第162話

 ヴィエンスの乗り込むグリーングリーンニュンパイは広場を一望するように屹立していた。ニュンパイは現世代である第六世代に比べれば性能は劣る。しかしながら、リリーファーが殆ど存在しない現状では、これでも無いよりはマシの部類に入る。


「どうやら、あっという間に終わる……と思うのだがね」


 ヴィエンスはそう言いながらも油断はしない。かつてそれをした結果、窮地に立たされたことが何度もあった。慢心はしてはならない――それが彼の一番の言葉ともいえるだろう。


「さて、それじゃ……急いでマーズを救うことにしましょうかね」


 そしてグリーングリーンニュンパイは一歩踏み出した。


『――残念ながら、そう簡単にこちらも奪われては困るのだよ、ヴィエンス・ゲーニックくん?』


 声が聞こえた。

 それと同時に左半身に熱光線が当たる。


「ぐあああああ……! 敵、やはりね!」


 ヴィエンスはこの事態を想定していた。それどころか、リリーファーが警備していることはすでにメリアから入手済みである。彼女の協力さえなければここまでリリーファーを運ぶことも出来なかっただろう。

 ヴィエンスはそちらを見る。

 そこに立っていたのは――凡てを黒に包んだ、球体。正確に言えば、球体に手足がついている。まるでヒヨコが卵の殻から手足を伸ばしたかのような、そんな感じだった。


『ああ、これに驚いているようだね? 漸く実戦投入することの出来る段階まで到達したからね。少しは試しておかねばならない。クーリングオフよろしく、試用期間は大事だ。そうだろう?』


 乗り込んでいたのは、見知らぬ人間だった。

 しかし、高圧的な態度はフィアットを想起させる。


「あんたが誰だか知らないが……こっちは人を救わねばならない。彼女は大事な存在だ。ハリー騎士団としても、そして、いつか『アイツ』が帰ってきたときに備えて、彼女はここに居てもらわないと困るんだよ!」


 コイルガンにエネルギーを装填するヴィエンス。

 徹底抗戦の構えだ。

 黒のリリーファーは動かない。


『……実戦投入の耐久テストをしても構わないだろうね。計算上ならばインフィニティの攻撃にも五十五秒までなら耐えうることが出来るらしいが。このリリーファー「ヤタガラス」のテストになることを、誇りに思うがいい』

「吠えていろ」


 そして。

 ヴィエンスは『ヤタガラス』に向けてコイルガンを撃ち放った。

 ニュンパイに標準搭載されたコイルガンは他のリリーファーに比べると性能が劣るものの、充分実戦に耐えうるものとなっている。

 インフィニティの攻撃でも一分は耐える――そんなリリーファーが開発されたことなんて聞いたことも無い。そんなものは嘘っぱちだ。インフィニティの攻撃にそんな長時間耐えるリリーファーがあるはずがない。

 ヴィエンスの見解はそうだった。

 しかし、それは大きな間違いだった。


『……今、君はコイルガンを使って攻撃したのかい?』


 問われて、ヴィエンスは何も言えなかった。未だ現実を飲み込めていないのだ。

 それを理解しているからこそ、敵は言った。確認した。今の攻撃はコイルガンによるものなのか、と。

 そこにあったのは、傷一つついていないヤタガラスだった。




「はっはぁ! やってやったぞ! ヴィエンスがどんな表情を浮かべているのか容易に想像が出来る! 一言で言えば絶望だ、絶望に満ちた表情をしていることだろう!!」


 フィアットは高台からそれを見て、高らかに笑っていた。

 クライムは静かにただ微笑むだけで、彼の背後に立っていた。


「……しかし、あれほどまでに高性能なリリーファーを開発していたとは、まったく知りませんでした」

「騙すなら先ずは味方から……とは聞いたことがあるだろう? それを実践しただけだ」


 クライムは再び頷く。


「……しかし、まさかここまでの成果を弾き出すことが出来たとは。これは素晴らしいことだぞ……。すぐに量産態勢に入らねば」

「量産……出来たとしても人が足りません。リリーファーに乗って戦う、起動従士の存在が」

「何を言っている、クライム? ……無いなら作ってしまえばいいのだよ、適性を持った存在を!」


 適性を持った存在。

 それは即ち、起動従士のことそのものを意味していた。


「起動従士を量産など、可能なのでしょうか」

「簡単だ。ちょっと脳を弄くってやればいい。それだけで起動従士に必要な要素は満足される。……人間とは本当に単純な生き物だ。だが、それがいい。実に素晴らしい」


 フィアットは笑っていた。この世のものとは思えない、歪んだ表情だった。


「……どうした。まるで僕が普段と違う、別人のように思っているのかい? だとしたら、それは不正解。掠りもしていないよ。正解は、元々僕はこういう存在だった……ということだよ」

