第21話

「……それで、シリーズとの交戦は呆気なく終わってしまった、と……。予想外の代物ね」


 マーズとアーデルハイトは電話をしていた。トラックに乗っているところに、アーデルハイトから連絡があったので驚いているところだったのだ。なぜなら、彼女からは決まった時間以外の電話はかかってこないためだ。


『ええ。まさか、彼らが紛れ込んでいただなんて。「赤い翼」を殲滅しようとしたのに、こいつは少し深い闇かもしれない』

「……赤い翼とシリーズが組んでいる、と?」

『可能性はある』


 アーデルハイトは淡白に告げる。

 事実を理解しているからこそ、言えることなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、マーズはタンブラーに入っていたブラックコーヒーを一口すする。


「……苦っ」

『はい? 何か言いましたか?』

「ん。……ああ、いや、何でもないわ」


 マーズは聞かれてしまったかとその場を取り繕う。


『そうですか。しかし、コーヒーか何かを飲んでそのあとの感想が「苦い」という大人ぶったマーズさんの一面が垣間見れた気がしたのですが、それは気のせいということでよろしいですね?』

「絶対聞こえてただろあんた」


 そんなことを嘯いたアーデルハイトに舌打ちしながら、マーズは周りを見る。周りには幾人ものマーズの同僚がいたが、笑っているのはフレイヤ・アンダーバードだけだった。


「こら、フレイヤぁ! 笑うんじゃないっ!」

「だって……マーズさん、ブラックコーヒー飲めないのに飲むって……。飲めないなら飲まなきゃいいのに……ティヒヒ」

「すっごいあんた笑い声気持ち悪いからな! 言っとくけど!」


 マーズはそう言って、再びアーデルハイトとの通話へと戻す。


「ああ。えーと……何の話だったかしら?」

『ですから、コーヒーを飲んだあとの感想が――』

「オーケイ。そこはいい。じゃあ、その次かしらね。……もし『赤い翼』がシリーズと組んでいたとなれば、問題は私たちだけではなくなる。世界全体の問題になることは間違いない」

『ですね』

「ともかく、アーデルハイト。あなたはそれの確認を急いで。私たちは少なくとも今日中には着けると思うから、それまで何かあったらよろしく頼むわ」

『ええ、解りました』


 そして、マーズは電話を切った。


「……ったく、フレイヤ!? あなたいったい何がしたいのよ!!」

「突然叫ばないでくれよ、至極うるさいから」

「あなたが原因でしょうが!」

「……そんなことより、見えてきたそうよ」


 フレイヤがそう言ったので、マーズは窓から外を眺める。その光景を見て、マーズは小さく微笑んだ。


「ああ、ほんとだ――」


 セレス・コロシアムが目の前に迫っている光景が、そこには広がっていた。



 ◇◇◇



 結果として、第一回戦を全員が勝ち抜いた。

 第二回戦のカードは既に決まっているとのことで、崇人たちは食堂前の壁に設置された液晶ディスプレイでそのカードを見ることにした。ちなみに、もう全員は食事を終えている。


