第5話~兄妹の想い~
優しく降ろされた冷たい床、金属製の扉が閉まる音、ジメジメした空気。そして、少し近くに人の気配。意識が戻った後も私は目を開けなかった。
「じゃあ、カエデ。このままサクラを見張るんだ。起きたらすぐ知らせろ。」
「分かりました。」
無機質なカエデの声を聞くと、不安になる。やっぱり、カエデは味方じゃなくて、敵なんじゃないかって…。
一週間前。フウくんとアスカちゃんと話し合って、次カエデたちと会って、私が捕まってしまったら、もしくは、カエデが自ら私を捕らえようとしたら…。その時は、わざと捕まってカエデがどっちなのかをはっきりさせると決めた。
そして今日、本当にカエデは現れて、私は捕まった。右腕には発信機付きのブレスレット。まだ開発途中のものを借りていた。これで、フウくんたちにも私の居場所がわかる。
あとは、カエデ一人になるのを待つだけ。カエデと、話すだけ。
『俺に体を預けろ。そうすれば、安全なはずだ。とにかく、今はそれでやり過ごしてくれ。』
そう優しく言ってくれたカエデと早く話がしたい。
「じゃあ、任せた。」
「よろしく、カエデ。」
その言葉の後、二人分の足音が遠ざかって行った。微かに目を開けると、檻みたいな所に入れられているのが分かった。人の姿は一つ。どうしよう。起きても大丈夫かな?
「もう、いいぞ。」
優しいカエデの声が聞こえて、驚いて目を開けてしまった。
「…起きれるか?」
「う、うん。」
さっきとは違う、温かい声。そして優しい微笑み。どっちが本物か、分からないくらい違う。
そう思って戸惑っていると、カエデはいきなり手を合わせ、檻越しに話してくれた。
「ごめん。再会がこんな形で。本当に申し訳ない!ただ、少し言い訳を聞いてくれ!」
そう言って頭を下げたカエデを見て思わず頷く。
「俺、お前を見るまで、記憶が戻ってなかった。お前の事を、認識出来なかった…。」
それは、そうだよ。何年も前のご先祖様の記憶なんて、覚えてる方がおかしい。私たちは、覚えてるけど…。
「一年前、あいつらに出会ったんだ。」
私はカエデの話を黙って聞くことにした。
「その時俺、金に困っててさ、いい金で雇ってやるって言われて、それからあいつらの下で働くようになったんだ。そしたらいきなり写真を見せられて『この子を攫えって』言われて。おかしいとは思ったけど、雇われてる人間だから、何も言えなくて、何も考えずに仕事をしようとした。」
きっとあの人たちは分かってたんだ、カエデのことを。それで利用しようとした。記憶がないのをいいことに。
私は黙って聴いた。全部話してくれる。教えてもらえる。何も分からなかったから、それが嬉しかった。
「でも、お前と、お前たちと会って、名前呼ばれて、思い出したんだ。大事な妹だって、守らなきゃいけないって。そう思った。あの剣も、下ろすつもりはなかった…。」
「そう、だったんだ…。」
だから、あの時フウくんはケガしなかったんだ。良かった。そう思った。
でも、カエデは怒ってると思ったのか、もう一度頭を下げた。
「本当にごめん!お前を危ない目に合わせて!怖い事ばっかして!許してほしいなんて言わない。もう二度と会うなと言われればお前を逃した後、俺もここから出て、身を潜める。だから、あの…。」
そう言うカエデを、私は許せなかった。
「何言ってるの?私は、ずっと探してたんだよ?」
私の言葉に、てっきり許してもらえないと思ってたらしいカエデは、頭を上げて目を見開いていた。
「ずっと、ずっと探してた。私だって記憶を取り戻したい。でも、それだけじゃなくてね。」
そう言って、檻の間から手を出す。余り遠くに出せないけど、その手をカエデが優しく包んでくれた。戸惑いながら、でもしっかりと。
「たった一人のお兄ちゃんを、私はずっと探してた。ただ、会いたかったの。」
そして、涙が出てきた。そう、ずっと会いたかった。
小さいころに両親を亡くして以来、ずっと、ご先祖様の、小さいころの記憶を頼りに生きてきた。この人たちに会いたいという、その一心で。
そして、その夢は叶った。
「そっか、ごめんな?待たせて。」
そう言って、私がずっと探してた『お兄ちゃん』は檻の外から頭を撫でてくれた。何かを悔やむように、ただ優しく撫でてくれた。
「バカだよな、俺。大切な妹が、ずっと探しててくれたのに、雇主の命令、しかもあの時の敵の命令で、その妹を、こんな場所に閉じ込めるなんて…。本当に、バカだよな。」
カエデはそう言って笑う。そんな事ないのに、その事をどう言葉にしていいか私には分からなかった。
「だから、俺にチャンスをくれないか?」
「え?」
いきなりカエデにそう言われて、なんの事か分からなかった。
「これから、一緒に行動して、お前の事を守らせてほしい。あの頃と同じように。」
カエデの言葉に頷けない。元々、カエデは敵か味方を探るためにここに来た。でも、ここで私が頷いて、他の二人に迷惑をかけたくない。だけど、カエデと一緒にいたい。どうしたらいいんだろう?
