第122話

 ところ変わって、コロシアム近くのホール。

 午後六時を過ぎて、人々が続々と集まってきていた。人々は皆ドレスやスーツを身につけている。慣れない格好だからかその足取りや動きなどははっきりいって覚束無いものばかりであるが。


「……すっごい人だかりだなあ……。これが大会の晩餐会か……」


 ホールにやってきた崇人は、大勢の人間を見ながら、そう言った。


「タカトさんが選手の頃は無かったんですか?」


 疑問に思ったメルが、崇人に訊ねる。

 崇人は踵を返し、メルの方を向いた。


「僕が選手の頃はそもそも場所が違ったからね。そういう仰々しいものはなかったよ。ただゲストにちょっちえらい人は居た気がするけれど……」

「ペイパス王国の王族、ハリーニャ・エンクロイダーだろう。平和主義者として狙われることも多かった彼女が起動従士を育成する学校同士で争う大会にやってきたのは甚だ疑問だったが」


 メルと崇人の会話に割り込んできたのはファルバートだった。

 崇人はそうそうそれだと言って、さらに付け足す。


「……ということは、ファルバート。君も去年のを見ていたのか?」

「当たり前だ。毎年大会は会場までやってきて見学している。どのような選手がいるかどのような身のこなしかどのような戦闘能力か、毎年毎年違う選手だからな。確認しておかないと気がすまない」

「なるほどね……。まあ、そういうもんだろうな。それもいいだろうし、それが一番だろう」


 崇人はそう言ってあたりを見渡す。あたりには選手ばかりでリーダー格の人間はあまり居ないようだった。

 崇人は知る由もないが、ここに居る人間の大半は選手が占めており、リーダーなどといった役割の人間はここに来ていなかった。


「なんかあれだな……」


 崇人は頭を掻いた。


「僕はあまり出番が無さそうだ」


 そう言って踵を返すと、一路出口へと向かおうとした――その時だった。


「タカトさん、タカト・オーノさんではありませんか……?!」


 声をかけられて、崇人はそちらを振り向いた。

 そこに立っていたのは、青い髪の少年だった。群青色の目は真っ直ぐに崇人の姿を捉えていた。


「……君は?」

「ボクはレオン・グラジュエイトといいます! 東ヴァリエイブル所属の一年です!」


 ぴしっと右手を額の前にもっていき、敬礼をした。しかしながら、彼は自分で東ヴァリエイブルの所属であるといった。対して崇人は中央の所属だから、まったくといっていいほど接点がない。だから敬礼をされても全然意味が理解出来ていなかったのだ。


「えーと……どこかで会った事があるかな?」

「去年の大会を拝見していました。素晴らしいリリーファーさばきに、惚れ惚れしたのを未だに忘れられません」

「去年の……観覧していた、ということか」


 その言葉にレオンは頷く。

 レオンはまっすぐな目で彼を見つめていた。まだ起動従士の『闇』を知らない人間だ。純粋な、無垢な考えで起動従士になりたいと思っている人間だ。

 やろうと思えばそんな人間に引導を渡すことくらい容易にできるだろう。

 だが、崇人は悩んでいた。簡単に、一人の人間の将来を握ってしまっても問題ないのだろうか、ということに。

 レオンはにっこりとした笑顔で、崇人に訊ねる。


「タカトさん、どうしましたか?」


 崇人はそれを聞いて我に返った。


「い、いいや……。なんでもない……。そうか、去年のあの大会を見ていたのか……。テレビでか? それとも会場で?」

「会場でです」

「ということは、赤い翼の……」

「ええ」


 レオンの表情が次第に暗くなる。


「赤い翼が占拠したとき。タカトさんがインフィニティを呼んだとき。凡て目の前でみました」

「……そうか」

「でも、とてもかっこよかったです!」


 レオンは顔をあげて、キラキラとした目で崇人を見つめる。


「とても、とても、とってもよかったです! だから僕はタカトさんみたいな凄腕の起動従士になりたくて、この学校に……!」

「そうか」


 崇人はそう言うと、レオンの頭を撫でた。レオンは今まで会いたかった『憧れ』の存在が触ってくれている、今この状態に恍惚とした表情を浮かべていた。

 崇人は優しげな表情を浮かべて、


「頑張れよ。この大会で実力を示せば、誰だって起動従士になれる。言葉なんていらない。拳、実力だけで決めるんだ。頑張ってここまで這い上がって来い」


 それを聞いてレオンは何度も何度も頷く。


「はい、頑張ります!!」


 そしてレオンは一礼すると、自分の陣営がいる場所へと駆け出していった。

 それを見送って、崇人はぽつり呟いた。


「……平和だなあ……」

「平和というかなんというか。明日からは皆敵……いいや、今からもう敵になっていると言っても過言ではないですよ。だからこの晩餐会は表向きは他校との交流会かもしれませんが、実際は敵の素性を知るための大事なことです」


