてと」
言いながら少女はブレザーのポケットからスマホを取り出して電話をし始めた。
この窮地に陥った状況の中、昌樹は少女に感心した。
いやぁ・・起用な事この上ないな。あんなに早く電話帳画面を開いて電話できないわ俺。ふと彼女との違いは若さかな?と理由を探してしまう。
「あ、スノー?エグリゴリのスノー。ワタシ。那須・きなこダヨ~」
お気楽さんにもキナコのスマホ
ついでに彼女の名前が“那須・きなこ”であることも把握した。
「あ、うん。捕まえたのはアフロのおっさんの方。えぇ?名前?そんなの知らないヨ~」
昌樹はキナコの手際の悪さに安堵した。上司に報告する時はまず“内容とまとめてから伝える”。彼女の社会人としての常識が成っていない事が幸いした。
次に彼女が取るであろう行動は必ず身元の分かるモノを探すはず。
そうなれば。
手足は動かなくとも喉元に食い付けば何とか危機は脱せるはずだ。
「ちょっと待っててね」
電話の相手に言いながらキナコは昌樹のジャケットに手を伸ばした。
その時!
ツェーが突然横から「危ない!」庇うようにしてキナコを突き飛ばした。
「え?えぇ…?」
俺、まだ何もやっていないのに…。
昌樹の目論見は見事に外れた。
な、何故だ!?理由を探す。辺りを見回す。何も無いぞ。一体、ツェーは何故キナコを俺から遠ざけた?
戸惑いを隠せぬまま、昌樹の目は自身の足元へと向けられた。
「えぇぇーッ!!」
悲鳴にも似た声が昌樹の口から漏れ出た。
お腹から左足が伸びている。
何て不恰好な画だろう・・。お腹の中から蹴りを繰り出しておきながら、見事に空振りしてやがらぁ。
「!?」
呆れている最中、目の前に立っていたツェーが勢いよく飛ばされているではないか!
ツェーだけではない。銀髪銀眼!デニム生地の衣裳を纏った青年、“エイジ”の姿もそこにあった。
何と、エイジは昌樹の中から飛び蹴りを繰り出していたのだった。
ツェーを飛ばしたエイジが静かに立ち上がると、その顔を昌樹へと向けた。
「ブフゥッ!!」
向くなり、まるで口に含んだ水を噴き出すかのようにエイジは謎の液体を口から吹いた。
するとエイジは背部からナイフダガーを取り出すとすぐさまバックハンドに構えて。
「女!今すぐに電話を切れ。さもないとコイツをお前に向けて投げつける」
脅されたキナコは恐れをなして小刻みに頷きつつ震える手でスマホの電話を切った。
「テメェー!何やってんだぁ!」
ナイフを手に少女を脅すエイジに昌樹の怒号が響いた。
エイジがキョトンとした表情を見せて昌樹へと向いた。
「刃物を手に人に物事を要求するな。それは強盗を働いている事と何ら変わりはないぞ」
「そうか。すまなかった」
「俺じゃなくて、そこのキナコにだろうが」
エイジが怯えるキナコへと向き直って。
「そうか。緊急を要していたので、手荒なマネをしてすまなかった」
謝罪しナイフを下げたエイジの身体が。
勢いよく飛ばされた。
起き上がったツェーが早速反撃をしてきたのだ。
「キナコ、今の内にスノー殿に連絡を」
「その必要は無いわ」
上ずった声でキナコが言い放った。
想いも寄らないキナコの言葉にツェーは驚いた表情を見せている。
キナコは口の端を少し吊り上げると。
「このオヤジを捕まえたらスノーから200万円もらえるのよ!」
金額はともあれ、お金が人を変える様を散々見てきた昌樹にとって、今のキナコは何をしでかすか全く読めない。
「エイジ!お前は俺の味方なんだよな?」
この状況、頼みの綱は彼のみ。そして彼は答えた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます