第12話.アフロに容赦の無い少女、ゴム人間

Agエージーなのだが、オレの名は…」

「来たぞ!!」果たして聞き入れてくれたのか?間を置かずして昌樹の声。


 わざわざ危機を報せてくれなくとも対処できる!

 エイジはツェーが繰り出す右!左!の連続フック攻撃をスェー(上半身を反らせて)で回避。転がりながらツェーの右サイドに回り込んだ。


 手にするダガーナイフを逆手に持ち替える。

 寮の廊下は学校や病院といった公共施設の廊下並みに幅は広いが、獲物は逆手に持ったほうが身動きは取り易い。

 ツェーに向けて水平に斬り付ける。

 素手のツェーではナイフダガーを切り払うことはできず、もっぱら後退して躱すのみ。


 堪らずツェーが大きく後方へとジャンプした。


 間合いが開いた。


 好機チャンスとばかりにエイジは踵を返して壁にくっ付いている昌樹の元へと駆けつけようと―。


「ぐはぁ」

 途端、右の脇腹にフックを叩き込まれた。


 バカな…ヤツとは少なく見積もっても7メートルは離れていたぞ。


 方向転換してすぐさま攻撃を与えてくるなんて不可能なはず。


 痛む脇腹を押さえながらエイジは振り返った。

 と、今度は左のストレートが伸びてきた!


 “伸びのあるストレート”ではなく、物理的に、ゴムのようにツェーの左ストレートが伸びてきてエイジの顔面を襲った。

 咄嗟にダガーナイフで払いのける。


「コイツ…手が、いや、体が伸びるのか?」

 伸びた左手が戻り元に収まるとツェーは並びの良い白い歯を見せてニカッと笑った。


「ゴム人間かよ…あの野郎」

 昌樹自身もそこはかとなく疑って掛かっていたが、まさか人外の存在に出くわすとは夢にも思わなかった。

「あ」

 ふと声になって出てしまった。


 …そういやエイジのヤツも俺の腹の中から出てきたんだよな…。


 見た目で騙されそうになったけれど、エイジも十分人では無い。姿こそ人ではあるけれども。



 さっき殴られた限りではツェーはパワー的には人を凌駕しているとは言えない。あくまでもガムのようなものを飛ばしてくる、体がゴムのように伸びるといった特殊な能力を備えているだけ。ついでに言えば明らかに怪しい身なりをしているのが特徴。



 それにしても、この手足を固定している黄色いガムみたいなのが今では自動車のタイヤを思わせるほどに弾力を備えているものの素手ではどうにもならないくらい固い代物に変化を遂げている。これを何とかしなければ。


「お?」

 固いが確かに弾力はある。破壊はムリでも頑張ったら腕くらいは抜け出せそう。


 早速脱出を試みる。


 ガンッ!

 後頭部に痛みが。


 頭を後ろの壁に叩き付けられた。

 もう一度ガンッ!容赦の無いコトで…だけど力が弱いおかげで痛いと言えば痛いが生命の危機など感じない程度の痛さ。


 那須・きなこがアフロヘアーを掴んで壁に叩き付けているのだ。

「オヤジぃ、お前、誰なんだよ?」問いながらも、もう一度ガンッ!まったく容赦の無い娘さんだこと。


「それが人にモノを訊ねる態度かよ」

 言い返そうものなら、またしても容赦なく壁に頭を打ち付けられる。


「まっ、お前のサイフから免許証か何かを取り出して調べれば簡単なコトなんだけどさ。オヤジの尻ポケットに手を突っ込むなんて嫌だから、こうやってわざわざ訊いてやっているんだよ」

 単にキレイ好きってか!?しかもコイツ、頭悪いのか?先にジャケットのポケットをまさぐるとかしないのかよ。オレはそんなに不潔なオッサンに見えるのか?