 言ったのはシルヴィアだった。

 彼女が言葉を告げた、その時だった。


『皆さん、長らくお待たせしました』


 会場が暗転し、ホールの奥にある舞台から声が聞こえた。

 そこに立っていたのはフォーマルスーツに身を包んだ男だった。白い顎髭を生やした男だったが、所作には丁寧なところがみられることから、名家の執事といったほうがいいかもしれない。ともかく、そんな感じの人間が司会よろしく舞台に立って会場に来ている人間の注目を集めていた。

 執事めいた男の話は続く。


「それではこれから、全国起動従士選抜選考大会の晩餐会を行います。先ずは今大会実行委員長からご挨拶があります」


 また長い話を聞かされるのか……選手たちはそう思って途端に表情を歪ませる。

 そんな時だった。執事めいた男の隣に、同じくスーツを着た男がやってきたのは。その男は執事めいた男に耳打ちしていった。


「……えっ、大会委員長が体調不良により欠席?」


 執事めいた男は恐らく隣にいた男から言われた言葉を反芻したのだろう。しかし近くにマイクを置いていたためか、その声はまるまる会場全体に届いてしまった。

 それを聞いてほっと溜息を心の中で吐いた選手はどれくらいいただろうか。きっと過半数は居たに違いない。

 溜息を吐いて、執事めいた男は司会業を続ける。


「……えーと、なんというか、大会委員長が居ないということで、なんとも残念な始まりですが……是非皆さん最後までお楽しみください! 以上です!」


 そして、強引に晩餐会の幕は開かれた。

 晩餐会には豪華な食事がテーブルに並べられた。立食スタイルの晩餐会は会話も程々に盛り上がっていった。


「シルヴィアさんですよね?」


 シルヴィアは食事をしていた。話すのが面倒臭いからだ。いろんな人と交流するのが嫌だったからだ。父親はそれを拒んだが彼女は彼女なりの考えで生きている。

 そんな彼女が、誰かに声をかけられた。

 ここで無視しても良かったのだがそうすると学校全体が悪いイメージを被ってしまうため、彼女は仕方なくそれに従った。


「なんでしょう?」


 そこに立っていたのはシルヴィアよりも背の高い男だった。ぴしっといい立ち方をしていて、学生というよりも軍人といったほうが合っているかもしれない――それくらいに、真っ直ぐな男がそこには立っていた。


「……あなたは?」

「私はアズドラ・レイブンクローという者です。北ヴァリエイブルに所属する、一端の学生でございます」


 そう言ってアズドラは頭を下げた。

 不気味な奴だ、とシルヴィアは思った。食えない奴といった方が雰囲気的には近いのかもしれないが、しかし人を第一印象だけで評価しきってしまうのもあまり良いことではない。

 とにかく今は『普通』で居るべきだ、そう思った彼女はアズドラに従うように愛想笑いを振り撒いて頭を下げる。


「まさかここであなたにお会いできるとは思いませんでした」

「はて……? 何処かでお会いしたことがありましたっけ?」


 あくまでも精神を逆撫でしないように、丁寧に丁寧に訊ねる。こういう相手を知らない人間との会話も厄介だが、精神を逆撫でして変なところで軋轢を生んでも困る。だから彼女は普通に会話することにした。相手の気持ちを必要以上に考えて話すのはあまりにも疲れてしまうが、この際はっきり言って致し方無かった。


「やだなぁ。覚えていませんか? ……あ、でも覚えていないかもしれないですね……。だってあなたと私が出会ったのはちょうど三年前の大会でしたから」


 三年前。アズドラは今そう言った。となると彼女もアズドラも起動従士訓練学校には入っていない、まだ普通の子供の頃の話だ。

 そんな頃の話を持ち出されたって、彼女にとっても困る話だった。その頃の彼女はただの凡庸な人間だったからだ。凡庸で平凡で無味乾燥な人生を送る、ただの少女だった。例外≪イレギュラー≫として彼女の父親が『伝説の起動従士』だったということくらいだ。

 だからリリーファーを見る機会は、恐らくは一般の人間よりかは多かった。彼は彼女にも起動従士にさせてあげようと思っていたのか、或いは職業選択の一つとしてそれの知識を与えるためだったのかは知らないが、彼女は小さい頃から毎年のように大会を見学していた。

 その時のとある一回で、アズドラと彼女は出会った。……のかもしれないが、とうの本人はそんなことを覚えてなどいなかった。アズドラの妄言としか受け取っていなかったのだ。

 アズドラの話は続く。


「私が三年前に初めてあなたにお会いし、話をしたときとまったく変わらず……いや! それよりもさらに遥かに進化を、磨きがかかっておられる! それは素晴らしいことです!」


 そう迫ってくるが、やはりシルヴィアはアズドラのことを思い出せない。

 だからといって、すいませんあなたのことがまったく解りませんなどと言おうものなら、何が起きるか解らない。このまま学校同士で大きな争い事に発展してしまうかもしれない。

