②キタキツネ

お掃除

ピンポーン


ドアチャイムで、男は玄関に向かう。


「ご苦労さま」と、配達員に声を掛ける。台車には段ボール。細身の彼には重労働だったろう。伝票にサインした。


「あの、悪いんだけど」


「は、はい?」


配達員と協力して、玄関の内側まで運び入れた。彼にとっても今のは楽だったに違いない。


「重かったでしょ?すみませんね...」


「いえいえ...、それでは」


制帽を脱ぎ、頭を下げた。

ここの配達会社は礼儀がいい。

リピーターになるのも当たり前だ。


リビングに段ボールをさらに運び、

開封した。


檻の中には金髪の長い髪、オレンジ色の服を着た少女が眠っていた。タグが腕に付けられている。


「3万5千円...、前の奴が少し高すぎたからな」


少し、節約思考に男は考えていた。






キタキツネが目を覚ますと、ベッドの上にいた。


「...ここどこ?」


辺りを見回す。

白壁の部屋、木のフローリング。

明らかに明確なのは、ジャパリパークでは無いということ。


「これって...」


首に何か付けられている。


足音が聞こえて、身をビクッとさせた。


「...!だ、誰!」


「そんな怖がらないで」


男はそう語りかけた。


「君には家事をしてもらいたいんだ」


「か、かじ...」


男は壁にかかっていた縄を手に取る。

まるで犬の散歩に行くみたいに。


キタキツネは自身にそんな縄が付けられているなど気が付かなかった。


「じゃあ、早速やってもらうから」


グイッと縄を引っ張る。


「あう...、首がっ...」


「早く来い!」


強い口調で言われ、渋々従った。


逃げ出そうにも、こんな縄で繋がれてるのでは、不可能だ。


連れてこられたのは、トイレだった。


「ここの掃除をしろ」


「えっ...、どうやって...?」


「舐めんだよ、便器を」


高圧的な態度でキタキツネに迫る。


「え...、でも...」


便器がどんなものくらいは知ってる。

だから、余計にそんな事はしたくない。


「早くやれっつってんだろ」


乱暴な口調で一喝すると、頭の髪の毛を掴み、顔面を無理やり洋式の便器にちかづける。その先は水。


「やめっ...!」




「ゴホッ...、ゴホッ...」


不快感が全身を襲った。

息継ぎする暇もなく、また。


「がハッ...、ガハ...」


「おいどうなんだ?掃除すんのか」


びしょびしょになった彼女に男はそう問い質した。


「ハァッ...やります...」


やりたくないけど、やらないと自分が死んじゃう。


それだけは嫌だ。


まだやってないゲームも沢山ある。


自ら顔を近付け、小さい舌で便器を舐め始めた。


気持ち悪くなるのを堪えながら。


「汚ねえなぁ。汚キツネだわ」


後ろから嘲笑う声が聞こえた。

自分がやらせたのに。




10分程やらされた後、次に連れてこられたのは、台所だった。


男は、冷蔵庫から幾つか瓶を出した。


「残飯処理だ。食べろ」


「...」


賞味期限切れ。

ラベルにカビが生えているジャム。

謎の異臭を放つ食品。


それらを床に置き、食べろと指示してきた。


男が縄を持った手を少し引っ張るような仕草を見せたので急いで食べる。

先程使った舌で。

涙を浮かべ、食べる。


美味しくない。まずい。


口の中に不快感が充満する。


トイレ掃除の記憶とあいまって、


「うぇっ...」


口から涎と共に、胃に1度入れたものを出してしまった。


(食べなきゃ...、食べなきゃ...)


精神が錯乱状態であった。

自分で出したものを再び舌で掬い取り、

食べる。


まずい。


またしても、男の乾いた笑い声が聞こえた。



やる事が終わると、壁に縄を結ばれた。


辛い仕事をさせられ、拘束される。

はぁ...、と重い息が出た。


一生このまま、この男に暴力まがいの事をされながら過ごすのか。


頭は不安でいっぱいだった。


夜になると、インターホンが鳴った。


男は玄関まで行き、すぐ戻ってきた。

何かをテーブルの上に置くと、縄を壁から外した。


「...えっ?」


「座れよ」


テーブルに手招きされる。

怪しさも感じるが、無視したら何か大変なことが起きそうな気がしたので座る。


男は、先程置いた物を取り出した。


美味しそうな匂いが漂う。


それは、トマトケチャップとトロリと溶けたチーズがトッピングされたピザだった。


黙々と男は食べはじめる。

キタキツネは唖然としてそれを見つめていた。


ピザが丁度半分になった所で


「食えよ」


と催促された。


「よく働いてくれただろ」


恐る恐る手を伸ばし、ピザを口にした。


おいしい。


我慢して不味いものを食べたかいがあった。


もしかしたら、一生懸命お掃除を頑張れば、いつかは、パークに戻れるかもしれない。一筋の希望が見えてきた。


それから、キタキツネは男の指示に従い、掃除に没頭した。


男が埃を食べろといえば食べ、

死んだ害虫を食べたりもした。


食べる必要は無いが、食べろと命令したからだ。


2ヶ月程経った。1日に1食しか貰えないが、死ぬ事は無かった。


ある日、男が言った。


「お前は、掃除を頑張ってくれてる。大助かりだよ。そこでだ。俺は君の頑張りを評価して、社会に貢献することをしようと思ったんだ」


男はそう言うと、キタキツネを外の庭に連れ出した。

小屋に入れと言われ、入る。


「なにするの...?」


「俺の友達が回収してきたこれを飲むんだよ」


確認しようとする前に男は無理矢理口に器の液体を流し込んだ。


「ふぐっ...!?」


突然の事で抵抗ができない。

その液体が喉を通る。


「あ゙あ゙っ、ゲホッ、ゲホッ」


激しく咳をする。気持ち悪い。

弱ったキタキツネの口に尚も無理矢理謎の液体を飲ませる。


まずいまずいまずい。


なにか紙のような物が下に触る。


意識が朦朧とし、手足が痙攣する。



「最高だなお前はっ!!

灰皿の掃除はみんなの役に立つんだ!」


男は高らかに笑った。

キタキツネはただ、心の中で、男が一瞬優しい人だなと思った瞬間をとてつもなく後悔した。

一緒にした晩餐は、一体なんだったのか。


息が苦しい。

手足の感覚がハッキリとしない。

何か、下の方が生暖かい。


もう一度、パークに戻りたかった。


希望の光が閉ざされた。


身体が内側から破壊されていくのを、感じた。


ギンギツネと...、もっと遊びたかった。


“ああ、コンティニュー出来ればいいのに”


心の中でそう思った。


見ず知らずの地で見ず知らずの男によって彼女は...。





魂の主を失った身体は全身、茶色い液体によって汚されていた。


「あー...、おもしれえ...」


男は一仕事終えると、前と同様に、穴を掘り、そこへ捨てた。




「今回はいい買い物をしたなぁー!

次は誰注文しよ」


心高ぶらせながら、家の中に入り、

パソコンを開く。次なる玩具を求めるのだった。

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