「どんなカードになるのか……楽しみだね」

「ああ」


 エスティと崇人はそんな会話を交わす。

 だが、考えて欲しい。

 この大会、既に六人+十二人で十八人の敗退が決定している。

 即ち、残りは六名――。

 それが意味するのは。

 ディスプレイにはこのようにカードが書かれていた。



 ヴァリエイブル タカト・オーノ VS ヴァリエイブル エスティ・パロング

 ヴァリエイブル ヴィエンス・ゲーニック VS ヴァリエイブル アーデルハイト・ヴァンバック

 ヴァリエイブル ヴィーエック・タランスタッド VS 西ペイパス ファルネーゼ・ポイスワッド



「予想はしていたが……実際に見るとこれはひどいな」


 崇人が呟く。それは誰もが思ったことでもあった。

 六人中五人が、ヴァリエイブルのメンバー。それは余りにも出来すぎていることにも思える。


「本当に……大変なことだけれど、個人戦だから戦わない、というわけにもいかないからね……」


 アーデルハイトが呟くと、ヴィエンスの方へと歩く。


「対戦相手が同じ学校だからって、気を抜かないで欲しいものね? ヴィエンス・ゲーニック」

「当たり前だ。それはこっちのセリフだよ、アーデルハイト」


 そう言って、二人はそのまま別れた。


「エスティ……負けないからね」

「私だって」


 そして、エスティと崇人はそのまま各々の部屋へと戻っていった。

 残されたヴィーエックは近くにあった自動販売機でオレンジジュースの缶を購入し、それをちびちびと飲みながら部屋へと戻っていった。


「やあ」


 ちょうどその時だった。ヴィーエックにひとりの少年が話しかけてきた。

 凡て白の服で整えられた少年は手に大きな本を持っていた。その大きさというのは、彼の肩幅くらいの大きさだった。ハードカバーだったが、タイトルは書いておらず、しかし、革を鞣したカバーからしてその本の高級さが見て取れる。


「……どうしたんだい、君? 迷子?」


 ううん、と少年は横に首を振る。


「なんだか、浮かばれないなあ、って思って」

「……え?」


 ここで普通ならば、「何を言っているんだ」と憤慨することだろう。しかし、彼はそれをしなかった。否、するという選択肢がそもそも存在しなかった。


「ひどく、かわいそうだよ。……ねえ」


 少年は、ヴィーエックの前に立って、言った。


「君はとても強くなりたいとか、思ったことはないの?」

「――」


 ない、わけではない。ないと言えば嘘になることがそれは、ヴィーエック自身にも明白であった。


「あのねあのね、僕が入っているグループ、今ちょーどひとつ席が空いているんだよ。だからさっ、入ってみない?」

「……」


 その言葉に、ヴィーエックはコクリと頷いた。



 ◇◇◇



「選手の一人が消えた?」


 その夜、マーズは疲れた身体に鞭打ってアーデルハイトの部屋までやってきていた。名目上は、『過去居た学校を応援するため』となっているが、勿論のこと本当は違う。


「ええ……。ヴィーエック・タランスタッドはオレンジジュースの缶を買ったのを最後に行方が解らなくなっています」


 アーデルハイトが申し訳なさそうに言うと、マーズは舌打ちする。


「そういう時のためにあなたがこのチームに居たんじゃなかったのか」

「……申し訳ない。私がいたというのに……!」

「今は傷を抉る場合ではないな。……さて、ではどうすればいいかね。『赤い翼』に拿捕されていたらこれは問題だぞ……。私たちがやることが明るみに出ることはないだろうが、だとしてもあいつらのことだ。またそういうのを利用してここの占領を素早く進めかねないぞ」

「解っている……解っていますよ……」

「『解っている』では済まされないし、すぎたことは変えることもできない。それは君にだって、いや、世界の誰にだって変えることのできない大前提だ。ならば、それから先を考えなくてはならないよ。それから先を考えるのが、その大前提を、もしかしたら変えられる人間なのかもしれないが」

「そんな戯言紛いな発言はどうだっていい。問題は『赤い翼』だ。恐らくはセレス・コロシアムの何処かに紛れているに違いない。最優先事項はそれだ。それを先に片付けなくてはならない」

「……ヴィーエック・タランスタッドの件は」

「その件については赤い翼の件が片付いてから、ということになるな。もし赤い翼が関わっているとすれば、これはこれで大変なのだが……。まさか、アーデルハイト。あなた、甘えてないでしょうね? そんな甘いことで軍を長く続けて行けれるとでも?」


