第123話
次の日。
全国起動従士選抜選考大会は、第一回戦を迎えた。
一回戦……とはいうものの、実際には大会システムが変更されたことにより、トーナメント形式ではない。
「一回戦の競技は……キュービック・ガンナーだな。この前言ったとおりのルールだ。解っているな?」
崇人の言葉に、メンバーは頷く。
彼らに聞かずとも、もうルールは頭に入っているのだ。だから、何を言わずともよかった。
「よし……それじゃ、頑張ってこい。これから始まるのはお前たちが主役の戦いだ。何が起こるかは解らない。だが、対処するのはお前たち自身だ。しかしそれはあくまでも大会の範疇におけることに関して、だがな。それ以外に関しては俺やマーズがいる。いいか? 全力で勝ってこい!!」
その言葉にメンバー全員、大きく頷いた。
「何というか、変わったね。彼女たち」
「おっ、マーズ。体調は大丈夫なのか? お前があれほど体調が悪いって言うから代わりに担当しているんだぞ。だったら、マーズが復活したということを報告しておこうか?」
「いいや、まだちょっと本調子じゃないね……。申し訳ないけど、もう少しだけリーダーの仕事やってもらえる?」
マーズに言われて、崇人は小さく溜息を吐く。
「……まあ、別に大丈夫だが……。ほんとうに大丈夫か? 病院とか行かなくても問題ないか?」
「大丈夫よ。少し休めば多分治るわ」
崇人はそれを聞いて、壁にかけられた時計を見た。
「……昼休憩の時には戻ってくるよ。それまでゆっくり休んでいてくれ」
「ありがと……」
そして崇人は部屋を後にした。
マーズは誰も居なくなった部屋でひとり、考えていた。
自分に突然起きた異変。これはいったいなんだというのか。つい少し前までは健康体だったというのに。
「ほんと……困っちゃうね……。なんでこんなことになっちゃうんだろう」
マーズはそう言って、身体を丸める。今まで自分は特になにも問題がなかったというのに、どうしてこうなったというのか――マーズの頭の中では疑問でいっぱいだったのだ。
でも、それを問える人間など誰ひとりとしていなかった。メリアですら最近は忙しいからという理由でまともに取り合ってくれない。まあ、それに関しては今まで彼女がいろんな差し出がましいことをしたからというおまけつきではあるが。
しかしながら彼女も、何の考えも至っていないというわけではなく、いくつかの仮定を導いていたのだ。
それを確かめるためには――。
「やっぱり検査が必要……なのかもね」
でも今の彼女は動きたくなかった。出来ることならここから動くことをせずに、ただぼうっとしていたかった。
とりあえず、先ずは一眠りしよう。
そう思った彼女は――微睡みの中へと落ちていった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
ところ変わって、会場。
第一回戦であるキュービックガンナーが開始されようとしていた。
昨日まで広がっていたコロシアムのだだっ広い土地の真ん中には、白い立方体が置かれていた。それこそリリーファーがすっぽりと入ってしまうくらい大きなものだ。
「ここに入って競技をするってわけか……。なんというか、今年は初めてだから大変だよなあ……」
崇人は立方体を眺めながら呟く。
「立方体のステージ……ってことは、中身はなにもないがらんどうの状態、ってことですよね。ということは隠れ蓑が全くない状態とも言えますよね」
シルヴィアの言葉に崇人は頷く。
シルヴィアの状態分析は完璧だった。立方体に一度入れば出ることは許されない。出口は封印され、どちらかが勝つまで出ることが出来ないからだ。
「……そう。だからこそ難しい。それでいて高いテクニックを要求される……。それがキュービック・ガンナーの肝だな」
まるで一度やったような物言いだが、崇人は一度もやっていない。要は適当なアドバイスだった。
とはいえそれを言ってもらうのは彼女たちにとってすごいラッキーなことでもある。実際にやったことがないとはいえ、そのようにシミュレーションすることができる。せめて実際に練習することが出来れば……と思うがそれは今思ってもどうしようもない事実である。
「……さて、それじゃほかのチームを見ることにするか。なあ、シルヴィア?」
「そうですね……。そうしましょう」
そして彼女たちはモニターに目を向けた。キュービック・ガンナーはまったく透明でない立方体をバトルフィールドとする。そのため、試合を観戦するためにはカメラを通した映像をモニタで見る必要がある。モニタはコロシアムの中央及び東西南北に設置されており、それぞれのタイムラグは無視できるように配信されている。