「そのようなことは……」

「無い、と言いたいのかい。お人好しだね、クライムは。本当にお人好しだ。だが、それはいつか身を滅ぼすだろう。僕の正体を知れば、もう君は戻ってはこられない。ただの執事だった君が、関係者になるのだから」


 クライムは何も言えなかった。

 自分の現状を、フィアットの真実を理解したくなかったのだ。自分のやってきたこと凡てが崩れ去ってしまうような気がしたからだ。


「……解った。ならば、選択の自由を君に与えよう。僕の真実を知りたいか、知りたくないか。二択だ。答えなんて全く無い。どれが正しいだなんて誰が選んでも変わらない。ならば、自分の力に信じるのもいいとは思わないか?」

「私は……」


 クライムは考える。何時もならば直ぐに了承していた。

 しかし事態が事態である。ここでどのような選択をすれば良いか――恐らく選択次第では死ぬことも考えられる。

 クライムは冷や汗をかいていた。いつも冷静を欠いたことの無いクライムにとって、それは経験したことの無い『異常事態』だった。


「……さぁ、選びたまえ。君は一体どちらを選択する? 僕の真実を聞いて受け入れるか、聞かないで真実を闇に葬り去るか。答えは決まってると思うがね」

「私は……真実を受け入れます」


 軍門に下る。

 その選択を決断したのは、まさに苦渋の決断と言えるものだった。

 それを聞いてフィアットの表情が歪む。笑顔でも怒りでも憎しみでも苦しみでもない、まったく新しい表情。


「ならば教えてあげよう。僕の名前は『フィアット』だ。しかし人間ではない。チャプターという、まったく新しい概念だよ。人間の進化の可能性、と言ったほうがいいかもしれないがね」




「……ったく、何なんだ! あのリリーファーは……! まるで、化け物じゃねえかっ」


 グリーングリーンニュンパイ、コックピット内部。

 ヴィエンスは目の前に屹立しているリリーファー、ヤタガラスを見て何も出来なかった。

 黒を基調としたカラーリングであり、グリーングリーンニュンパイに比べれば大きさは一回り小さい。たったそれだけにもかかわらず、性能差は圧倒的だった。


『もう降参ですか? まぁ、国家を変えようとする反逆者の一団ならば、それすらも認めませんけれどね!! そもそも、あなた独りで何が出来ると!? 古いリリーファーにしか乗れない老害が、何を言ってやがるんですかね!!』

『独り……だって?』


 背後から、声が聞こえた。

 ヤタガラスの背後には、いつの間にか二機のリリーファー――ブルースとリズムが立っていた。


「いつ、俺たちが独りだって言った? ハリー騎士団はマーズが捕まった時点で、いいや、その前も!! 団結して動いていたんだよ!! マーズを救うために、俺たちはさらに団結した……!」


 そして、ヤタガラスに二機分のエネルギーが込められたコイルガンが放たれる――。




 ヤタガラスが倒れていく。

 それは人々にとって、新たな時代の幕開けを予感させるものでもあった。


「ヤタガラス……リリーファーが……国のリリーファーが、倒されていく!」


 処刑が途中で中断されているマーズはその光景に向かって叫んだ。

 直ぐに兵士が彼女の身体を激しく揺らす。強制的に言葉を止めるためだ。


「ダメ……。ヤタガラスはそんな簡単に倒せる相手じゃない……!」


 マーズは知っていた。

 ヤタガラスは、リリーファーの中でも最強クラスであり、その存在が隠されていたということを。

 ヤタガラスが秘密裏に開発されていたことと、起動従士を人工に開発しようとしていたこと――これら両方、彼女は知っていた。知っていたからこそ、その場から逃げたくなかった。インフィニティに頼ろうと思っていた。

