第2話
次第に木々の葉が赤や黄に色づいてきた。よく冷えた風が、太陽に照らされて温かくなった石畳の上を滑る。
季節の変わり目としては些か遅い気もするが、それでも日中と夜間の気温差はある。その折、宿泊客が高熱を出した。
そのお客さんは八歳の少女であった。咳が酷く、食事も喉を通らないとのことだ。
母親は早くに夫を亡くし、一人で少女を育てていたものだから、金銭的に余裕が無い。親戚に会うためにこの街に来て、宿屋を利用する運びとなったのだが、宿泊費を捻出するので精一杯だったらしい。あとは自分達の村へ帰るだけという時に、娘が高熱を出してしまったのだ。
「このままでは村へ帰れません。娘を背負って帰る力はありませんし、娘に歩かせることも酷です。どうか、倉庫でも構いませんから、雨風を凌げる場所をお借りできませんでしょうか」
そんな話を聞いて放っておける女将さんでもなく、
「お部屋なら空いておりますし、倉庫なんて身体を冷やしてしまいます。もう一晩泊まって行きなさいな」
と、言葉を返した。
「ああ……ありがとうございます。無償というのは気が引けますから、何かお手伝い出来ることはありますでしょうか」
「そうねぇ。それなら、お願いしようかしら」
女将さんは母親にこう頼んだ。
「娘さんの看病をしてくださらない?お客さんを放ってはおけませんが、しなくてはならない仕事もありますから。あなたなら、適任ですもの」
母親は深々と頭を下げた。
夕焼け空に烏の影が浮かぶ頃、女将さんが母親のいる客室を訪れた。
「娘さんの様子は如何かしら。奥さんに渡したい物があって参りましたの」
そう言って懐から小包みを出し、母親にそっと耳打ちをした。
「金平糖よ。これを薬と言って娘さんに与えなさいな。プラセボでもないよりましよ」
「そんな、高価なものではありませんか」
砂糖が高価とされていた時代であるから、金平糖は更に高級品。母親が遠慮するのも仕方ないが、女将さんは半ば無理やり握らせた。
「お医者さんを呼ぶことができませんでしたから、そのお詫びと思ってくださいな。お見舞いでありお節介ですから、お気になさらず」
小包みがなくなり空いた手で、口元を隠して笑った。
そのような接待をして宿屋の経済は回っているのか疑問である。
「接待ではなく、こちらの思いやりよ。お節介と言い換えてもいいわね。お客様ではなくお客さんと言うのにも、理由がありますの。私が友人のように接しているから、という都合よ。それから、経済に関しては全く心配ありません。私、結構やり手ですのよ?」
女将さんは余裕そうな笑みを浮かべた。
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