第4話 パーティナイト・上


「あら、ゼフ」


 ボルク導師の教室から出たところを聞き覚えのある声が呼び止めた。


 振り返ると、少女が廊下の壁に寄りかかっている。銀髪の髪のおさげが光を浴びて輪郭を淡く消しながら、美しく輝いていた。


「待ち伏せかい、ハドエ」


 俺の双子の妹、ハドエだ。挑戦的な翡翠色の眼差しでにっこり笑った。


「まさか。私はハルゼルフに用があって来たんだけど知らない?」


「誰だそれ」


 ハドエは首を傾げる。知っていると思っていたと言いたげだ。俺が覚えていない名前、つまり男なんだろうなという推測はついた。はて、誰だっただろう。


「お父さんの弟、ハインゼ叔父様の長男よ。今日パーティに誘われたでしょう、ハルゼルフのバースデーパーティ」


 今日誘われていたパーティは身内のものだったか。俺たちの父の弟の息子、つまり従兄弟にあたるのが、ハルゼルフ・シーラである。しかし俺たちは従兄弟とは言わない、正確には認めていないというのが正しい。

 エセン家の者が誰でもエセン特有のを受け継ぐわけではない。兄弟の中で受け継ぐ者と受け継がない者が出てくる。叔父のハインゼは受け継がない者であり、そういったエセンは成人したらエセン家から外されシーラ(支援者)と名乗るようになるのだ。

 シーラはエセンではないから、エセン家の敷居を跨ぐことは出来ないし、家族とはみなされないが、祓魔師としてはその2つの組織で仕事をすることが多い。エセンは血統上、魔法使いや同業者の祓魔師からも狙われることが多いので、エセンと業界のパイプ役としてシーラが抜擢されるのだ。


 だからこうしてパーティに誘ったり、シーラたちは俺たちとの交流を欠かさない。俺たちエセンは、シーラの安全地帯のもとでしか社交の場に顔を出すことが出来ないのだ。

 もちろん今までもパーティに行ったことはあるが全てシーラ主催のものである。今回もまたその1つだ。

 しかし、ハルゼルフのバースデーパーティなんて初めて呼ばれるぞ。


「ああ、えっと覚えているよ。真っ白なクマちゃんみたいな奴だったよね確か」


 まあ失礼ねとにやけながらハドエは俺を小突く。

 ハルゼルフは低身長で恰幅の良い身体つきをしていて、おまけに肌も髪も白い。体毛も濃いので、夏場の半袖姿の彼はシロクマそのものなのだ。ハドエにつられて笑いながら、話を戻す。


「で、また何でハルゼルフに用?」


「決まってるでしょう、何でアドエンは招待されていないか、問い詰めるのよ」


「アドエン?何で」


 ハドエは太い銀色の眉を歪めながら、声のボリュームを抑えた。


「兄貴、契約魔法のこと忘れてないわよね?パーティの間、あの子をずっと1人で外に待たせとく気?」


 忘れてた。思わず手で口元を覆う。

「忘れてない」

「ばかね」


 嘘をつかなくてもバレていた。

 いや、確かに。シーラと言っても名だたる家系の貴族様々だ。ハルゼルフ・シーラ家には行ったことがないけど、きっと立派で大きなサロンを所有のはずだ。300メートルの範囲内ならば、ハルゼルフの敷地内にいた方が安全だ。

 そもそも、エセン家の内情を知るシーラが何故アドエンを招待しない?


「あら、アドエン」

「やあ、ハドエ」


 肩越しに挨拶が飛び交う。振り返ればローブの上からショルダーバッグを斜めがけ、帰る仕度を整えたアドエンが教室から出るところだった。


「教室にハルゼルフはいる?」

 ハドエがすかさず尋ねると、アドエンは身を捻らせ教室を覗き込む。そして首を横に振った。


「いないな」

「残念、また探さないと」

「ハルゼルフに何か用?」


 ハドエは目をぱちくりさせて答える。


「あなたもゼフと同じ事聞くのね。今日ハルゼルフのパーティだって聞いてない?聡いあなたならわかるでしょう」


 アドエンは苦虫を噛み潰したような顔を俺に向けてきた。ああ、その表情1つで俺への罵詈雑言が10も予測出来るよ。

 アドエンは手を顔で覆いながら静かに言った。


「エセン家のお祭りに呼ばれないのは当たり前だが、わたしとお前は事情が違うからな……」


「そうよ、確かにあなたの家系はエセンとは真逆かもしれないけど、私たちの方が優先度は高いのよ。しかもエセンを招くのならその事情くらい知ってるはずよ!アドエンを招かないのは失礼に当たると思うの」