 だが、それが裏目に出た。


「こうやって邪魔者を排除していったのかしらね。あのフィアットという奴は」

「処刑を執行する」


 兵士は漸く断頭台に彼女を運び込んだ。後は兵士の持つ剣で首を分断させるだけとなった。

 彼女は目を瞑り、その時を待つ。受け入れた、ということになる。


『駄目だ、マーズ。未だ諦めるんじゃない!!』


 スピーカーを通してヴィエンスの声が聞こえる。

 マーズは顔を上げ、グリーングリーンニュンパイの方を見つめた。

 ヴィエンスの笑顔が、見えたような気がした。


『お前は未だ生きていなくちゃいけないんだ!! 世界はどうした、タカトはどうした! お前がここで死んだら……俺はあいつに会わせる顔が無いんだよ!』

「タカト……、そうね。彼にも悪いことをしてしまったわ。私は彼に会わせる顔なんて……」

『マーズ、何を言っているんだ。お前は母親だろう!? そんなことを言って、子供を遺してお前は死ねるのかよ!?』


 ヤタガラスはゆっくりと起き上がる。

 ヴィエンスは舌打ちして、再びコイルガンにて攻撃を開始する。


「私だって……私だって、死にたくないわよ……。ダイモスとハルと、楽しい思い出をたくさん残していきたいわよ……!」


 マーズの目から、ポロポロ涙が零れ落ちていく。

 涙が溢れて止まらなかった。


「泣いても叫んでも結果は変わらない。……マーズ・リッペンバー、お前はここで死ぬ」


 マーズを断頭台に抑えつけ、兵士は剣を構えた。

 一度、兵士は刀身をマーズの首に当てる。ひやり、と冷たい感触が彼女の首筋を走った。


「これで終わりだよ。足掻いても無駄だ」


 そして、兵士はマーズの首目掛けてその剣を振り下ろした――。


『そんなこと、させるか』


 その時だった。

 低く落ち着いた声と、唸るような大地の振動があったのは、ちょうど同時のことだった。

 断頭台の後ろに、一機のリリーファーが立っていた。

 そのリリーファーを見たことの無い人間など、誰も居ないだろう。


「インフィニティ……、とうとうやってきたか!」


 フィアットはそのリリーファーの名前を言って、ニヤリと微笑んだ。

 インフィニティ。

 かつては最強と謳われた、伝説のリリーファー。その火力も、エネルギーも、計り知れない。

 それが今、目の前に君臨していた。


「……マーズを餌にすれば、必ずや訪れると思っていたよ。人間はこういう感情に甘いからねぇ」


 フィアットは愉悦の笑みを浮かべる。自分が望んだ展開になったこと――それが恐ろしく、そして嬉しかった。

 クライムは背後にただ佇んでいた。


『……マーズ、無事か?』


 崇人の問いにマーズは大きく頷く。

 マーズの隣に居た、首を分断しようとしていた兵士は、インフィニティを警戒している。

 警戒、とは言っても相手はリリーファーだ。勝ち目など、万に一つも存在しないだろう。体格差、兵力差、火力差……様々なことで人間は劣っている。

 それ程までに、人間の戦争はリリーファーに頼りきりになってしまったのだ。


『一先ず、敵を倒す必要があるな……』

『おい、タカト』


 崇人が制御を再開しようとしたタイミングで、声をかけられた。

 その声はグリーングリーンニュンパイに乗り込むヴィエンスからだった。


『やぁ、ヴィエンス。……本当に久し振りだな。特にこうやって二人ともリリーファーに乗っている姿というのは』

『乗るな、と警告されていたんじゃないのか』


 再会を喜ぶよりも。

 彼はそれを気にしていた。


『……今、僕はレーヴの人間だからね。あちらの命令に従っただけだよ。あちらもこちらもインフィニティの力を求めていた。こっちはインフィニティだけを求めていたが……、あっちは僕自身も必要とされていた。だから、レーヴに着いた』

『こちらが仮にお前に乗って欲しいと言ったのならば、こちらについたというのか?』

『あぁ、そうだよ。その通りだよ。実際問題、僕は君たちに否定された。拒絶された、と言ってもいいかもしれないね。その状況下で君たちに協力しよう、なんてそんな虫のいい話があるか?』


 ヴィエンスは何も言えなかった。

 そもそも当時の国の見解として、崇人は危険分子として扱われていたため、あのままの状態ならばリリーファーに乗ることは愚か自由に生活することも出来なかっただろう。


『グリーングリーンニュンパイのような旧式のリリーファーは今や少なくなってしまった、と聞いた。理由は判明している。あの災害によってリリーファーの意義が見直され始めたからだ。リリーファーは平和のために本当に必要なのか、そう思われたとも聞いている』

『どこでそれを……、いや、言わなくても何となくだが理解した。レーヴか。レーヴがそんな法螺を吹いたんだ』

『法螺を吹いた、と言える証拠はどこにあるんだ? 現に旧式は廃れているじゃないか。このまま放置しても崩壊の一途を辿るのみだぞ』

『……確かにお前の言葉が間違っているなんて、声を大にして言うことは出来やしない。俺たちはただ国がこうしろと言われたことについて、イエスと答えているだけだよ』

『ヴィエンス……どうしてだ! 少なくとも十年前の君はそうでは無かったはずだ!』


 ヴィエンスは何も答えない。

 崇人の話は続く。


『なぁ……、答えてくれよ。どうしてお前は変わってしまったんだ?』

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