出来ることならそれは避けるべきであるし、避けなくてはならない。


「……ふーん、そっか……。でも、私はあんまり覚えていないのよね。ごめんなさい」


 そう言ってシルヴィアは頭を下げる。

 アズドラはそれを聞いて雷に打たれたような衝撃を受けた。だが、それでも彼はへこたれなかった。


「そうだとしても! 私は諦めません! あなたへの愛を再び語るのみ!!」

「あーはいはい。煩いねえ」


 その時だった。

 アズドラの蟀谷にグーがめりめりと入ってくる。とても痛い。見ているだけで痛い。

 後ろに立っていたのは薄黄色の髪を生やした女性だった。透き通った目、整った目鼻立ちはもはや『美形』のカテゴリから外れている雰囲気を醸し出している。

 そして――一番彼女をそのカテゴリから外れていると確信したのは、尖った耳だ。彼女の両耳は鋭く尖っていたのだ。


「……私はリレイス・ベーポンレイグといいます。あなたの思っているとおり、私は半妖……ハーフエルフです。驚きましたか? ですが、北ヴァリエイブルはこういう私みたいな存在も入ることが出来るのですよ」

「そうですか……」


 別にシルヴィアはハーフエルフが起動従士になることは関係なかった。彼女自身、力でねじ伏せれば別に人だろうが人じゃなかろうがどうでもよかった。実力主義の彼女にとって、そんなことは考える価値も無かったのだ。


「……まあ、何事もないようでよかった。こいつ、昔からこーいう感じでして」

「ああ……わかります。うるさいですよね」


 はっきり言ってしまった。言葉のノリで言ってしまったが、もう言葉を取り消そうとしたって無駄だ。

 しかしリレイスはそれを気にしない素振りを見せ、


「ほんとうにすいません。うちの者が迷惑をかけてしまって……」


 と頭を下げた。ちなみにアズドラも半ば強引に頭を下げさせられた。彼自身の意志ではなく、リレイスによる強制であったが。

 それを見て、シルヴィアは逃げるようにその場を去った。騒がれたくないから。注目されたくないから。

 逃げて逃げて逃げる。出来ることならこの会場からも逃げたかったが、そうはいかなかった。そうしてしまえばやはり注目される。

 そもそも起動従士訓練学校の代表としてこういうところに出てくる時点で注目は避けられない。だが、ここは彼女の目標の一つであった場所だ。そこを目指すための最低限の注目だけ受けて、あとは避ける。そういう生活を彼女はずっと行ってきていた。




 ベランダにて彼女は一人飲み物を飲んでいた。もちろん未成年だから酒の類は飲むことなんて出来ない。オレンジジュースだ。

 オレンジジュースを飲みながら月を見る――普通に考えれば大人の真似事に見えるかもしれないが、彼女はそんなことをしてでも今の雰囲気をどうにか変えたかったのだ。


「シルヴィア」


 声を聞いて、彼女は振り返る。

 そこに立っていたのはメル――シルヴィアの妹だった。

 メルはシルヴィアが飲んでいるのと同じオレンジジュースを持って、彼女の隣に立った。


「メル、あなた……晩餐会は?」

「面倒臭いから抜けてきちゃった。だって話をするたびにああだこうだ煩いんだもの。人によっては突然求婚する人だっていたのよ。ま、もちろん断ったけど」

「やっぱりあーいうのはどこでもいるのね……」


 メルは小さく溜息を吐いて、オレンジジュースを啜った。普通こういう場所ならマナーの一つや二つが問われるところだが、今は彼女たち二人しかいないのだからそんなことどうでもよかった。


「あ、シルヴィア。星が綺麗よ」

「星?」


 メルの言葉を聞いて、シルヴィアは空を見上げた。

 そこには、先程まで暗くて何も見えなかった空に星々が輝いている姿が広がっていた。


「うわあ…………綺麗……」


 満天の星空。

 そう形容するにふさわしい星空だった。

 中にいる数多の選手たちは談話に夢中になっていてそんなこと知らないし眼中にない。即ち、この星空を見ているのは彼女たちだけなのだ。

 まるでこの星空を支配したような――そんな優越感を得た気分だった。


「……すごい……!」


 シルヴィアは言った。


「ねえ、メル」


 メルはシルヴィアに言った。

 それを聞いてシルヴィアはメルの方に顔を向けた。


「絶対に、大会勝ちましょうね」


 その言葉は、『勝利』という意味も含んでいるし、『優勝』という意味も含んでいた。

 去年の大会は赤い翼の乱入という結果から優勝が暫定的に決まってしまった。そのため、今年の優勝は必ずしてやろうというのは各校同じだった。

 メルはそんな強豪たちに勝利宣言をしたに等しい。しかし、その『強豪』はその宣言を聞いていないのだが。


「……そうね。絶対に勝ちましょう。そして、私は起動従士に、あなたはメカニック。絶対に二人で夢、叶えてやりましょう!」


 シルヴィアは言って、メルにグラスを近づける。

 それが何の意味かを理解したメルもグラスを近づけて――そして二人のグラスを小さくぶつけた。

 かちん、という小さな音がした小さな乾杯だったが、彼女たちにとってもっとも有意義のある乾杯だったといえるだろう。



 そして、晩餐会の楽しかった夜は暮れ――大会の一回戦が始まる。


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