「ほー、それにしてもよく考えてるなあ。去年のアナログチックな大会とは大違い!」
「きっと苦情が来たからこうなったんだろうな……」
「おっ、ヴィエンス。おまえいつの間にここに?」
「いつの間に……ってな」
ヴィエンスは一つ大きな欠伸をする。
「……っと、ついさっき起きた。もちろん朝飯は食ってない」
「おまえ意外とずぼらな性格してるのな。いくら『役職』が無いからって暇しすぎだろ」
「そうか? ま、そのおかげで俺は今年も大会を見ることができるわけだ。騎士道部サマサマだよ」
ヴィエンスはさておいて、試合を見る崇人。
試合はちょうど北ヴァリエイブルと西ヴァリエイブルの試合が始まっていた。
ヴァリエイブルには五つの起動従士訓練学校がある。しかしそれだけではトーナメントにならないので、毎年『バックアップ』からもチームを出している。今年は六名。ちょうどいい人数を用意しているのは裏を返せばそれ以上用意することが出来ないことを意味していた。
「しかしまあ……おもしろそうな構成だこと」
両者が揃えたリリーファーを見ていくと、それだけで見ていて両者の作戦が見て取れる。北ヴァリエイブルの方はパワータイプのリリーファー、バランスタイプのリリーファー、スピードタイプのリリーファーと揃っているが、対して西ヴァリエイブルは三体ともバランスタイプになる。
パワータイプのリリーファー『ドゥブルヴェ』は黒いカラーリングのリリーファーである。不格好なほど腕が肥大化しているが、そのためにエンジンも強化されている。ただ持てるアイテムが限られているのは事実である。
バランスタイプのリリーファー『アッシュ』はまさしくバランスの取れたリリーファーである。黄と赤の縞模様めいたカラーリングはどちらかといえば軍事用ではない風に見える。理由は単純明快、この大会のために造られたリリーファーだからである。とはいえ、昔からあるリリーファーでオペレーティングシステムだけを更新しただけの代物なので、それほど新しい装備は用意されていない。ただ、パワータイプとスピードタイプに比べれば操縦がしやすいことは確かである。
残るスピードタイプのリリーファー『イクス』は水色のカラーリングをしている。またスピードを最大限出すためになるべく空気抵抗の少ないフォルムとなっている。そのためかバランスタイプに比べてパワーが出ないことが特徴となっているため、瞬発力のみで戦うということが可能な人間――それは即ちトリッキーな人間だともいえるのかもしれない――が操縦することができる。
「これだけを見れば北ヴァリエイブルはスピード・パワー・バランスとリリーファーの種類をうまく取り入れた戦法が出来る……ということだな。そして西ヴァリエイブルはそれしか乗ることが出来ないのか作戦があるのかそれしか乗らないように『教育』されているのか……見事にバランスタイプだけを集めている。これはどうなるか……面白くなりそうなのは確かだな」
『さあ、両者出揃いました!』
実況が聞こえるのは、ちょうどモニターから――ではなく、頭上に聳える専用席からだ。そこは実況専用として設けられた場所となっており、今もラジオ局やテレビ局が実況を全国に流している。
崇人もそれを聞いて、そろそろ大会が始まるのだということを理解した。
――そして。
『それでは、試合開始ですっ!!』
第一回戦最初の試合、その開始を告げるゴングが鳴り響いた。
キュービック・ガンナー。
立方体のステージで戦う、言うならばガンマン同士の撃ち合いだ。簡単にいえばたったその一言で片付けられてしまうが、しかし、実戦は難しいものである。そう簡単にうまくいくものではない。百聞は一見に如かず……なんて言葉があるくらいだが、それはまさにそのとおりだと思い知らされる。
「さぁ、やってまいりました。キュービック・ガンナー第一試合! 北ヴァリエイブル対西ヴァリエイブルの対決となります!」
それを聞いて、崇人たちから見て一番右端に居た、向かい合っている二機が一歩前に出る。
北ヴァリエイブルはパワータイプのドゥブルヴェ、西ヴァリエイブルはバランスタイプのアッシュだ。それぞれが前に出た途端、一層凄みが増した。まるでお互いが睨みあっているようにも見えた。
リリーファーに表情を変えることなど、出来ないというのに。