 気づかっていたつもりなのに、この言い様。精神的ダメージは大きい。


「だったら自白ゲロさせてやるよ。コイツでな」

 キナコはブレザーの胸ポケットからライターを取り出した。

 不敵に笑いながら昌樹の眼前でライターをチラつかせる。 


 そ、それはアフロの天敵、ひゃ、百円ライター!!


「ちょ、ちょっと待て」


「吐く気になった?オヤジぃ」


「お前、“自白ゲロ_させる”の使い方を間違っているぞ。ゲロってのはな『犯罪者が、自らが犯した罪を告白する』時に使うものだ」


「テメェ、警察サツかよ」

 とことん口の悪いお嬢さんだ。昌樹は口をつぐんだまま。キナコを見据える。


「さてさて、どんな燃え方をするのかなぁ?」


 手にするライターが昌樹の額を乗り越えて。

 少女の目は狂気に満ちており血走っている。


 この小娘、とんでもないコトを考えやがるな…。これで俺様自慢のアフロヘアーに火を点けようってか!?


 昌樹は窮地に立たされた。

 かと言って、恐怖を顔に出そうものなら、なおさら少女の狂気を助長しかねない。

 とにかく、恐怖を振り払って少女を見据えたまま。


 しかし状況は、手足は黄色いガムのようなもので固定されてしまい、文字通り手も足も出ない。


「あ、あれ?点かない」

 ライターを点火しようと試みるも、今日日の百円ライターは子供が冗談で点火できないように結構力を込めないと点かない仕様になっている。

 先程の壁に頭を打ち付けるといった非情極まりない攻撃でも分かっていたが、この少女は決して力のある方ではない。どちらかといえば運動能力の低い非力な少女だと言える。


「ふんぬぅ」

 顔を真っ赤にして両手で押してようやく点火に成功。親指でスイッチを押しながら、しかもその親指は震えたままの手が昌樹のアフロヘアーに、その魔の手が伸びる。


 ピンチだ。

 手も足も出ない。


 けど、手と足が出ないだけ。


 出すぞ…こうなったら久しぶりに。


 昌樹は腹式呼吸を始めた。

 鼻からゆっくりと息を吸い込みお腹を膨らませる。

 そして今度は口からゆっくりとため込んだ息を吐き出す。


 そんな行為を2回ほど繰り返して。


 そうこうしている間にもキナコは昌樹の前髪を掴み上げて、掴んだアフロヘアーに炎のゆらめくライターを近づけようとしていた。


 チリチリと髪が音を立てて煙を上げ始めた。


「な、何!?これ」

 昌樹の眼前に迫るキナコの顔が突然不快に歪んだ。


「イヤ、気持ち悪い!何なのよ、コレ!」

 キナコは空いた方の手で耳を塞いだ。その手には鳥肌が立っていた。

 何かに不快感を覚えたようだ。


「オヤジぃ、お前、何かしたな?」

 もはや顔芸ともとれるほどに怒りに顔を歪めるキナコの形相を前に、昌樹は落ち着いた表情で口は半開きのまま。


「ち、ちくしょお!その頭、燃やしてやる!!」

 怒りのあまり顔を寄せ過ぎたキナコの額にガンッ!昌樹の問答無用のヘッドバットが炸裂した。


 あまりの痛みにキナコは両手で額を押さえながらその場にしゃがみ込んでしまった。

 当然、百円ライターなど投げ捨てて。


「見たか!魅惑の高音ボイス」

 昌樹は、すでに自身では聞き取れなくなっている若者しか反応できないモスキートボイスを口から発してキナコの感覚に不快感を与えたのだった。


 ちなみに昌樹は他にも、素人でありながら声楽家並みに3オクターブの高音ボイスを誇る。


 よし、脱出だ。

 思った矢先、もの凄いスピードでツェーがキナコの元へと戻ってきた。


 さらに二度見!

 何と!ツェーの前をエイジが全力疾走しているではないか!


 何がどうなっている?


 構図的にはエイジがツェーに追われている形となっている。



 現在ピンチに陥っているのは俺ではなくてキナコの方なのだが…はて?





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