第4話
木の葉がすっかり散ってしまい、侘しさと寂しさが宿屋一帯を包んだ。木々の隙間を木枯らしが吹き抜け、ヒュウと鳴いた。枯葉は既に、土へと変わろうとしている。
猫達は身を寄せあって暖をとり、女将さんもまた、ストールを肩にかけていた。
「そろそろ雪が降りそうですわね」
窓の外を見ていた女将さんが呟いた時、宿屋の戸を開ける者がいた。
「あら、いらっしゃいませ。……随分と薄着ですのね、暖炉がありますから、暖まってくださいまし」
青年は着物に半纏を着ただけの、質素な服装だった。手荷物は三味線らしき大きな包みと、頑丈な木の杖だけだ。そして、胸に襷のような布の袋をかけている。
「あなたはここの関係者ですか」
青年は不安そうに言った。
「えぇ。私、この宿屋の経営をしておりますの。そして、所謂女将でもありますわ。寒くありません?こちらにソファがありますから、是非お掛けになって」
女将さんは腕を差しだし、青年を案内した。
「……すみません。お察しの通り、僕は目が見えません。門付けをして生きています」
青年は申し訳なさそうに言う。それを聞いて女将さんは悲しそうに眉を下げて、こう言った。
「謝る必要はありませんのに。あと、こういう時はお礼を言った方が良いですわね。目のことも、悪く思う必要はありませんわ」
青年は、
「それはわかっていますが、不安になるんです。 旅の途中、何度も誹謗にあったので」
と言い、俯いた。
「門付けと言ってましたわね。では、うちにも門付けをお願いしますわ。その為に来たのでしょう?ここは客室から遠いですし、音のことはお気になさらず」
青年は頷いた。
「もし対価として見合うのならば、宿を一晩お貸しください」
そして、三味線を手に取った。
調弦しながら青年は言う。
「南部俵つみ唄、僕はこれで生きてきました。お気に召すと、またひとつ生き延びれます。……では」
撥で弦を叩く。宿屋に音が響く。散歩から戻ってきたであろう人が、これは何だと立ち止まった。
青年の声がよく伸びる。
木枯らしが戸を揺らす音と、三味線の音が妙に噛み合った。寒さを感じさせない、軽やかな指使いだ。
この「南部俵つみ唄」は、出雲から俵を積みに億万長者の家へ行く。億万長者とはめでたいものだ、といった意味の唄である。
如何にも楽しそうに青年は唄う。女将さんも立ち聞き入っているお客さんも、思わず体を揺らす。猫達も、音の方へ顔を向ける。
もうすぐ先にある新春を、先取りしたような空間であった。
「……ありがとうございました」
青年を宿屋に迎え入れる為の拍手が、方々から飛んできた。女将さんは楽しそうに、満足そうに笑っていた。
「とても華やかな時間でしたわ、お客さん。客室にご案内しますから、その準備が出来たら声をかけてくださいまし」
他のお客さんも「楽しかった」「また聴きたいわ」と、迎え入れた。
青年から緊張の色が消え、彼は漸く笑顔を見せた。
「盲目で働くことの難しい方が門付けをすることは、珍しい事じゃありませんわ。生きることだけで精一杯な方も、まだまだいらっしゃいます。お客さんとは宿泊の契約を結びましたから、存分にこの旅館で羽を伸ばしていただきたいものです」
女将さんの表情は明るい。
「寒い中を歩いて旅をすることを考えますと、本当に過酷なのだと思います。でも、あんなにも心の奥まで染み込む三味線は、初めてでしたわ」
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