第6話~今までの苦しみとこれからの安らぎ~

 あれから一週間。第五艦で暮らしてもいいと言う話もあったけど、まだ気持ちの整理がついていなかったし、慣れない生活をしていると逆に不安になる気がしたから、お願いをして隣町に用意してもらったアパートで生活する事にした。

 三人での共同生活。私は主に料理を担当して、皆で役割分担をして過ごしていた。そんな生活にも慣れてきた頃だった。

「そらー、今日ちょっと五艦にきてほしいって艦長が言ってるけど、大丈夫?」

 さっきまで電話してたワタルくんがそう言うので、頷く。

「うん、いいよ。」

「ありがとう。じゃあ、バドが買い出しから帰って来たら…。」

 ワタルくんがそこまで言うと、玄関が勢いよく開いた音がした。行ってみると、バドさんが傷だらけで倒れていた。

「バ、バドさん!」

 私が駆け寄ると、バドさんは「逃げろ!」とかすれた声で言った。

「おい、何があった!」

 ワタルくんも、荒い口調になる。ワタルくんは緊急事態になるとこうなる事が最近分かった。

「み、三波西呉に、ここが、知られた。早く、逃げないと、そらが…。」

「な!」

「そんな…!」

 私達は口々にそう言った。この家がお父様に知られた。それだけで、私は絶望を感じパニックになった。

「いや…殺される…。殺されちゃう!いや!」

「そら、落ち着いて!」

 ワタルくんは、取り乱す私の肩を掴んだ。

「大丈夫、すぐに第五艦に行こう、ね?」

 パニックになった私に、ワタルくんは優しくそう言った。

「で、でも、お父様、五艦にまで来たら…。」

「怖いのは分かる。でも、五艦しか逃げ道はないよ!」

 そう言われて、ようやく頷く事が出来た。バドさんも、ワタルくんの助けで立ち上がる。でも…

「そうはさせん!」」

 その声に外をみると、お父様がいた。

「そら、あの日殺せなかったが、今日こそは!」

「させねーよ!」

 そう言って飛び出したのはバドさんだった。酷いケガを負って、動くのも大変なはずなのに…。

「そら、動かないでね!」

 そう言ってワタルくんも後に続く。

「あら、ワタルさんの相手は私!」

 そう言って佐藤さんが死角から出てきた。そしてワタルくんに持っていた銃を向ける。バドさんの応援に行こうとしていたワタルくんは、あまりに無防備だった。

「ワタルくん!」

「…っ!」

 「動かないでね!」と言う言葉を無視して、私はワタルくんの前に出てしまった。

「…っ!そら!」

 いや、ワタルくんに死んでほしくない!ワタルくんを、安心させてくれる人を、「守る」と言ってくれた人を…。

「守るんだ!」

 そう叫ぶと、私達の目の前に、光の幕が出てきた。その幕が、佐藤さんの銃の弾を防いでくれた。

「な、なに、これ?」

 ふと、右手に違和感を感じて見てみると、指輪が光っていた。

「指輪が…。」

 ワタルくんがそうつぶやいた。

「ねえ、なに、これ?」

 私がもう一度言うと、ワタルくんはただ、「大丈夫だよ。」と言った。その目はいつもの優しさを感じた。それを見た瞬間に守れたんだと思った。

 正面を向くと、佐藤さんが目を大きく開いて固まっていた。

「そら、このまま少し待ってて。…バドも耐えれるか?」

 ワタルくんがそう聞くとバドさんは「なんとか…!」と返した。

 でも、ワタルくんが動く前に佐藤さんが言った。

「…ますます、その方を渡していただかなければ行けませんね。」

 そう言ってまた銃を構える。

「いいや、それは出来ません。だって、この子は望んでいないから!」

 そう言ってワタルくんは飛び出していった。

「そのようですね。ですが…」

「佐藤、ここは一度退くぞ!」

 そう言ったのはお父様だった。

「西呉様!しかし…」

 佐藤さんはそう言って、すぐに、お父様に頷く。すると、お父様は私を見て言った。

「そら、次は殺す。」

 そう言い残して、お父様達は消えた。

 それを最後に、私の記憶も途切れた…。

 

 目が覚めると、ベッドの上だった。

「…ここは…?」

「あ、気づいた?」 

 その声の方向を見ると、ワタルくんが座っていた。

「五艦の医務室だよ。ちょっと待ってて、今医者呼んでくるから。」

 そう言って、離れようとするワタルくんの服の袖を無意識に引いてしまった。

「え?」

「あ…!」

 我に返って慌てて手を放すと、ワタルくんは優しくその手を包み込んだ。

「大丈夫、すぐ帰ってくるよ。一人になんてしない。」

 そう言って、ワタルくんは私の包み込まれている手に触れるだけのキスをした。

「え?」

「これ、俺の世界での誓いの形なんだ。少しでも、安心してほしくて…。」

 ワタルくんは、そう言うと「じゃ、ちょっと待っててね。」と足早に去っていってしまった。ワタルくんの世界の風習って何となくヨーロッパに似てるな。

 ワタルくんは本当にすぐ帰って来て、その後ろにはお医者さんがいた。すぐに問診が始まった。

「大丈夫かな、目眩とかはないかな?」

「はい。」

「若いね。じゃあ、大丈夫だ。念のため、ワタルさんは少しの間、そばにいなさい。ほとんどは精神的なダメージだからね。」

「分かりました。」

 それだけ言って、お医者さんは出て行った。

「本当に大丈夫?具合悪いとかじゃなくても、何かあれば言って。」

 ワタルくんにそう言われて、私はゆっくり首を振る。

「大丈夫。少し、怖いけど…。」

「いや、それだよ!」

 そう言って、ワタルくんは私を見た。 

「え?」

「怖いんでしょ?」

「う、うん。」

「それ、大丈夫じゃないよ。」

 ワタルくんはそう言うと、あの日みたいに私の頭に手を乗せた。

「お医者さんも言ってたでしょ?『ほとんどは精神的なダメージ』だって。だから、怖いって言うのは、全然『大丈夫』じゃないんだよ。」

 そう言って、優しく私の頭を撫でるワタルくん。その気遣いに、優しさに、初めてワタルくんの前で泣いて以来ううん、それよりもずっと前から我慢していた物が一気に溢れてきた。

「…ずっと、ずっと、怖かったの。」

「うん。」

 誰かに、ワタルくんに、全部言ってしまいたい。

「でも、誰にも、言えなくて、辛かった。」

「うん。」

 嫌われてもいい。怒られてもいい。

「誰かに…守って…欲しい…。」

 そんなわがままを、誰かに言ってしまったら、ワタルくんに言ってしまったら、何を言われるのだろう?離れて行ってしまうだろうか…。でも、もう止まれなかった。

「誰かに、そばに、いてほしい…。」

 ずっと、我慢してた事。ずっと、心の奥底にしまっていた事。

「いつか、お父様に、殺される。そう、思うと、怖くて、辛くて、でも、誰も、私のそばに、いない…。守って、もらえない…。」

「守るよ。」

 私のわがままに、私の思いに、ワタルくんはそう言った。

「俺が、守るよ。ずっと、そばにいるよ。」

 そう言って、ワタルくんは私を抱きしめてくれた。

「怖かったね。辛かったね。なのに、誰にも言えなくて、寂しかったよね。」

 その言葉に優しく包まれる感覚。

「でも、それは今日でお終い。これからは、俺に言って。」

 優しい言葉。優しい声。それらに促されて、私はワタルくんの腕の中で泣いた。何年振りか分からないくらい、声を上げて。

 涙が、声になって、ワタルくんに全部届くといいな。

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