「それではルールを再確認しておきます。……とは言っても非常に単純でベーシックなルールです。持てる武器はライフル類のみ、それだけで戦っていただきます。それ以外はほぼ互角の戦いと言ってもいいでしょう! しかしながら、そんなシンプルなルールだからこそ、多彩な戦闘が行うことが出来ます。ルールが少ないということは、転じて縛られるものが少ないということになりますからね。そして、その後は一対一タイマンです!! 肩と頭に付けられた風船が凡て割られたら負けとなり、勝者は最終的に残った風船の数に応じてポイントが配分されることとなります。一見難しそうですが……まぁ百聞は一見に如かずとも言いますから、実際にやってみましょう!」
後半の解説があまりにも適当めいていた解説の女性の話は程々に聞いておくとして、崇人は改めてルールの精査に入った。
崇人が事前に聞いていたルールと今発表されたそれは若干ながら差異があった。その一番の例と言えば、『勝者へのポイント配分』だろう。
崇人が事前に聞いていたルールではそれについて詳細には記されていなかった。だから、勝者については一律にポイントが付与される――そう思っていたのだ。
だが、違った。
即ち、同じ『勝ち』でも風船一個での勝者と風船三個での勝者では後者の方がポイントは高く付与される。
そのルールによって、自動的に選手には『何があっても自分の風船を減らしてはならない』という制約が課せられることとなるのだ。
「これはあまりにも厄介だな……」
崇人はそう呟いて、小さく舌打ちした。これが急遽なのか予定調和なのかは彼が解ることではないが、だとしても酷かった。
どのチームも殆どはそう思っているに違いない。そして――一番辛いのは紛れもなく今から戦わされる二人、だ。二人は今、正式なルールを理解した。だから作戦もそのように組み立て直さねばならない(だけなら未だ何とかなるかもしれないが可能性によってはゼロから作り直すことだって考えられる。その場合は……最低最悪の状況とも言えるだろう)。
「……おっと、前置きが長くなってしまいました。失敬失敬。それでは第一試合、開始です!!」
声と同時に右手を上げる。
そして会場は再び喚声に包まれた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃。
ある暗闇にて。
「……大会の試合が、どうやら正式に始まったようだな」
暗闇、とはいったがそこに光源が無いわけではなかった。唯一そこにあった光源はテレビだった。テレビの音量は耳を澄ませば漸く聞こえるであろうくらいのボリュームに調整されており、そして画面には大会の様子が映し出されていた。
「一年前……我らの『同志』が行動を失敗した。諸君、それはいったい何が原因だろうか?」
「それは勿論、インフィニティでしょう。彼は……あれを利用しようと考えた。あれは普通の人間に使えるわけがないことは、我らの中でも通説になっていた。だから、彼の意見に反対する声も、勿論多かった。だから私はあそこを……『赤い翼』を離れた」
「それは確かに解ります。インフィニティは伝説級の代物だ。そしてそれを操ることが出来るのも……ただ一人しかいない、最強のリリーファー。故に皆その存在を欲する。解る、解るぞその気持ちは……」
「でも実際にそれをやろうとして失敗したのが赤い翼だった……。そうでしょう?」
ニヤリと笑みを浮かべた男の顔が、テレビから発せられる光に照らされる。
その顔は――。
「ケイス、その通りだ。お前も知っている通り、赤い翼はそれによって瓦解した。一部の残った人間は残党として新たな赤い翼となり再興を誓ったが……、まぁ、そう簡単に行くなら今までの苦労など考えられないわけだがな」
ケイスと呼ばれた人間はこの組織の中でも一目置かれた存在になっているようだった。
ケイスと呼ばれた男は頷く。
「さて……それじゃこれからどうします? インフィニティを手に入れる訳にはいかない。かといってパイロットを手に入れても呼び出される可能性がある……」
「だったら、簡単だ」
ボスと思われる男は笑みを浮かべる。
「そいつを殺してしまえばいい。起動従士とはいえ、そいつはただの人間だ。殺すのは簡単だよ。噂によれば武術の経験もない、素人だって話じゃないか。だったら簡単だ。簡単に殺すことが出来る。現に一年前のティパモール内乱では銃撃で殺すことに『一度は』成功したのだからな」
そう。
崇人――インフィニティの起動従士は一度こそ死亡した。しかしながら、なぜか復活している。どういうメカニズムでそうなったのかは今や誰にも解らない。
だからこそ、メンバーの多くは疑問に思っていた。
一度死んでしまった男を、もう一度殺すことは出来るのだろうか? ということに。