「悪いけど、それはさせられないな。」
その言葉と同時に現れたのは、ベルゼブル・マルベイだった。
「お前、上に行ったんじゃ…?」
カエデも驚いてそう聞く。そんなカエデをベルゼブル・マルベイは見下ろして言った。
「ふっ。お前の様子がおかしくて見に来たのさ。そしたら、お前たちが話しているから立ち聞きしてしまった。」
そう言ってマルベイはカエデに近付く。そして剣を出し、それをカエデの喉元にあてた。
「お前が記憶を取り戻しているなら話は早い。さっさと殺してこの娘をいただくまでだ!」
「カエデ!!」
「くっ…!」
そんな…。やっとカエデと会えたのに。また、同じ日々を過ごせるかもって、そう、思ったのに…。ここまで来て、カエデが殺されるのを見ていろって言うの?そんなのイヤ。何か、何か方法が…。
そんな事を思っていると、カエデは私から手を離した。
「カエデ!」
私が言うと、カエデは口パクで『逃げろ』と言った。多分、この檻の壁を壊せば外に通じるんだ。その証拠に、風の音が聞こえる。
でも、その音と一緒に違う音も聞こえる。誰が走って来てる音。頼もしい、足音が。
やるしかない。カエデを、助けたい。だから…。
「やめなさい!」
私は弓を手に取って立ち上がった。足は震えるし、冷汗も出る。でも、それでも…。
「それ以上、剣を動かせば私はこの矢を射ます!」
私はカエデを、助けたいから…!
「サクラ、やめろ!」
カエデは目を見開いてそう言った。でも、ごめんね。カエデをこのまま見殺しになんて私にはできないよ…。
「君が?その檻から出られないのに、どうやって?まさか、その間から俺に当てれるとでも?」
それは分からない。でも、時間稼ぎにはなるはず。
「そのまさかです!今まで訓練もしてきました。この距離なら当てられます!!」
そう、フウくんに付き合ってもらってたくさん練習した。人に当てなくても、ここなら剣を弾き飛ばす自信はある。
「ふ〜ん?まあ、いいけど。でも、どうせなら、正々堂々勝負しようか。」
「え?」
そう言われていきなり扉が開いた。促されるままに外に出ると、マルベイはいきなり剣を構えてこっちに走って来た。
「きゃあ!」
バリアは張ったけど、態勢が整わず、衝撃をもろにくらった。かなり怖い…。立てない…。
「おい、どうした!?こいつを助けたいんだろ?なら、早く立てよ。」
「サクラ!」
立とうとしてカエデを見ると、すでに同じ所に戻っていたマルベイにまた剣を突きつけられてた。
「カエデ…!」
怖いけど、立たなきゃ。守らなきゃ。
そう思った時、檻の壁が壊れて二つの影が現れた。一つはマルベイの所に行き、もう一つは私の前で立ち止まった。その影を見て、ホッとした。
「アスカちゃん、フウくん…!」
絶対来るって信じてた。信じたから、かけに出たんだ。
「全く、無茶するんだから。立てる?」
そう言ってアスカちゃんは立たせてくれた。フウくんも、カエデを立たせてる。良かった、無事だったんだ。
「ベルゼブル・マルベイ!もう逃げ場はない!大人しく捕まれ!」
フウくんは怒りながらそう言った。なのに、マルベイはどこにもいない。どうして?
「フウ、今の攻撃で逃げられてるわよ。よくあんな攻撃できたわね?」
「げ!ウソ!また本部長に怒られる〜!」
そう言いながら頭を抱えてから「まあいっか。」と言ってカエデと一緒にこっちに来た。い、いいのかな…?
「サクラ、ごめん。来るの遅かったね。ケガしてない?」
「うん、大丈夫。」
そう答えると、フウくんは少しほっとしてから、カエデを見た。二人とも、なんだか複雑そうな顔。
「…とりあえず、俺たちと一緒に来てくれる?話はそこからなんだけど。」
「ああ、行く。連れて行ってくれ。」
カエデの返事にフウくんは困った様な反応をした。
「うん…。アスカ、サクラお願い。」
「はいはいっと、分かってるよ。サクラ、歩けそう?」
「うん。大丈夫。」
私がそう言うと、私たちはフウくんたちが通ってきた通路を使って外まで出た。外には本部の人が待ってて、その人たちにあとの事を引き継いでから私たちは本部に戻った。
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