第163話
ヴィエンスはグリーングリーンニュンパイのコックピット内部にて、俯いていた。
崇人に真実を告げて良いものか、悩んでいたからだ。
もちろん今の目的はそんなことではなく、マーズを断頭台から救出することだ。恐らく崇人もそう考えているに違いない。
(レーヴのリーダーが何を考えているのかは、はっきり言って未知数になるが……。わざわざ何機もリリーファーを出動させたところを見ると、やはりマーズの救出となるだろう)
しかし、ヴィエンスには疑問があった。
それは、どうしてレーヴが彼女を救うのか? ということだ。レーヴの目的は(少なくともヴィエンスたちについては)全く情報が入っていない。だから、マーズを狙う意図が全く掴めないのである。
掴めないからこそ、解らない。何がしたいのか解らないのだ。
「全くもって理解出来ない……。どうしてこんなことになってしまったんだ? 世界が変わってしまって……それだけじゃない、皆も変わってしまった。どうしてこんなことになったんだろうなぁ……」
ヴィエンスは言うだけだった。具体的にそれをどうにかする案が浮かばなかったからだ。
「タカト……お前はいったいどんな『意志』を持っているんだ……?」
ヴィエンスの問いは、彼の耳まで届くことは無かった。
マーズはそれを眺めるだけだった。参加したくても参加出来ないことが苦痛で仕方なかった。
どうして自分はこのようなことになってしまったのだろうか、マーズは考える。
元はと言えば、十年以上前マーズとタカトが出会い、彼にインフィニティへ乗るように指示したのが始まりだった。その頃未だ彼女はインフィニティの起動従士が発見されたという案件についての事の重大性を理解していなかった。
インフィニティによる被害を、未だ彼女は見くびっていた。
「これが……この世界最強のリリーファーの力」
「果たして、それは未だ続いているものだと言えるのか?」
兵士が嘲笑しながら彼女に訊ねた。
「ええ。最強はインフィニティ。これは揺らがないでしょうね。たとえ、世代が幾つ増えていったとしても……それが変わることは無い!」
マーズの切った啖呵に思わず笑いが零れる兵士。
「いやあ……面白い話だったからつい笑いが込み上げてきてしまってね。別に君の話がつまらなかった訳ではないということは否定しておくよ」
「つまりあなたは、はじめからまともに話を聞く気なんて無い、と」
「そりゃそうでしょう。一介の兵士がそんな話を聞いている……そして感想を述べる。普通に考えるならばそちらの方がおかしな話だ。そうとは思えませんか? まぁ、あなたはそんな幻想を抱いたままらしいですが……」
「あなた……いったい何者?」
「僕が誰かを言ったら、話がつまらなくなるだろう? ……でも、ヒントだけなら与えてもいいかもね。たった一回だけだから、良く聞くといいよ」
「いいからさっさと話しなさい……!」
「おお、怖い。話すと言っているだろう? それとも君は人の話も聞くことが出来ないのかい。それじゃ、ヒントだ」
彼は再び剣を構える。
「君が子供を作ることとなった原因……知っているかい?」
見当違いのことを言い出したので、マーズは目を丸くしてしまった。
兵士の話は続く。
「確かあれは『誰か』が君に細工をしたからだ。発情させ、興奮させ、タカトと『行動』に至った。だが、君は気付かなかったんだよ。その時に何があったのか、ってことの本当の意味に」
「本当の……意味?」
マーズは何があったかを思い出そうとする。
だが、曖昧なその記憶は断片的にしか思い出すことが出来なかった。
それを予測していたのか、兵士は舌なめずりを一つ。
「誰かから聞いたことは無いかい? 『バンダースナッチ』とは単数ではなく複数個体の総称である、と。そして君にバンダースナッチの魂を埋め込んだことを」
マーズは思い出せなかった。
もしかしたらその記憶は、あまり残らないように細工がされていたのかもしれない。
「バンダースナッチの魂には器が必要だ。だがその器には成熟しきった身体よりもこれから成長する身体のほうがいい。長く続ければ受け入れやすくなるのは当然のことだからね」
「あなたは……いったい何が言いたいの!? 十年前……私の身体に何かしたというの!?」
「ああ、そうだよ」
あっさりと兵士は肯定する。