「……確かにメンバーの中にも、あの起動従士をほんとうに殺すことが出来るのか? ということについて疑問を抱いている人間が多いかもしれない。私もはっきり言って半信半疑だ。ほんとうに出来るのだろうか? 倒すことが出来るのだろうか? そう思っているよ」
一息。
「だがやらねばならないんだよ。我らの野望……ティパモールの真の再興を果たすためには」
それはそのとおりだった。彼らの目的はずっと虐げられ続けているティパモールを復興させること。そして、ヴァリエイブルから独立すること――であった。
しかしながら、そんなことが簡単に行くわけもない。下手すれば一年前の二の舞になってしまう。だからこそ、今回は入念に作戦を練り上げた。
「さあ……諸君、とうとうこの時はやってきた。出撃の時だ。作戦は前回話し上げたとおり。諸君……健闘を祈る」
そしてその人間たちは、闇から完全に姿を消した。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃。
大会では第一試合の決着が早くもつこうとしていた。最終戦の相手はスピードタイプのイクスとバランスタイプのアッシュ。イクスに乗るのは北ヴァリエイブルのレックス・ハフリギー、アッシュに乗り込むは西ヴァリエイブルのリザ・カノーセルであった。両者の戦闘技術はほぼ互角と言っていい。それでいて風船は両者ひとつも欠けていない状況であった。
二戦終えた現状、北ヴァリエイブルが二つ勝利を手に入れているため、リザはどうしてもこの試合で勝っておきたかった。でないと、ますます今後西ヴァリエイブルが不利になってしまうからだ。
対してレックスは冷静だ。既に二本勝利を手に入れているからかもしれないが、焦りなど見られない。それが一番戦闘中ではいいテンションなのかもしれないが、かといって油断は禁物だ。
目指すのは完全勝利。レックスはそう考えていた。前の二人がいずれも勝利しているのだから、ならばここでレックスも続いて存在感を見せつけるべきだ、と考えていた。
この大会で優勝するのも確かに重要なことであるが、それ以上に王様に才能を見出してもらい、起動従士になる――。それも彼らにとって重要なことであったのだ。
「だからね……負けてもらうよ。これは僕のためでもあり、北ヴァリエイブルの威光のためでもあるんだ」
イクスはライフルを構える。
対してアッシュはまだ逃げるのみだ。どうするか考えるための時間稼ぎとも言えるだろうが、観客からの反応は冷たい。
「おらー、もっとドンパチやれえい!」
「そうだそうだー! リリーファーってもんはドンパチしてナンボだろー!」
観客からの声が立方体ステージ内部にいるアッシュとイクスに聞こえるかどうかは解らない。だが、アッシュのコックピットで考え事をしているリザには何となくその反応が聞こえてくるようだった。実際に聞こえてくるわけでは、まったくもって無いのだが。
「お互いに疲弊しているのは確か……」
リザはコックピットに常備されている時計を見て、言った。もうこの試合が始まって五分以上経過している。通常、学生がリリーファーを動かす時間は二分、多くて十分であると言われており(主に肉体面での理由による)、それを考えるとあと五分程しか時間がない。
ならば、引き分けに持ち込むか? 彼女は考えたがすぐに首を振った。十分しか長くても駆動を許されない学生のため、十分経過すると自動的に引き分けとなる。だから戦闘技術に自身のない学生はそうするのもひとつの作戦とも言えるのだ。
だが、それをしても結果は一緒だ。即ち、このまま引き分けに持ち込めば両者四十ポイントが課せられる。それでも差は縮まらないに等しい。だったら風船を凡て割ってしまって、せめて差を少しでも縮めた方がましである。
考えていくあいだにも、時間は刻一刻と過ぎ去っていく。決断するにはあまりにも短すぎる時間だが、戦場ではそうも言っていられないし、こんな考える猶予ですら与えられないだろう。
リザは決断した。
「……こうなったら、やるしかない!!」
イクスから放たれた弾丸が、アッシュを掠めたのは、ちょうどその時だった。
「くそっ、外した!!」
アッシュのコックピット内部にいるレックスはそれを見て舌打ちした。
彼は焦っていた。なぜか? それは『時間』が関係している。五分が経過してもまだ戦闘に進展が見られないこと、これを彼は焦っていたのだ。どうにかせねばならないと思っていたのだ。
「だが……どうする?」
かといって効果的な作戦が考えついたわけでもない。引き分けに持ち込むなど言語道断。出来ることなら、勝利に持ち込みたかった。たとえ、自分の風船が一個しか残っていなかったとしても。
