第5話

 街のあちこちで、羽子板を打つ子供の姿が見受けられ、家々の前には松飾りが並んでいる。宿泊客も初詣に出て人が少なくなり、宿屋は閑散としている。猫達は相も変わらず、日向ぼっこをしているが。

 女将さんは縁側に座り、賑やかな町並みを想像した。

「きっと晴れやかな人々の姿が、町を彩っているはずですわ。三賀日の間に、私もお参りに行けるかしら」

 宿屋は町の少し外れに位置しているため、音や声は聞こえてこない。正月らしさを感じることが出来ないため、一抹の寂しさを感じているのかもしれない。

 その時、お客さんが女将さんを呼んだ。

「すみません。娘の振袖の着付けを、手伝っていただけませんか」

 女将さんは嬉しそうに、

「是非、お手伝いさせてください。私、煌びやかに着飾った人々を見るのが、大好きですの」

 と言い、客室へと歩み出した。


「さぁ、これでお終いですわ」

 帯を型崩れしないように丁寧に結ぶと、少女は愛らしい笑みを浮かべた。赤地にカラフルなパッチワーク。柄も様々で、花々や鞠などの刺繍が施されていた。決して安くはない代物のはずだ。それは、細身の少女によく似合っていた。

「素敵な振袖ですわね」

 女将さんが、少女に言う。少女は頬を蒸気させた。喜びが抑えきれないらしく、袖を振りながら応える

「女将さん、ありがとうございます。お母さんからのお下がりなんです」

 そして、何年も大切にされた着物を身につけた少女とその母親は、神社への道を聞き、出かけた。


 女将さんは楽しそうに語る。

「着慣れた服を着ているとき、人は堂々としています。そして、お洒落をすると、生き生きとした表情が見られますわ。私は、女性がお化粧に時間をかけるのは、生き生きとした自分を見るためだと考えております。美しくなろうと努力を始めた時点で、その方は既に美しいのです」

 そういうからには、女将さんも、着飾ることが好きなのだろうか。

「当然、私もお洒落をすることが大好きですわ。お洋服も普及しつつありますし、着てみたい、手元に一着くらい欲しいと思ったりしますわ。でも、この姿で昔からお手伝いをしておりますから、こちらの方が堂々とできると思いますの。不安そうな女将なんて、お客さんは見ていられないでしょうから」

 宿屋を経営するということは、女将さんにとっても重圧なのかもしれない。いつも笑顔で働いていても。だからこその「堂々」という言葉だとしたら、なんとも深く、含蓄のある考えだ。それでもつい、女将さんをタフに見てしまうが。

「今は、この宿屋を最も美しい状態に保つことが、何より楽しいですわ。これも立派なお洒落ですし、宿屋が生き生きとしているところを、もっと見たいですから」

 女将さんが、心から宿屋を愛していることが伝わってきた。皆に愛される宿屋として三代も続いてきた秘訣が、少しわかった気がする。

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