 アドエンは、小さく微笑みながらありがとうと礼を言った。


 アドエンはまじない師の家だ。術師と言われる括りとなるこの家系は魔法使いと根本的に違う。特にまじないは悪魔や神聖な物の手を借りて成就することが多い。悪魔を退治対象とする祓魔師にとっては良くない共存体なのだ。

 だからアドエンは祓魔師一族であるエセンやシーラの中では常にアウェーだし、契約魔法さえなければ、この奇妙な関係は続いていなかっただろう。


「まあ、パーティに行かない選択肢なんてないんだ、俺たちエセンだからな。一緒に探すよハドエ」


「ええ、ハルゼルフを探しましょう」


「おれをお探しかなミスエセン」


 ぬっとハドエの肩越しから白い顔が現れたので、ぎょっとした。噂をすればという奴か。ハルゼルフだ。ハドエはヒッと小さく悲鳴をあげながら、すかさず翻って俺の横まで後退った。

 ハドエと同じくらいの、160センチもいかない低身長がのっそりと遠退くハドエに近づく。ふわふわの白い髪を七三分けし、太く吊り上がった眉が狭いおでこを更に狭くしていた。翡翠色のタレ目を細めながら、ハドエに挨拶をと、手の甲にキスしようと屈んだので、慌ててハドエは本題を切り出した。


「ご機嫌よう、ハルゼルフ。今夜のパーティお誘いありがとう。とても楽しみなんだけど、私の友達も呼んでいいかしら」


 おやまた随分と下手に出たな。

 ハルゼルフは体を起こして笑顔で頷いた。


「もちろん、君の友人なら誰でもオーケー」

「ありがとう、アドエンなんだけど」

「アドエン?」


 やはりアドエンの名前を聞いたハルゼルフは声音を低くした。よろしくないようだ。

 さっとハルゼルフはハドエの後ろのアドエンを見つけ、フンと鼻で笑い一瞥した。


「悪魔の手下がまだエセンとつるむのか、アドエン。真名を名乗らない詐欺師め。どうせそのうちエセンの血を乗っ取って皆殺しにするんじゃないのか。悪魔がエセンの敷地に入るようなもんだぞ、おれは呼んでない」


 ハドエが何か言う前にアドエンは地雷を踏む。


「貴様はエセンではない」


 双子はきっと心の中で同時にため息を吐いたに違いない。シーラにそれは厳禁だろう。案の定、ハルゼルフは青筋を立てて鬼の形相でアドエンを睨む。鋭いその翡翠色の目線だけで人を殺せそうだ。

 だが、ハルゼルフは手も口も出さなかった。ただアドエンを睨みながらこう言い放った。


「ゼフを招待してるのだから、もちろん彼も呼べばいい。きっとゼフの招待状で認可されるはずさ、ではまた今夜」


 そういい残してハルゼルフはあっさり去っていってしまった。ハルゼルフとはあまり関わったことがないから確かなことは言えないけど、もっと怒りで爆発するタイプだと思っていた。なんだか今の対応は意外だ。言動の限りではシーラとしての劣等感はとても感じられたのに、正論を突き付けられたくらいで、さっと引っ込むような奴だったのだろうか。しかもアドエンだぞ、俺だったら殴ってる。


 ハドエはくるりと後ろを向いてアドエンに突っかかった。


「ダメだよ!シーラにそんなこと言っちゃ!ハルゼルフは特に劣等感を抱いてるはずよ……蜂の巣を突っつくようなこと言っちゃダメ」


 そうだよなあ、ハドエすらハルゼルフの劣等感を感じてる。やっぱりあのあっさりとした引き下がり方は気になる。


「すまない、つい、言葉に出てしまって」


 アドエンが肩を小さく縮めて萎縮している。ハドエには弱いアドエンの姿は微笑ましい。いつも俺に対して高圧的な態度が、ハドエによって崩れてしまうのは実に滑稽だ。意外とハドエとお似合いかもしれないなと思いながら、近づいて2人の肩を抱き寄せた。


「まあまあ、今夜の準備を始めようか」

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