「となると……さらに別の方法で考える必要があるな」
レックスはそう言って考える。最初の五分間で何も進展が無かったというのに、残り五分で相手の風船を凡て割らなくてはならない。武器はライフルただ|一挺(いっちょう)のみだ。
作戦は完全に限られている。ライフルと、リリーファー自身が使うことの出来るという、その極限的な状況だ。
「さて……どうするべきか」
レックスはコックピットで考える。とはいえ考えているあいだも立ち止まるわけにはいかない。相手から繰り広げられる戦術をどうにか避けながら、作戦を練っていくのだ。
しかしながら、そうとはいっても簡単にその作戦が考えつくかといえばそうではない。
作戦を考えることがすぐに出来るほど、学生は有能ばかりではない。やはりここは起動従士との差が出てしまう。
「考えた」
それでも、レックスはある作戦を考えついた。それをどうやってやるか、楽しみで仕方なかったのか、レックスはニヤリと笑みを浮かべた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
「……きっとあちらさんも作戦を考えついている頃でしょうね」
リザはそう言って溜息を吐く。彼女もまた、対戦相手であるレックスがどういう作戦を立てているのかは解らないが、それでもどういうふうになっているかは手に取るように理解できた。別に彼女にそういうのを見ることができる能力があるわけではない。単なる偶然だと言えるが、しかしそれを偶然としないのが戦闘だ。運すらも実力のうち……と言える。
リザはリリーファーコントローラを握って、行動を開始する。
目的はただ一つ。レックスの乗るリリーファーを殲滅すること。もちろん、殲滅というのは文字通りのことではない。ここでいうところの、風船を凡て割ることだ。しかしながら、もう五分は経過しているというのにまだ全くといっていいほど進展していないのに、簡単に割ることが出来るのだろうか? 三つを凡て割るとしても一分半かからずに一つ割る計算になる。はっきり言って、難しい。
外側で見ていた崇人たちを含む観客にとって、膠着状態は如何せんつまらないものであった。
「何だかなあ……。向こうにとっては大変なのだろうが、見ている側からすれば苦痛ではあるな」
崇人はそう言うが、実際去年のことを思い出すと彼にとっても頭が痛かった。あの時は必死だった。あの頃は彼も未だリリーファーの操縦になれていなかった。だから、リリーファーを精一杯動かすだけで、何も考えることができなかった。
「それを考えると、選手と観客の思考はまったく違う、ってことだな……。そして俺も一年経って、それに染まっている……と」
「タカト、何か言ったか?」
ヴィエンスが訊ねる。
「ああ、いや……。ちょっと考え事をしていただけだよ。何でもないさ」
「そうか。なら問題ないが……、なんか思い詰めたような感じだったからな。マーズが居ないから、その分が凡てお前に降りかかっている、ということだろう? だったらきっと大変だろうと思った次第だ。まぁ、何の役職にも就いちゃいないヒラ部員があまり口出しする事でもないかもしれないが」
それを聞いて崇人は自分の顔を見ようとした。しかし手鏡なんてものを常備しているわけもなく、それを見ることは叶わない。
だが、他人にそう言われるのだからきっとそうなのだろう。崇人はそう思った。
「すまない、ヴィエンス。ちょっとだけ席を外してもいいか?」
「あ、ああ。別に構わないが……。指揮とかは問題ないのか?」
「去年だって特に作戦は考えなかっただろ。……じゃなくて、まあ、そんな時間はかからないつもりだよ。直ぐ戻ってくる」
「そうか」
そう言って、崇人はその場を離れた。
その様子をどこか遠くで見ていた男は小さく舌打ちして、トランシーバーを手にとった。
「こちらアンクル。ターゲットがコロシアムの観客席から出て行った。あいつ、まさか監視に気がついたか!?」
『慌てるでない、アンクル。偶然だろう。あくまでもターゲットはリリーファーの操縦技術に秀でてはいるが、非戦闘員並みの戦闘能力であることは把握している。だから、そんなことは有り得ない。安心して監視を続けろ』
「と言ったって……ターゲットはコロシアムの内部に入っちまったぞ?」
『ばかやろう。何のために二人用意していると思っている。オリバーを中に入れさせろ。あいつなら隠密にコトを済ませてくれるだろうよ』
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