「十年前、『器』が成就することを祈って、魂を入れ込んだ。すると面白いことに、その魂は二つに分かれた。そんなことは、今まで有り得なかったというのに! 人間の神秘とは、斯くも美しいものだよ。そうだとは思わないかい?」
マーズは何も答えない。
兵士はそんなマーズを余所目に、真実を告げる。
「……はっきりと言ってしまおう。君はダイモスとハルを君とタカトの子供だと認識しているのかもしれないが、それは半分間違っている。正確には僕の子供だよ。そもそも、僕たちには『子供』という概念が無いから、人間に合わせてそうカテゴライズするしか無いのだがね」
彼女にとっての常識が、音を立てて崩れていく。
ダイモスとハルが、彼女の子供では無い――それだけ、その真実を聞いただけで、彼女は何も出来なかった。
兵士の話は続く。
「どうした、どうしたのかな? 僕が言ったことがそれほどまでに胸を痛めたのかい? 謝罪はしないよ。するわけがないだろう?」
「ええ……。それくらい解る」
兵士が謝罪をするはずがない。
なぜならそこに立っている人間は――。
「正確に言えば人間ではないのだけれどね。『久しぶり』、マーズ・リッペンバー?」
「帽子屋……!」
シリーズ、帽子屋が立っていた。
◇◇◇
崇人とヴィエンスの攻防は続いていた。
それだけでは無い。崇人が率いるレーヴ軍とヴィエンスが率いるハリー騎士団とで大きな争いと化してしまった。
だが、その争いは誰が見ても新式リリーファーを所有している――レーヴの方が優勢だった。
「どういうことだ、これは!」
フィアットは我慢できなくなったのか、激昂する。
「どうなさいましたか。これも計画のうち、なのでは?」
「そんなはずがあるか! これは……これは違う! こんなことにはならないはずだった! クソッ! 早く、早く、処刑すればいいものを!」
フィアットは柄にもなく叫んだ。
見つめながら、クライムはフィアットの肩を小さくたたいた。
「大丈夫です。何の問題もありません。これからではありませんか。まだまだ時間はあります。今はあちらが有利かもしれませんが、このままいけばハリー騎士団もレーヴも力を使い果たすでしょう。そのタイミングを狙うのです」
「タイミングを……成る程。それはそうだな」
フィアットはすぐに微笑む。それを見て一息吐くクライム。
かつてこのようなことがあった時、コントロールが出来ず、フィアットが暴走したことがあった。
そのことを教訓に、現在はすぐにコントロールできるようになった。
悪い言い方をすれば洗脳そのものだが、間違ってもそれは洗脳では無い。
マインドコントロールとでも言えばいいだろうか。その類に近いものをクライムは行っている。
それは悪いことではない。彼にとって正しいことであると、実感している。
「さあ、行いましょう。あなたの信じる道をそのまま進めばいいのです。あと僅かなのでしょう? ならば、猶更頑張るしかありませんよ」
クライムの言葉に何度も頷くフィアット。
そして、フィアットは再び場を眺める。
◇◇◇
「そう、覚えていてくれたんだね? 十年以上前のことだったのに。それとも、あの『行為』はあれ程までに扇情的であったのかな?」
「五月蠅い、帽子屋。あなたがここに居るということは、この世界をどうにかするつもりなのでしょう。そのために、インフィニティを使う」
「……そこまで知っているのかい。幾らなんでも、早すぎたね。僕としてはもう少し時間がかかるものだと思っていたけれど」
「人間、嘗めるんじゃないわよ」
「別に僕は嘗めてなどいないよ? むしろ称賛したいくらいだ。けれど、今の状況ははっきり言っていい状況とは言えないねえ。考えてもみれば解る話だが、この状況から逃れられるにはどうすればいい? ハリー騎士団とレーヴが死んでいけばいいことだ。だが、それによってあいつらが思っている方向に物語は進んでいく。そいつはいけ好かない」
帽子屋は早口で捲し立てるようにそう言った。
だがマーズにはその言葉の半分も理解できなかった。
「あ、あの……つまり、どういうこと? シリーズ以外にも、この世界を引っ掻き回そうとしている存在が居るということ?」
「面倒だが、仕方あるまい。絶望して、死んでくれ」
そして――マーズの首が切り落とされた。
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