 アーデルハイトは軍属の人間だ。だから、マーズにこんなことを言われる筋合いというのもなかった。

 だからこそ、アーデルハイトは屈辱を感じていた。

 それは、自分がミスをしたという事実にほかならないのに、だ。


「だとはいえ、ですが。私がそう言われる問題もなく、一先ずは赤い翼一本で絞らなくてはならないのでは? そんなことを考えていると、赤い翼に先を越されかねませんが」


 そう言うアーデルハイトの言葉に、マーズは呻き声をあげた。


「……そうですね。先ずは『赤い翼』を――ひいては、ティパモールを平定する。そのように命令が下っているのですから」

「その通りだ」


 そう言うと、マーズは小さく頷いた。



 ◇◇◇



 その頃、崇人はベッドの上で今日のことについて考えていた。

 今日あったことは、凡て反省しなくてはならないだろう。

 途中で失敗し、その失敗をうまく切り返せずに敵に隙を与えてしまった。


「次の試合からはそれを対処しなくちゃな……」


 まず、確実にそこが狙われる。


「なんとかしなくちゃ、な」


 そう言って、崇人はゆっくりと目を瞑った――。


「動くな」


 そう言われ、崇人は口を塞がれた。感触からして――若い男のようだった。


「……申し訳ないが、協力させてもらうぞ。最強のリリーファー、『インフィニティ』の起動従士よ」

「!」


 男からそれを言われ、崇人は思わず目を見開く。


「私たちがなにも調べないと思っていたか? 残念だったが、私たちはお前を望んでいた。誰もが使えないリリーファーの唯一使える人間。いいではないか、寧ろ素晴らしい。それを捕まえたのならば、それはヴァリエイブルにとって良い交渉材料となるからな」


 そして、そのまま崇人は眠りに落ちた。



 ◇◇◇



 次の日。

 アーデルハイトとエスティが廊下で会話をしていた。


「タカトが『赤い翼』に攫われた……!?」


 エスティが思わず叫びそうになったが、アーデルハイトが唇に人差し指を当てるのを見て、声を小さくする。


「そう。『赤い翼』に攫われた」

「な、なぜ……!? 理由か何か勿論あってのことなんですよね……」

「ええ。そうよ。……これはオフレコだけれどね、」


 そうはじめに言ってから、アーデルハイトは説明を始めた。

 それは、崇人が最強のリリーファー、『インフィニティ』を唯一扱えることの出来る人間だということだった。


「……そんなことが」


 崇人に関する説明を聞いて、エスティは絶句した。


「確かに急にそれを聞けば、驚いたことでしょう。時期は少々予想外でしょうが、仕方ない。……だが、それを言わなくては話が始まりません。ですから、今話したのですよ」

「……それで、大会は実行出来るんですか?」

「せざるを得ないでしょう。……ここで変に終わらせていたら、『赤い翼』が出動しかねない」


 アーデルハイトは考えていた。

 もし、ヴィーエックに次いで崇人も『赤い翼』に囚われているとするならば、それは問題である。

 赤い翼はテロ集団だ。人を殺すことに、躊躇い等勿論存在しない。つまり、彼らは今命の危機に晒されていることになる。


「『赤い翼』は、私たちがどうにかするわ」

「マーズさん!」


 会話がマーズに交代する。


「一先ず、我々に任せてはくれないか」

「……解りました。マーズさんが言うなら」


 そう言って、エスティは頭を下げ、廊下を走っていく。

 去っていくのを見て、見えなくなってから、アーデルハイトはマーズに頭を下げる。


「ありがとうございました」

「何が?」

「……私のこと、軍属だと言わなくて」

「ああ、あれ」


 マーズはシニカルに微笑む。


「別に言っても言わなくても変わらないと思ったんだけれどね。まあ、今のところは言わなくても問題はないかな、という感じでそう決めただけよ」

「それでも……私はあなたにお礼を言わなくてはならない」

「いいや、大丈夫」


 マーズは一歩、アーデルハイトに近づく。

 そして、アーデルハイトの下腹部に手を近づける。


「な、何を……」


 アーデルハイトの言葉を耳に貸さず、マーズはゆっくりと腕を動かしていく。


「だって……お互い様、でしょう?」


 そう言うと、マーズは手を離し、来た方向へ歩いていった。

 それを見て、アーデルハイトはずっとマーズを見つめていた。

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